ゆらゆら船旅四国編 第3話
翌日、はせっせと廊下の掃除をしていた。
「おう、頑張ってんなあ!!どうだ?俺の船は。」
「元親様。」
はどうしても元親を怖がってしまっていたが、船内をちょろちょろ動いて掃除するため顔を合わせることが多かった。
アニキと呼ばれ慕われ、爽やかな笑顔を見せてくれる元親にの苦手意識も薄れてきた。
ただ、元親の服にはどうも慣れない。
「(お肌の露出が気になる……。)広くて……掃除には大変ですが、珍しいものも多くて見てて楽しいです。」
「ははは!!そうだろう!?俺の部屋も頼むぜ!!」
元親がバンバンとの背を叩き、そのまま歩いて促した。
「元親様の部屋に?」
「おう!!珍しいもんみせてやるぜ。」
船のテンションにもだんだんと慣れてきていた。
元親の部屋には南蛮で購入したのだろうと思われるものが多く置いてあった。
ふわふわの絨毯に、どこかの民族のお面、それに
「え、こ、これ、象牙!?」
大きな牙がごろんと転がる。
うっかり声に出してしまった。
「お?お前よく知ってるなあ……さすが政宗の小姓。」
「見たのは、初めてです……。」
一体どこへ行ってきたのだろう……。
ヨーロッパのほう行けばこういうのは手に入るのかな……?
でも、絨毯はタイとかインドっぽい……
コミュニケーションとかどうしてるんだろう……
興味はあるが詳しく聞けないのが悲しい。
「モトチカ!モトチカ!!」
「!!」
「おう!」
気がつくとドアから色鮮やかなオウムが入ってきて、元親の肩に止まる。
「わあ……綺麗。」
「ピーちゃんだ。」
「ピーちゃん。」
なんて可愛いネーミングだ……。
「元親様、座ってください。」
「はいはい。」
「可愛い……。」
ピーちゃんの頭を優しく撫でる。
ピーちゃんは大人しく目をぱちぱちさせていた。
元親は喜ぶを微笑みながらずっと見上げていた。
「……女みてえな顔してんな。」
「!!気にしてるんですけど。」
「そうか、悪ィ悪ィ。」
元親が仕事を始めるので、は窓周りの掃除から始める。
ピーちゃんは大人しくして、首をきょろきょろ動かしていた。
そこへ、一人の家臣が元親を呼びに現れる。
「……アニキ。」
「ん?ああ……。」
は邪魔になるかなと様子を見るため振り返る。
その家臣の表情はあまりに辛そうにしていて、何かあったのかと心配になってしまう。
元親が立ち上がり、に声をかける。
「テキトーに掃除したら、次は隣も頼む。」
「はい。」
そう言って、出て行ってしまった。
ピーちゃんと視線を合わせる。
「何かあったのかな。」
「ピイ……。」
ピーちゃんまで、寂しそう。
「……。」
窓から外を見ると、穏やかな海と青空が広がり、慌てることは何もないように思える。
しかし日差しは強い。
熱中症、もありえるのだろうか。
もしかすると手伝えることがあるかもしれないと、こっそり、後をつける。
「んっ!?」
「ピイ!」
「ピーちゃんも行く?」
ピーちゃんが頭に乗る衝撃で驚きの声が出てしまった。
見つかってしまったら、ピーちゃんが逃げたのを追いかけてきた、で通せるかな、とも考える。
元親が向かったのは、部外者立ち入り禁止と言われていた場所だった。
「ああ~まずいかな~ついていったら……。」
いつも大股で歩いていた元親は、今は静かに歩いている。
一室の扉が開いて、中から手が血で汚れた家臣が元親を招き入れる。
「血……?」
怪我をしているのか。
これ以上は、政宗や幸村にも迷惑をかける危険があると分かりながら、戻ることが出来なかった。
周囲に人がいないタイミングで、は忍び足で扉に近づく。
簡素に作られている鍵穴から中が覗けるというのは、借りた部屋で確認済だ。
どきどきしながら覗くと、三人、布団に寝ているのが見えた。
その横で、元親は優しく笑っていた。
会話が聞こえてくる。
「……すまねぇ……アニキ……。」
「何言ってんだ、もうすぐ四国に戻れる。それまでの辛抱だ。」
……病気、だろうか?
「今はゆっくり休んでろ。四国着いたら何が食いたい?肉がいいか?」
「アニキ……俺、戦場で死にたかったなあ……アニキ守って、死にたかったなあ……。」
「……大丈夫だって、言ってんだろう!!何情けない事言ってやがる!!それでも海賊か!?」
元親の声が震えていた。
げほげほと、寝ている男がむせる。
「……。」
乱れた布団から露出していた太ももに、大きな痣を見つける。
本でしか見たことがなかった。
大航海時代の、有名な話だ。
コンコン
「誰だ?」
「失礼、します!!」
扉を開けると、ピーちゃんが先に中に入り、元親の周り旋回する。
「手伝わせてください!!」
「お前……‼」
元親の返事を待たずに、は横になる彼らの様子を見る。
「何してんだ!!ここの掃除は頼んでねえ!!」
「掃除、休憩させてください!!」
「立場が分かってねえのかあんたは!」
元親が立ち上がって、を部屋から追い出そうと手を伸ばす。
「はは、いいじゃねえっすか……アニキ……死ぬ前にそんな可愛い女の子見れて……幸せ……。」
はあはあと息を荒げながら、男は喋る。
は放っておけなかった。
「残念でした俺は男なので生きましょうねえ!!お口の中を失礼します!」
「な……あんた何を……⁉」
「元親様!!離してください!!」
の今にも噛み付きそうな剣幕に、襟元を掴んだ元親は驚いて力を緩めた。
は弱ってる男の口の中を見る。
歯が何本か脱落し、歯肉からの出血を確認する。
体の方には、過去の戦で出来たであろう古傷が開いている。
「……壊血病だ……‼」
「おい!!」
元親が乱暴にの左肩を引っ張った。
初めて見た壊血病への動揺もあったは抵抗が出来ず、そのまま部屋の外に連れ出される。
ドアがばたんと乱暴に閉まる。
元親はの肩を掴んだまま、壁に叩きつけた。
「ここは立ち入るなと聞いていなかったか⁉勝手な事をするな!!海に突き落とされてえか⁉」
「いっ……!……それは謝る……‼でも俺はあの病気を知ってる……‼治療を、手伝わせてくれ……‼」
「なんだと……⁉ふざけた事言ってんじゃねえ!!てめえになにが分かる?一体今まで何人、あの病気で死んだと思ってる!?」
「元親様……。」
「どんだけ、どんだけ、俺が、治療法を探し回ってると思う!?なんでてめえのような小姓ごときが知ってるっていうんだ!?」
容赦なく元親の指がの肩に食い込む。
は痛みに顔を歪めた。
ただでさえ通る元親の声が怒号を発すれば、人が集まってくる。
政宗も何事かと調理場から一歩出ると、小姓、という言葉が聞こえて走り出す。
「話を聞いてくれ……‼」
「ああ、聞いてやる!!今ここで‼!!言ってみろ、なんでそんなすぐ分かる嘘を言い出したかってなあ!!」
「おい!何してんだ!!そいつを放せ!!」
「うるせェ……黙ってろ独眼竜……!!……ああ?そうか……。」
元親の声はひどく低く、鳥肌が立った。
ふ、と鼻で笑い、の顎を掴む。
「そう言って、俺の機嫌をとりゃ、独眼竜と自分を助けてもらえるとでも思ったか?」
「……‼」
幸村も異常を察して駆け付ける。
野次馬をかき分け、二人の様子が目に入り、元親殿!‼と叫ぶ。
は政宗と幸村の姿に目は向けず、俯いた。
「……俺が…………してるって……?」
掠れるような声で呟き、元親が眉根を寄せる。
「なんだ?聞こえねえ……。」
「俺が、死にそうな彼らを利用して、自分が助かろうとしてる、って?」
が、掴まれていない右腕で、元親の胸倉に掴みかかった。
「心外だ……‼謝罪を要求する……‼」
「んだと……?」
政宗と幸村ががそんなことをするとは予想できず、目を見開く。
「元親様が救えなかったのは海賊だからだ……俺が出来るのは医学の道を志しているからだ……簡単な話だ!!」
「‼」
「交渉に問題があったのは謝る……‼だから……だから……」
それ以上、言わせてはいけない、と政宗と幸村は直感する。
だがの言葉を止めるには、二人との距離がありすぎた。
「元親様はこんな簡単に俺を捻り上げられるんだ!!俺が疑わしいことをしたら、彼らが助からなかったら、俺を殺せばいいじゃないか!!」
自暴自棄ではなく、元親を睨みつけながら発した言葉だった。
元親の手が弛む。
やっと駆け付けられた政宗が元親の腕を払いのけ、を引き寄せた。
「独眼竜!!教育が足りねえぜ、そいつ……。」
「何アンタまで頭に血が上ってんだよ‼」
「……伊達政宗、真田幸村、会話を聞いていたな。」
は解放されても、威嚇する猫の様に興奮状態が収まっていなかった。
「そこに、原因不明の病で伏してる奴らがいる。こいつが治してくれるそうだが。」
元親が部屋を指差す。
「まあ、何か手が出せるかも怪しいがな。いいだろう。の命を預かる代わりに、好きにやらせてやる。」
そう言って、元親は去っていく。
「、無茶すんじゃねえよ……‼」
「、大丈夫か?」
遅れて幸村も駆け付ける。
心配する二人の顔を見て、は深呼吸をする。
「騒いでごめんなさい。でも俺は、彼らを助けたい……。」
が病室となっている部屋へ足を向けるのを、政宗が止めて前に出る。
男数人、病室への立ち入りを封じるように睨みつけながら立っていた。
これまで治療に当たっていた者だろうか。
手が出せるかも怪しい、というのは、彼らに認めてもらうことが第一条件ということか。
「……待て、まず俺が……。」
「ん?政宗様、お部屋行けない、どいてくださいます?」
状況が分かっているのかいないのか、のきょとんとした声に政宗の力が抜ける。
は政宗を避けて、身軽な足取りで彼らへと向かっていく。
睨んでいるのに全く警戒しないの行動に、男たちもやや動揺していた。
「貴方方が、今までずっと、あの病気と戦ってきたのですね……!」
その一言。
そのたった一言で、男たちはへの警戒を解いた。
政宗と幸村も、病には門外漢だが分かる。
死する仲間を見届けてきて、辛い思いをずっとしてきた、その彼らの気持ちを汲み取った言葉だ。
説得する相手じゃない、敬意を示すべき相手への言葉だ。
「と申します。元親に、失礼な行動をしてしまいました。行いでお詫びをしたいと思います。手伝わせてください。」
「……その前に、あんたが知ってるこの病のことを話せ。もう俺たちが試した治療法なら、追い払う。」
「待ってくれよ。やったことあっても、やり方がまずかったかもしれねえだろ……!ここまでしてんだこいつは……協力してもらおうぜ……‼」
筋肉質の男がに厳しい言葉を吐くが、痩せ型の男はそれをなだめる。
「俺、この病、嫌なんだ……。あんなに勇ましかった奴らを弱弱しく変えちまう……。戦で死んだ方が良かったんじゃないかって何度も思って……。」
「もちろん、病の事は話します。皆さんの協力が無いと俺一人では無理なのです。」
病室の隣の部屋に通される。
政宗と幸村もそれについていった。
「あの病は、壊血病といいます。身体の中で、ビタミンCという栄養素が少なくなって起こります。」
心配などはもう不要にも思えるくらい、元親の家臣はの言葉に熱心に耳を傾けた。
「びたみんしー……?」
「新鮮な果実などに多く含まれています。長期間の航海では保存食を食べますよね?それでは摂取することが難しくて、欠乏してしまうんです。あの、地図はありませんか?」
「待ってろ。」
一人が小走りで部屋を飛び出す。
残る男たちが、心当たりを話し出す。
「果実……?俺たちは、食った。ほら、港で……‼」
「アニキが休暇をくれて……でもあいつら……船、心配だから残って……‼」
俯く彼らには声をかけなかった。
壊血病になってしまった彼らは、仕事に熱心で、軍の為に尽くしていた人たちなのだろう。
「地図だ!」
「ありがとうございます。」
受け取って、机に広げる。
「教えてください。現在位置と、近くに果実が手に入りそうな場所はありますか?」
「ならこの島と……こっちは、無人島だから自分たちで採らねえといけねえが……。」
「どっちも寄りたいですね……。元親様になんとか……。」
「おれが交渉する。」
地図を持ってきた男がすぐに反応し、地図をもって部屋を出て行こうとする。
「大丈夫なんですか……?」
「おれの家はずっと長曾我部家に仕えてきたし、戦果だって十分に挙げてる。元親様だって無視できねえと思うし、冷酷な方じゃねえよ。」
そう言って出ていく男の背を見送る。
ならば信じて、果実が手に入る前提で話を進める。
「政宗様、果実を絞ってジュ……飲み物にしたいのですが、そのような余裕はありそうですか?」
「ある。航海も終盤だからか食材も絞られて調理にvariationがねえ。内容も工夫すりゃ四・五人は回せる。」
「圧搾機のようなカラクリもあるかもしれぬな。」
「幸村様……‼それだ……‼」
ちらりと、元親の家臣を三人で見る。
わかったと頷いて、一人を残して部屋を出て行った。
「本当に……果実を食わせるだけでいいのか……?」
訝しげな声にはこくりと頷く。
「あと、出血は地道に治療していかないと。あとはあちらのお部屋でお話させて頂いても?」
部屋を移動して、今度は病状の確認をしながら話をする。
は室内を見回し、止血と、何らかの薬で治療しようとしていたのだろうと察する。
「紙と筆、頂けませんか?」
「あ、ああ。いいが……。」
「状態を記載していきます。私も、実際に病気と向き合うのは初めてなので……。」
「状態を……?」
「どこにどんな傷があるか。出血があるか。その際に、これまで見てきたものとは違うと思うようなことがあれば教えてください。」
「わかった。」
「いつ頃からどうなったか、これまでの経過も教えてください。あと、もう少し明かりと、強いお酒と、綺麗な布があれば欲しいです。少し高さのある寝台はございませんか?あと私は消毒……切り傷に塗りたい薬が部屋にあるので取ってきます。」
「待ってくれ、もう少し人手がいるな?呼んでくる‼」
「お願いします!」
部屋に、と政宗と幸村の三人になる。
「ムムム……。」
が頭を抱えて唸りだす。
「どうした。」
「もっと……もっと何か用意したほうがいいものはないか考えています……。」
唸りながらうろうろと歩き回り、ぶつぶつ小言を言っているうちに、部屋から出て行った男が帰ってくる。
「航路変更の許可が出た!今日中に果実が手に入りそうだ!」
「圧搾機ってこういうのでいいのか?見てくれ!」
「よかった!今行きます!政宗様、飲み物の方、指揮をお願いしてよろしいですか?」
「OK、やってみようじゃねえか。調理場に行ってくる。圧搾機が使えそうなら運ばせてくれ。」
「幸村様、一緒に、手当をお願いします。」
「あいわかった。上の者に申してくるのでしばし待たれよ!」
政宗と幸村が各々の場所へと向かおうと廊下に出る。
「……おい、真田幸村。」
「何でございましょうか。」
「つい昨日、空気に耐えられなくてゲロってた奴がいた気がするがどこ行った?」
幸村もの変貌ぶりに驚きを隠せなかった。
「あれがの、譲れぬ義なのでしょうな。」
「見たか、元親に迫ったあの形相を。そのうち誰かを救うために誰かを殺しそうだ。」
「本末転倒ではございませんか。はそのようなことは致しませぬ。」
「……そうだな。」