ゆらゆら船旅四国編 第4話



島に上陸すると、小さな村があった。
店で果実を買う以外にも事情を話すと譲ってくれる者もいたが、量に不安が残り、許可を得て山に入る。
幸村にプレゼントしたオペラグラスを使いながらヤマモモやレモンを見つけ、ひたすら採取して日が落ちる頃に船に戻る。

「政宗様、俺も持つよ。」
「いい。」
「でもそれじゃ俺が来た意味が……。」
「あるだろ。がいなきゃどれを採ればいいのか分からなかったんだからな。」
「そうかもしれないけど……。」
「……肩、痛ェだろ。」
「……。」

元親に思い切り掴まれたところは、痣になっていた。
肩が上がらない。

「……元親様に、謝らないと。」
隣で聞いていた幸村が首を傾げる。
「必要ないでしょう。は本当に病の事が分かる。」
「大切な部下がこの病気で亡くなるのを何度も見てきたようだったし。治し方探して、でも見つからなくて……それを、俺は知ってるって簡単に言ったんだ。怒って当然だ。」
「だからって、そこまでされる覚えはねえだろ。いいんだよ。あいつに謝らせろ。お前だって、あいつら助けたくて必死になってそう言ったんだろうが。」
「うーん……。」
「……申し訳ありません。」
「「「!!!」」」
聞いたことない声に三人がびっくりした。

「私は、久武親信と申します。あの、せっかくのご厚意に元親様がご迷惑をかけまして……。」
「あ、ど、どうも……。」
やけに腰の低い人だ。
「……俺たちの事はどう紹介されている。」
「私には知っている限りを。他の者には身分を隠して来客と。」
「……そうなのか?」
「はい、大丈夫です。元親様はあなた方に恩を売る気でしたから。」

つまり、どこまでかは分からないが、無事に送り届ける気でいたということか。

「ですが……この話が本当なら、逆に我々が礼をせねば。」
「ah?それほどのもんか?」
「ええ、もちろん。あの病の治療法が判って…」
「あ、あの!!」
が親信の言葉を遮る。

「広めるとしたら、噂、にしてくださいませんか?」
「え?」
「あの、予防法を発見した、じゃなく、果実が予防に効果的なのではないか、と、噂を……。」
「……なぜ?ちゃんと証明できれば、元親様は必ずあなたの手柄としてくださいます。この日ノ本だけではなく南蛮まであなたの名前が知れ渡るかもしれない。」
「……だから、です……。」
「よく意味が判りませんが……っと!?」

政宗が親信の肩に肘を置いた。
「おいおい?こいつの要求が飲めねえか?命の恩人になる予定だぜ?」
「はあ……しかし……。それならば尚の事……。」
「この話は後にしましょう。」
「はい。早く、これを飲料にしないと。」

急ぎ船に戻り、圧搾機と人の手を使い飲料を作る。
ここは政宗に任せ、と幸村は病で伏せている三人の出血の手当てをした。
は持ってきた包帯やガーゼを使って、開いた傷口の衛生状態を少しでも良くしようと試みる。

、水を。」
「はい。あ、幸村様、足の方の傷が少し……そっちの止血を先にお願いします。」
「あ、すまぬ、気付かなかった……。」
室内が暗く、蝋燭とランプも追加する。
部屋がやや明るくなり、は幸村の顔に汗がにじんでいるのに気付いた。

「幸村様、少し休んでは?」
「‼」
幸村に近づき、布の切れ端を額に優しく当てて汗を拭う。
慣れない作業で休憩なしで頑張ってくれているのだ。

だって一時も休んでいないではありませんか。を置いて休むなど……。」
「俺はほら、多少知識はありますし。」
「しかし……。」
「……こう言ってはなんですが、経過に興味もあるのです。」
に手を引かれ、部屋の隅に案内する。

「……では、の手際を見て学習する時間とします。」
「ふふ、熱心ですね。」

座って、が包帯を変える姿を観察する。
頭がぼうっとして、自身の疲れも感じていた。
元親の家臣も長く治療経験があるのか、迷いのない手つきで治療にあたっていた。

「……元親殿は、どこに行ってしまったのだ……。」
幸村がぼそりと呟く。
「……。」
船に戻って出航してから、元親の姿は見えなくなった。

「……凄い人ですよ。」
?」
「この人たち、脱力感で鬱になってもおかしくないのに……アニキアニキって……。」
「……そうですな。」
「こんなにも、この人たちの支えになってる……元親様は、立派な方だよ……。」
「……。」

元親は、その部屋の扉に気配を消して寄りかかっていた。
「……ちっ」
静かに扉を開ける。

「元親殿。」
「……何か手伝わせろよ。」
「替えのお水、持ってきて頂けませんか?」
「分かったよ。」
元親はすぐに部屋を出ていった。

元親の目はしか見ていなかった。
優しい空気と労りをもって。
「……。」
幸村が口を真一文字に結んで、不快感を露にした。
「幸村様?」
「男装が意味を成さぬっ……!!」
「?」




政宗が飲料を持ってやってくると、上半身を起き上がらせて少しずつ飲ませていく。
さすがにどのくらい飲ませればいいのかまでは判らなかったため、ある程度飲ませてまた寝かせることを繰り返す。
作ろうと思えばすぐ作れる体制が整っているというので、様子を見ながら量を考えることにした。

元親が水を持ってくると、あとは俺たちがやるからお前らは休めと言ってくれた。

寝室に行き、自分たちも作った飲料を飲んでみる。

「すっぱい!!」
幸村が梅干を食べたような顔をした。
「そうですか?おいしいですよ?」
「すっぱいでござる~!!砂糖はないでござるか~!?」
「贅沢言うな、幸村。死ぬぞ。」
「……うう。」
「いや、私たちは大丈夫ですよ……たった5日間の船旅だし……。」

ランプの光で部屋の中は明るい。
波に揺られる船の中、戦国時代ではないどこかに迷い込んでるような感覚になった。

「……みんな、心配してるかな……。」
「こういうときは成実がしっかりしてるから、小十郎は大丈夫だ。」
「ああ、お館様……某のことを考えてくださっているだろうか……。」
幸村が恋する乙女のような顔をする。
「……(かすがみたいだな)。」
「風魔小太郎の情報網は半端ねえ。」
「え!」

政宗の言葉が一瞬理解しがたかった。
失礼ながら、あの寡黙の小太郎ちゃんが?

「それでも見つからない……。それが国外にいるって事に結びつくかどうかだな……。」
「小太郎ちゃんて、すごいんだ……。」
「伝説とまで呼ばれている男だ。惚れる奴ァいくらでもいる。……ま、ちょいと調べただけだけどな。なかなか謎な部分が多すぎんぜ、あいつは。」
「小太郎ちゃんが政宗様に仕えたら、笑いが止まりませんな…。」
「小太郎のご主人様が何をおっしゃる。」
「友達!!」
「言ってろ。」

政宗がごろんと横になった。

「ふぁーあ。さっさと陸に上がんねえかな……。揺れるbedはもう結構だ。」
「政宗さん、部屋の鍵貸してくれないかな?」
「別にいいが……どこか行くのか?」
「病室に。」
「!」
「え?こんな夜にでしょうか⁉危険でございます!!」
「政宗さんと幸村さんは休んでて。私の場所も使っていいから。」
「しかし……‼」
「交代しながら、様子見するから。」

に迷いもなく、政宗と幸村が何を言っても従うことは無いように思えた。
「俺たちが出来ることは?」
「休んで、明日の為に体調整えてください。部屋に来たら私お昼寝してるかもしれないけどびっくりしないでね。」
「わかった。休める時には必ずゆっくり休めよ。」
「はい!」
「政宗殿……。」
「何かあったらすぐ俺を頼れ。」
「某も‼」
「はい。頼りにしています!」





二時間ほど病室で様子を見た後、は部屋に戻った。
仮眠をとって、翌日、政宗と幸村がまだ起きないうちにまた病室へと向かった。

「‼」
扉を開けると、元親がいた。
まだ朝日も昇っていないが、海賊の朝は早いのだろうか。

「……よう。」
「おはようございます、元親様。」
元親への挨拶もそこそこに、は酒で手を洗って症状を見る。
昨夜見た様子と変化なく、とりあえず悪化はしていないことに安堵した。
表情も苦しそうな様子もなく、熟睡している。
あと一時間ほどしたら飲料を持ってこようか、と考える。

「……上手くいってるのか。」
「まだはっきりと言えません。一気に飲ませてもいけないものなんです。下船したあとも果実を摂取させてください。」
「そうか。」

元親は、彼らのこんなに穏やかな寝顔を久々に見たと思っていた。
部屋に来れば、アニキ、と笑顔を向けてくれた。
心配させないように、無理やり作った笑顔を。

「……。」
壁に寄りかかり、元親が俯く。
それにが気付いた。

「あ……俺、戻った方がいいですか……?」
「いてくれ。」

本当かどうかまだ分からないのに、目の前にいるなよなよとした人間が、どれだけ希望をもたらしてくれたのだろう。
この部屋に入るだけでも一日かかるのではないかと予想していたのに、一気に家臣を信用させて。

そんな人間に、俺はなんて言葉を吐いたのだろうかと、元親は謝る言葉を探していた。

。」
「はい。」
「一つ、変更する。こいつらがこの先どうなろうと、あんたの命は取らねえ。」
「……ありがとうございます。」
「それで掃除係に戻っても、文句は言わねえ……。」
「ならば、自分の意志で、ここに通わせて頂きます。」

縁もゆかりもない人間に、この戦乱の世でどうしてそこまで思えるのか。
話せば話すほどに理解が出来ない。
ちょっと前まで、怯えてふらついていた人間が。

「元親様。」

そう呼ばれて視線を上げると、目の前にがいた。

「元親様も、おやすみください。少し顔色が悪いような……。」
「……。」
「眠れてなかったんですか?」
「……そうだ。もう、無理だと、思っていたからだ。」
ずるずると、壁にもたれながら、元親が座り込む。
もそれを見て心配になってしまい、しゃがみこんで視線を合わせた。

「野郎どもを弔うのは、何度やっても慣れねえよ……。こうやって、どんどん弱ってくのを見るのは……尚更……‼」
「元親様……もう、大丈夫ですから……。」

そっと、元親の腕にが手を添えた。
小さい手に、細い腕だ。
元親が反対の腕で触れ返すと、はびくりと身体を震わせた。

「あ、すいませ……。」

あんなに強く掴んで叩きつけたんだ。
思い出して怖がらせるのも無理はない。

「すまなかった……。」

今度は優しく、肩を撫でる。
きっと痣になっている。
動かすのも痛いかもしれない。

「大丈夫です。そういうことは、俺が成果出してから言ってくださいよ。その方が、ひゃっほー!俺やったぜー!!!って気持ちになります。」

そんな状況で、元親に笑顔を向け、元親も笑わせるようなおどけた口調で話し出す。
政宗がこいつにこだわるのも分かる。

「俺に悪いと思ってるなら、じゃあ、元親様、俺のお願い聞いてくれませんか?」
「なんだ?」
「今落ち込めるだけ落ち込んで、日が昇ったら……皆にいつもの元親様の顔を、見せに来てください。」
「……ここにか?」
「元親様の笑顔が、皆の元気の源なんですから。元の元親様に、戻ってください。」

こんな奴が小姓になってくれたら、絶対に手放さない。

「約束する。」
「ありがとうございます。」
「……必ず。」


そう言った後で元親は、半刻ほど仮眠をとると部屋に戻っていった。
部屋を出て、廊下で、元親の背が見えなくなるまでは見送っていた。

そこへバサバサと羽の音が聞こえる。
「モトチカ!」
「あ、ピーちゃん!元親様はお部屋に戻ったよ。」
そのままの肩に止まってしまった。
「ごめんねピーちゃん、ピーちゃんはこの部屋立ち入り禁止なの。」
!!」
「あれ?ピーちゃん俺の名前覚えてくれたの?」
「ンン~~~」

名前を言い出したかと思えば、唸りだす。
その姿が可愛くて、はふふ、と笑った。

少しなら問題なさそうだ、と思い、ピーちゃんを籠に返しに元親の部屋に向かう。

「元親様、お休み前に、すみません。」
「どうした、入れ。」

扉を開けると、元親は寝間着に着替えていた。

「ピーちゃんをお返しに。」
「ああ……。いねえと思ったら、飛び回ってたのか。」
「俺の肩に止まっちゃって、お部屋には入れられないので。」

元親が籠を開けて名前を呼ぶと、ピーちゃんは飛び立ってそのまま籠に入っていった。
良い子だなあと感心する。

「じゃあ俺はこれで……。」
。」
「はい。」
元親が窓からまだ薄暗く星が見える外を見たまま、名前を呼ぶ。

「元に戻るのは、日が昇った後という約束だ。」
「え、は、はい……?」

元親がを怖がらせないようにゆっくりと近づく。
背に手を回し、優しく抱き寄せられる。

「……‼」
すっぽりと腕の中におさまり、着物の合わせ目から元親の厚い胸板を直に感じてしまい、は顔が真っ赤になるのを抑えられなかった。

「元親様……!」
「これ以上はしねえ。少しだけ許せ。」

これ以上してしまったら、政宗と一緒だ、と考えてしまう。

政宗に苛立ちを感じてしまう。

も政宗を想っていて、喜んでいるのかもしれないのに。

を慰み者のように扱っていた、政宗が今は許せない。

俺だったらきっと、もっと幸せにしてやれると思って仕方がない。