ゆらゆら船旅四国編 第2話
元親自らが政宗、幸村、を一つの部屋に案内する。
「お前らの部屋はここだ。」
十畳ほどの部屋だった。
天井が低く、梁がめぐらされている。
「部屋は一緒でよろしいのですか?」
「寝る時だけだ。監視がしやすい。出入口はそこ一つだ。」
「日中は?」
「仕事を手伝ってもらう。独眼竜は料理が上手かったな?真田幸村は甲板で漁を手伝え。あんたは……掃除なら出来るか?」
あんたと呼ばれたのはだ。
まだ名乗っていないのを思い出した。
「改めて、政宗様にお仕えしています、と申します。お掃除、かしこまりました。」
「。」
元親がを足元から頭の先までじろじろと見る。
政宗が見かねて間に割りいった。
「人のもんジロジロ見てんじゃねえよ。」
「ア?んだよ随分な対応だな。もしかして二人きりになれねえのが一番の苦痛なのか?」
「俺とこいつ二人きりにさせてくれんなら最高の飯振る舞ってやるけどな。」
「ハハ!こいつの腰が立たなくなるんじゃねえか?掃除どころじゃなくなるだろうが!」
「俺をどういう目で見てんだよ。こいつの身体は俺がよく知ってるから安心しろ。」
ニヤニヤニヤニヤと笑う二人に幸村の我慢が限界となる。
政宗殿までの前でなんという会話をしているのだ……‼
「仕事は明日からという話でございましたな!!俺は漁は初めて故、本日甲板に顔を出してご挨拶をしとおございます!!後ほどお伺いします!!」
「あ、ゆきむ……‼」
幸村が元親の身体を押して、部屋から追い出す。
「お、おう。紹介はしてやるよ。」
「かたじけない‼」
そして扉を閉めて鍵をかける。
「政宗殿!に配慮せぬか……‼」
「幸村……。」
怒る幸村に、政宗はため息をつく。
「部屋もう一つもらえんなら、それを一人に使わせてやれただろうが……‼」
「あ……。」
「監視の目を盗んで移動ぐらい出来んだろ。」
そういうことだったのか、と幸村は目を丸くする。
「まあいい。あの反応じゃ望み薄かったしな……。他の方法で何か……。」
は部屋の鍵を見る。
壊そうと思えば、壊して侵入できそうな鍵だった。
「……あの、ごめんなさい。二人に気を遣わせちゃうのは分かってるんですが……一緒の部屋がいいです……。」
発した声が予想外に震えてしまった。
「ここで、夜、一人は、怖いです……‼」
「……。」
「……問題ねえ。じゃあ部屋はこのままだ。」
そう言って政宗は幸村の襟を引っ張る。
「幸村と出てくる。少し待っていろ。」
「どこへ行くのだ……?」
「いいから来い。部屋の鍵持っていくから、内側からしっかりかけろよ。」
「はい‼待ってます……‼」
政宗と幸村の背を見送る。
ばたんと扉が閉まって鍵をかけたあと、は部屋の中央にぺたんと座り込んだ。
「我儘だったかな……。」
こんなに屈強な男ばかりの場所は初めてだ。
女だと気づかれたら、気付かれなくても誰かに目を付けられてしまったら、もし襲われたら悲鳴も出せないかもしれない。
だってそれに
もし、なにかされてしまうとしても
政宗さんと幸村さんにされた方が……
「ん⁉」
そこまで考えては自分で自分の頬をバチンと叩く。
「今何考えた……⁉」
あんなに優しい政宗さんと幸村さんに対して何を思った?
「えっ⁉やだ……わた……俺の馬鹿‼!!!!!!」
顔を真っ赤にして、床に額を打ちつけた。
部屋から離れ、人気のないところで政宗が立ち止まる。
「おい、真田幸村。」
「なんでございましょう……⁉」
政宗が幸村の胸倉を掴んで顔を寄せる。
その目は幸村を強く見据えていた。
「の家は明るく、衛生環境が整っていた。不自由なく、何よりも娯楽に溢れていた。」
「う、うむ。」
「あの場所とここを一緒にするな。に発情したらぶん殴る。」
「なっ……⁉そんなこといたしませぬ!政宗殿こそ!小姓として随分な言葉を申しておりますが、誠になるようなことがありましたらそれがしが殴ります!」
「ああ、そうしろ。」
乱暴に幸村から手を離し、歩みを進める。
二人は密かに、その時は本気で殴ってくれ……、と考えていた。
「今から元親に布を貰いに行く。」
「布ですか?」
「梁に垂らして仕切りを作る。俺と幸村の間の仕切りが欲しいという話でな。俺と仲悪そうにしろよ。」
「かーてん、のようなものですな。」
「そうだ。」
そういうことなら、と元親は再利用方法を悩んでいた厚手の布を譲ってくれた。
部屋に戻ってに説明しながら布を垂らすと、ちょうど良く部屋を二分する。
「出入口側に某と政宗殿、奥にで丁度良いな。」
「透ける?」
が手を振ったりしているような影がうっすらと見える程度でこれで問題ないように思える。
「透けはしねえ。」
それを聞いて、は布をめくってひょっこり顔を出した。
「ありがとう、政宗さん、幸村さん。」
にこっと、素のの笑顔を向けられ、政宗と幸村もほっと力が抜けるのを感じる。
「……さて、では某は甲板へ行ってきます。着替えも頂いてきたので、政宗殿とは先に休んでいてください。」
「気を付けてね。幸村さん。」
「あの様子なら大丈夫だ。漁は少し楽しみでもある。」
幸村が出ていき、政宗との二人きりになる。
「俺は調理場か……。フライパン、とか言っちゃいけねえんだよな。」
「わ⁉そうだ!!気を付けて政宗さん……‼」
「いや、まあ、大丈夫だ。行けば感覚戻るだろ。」
「掃除しながら応援してる……‼」
「おう。」
が着替えを手に取り、仕切りの向こうへと行ってしまう。
「……着替えるか?」
「うん。政宗さんがくれた着物、穴空いちゃった……。針と糸あるかなあ……。」
「戻ったら新しいの買ってやる。」
「その必要はないよ。京の思い出もあるもん。これを大切にしたいので。」
律儀な奴だな、と思いながら、政宗も着替えを手に取る。
「俺も着替えるか……。」
防具を外して、床に並べていく。
着物は質が良く、それなりに良いものを用意してくれたんだな、ということを感じる。
そう考えたところで、今のところ元親が俺たちの要望を通す理由はない。
本土どころか四国で降ろしてもらえるだけ、という可能性も高い。厳しい状況だ。
隣から着物の擦れる音がする。
「……。」
意識しないようにしようと考えている時点で負けている気がする。
「ン……⁉」
ふと、こちらに迫る気配に気づいて、政宗がに呼びかける。
「おい、着替え終わったか?」
「え⁉まだ全然ですよ……⁉」
「……なんでもいい、前を隠せ。そっちへ行くぞ。」
「え……‼」
何がなんだか分からないが、は上半身だけ、胸潰しを外して汗を拭いてしまっていた。
とっさに着替えの着物を手繰り寄せて胸を隠すと、政宗がばさりと仕切りを越えてくる。
に近寄りながら、着物の合わせ目から腕を勢いよく出して右上半身を露わにするのでは目を見開いて驚いた。
「政宗さん……⁉」
「政宗様だ。」
の前に座り込み、背に手を回す。
「え、え。」
「いいから寄りかかれ。」
そう言われるとほぼ同時に、部屋の扉が開いてしまう。
「おい独眼竜……お、良い感じに布使ってやがんな。」
元親が現れ、は政宗が自分を隠してくれてると察する。
政宗に自分の身体を押し付けて、元親にばれないように、早く出て行ってくれるように願った。
「……って、幸村いなくなった途端にそれかよ……。」
元親が布をめくると密着する二人が目に飛び込んで呆れたような声を出す。
政宗は元親に背を向けて、を隠す。
「戦の途中で邪魔が入ったんだぜ?すっきりしねえんだよ。あんたには分からねえか?」
「ほどほどにしろよ。調理場案内しようかと思ったんだが。」
「……半刻くれ。」
「わかったよ。俺の部屋に来い。」
そう言って元親が出ていく。
足音が聞こえなくなると、政宗は、長く、は~~~~と息を吐いた。
「もう大丈夫だ。おい、?」
は政宗に密着したまま動かない。
「怖かったか?」
肌と肌が触れあって、吸い付くような感覚に政宗が勘弁してくれと思う。
それともやはりこういった行為は不快で、硬直してしまったのだろうか。
「……ごめんなさい。」
「なにがだ。」
「政宗さんに、こんな役、やらせて、ごめんなさい……。」
思いもよらぬ言葉に、政宗はの肩に手を置いて、身体から引き離す。
の頬には耐えきれずに溢れてしまったような、一筋の涙が流れていた。
「……。」
「私が見てきた政宗さんは、皆に慕われてて、強くて、優しくて……。」
「……俺が作った設定じゃねえか。」
「こんなこと……する人じゃないのに……私のために……!」
ポロポロと涙が溢れてきて、政宗はまたため息を吐く。
もう一度、を抱きしめた。
「役得と思ってるかもしれねえぞ。」
それにははふるふると首を横に振った。
四国に政宗と幸村を飛ばしてしまったことにだけでも責任を感じているだろうに、この状況はどれほどの精神を追い詰めているのだろうか。
「私が、強かったらよかったのに……‼」
「Ha!今ので俺のこと配慮できんなら十分強い。」
「政宗さん……。」
「覚えておけ。不安になったら、俺が何度でも慰めてやるから近くに来い。」
「……ありがとう。うん、とにかく、出来ることを、頑張る。」
が少し口角を上げて笑顔になり、片手で涙を拭う。
「俺も言い過ぎたかもな。余裕が無かったかもしれねえ。」
「でも、小姓のキャラ設定はおかげで定まりました。」
「そうか。聞かせろ。合わせる。」
政宗を見上げて、目を細めて笑う。
「政宗様が大好きで、政宗様の為ならなんでも頑張る小姓くんです。」
挨拶回りと手順の指導をもらい、幸村は部屋に戻ろうと船内を歩いていた。
前方ゆっくりと歩く政宗の背中を見つけた。
政宗とは仲が良くない設定になっている為、誰が見てるかも分からない状況では話しかけない方がいいかと思い無視しようとしたが、政宗がフラフラと足取り不安定なのが気になった。
「政宗殿。どうなされた。」
追いつこうとすればすぐに追いついてしまい、呼びかける。
振り向く政宗は、疲れた顔をしていた。
「てめえ真田幸村……どこへ行っていた……‼!」
「甲板と言っていなかったか⁉」
「おま……お前なあ!!!」
「⁉」
政宗が幸村の肩を勢いよく掴む。
「なんっで俺の傍にいなかったんだ!!!!!いろよ‼!!!!!」
「それがしですか⁉言う相手か台詞を間違えているような気がいたしますが⁉」
幸村ははっとした。
に手を出してしまったのではないか。
殴るという約束が間に合わなかったのではないか。
「いやいやいやいやはあ⁉何をしてるのでございますか早すぎませぬか⁉え……誠に⁉」
「な、なんだ……?」
「に何かしたのですか⁉」
「あ……ああ、そうだ。のことなんだがな。」
「急にそんなスンと正気になるのやめてくださいませんか⁉」
先程までとは打って変わって、政宗が真面目な顔になり姿勢を正す。
情緒不安定だ。
「アンタの苦手分野出しちまって悪かったな。に、俺にそんな役やらせてごめんって言われちまうし、俺ものそんな役も見たくねえなと思ったからよ、少しずつ軌道修正する。」
「は……?」
「身体の関係みたいなもんは出さねえで、ちゃんと俺の身の回りの世話をする真面目な小姓として扱うって話だ。執着出した方が守りやすいと思ったが、逆にに気遣わせちまった。」
「政宗殿は……疲れておるのでは。」
「なんでだよ。」
幸村は疑わしく思いながら目を細める。
「政宗殿と元親殿にあんなことを言われて、にやにやと笑われて、は、政宗殿にそんな役をさせてしまったと謝った……?」
「あ?」
「そんな余裕がにあると……?外聞が悪い、不愉快、なら分かりますが。」
「…………。」
政宗が珍しくきょとんとした顔をする。
「……それで、は?」
「掃除の仕方を習いに行っている。俺はこれから元親に調理場の案内をしてもらう。」
「……そうですか。では、俺は部屋に戻っている。」
「おお……。」
幸村と別れ、政宗は今度はいつもの調子で元親の部屋を目指す。
「……。」
確かに、一応の為と思って言っていたわけだが、元親にそういう想像をさせてしまう言葉たちだ。
はそれでも、俺が本意でああしてるわけではないと許して、ずっと信じてくれていたというわけだ。
「俺と向き合って、そういう思考になってるわけだ……?」
片手で着物を支えて胸を隠して、涙で潤んだ瞳で見上げられて、大好きなんて言葉が飛び出して、こっちは理性を飛ばしそうになったというのに。
「……努めるか。」
は元親の家臣に掃除用具の説明を受けていたが、まだ動揺が消えていなかった。
思い出すとどきどきしてしまう。
小姓の設定を伝えた後、政宗は突然壁に頭をゴスッッと音を立ててぶつけたのだ。
「……(突然発狂したのかと思った……)。」
幸い血も出ずに済んで安心したが、二度とやらないで欲しい。
「船内の掃除だから陸での掃除と特別変わったことはねえと思うんだけどよ。」
「はい。すぐに覚えられそうです。」
「そうか。じゃあ明日から頼んだ。あともう一つ。」
「はい。」
「あっちは立ち入り禁止だ。」
太めの柱に隠れて目立たない細い廊下を指差す。
そこからは扉が三つ見え、その先は暗くてどこへ続くのか分からなかった。
「掃除しなくていいんですね?」
「ああ。部外者はなるべく近づかないでくれ。」
「わかりました。」
理由が気になってしまったが、政宗がカラクリ、と言っていたことを思い出す。
何か兵器を保管しているのかもしれないと思い、ただ頷いた。
掃除をするエリアは甲板とも調理場とも距離があり、政宗と幸村とばったり会えるかも、という期待は消えてしまった。
部屋に戻ると鍵がかかっている。
そういえば鍵は政宗が持っていたままだと思い出し、コンコンとノックをする。
少々お待ちを、と幸村の声が聞こえる。
扉を開けた幸村は、片手で着物を整えていた。
「お着替え中でした?急かしちゃいましたね。」
「はは。この程度問題ありませぬ。」
仕切りの先にはいかずに、幸村の隣に座る。
「漁はどうでした?」
「それ程技術はいらぬ力仕事を任された故、多少は役に立てそうだ。」
「よかった。私もなんとか大丈夫そうです。」
幸村が一度笑顔になると、すぐに下を向いてしまった。
言いにくそうに口を開く。
「……その、先程政宗殿に会いまして、様子がおかしかったのだが、何かありましたか?」
「突然壁に頭をぶつけました。私もよくわからなくて……。」
「なるほど?」
自制したのか……と幸村は察した。
「小姓の設定も修正するとお聞きしました。よかった。あのようなことを言われては不快でしたでしょう。」
「大丈夫。」
「無理はなさらず……。」
「幸村さんも、政宗さんも、私の時代でいっぱい嘘をついてくれたでしょう。私も、状況打破の為なら平気です。」
「……。」
本当に、どこまでも優しい方だ。
幸村がの手を取る。
「俺は、政宗殿とは仲が悪いが、の事は好いている、という設定でいきます。」
「あ……ありがとう、ございます。」
好いているのは設定ではなく本当なのだが、と頭の中だけで考える。
もし可愛い反応をされては、自分も壁に頭を打ち付けることになりそうだ。