ゆらゆら船旅四国編 第6話
予定なら明日、四国に着く予定だ。
政宗と幸村とが元親に呼び出されて、元親の部屋で待機していた。
政宗はいらいらした顔を隠さずに胡坐をかいていた。
「政宗殿なぜあんなに不機嫌なのでしょう?」
幸村が隣にいたに小声で話しかける。
「わかりません……。」
もちろん分かっていたが、幸村にまで知られたくなかった。
「遅くなったな、悪い。」
現れた元親は、にあんなことを言ったあと、たいして時間が経ってないとは思えないほど冷静で真面目な顔をしていた。
「まず、壊血病、についてだ。これまでにない状況になっている。」
はドキリとした。
傷口に何かが起きたりしただろうか。
「古傷が開かなくなり、全身の出血もない。顔色も良くなっていて、前向きな言葉を発するようになった。回復している、と言っていいはずだ。」
はほっとした。
自身でも確かめてはいたが、皆にも理解できるほど変化が見えていて嬉しい。
「長曾我部軍一同、この度の尽力に感謝する。」
元親が頭を下げる。
は慌てたが、これは政宗の功績になるんだろうか?とちらりと政宗を見る。
しかし政宗は相変わらずいらいらしていて、おい!!!と言いたくなってしまった。
「それだけじゃねえだろう。」
政宗の言葉に元親が頭を上げる。
「礼として、四国に一度寄ってからになるが、その後真田幸村、伊達政宗の希望の地まで船で送り届ける。」
幸村の顔がぱああと明るくなる。
政宗はまだ険しい顔をしていた。
「それで。」
「客人扱いしたい気持ちはあるが、やはり本多忠勝を見たという目撃情報は皆無だ。しかしアンタらに敵意が無いのはもうわかった。四国までは今与えた仕事を全うしてくれ。それで不問とする。」
も幸村もこくりと頷いた。
政宗は姿勢を崩さない。
「で。」
「あとは交渉をしたい。を俺に譲れ。」
「!?」
良い報告ばかり聞けると思った幸村は驚いて目を見開いた。
「今回の件で、独眼竜、あんたも分かっただろう。はもっと表に出るべきだ。しかしあんたは籠に匿うみてえな扱いをしてるな。」
「なんだと?」
「俺ならもっとに世界を見せてやれる。その中でもっと成長させることが出来る。なあ、そうなったら絶対に楽しいぜ?保証する。」
「元親様……。」
「俺にはお前の力が必要だ。ここに残れ。」
強引な元親は怖かったと、は今でも思う。
でも、部下を心配していた元親も、励まそうと優しい言葉をかけていた元親も偽りのない姿だ。
元親は自分の利の為だけでそんなのことを言ってるわけではないと、信じたいとは思った。
でも、残るわけにはいかない。
「言いてえことは分かった。俺のやり方が気に入らねえと、何も知らねえアンタが吠えてるだけだってな。」
「ふざけるな。これだけの知識をもっている奴に床の世話させてる奴の気が知れねえって話だ。」
「こいつを大事な場所に連れて行けるか。アンタみたいなやつが大量発生だ。害虫みてえにな。」
「政宗様……!」
それは言いすぎだと、が政宗を止めようと身を乗り出したが、空気から伝わってくる政宗の怒りにびくりと震える。
「……こいつは、色々事情がある。俺はに平穏を与えたい。」
「……平穏だ?」
その場しのぎには聞こえなかった。
幸村もも、政宗がそんなことを思っていたとは知らなかった。
二人で顔を見合わせてしまう。
「の知や言葉、思想はその場を豊かにする。その価値を認め、それは俺が背負う。が、功績を残すことを望むなら別だが。今、にその余裕はねえ。」
「だからって……!」
元親が政宗に迫る。
今にも殴りかかりそうになり、咄嗟に幸村が飛び出した。
「元親殿!!」
「てめえの捌け口にすんのが平穏だっていうのか!!??」
も慌てて政宗に駆け寄って肩を掴む。
「元親様!お願いします!このお話、一度俺たちだけの時間をくださいませんか!?」
も必死に叫ぶと、元親が動きを止める。
幸村を振りほどいて、舌打ちをする。
「分かった。の意見だから聞く。それだけだ。」
「失礼します!政宗様、幸村様……お願いします。一度お部屋に……!」
「話すことなんざ……。」
「政宗殿。一度出直しましょう。」
政宗も舌打ちをして、足早に部屋を出る。
幸村とは元親にお辞儀をしたあとついていった。
政宗は不機嫌を隠さないまま、部屋の扉を勢いよく開けてどかりと胡坐をかいて座る。
一体何の話があるっていうんだ、生ぬるいこと言ったら話し合いは放棄する、とまで思い、入ってきたを見ると、青ざめた顔をして焦っていた。
「……おい。落ち着け。なんか……その、逆にあれだ、置いていかねえから。」
「ありがとうございます!!いや、だってあの、あのあれ元親、様、絶対勘違い爆走中じゃん!!??」
「ああ~~、政宗殿、声が漏れたらまずい感じですな~~気休めですが布の向こうに行きましょう。」
そして落ち着きましょうと、幸村がと政宗の背中をぽんぽん叩く。
礼儀正しくないを久々に見た気がする。
布を隔てて、三人でひそひそ話を始める。
「元親が勘違い?」
「えっ⁉なんで政宗さんきょとんとしてんの⁉」
「すまぬ。俺もうまく事情を把握しきれないのだ。元親殿があのようなことを言い出したのは治療が成功した影響だな?」
「そ、そうかと。」
「それを恩に思ってくださっての今後の対応だ。しかし元親殿は、が欲しくなった。を手に入れるには政宗殿が邪魔であのように……?」
「Ha!俺という主人を言いくるめられねえで文句言うばっかりなんてどういうことだよ。」
は、あ、政宗さん本当に分かってないな!?と思った。
私が説明するのか……という絶望感だ。
「だ、だから、元親さんは、その……。」
「何か分かったのか。」
「これまでのことから、私と政宗さんのことを勘違いしてるんですよ……!」
「え?武将と小姓の関係であることはこのまま通した方がいいと思いますぞ!?」
「だ、だから、そこじゃなくて……。」
そもそもなんていえばいいんだとも悩んで目が回りそうだ。
「元親さんは、わ、わたしと、政宗さんが、その……す、助平なことばっかりしてると、思ってるんですよ!!!」
言うと同時に真っ赤になった顔を両手で隠す。
しかし周囲が静まり返ってしまい、はおそるおそる手を離す。
「「…………。」」
政宗も幸村も、目を丸くして顔を真っ赤にしていた。
クッ……!!なんだその可愛い反応はクソ……!!!!!!!!とは床に両手をついて項垂れた。
「あ、床の世話とか例えが下ネタ多いなとか捌け口ってなんだ?と思ってたがそういう……元親、あいつ……。」
「それ以上言わないでくだされ!!あ、やはり最初の設定が尾を引いて……?」
「政宗さんそんなこと考えてたのあの場であの顔で!!??」
恩人の身体を好き勝手に貪ってる奴、と思われて憎まれてたのかよ……と政宗も眉根を寄せて俯く。
「政宗殿、そこは訂正しましょう……。」
「……なんて。」
「を守るためにそのようなことを言ったと。」
幸村がどんと胸を叩いた。
「某、生涯の好敵手と定めた政宗殿がそのように思われるのは許せません!今ならの気持ちも分かる!政宗殿にそのような役回りをさせとうございませぬ!」
「幸村……。」
「もう大丈夫だと思います私!最初に、いっぱい泣いちゃって、心配かけてごめんなさい!船の皆さんとも政宗さんの過保護受けなくても乗り切れるように頑張るから、そこだけは元親さんに本当の事伝えてください!」
「……。」
二人のキラキラした視線を受けて、政宗はため息を吐く。
「元親がどう出るか分からねえけど、まあ、それは言ってくるか。」
「物陰から見守ってます!!」
「見守るな。来るな。」
「ええ……。」
「見られてると思うと言葉選んでまた誤解されるかもしれねえだろ。」
政宗が早速部屋を出て行ってしまう。
心配するに、幸村が大人しく待っていましょう、と声をかけた。
甲板に元親の姿を見つけ、政宗が近づく。
「元親。」
「独眼竜……一人か?」
「話がある。」
元親が黙って、近くの木箱にどかりと座る。
政宗はその正面に立った。
「……アンタ、誤解してるぜ。俺が悪いんだけどな。」
「どういうことだ。」
「俺は、と……身体の関係はねえ。」
「はあ!?」
「…………いや?これからあるかもしれねえけどな!?」
「いやなんだその突然の負け惜しみみてえなのは!!」
俺のご機嫌取りか?なんなんだ……と元親が頭に手を添えて呟く。
「……、力が弱いんだ。」
「あ、ああ、そりゃ分かるけどよ。」
「こんなガタイのいい男だらけのとこに来ちまって、怯えてたんだ。俺だって心配だった。だから、俺のもんだと過剰に主張して守ろうと思ってた。」
「俺の家臣を獣みてえに思ってたのかよ。」
「を放り出しても何もなかったと言えんのかよ。」
「……それは……。じゃあ、抱き合ってたのはなんだよ!上半身裸だっただろ!」
「が、着替えてたんだ。アンタが突然来たし、絶対飲み屋にでも来たノリで布ひっくり返しての顔覗くと思ったんだよ。」
「それ、見せたくなかったっていうのか。」
「そうだ。」
「その後、半刻も何してた。」
政宗が黙る。
そして徐々に悔しそうな顔になっていって口を開いた。
「雑談だよ!!!!くっそ……!!!!!んだよ!!!!好きなだけ情けねえと思えばいいだろうが!!!!!」
本当に何もなさ過ぎて男としてどうなのかと思ってしまい、項垂れてしまった。
元親はぽかんと口を開けて政宗を凝視した。
「はは……‼」
元親が目を細めて笑い出す。
「なんだそりゃ……本当か?いや、その様子じゃ本当だろうな……‼」
「うるせえ……。」
「そうか。なんだ、なんだよ……。」
元親が笑いながら、全身から力が抜けたように、前のめりになる。
「いなかったんじゃねえか。最初から……。を、俺の恩人を……汚す奴は……。」
「!」
「あー笑える。……よかったぜ。本当に。」
この男も、そんなに切にを大事に思ってくれてたのかと驚いてしまう。
「元親……。」
「独眼竜。」
元親が政宗に手を差し出してくる。
和解の握手、ということなのだろうか。
握り返すと、元親はにっと歯を見せて笑う。
「これからは、あんたを憎んだりせず堂々とだけの事を考えて奪いに行けそうだぜ。」
「ア??????」
爽やかな顔の元親とは対照的に、政宗の顔には眉間に皺が寄る。
「取り急ぎ俺の部屋で迫っちまった事謝らねえと!!独眼竜、呼んでくれ。」
「今の会話で俺がをああわかったぜと呼びに行くと思ったのか????????」
幸村とは部屋でずっと政宗の戻りを待っていた。
は脚を投げ出してストレッチをして、幸村は胡坐で考え事をしていた。
「大丈夫ですかね。」
「大丈夫だろう。騒ぎになったら声が聞こえるだろうし。ところで。」
幸村がの顔を覗き込む。
「元親殿に誘われたのは先程が初めてではなかったな?あまり驚いてなかったようで。」
「はい、あ、でもあんなに真剣な申し出とは思いませんでした。気まぐれなのかと。あの、同じく今日なんです。一度言われて。幸村さんに報告できなくてすみません。時間が無くて。」
「俺の担当は漁だからな。情報に遅れが出るか。」
幸村は自分に何かできないかと悩みだす。
船旅はあと一日だが、また元親が何かし始めるかもしれない。
「とりあえず元親殿には気を付けて。海賊であることを忘れずに。」
「海賊……。」
海賊だから気をつけなきゃ、と思えるほどその職業に詳しくなさすぎる……とは思っていた。
「ところで、壊血病の方は、今はよろしいのでしょうか?」
「はい。もう少し……夕方になったら私も行きますが。最初程、人手が必要ではなくなりましたので。今は二、三人でやってます。」
「そうか。」
言い終わると同時に、幸村がころんと横になる。
頭をの太ももに乗せて。
「えっ!」
「……だ、だめでしょうか?少しくらい、俺とゆっくりして下さっても……。」
「私のお膝で大丈夫でしょうか?」
「の膝がいいのでこうしてます……。」
「じゃあどうぞどうぞ!漁お疲れ様です。」
幸村を労う言葉を掛けながら、髪を優しく撫でる。
顔赤くなってるな~とからも見えてしまっているが、可愛いので触れないことにしよう、と考えた。
そんなことしたら耐えられなくなって起き上がってしまうかもしれない。
「幸村さん日焼けしましたね。」
「ああ。……これは戻るものなのか?」
「戻りますよ。そのうち。今の幸村さん男らしさ増し増しですね!」
「前の俺とどちらがよろしいでしょうか!?」
幸村ががばりと起き上がって、四つん這いでに顔を近づける。
「え、比べるの?」
「俺ももっと男らしかったら……!真田幸村がいるから独眼竜も手出しできまいと思ったかもしれませぬのに……!元親殿に易々とのそんないかがわしい姿を想像させ……!」
「やめて。」
低音になるの声に幸村がびくりと驚く。
「す、すみませぬ……。」
はで、でもそれ私男の姿なんだよな……と思うと想像が難しく、よく分からなくなってきた。
「男色?というのですよね……?でもあの、そういうことしないで……お仕事お手伝いする小姓、でも、いいんですよね……?」
「お、お、俺の周囲にはそういった方はおらぬ故、どういうものかわかりませぬが……ええ、は、政宗殿のお仕事を手伝う小姓であってくだされ……。」
いったいなんという会話をしているんだろう……と思いながら、顔がまた真っ赤になっていく。
「誤解、とけてるといいですね……本当に……。」
「政宗殿が駄目でしたら必ずや俺が意見いたします。」
扉の取っ手ががちゃりと音を出す。
「おい、引き続き元親警戒しろ……。」
疲れた顔をした政宗が扉を開けると、顔を真っ赤にする幸村とが顔を近づけて向かい合っていた。
「おまえもかよ!!!!」
「誤解でございます!!!!!」
男色の話をしてて顔が赤くなりましたとは言いづらいは沈黙してしまった。