ゆらゆら船旅四国編 第7話



病室で、下船に向けて何が必要か確認していると、アニキに聞いた方がいいから呼んでくる、と家臣の一人が呼びに行ってしまった。
気をつけろ、と言われたが、まだまだ元親に相談や確認しなければいけないことはある。
変に気まずくなるのも個人的に嫌だった。

「何か俺に聞きたいって?」
「はい。船から下りる時なんですが。」
元親もいつも通りの明るい表情と声だった。

「アニキ!俺もう、立てます!みんなと一緒に降りてえな!」

よろよろと、ベッドから一人が立ち上がる。
すぐに治療班の一人が支えるために肩を貸していた。

「おい大丈夫か。転ぶなよ。」
「すごい。もう立てるんだ……。」
無理はさせたくないが、希望は叶えてあげたい、と思い、元親に向き直る。

「向かうところの道はどのような?」
「どのような?そんな距離はねえよ。」
「坂道や砂利道は。」
「ねえ。」
「じゃあ、松葉杖があれば、使えるのかな……?」
「まつばづえ?」

がうーんと考え始めると、他の二人も声を出す。

「俺はまだ立てる気がしねえ……。気合が足りねえのか……?」
「俺もだ……。俺たちのことは置いてってくれ……。邪魔したくねえし……。」

この二人は担架かあ、と考える。
これからの時間で作れるのだろうか。

「元親様。ご相談があるんですが……。」
「ああ、言え。なんでも聞くぜ?」
「ん?」

雰囲気が変わるのを感じる。
周囲を見ると、元親の家臣がにこにこにこにこしながらこちらを見ている。

「……!?」
何か言ったのか⁉
これは、外堀を埋められているというやつ……⁉

「どうした?」
「!」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。
真面目な話がしたいのに動揺してしまうが、患者さんのためだと気合を入れなおす。

「木の棒とか布で、作れたらいいなってものがあるんです。えっと。筆……。」

患者の状態をメモするために用意したものが余っていた為、それに松葉杖と担架の絵を描く。

「ほう?」
「これが松葉杖です。ここに脇、ここに手を置いて、地面に着くと脚が不自由な時の支えになってくれます。こんな形に組み立てられないでしょうか……。」
「ふうん……。」

元親が紙を受け取って、指を顎に当てて考え始める。
その真剣な眼差しにはどきりとしてしまった。

「あと、担架っていいまして……二人がこの棒を持って、一人を寝かせて、運べるものです。」
「なるほどな。背負ってもいいと思ったが……そうだな。万が一擦れてせっかくふさがった傷が開いたりでもしたらな。」

から紙を受け取ると、元親が階段へ向かって歩き出す。
検討してくれるのだろうか。

「俺も、手伝えますか?」
「アンタはものづくりは門外漢だから俺に頼ったんだろ。適材適所だ。待ってな。」
周囲からアニキかっこい~~~の声が上がる。

た、たしかにあの頼もしさはかっこいいですわ……とも思う。






家臣の一人が患者の身体をメジャーのようなもので計って元親に知らせに行ってからしばらくすると、親信がを呼びに来た。
作り終わったので見てほしいとの言葉に、もう!!??と、驚きの声を上げてしまった。
駆け足で元親の部屋を目指した。

元親の部屋に着くと扉が開け放たれており、そのまま中を覗く。

「元親様……!」
駆け上がってきて、息が乱れていた。

「おう。早いな。こっち来て見てくれ。」
「失礼します。わあ!」

元親に寄らなくても、すぐ傍らに知っている松葉杖に近いものがあった。
大きさも丁度良い。

「どうだ。担架ってやつは今外で作らせてるが……。」
「アニキ~~これでどうだ~~?」
「おお、ちょうどいい。そこ置いてってくれ。確認する。」

家臣がこれまた見事に担架を作って運んできた。
形を真似ただけでなく、大きさも、布の張りの強さも、すでに彼らが揺さぶられないようにと配慮されているものに思えた。

「担架は簡単だ。」
「で、でも俺、何も言ってないのに、持ち手が良い感じに磨かれてるよ……。」
「いやごつごつしてたら痛いだろ。」
「職人……。」
「俺の松葉杖も褒めろ。」

松葉杖も近くで見ると、手と脇が当たる部分が布でカバーされていた。
先端にも何かついている。
「滑り止め、ですか……?」
「棒だけじゃ滑るかもしれねえと思ってな。松ヤニでちょいとやってみたんだがどうだ?」
「す、すごい……!!」

あれだけの言葉でここまで作れるとは、は深く感動してしまった。

「ええーーすごーい!!元親様、すごい!!長曾我部軍すごい!!」
「ははは!!そうだろうそうだろう。」

政宗と幸村に聞かれたら誤解されそうだが、は言わずにはいられなかった。
尊敬の眼差しで元親を見ていたが、ふと、他からも視線を感じて我に返る。

「モトチカ~~~。~~~~。」
「……。」

ピーちゃんが毛づくろいをしていた。

私は

また

元親の部屋に一人で来た。



様子が変わったの姿に、元親がにやりと笑う。

「そんなに俺の部屋が好きか……?」
「ち、違うだろ!今は扉が……!!」
開け放たれていたからセーフだ!!と思ったが担架を運んできた家臣はばっちり扉を閉めていて二人と一匹の空間になっていた。

「扉がなんだって?」
「!!」
元親が躊躇いもなくを抱え上げる。
そのまま、一気に押し倒される。

「え……!!」
頭を打つかと思ったが、それは元親の大きな手が後頭部に添えられて衝撃は免れた。

「はは!何度俺に迫られりゃ学習するんだよ。」
「真面目な話だったじゃないか……!本当に凄いと、思ったのに……。」
の為に作ったのは本当だぜ。」

組み敷かれて、目の前に元親がいることに考えることがありすぎては恐怖する。

着物が乱れて胸潰しが見えてしまったらどうする?
いやいやいやそもそも元親は襲う気なのか?
そもそも脱がされたらバレるじゃなくてなんといいますか貞操の危機といいますか
いや待って元親はまだ私が男だと思っているはず
え??男を組み敷いてるの???
男色ってやつなの???
女ってばれたら怒られたりがっかりされたりするやつなのむしろ????


「黙っちまって、何考えてんだ?」
不敵に笑う元親には申し訳なさ過ぎて言えなさ過ぎてつらい。

「ほ、ほんとうに、この体勢は、ちょっと……つらい……です。」
「仕方ねえな。」

仕方なくなくない……!?と思っていると、ひょいと背中を起こされる。
元親が座布団の上に座り、その膝の上に乗せられた。
しっかりと腰に手が回されてしまう。

「ちょ、ちょ、近いっスね……。」
「近くしてんだよ。」
「あの、俺戻る……!松葉杖の練習してもらうんだ。せっかく作ってくれたんだから。」
からかわれているなら、病室の方が大事な用事だ。
元親に感謝はしつつ、この場は去りたい。

「大事な話がある。」
「なんです……?」
「政宗にいくらで雇われてんだ?倍額出す。」
「だから、俺は元親様の小姓にはなれないよ……!」
元親の顔が直視出来ずにいると、ふふ、と笑われた。

「……なんてな。今したい話はそれじゃねえ。」
「?」
「独眼竜と真田幸村を船で送ると言ってたんだが、すぐには無理そうだ。」
「え……。」
「何でかわかるか?」
「戦……?」
「違う。船が出せねえ。」
「あー、ええと……。」

は季節的に台風が来るのかなと思った。
しかし、台風と言っていいのか判らなかった。

「嵐がくる?波、大荒れしそう?」
「そうだ。ほら、やっぱり俺の小姓に……」
「その話はまった!なら、仕方ないですね。何日後くらいとか分からないですよね?」
「二日三日で過ぎてくれるとは思うぜ。そのことをあの二人にお前から説明してくれねぇか?お前の方が、あいつら信用するだろ。」
「元親様が言ってた、とは言ってよろしいですか?」
「それでいい。俺が言って、お前が納得して、あいつらに伝わるって過程がありゃいいんだ。裏があると思われちゃたまんねえよ。俺も自然には逆らえねえ。」
「判りました。今から伝えてきます。」
「まあ、待て。」

立ち上がろうとしたを元親が捕まえて離さない。

「もう一つ。これも真面目にな。」
「は……い!?」

元親がの脚に手を這わす。
着物に手を突っ込み、内腿を優しく撫でる。
一体これのどこが真面目なのか分からず、は抵抗しようとしたが、その前に声が出てしまった。

「やぁ……‼」

もうこれは明らかに女だと分かる反応なのじゃないだろうかと、どこか冷静に考えてしまう。
きっともうバレてしまっている。
元親は自白でもさせたいのだろうか。

「……やっぱり、、お前……。」
「!!」
言われるのを覚悟したが、偽っていた罪悪感で目をきゅっと閉じてしまった。

「女より、男がいいんだな……。」
「………………????」
今何を言われたか分からず、目をぱちくりと開けてしまった。

「安心しろ、大丈夫だ。俺は話してほしかっただけだ。」
「なに……。」
「抱きしめたときの、の色っぽい顔が忘れられなくてなあ。」
元親がの着物から手を引き抜いて、整える。

「ああ、もしかしてこいつ、抱かれてェ方か、って。」
「…………も、元親様……。」
「独眼竜が中途半端に手を出さねえの、拷問なんじゃねえかって思い始めてな。たまってんなら俺にいつでも言いな。手でも口でも……俺のものでも……満足させてやるからよ……。」

湯気が出てるんじゃないかと思うくらい顔が熱い。

「その顔だよ。……可愛いな。」
元親の手がの頬を愛おしそうに優しく指で撫でる。

「男にこんなに色々してやりてえって思うのは初めてだ……。」

降参だ。
元親に降参過ぎる。
身体に力が入らない。

「どうした?」
「あ、あの、腰が、抜けたかな……これ……。びっくりして……。」
「っ!大丈夫か……!!」












松葉杖の練習は、口頭でやり方を伝えて、は部屋に戻った。
戻ったといっても元親がお姫様抱っこをして連れて行ってくれたので、政宗と幸村がいないことを願ってしまった。

「そういやよお、この部屋に三人ってのも大丈夫か?狭いよな。俺がそうしたんだけどよ。」
「寝るだけですんで大丈夫です……。」
「明日まで我慢してくれや。」
「はい。」

敷きっぱなしだった布団の上に下ろしてもらって、そのまま少し休んでおこうかと考えながら元親を見上げる。

「元親様、ありがとうございます……?」
元親は戻らずに座り込んで、に顔を近づける。
「元親、って言ってみろよ。」
「え、いいんですか……?」

突然なんだろう、と思いながらも名を呼ぼうとすると、元親がの耳をべろりと舐めた。
「わああ!!も、もとちか……!」
「ん。」
それを聞いて満足したように微笑んで、部屋を出て行ってしまう。

「…………え、なに?」
呆然としてしまう。
元親の行動の意味が分からず、耳を抑えたまま元親の去った方向を見つめ続けているとはっとした。

「政宗さんとの居住地で元親の名前を呼んだとかなんかそういうなんかプレイだったということ……?」
やることも段々と大胆になってきて、色んな意味で心臓がどきどきしてくる。









政宗と幸村が戻ってくると、は早速台風のことを伝えた。

「嵐が来る?嘘じゃねえだろうな。」
「来てもおかしくない季節だし。少し四国足止めになりました。」

二人に伝えると、予想通り、政宗は明らかに疑いの目を向けた。
「政宗殿、それは本当ではないのか?そんな嘘をついて某達を騙そうとするとは思えぬし、甲板に居た者たちも、空を見て、嵐が来ると言っていた。」
「それもそうか。ところでなんで布を隔てての会話なんだ。」

は元親のあれこれで混乱して、政宗と幸村にどんな顔で接したらいいか分からなくなっていて隠れてしまった。
政宗様大好きな小姓宣言が懐かしい。
今や政宗様が過度に触るから欲求不満気味の男色ネコの小姓くんだいやほんとになぜこうなった。

「ちょっと、休みたい……のは政宗さんも幸村さんも一緒なのにすみません。」
「いいけどよ。」
「無理なさらずですぞ!もう元親殿の信用は勝ち取り、壊血病ももう安心なのですから!」
「うん。でも、もう少し男のふり頑張らないと……。」

気になることを二人に聞いてみようかと悩む。
元親は二人とタイプが違うようだが、参考にはなるだろうかと口を開く。

「もし、私が女の人ってバレたら……元親さんどうなるかな。」

すぐに返答は来ない。

「?」

二人も分からないのだろうか、言いにくいのだろうか、今は二人の顔が見えないのが不便だ。
は起き上がって布を捲った。

「ど、どう、思います?」
「いやそりゃあ……。」
「喜ばれそうですがね……。」
「ええ……本当に?幻滅されちゃうんじゃないかなって不安だよ……。」
「バレなきゃいいし、バレたって俺がいるだろ。」
「!」
「元親が何か言ってくるようなら守ってやろうじゃねえか。俺の小姓だ。」

政宗と元親の口論にはなかなか怖いものがあるが、政宗がそう言ってくれるなら、は堂々としていられる気がする。

「しかしむしろ、個室を頂けるかもしれませぬし、嵐で外も行けないのですから、今よりばれにくいでしょう。」
「そう、ですよね!ありがとうございます。二人とも。」

四国へ着けば、客人として扱うという話でもあったのだ。
政宗と幸村の目が届くところならば、元親だって無茶はしないはずだ。

「四国に着いたら忍を借りましょう。文で知らせぐらいはしておかないと。」
「だな。、小太郎、嵐の中でもブッ飛んでくるぞ。」
「嬉しいけど風邪引いちゃうよー!!」

そうだ、もうすぐ小太郎ちゃんにも会えるんだ、と笑顔になる。
やっと慶次の情報も聞ける。









元親は家臣に呼び出されていた。
厄介な話はしたくねえと逃げ回っていたが、無視できない方向に話が進んでいた。

「立てるまでに、回復したと。」
「元親様。病名は、壊血病、でよろしいのですか?元親様が名付けられた方がよろしいのではないでしょうか?」
「いい。相応しい病名だ。」

などいなかったような、いなかったことにしたいような雰囲気は察している。
彼らも長曾我部軍のためにそうしていることは分かっている。

「この情報、小国の賊と我々を侮った奴らも考えを改めるでしょう。織田、豊臣よりも有利に貿易が可能となるかもしれません。」
「たとえ信じずとも、信じさせるのです。我々は壊血病を二度と出さねば良いのです。」
「果実ですが、現状、貯蔵だけでは難しいかと。並行して栽培地を船内に作れないでしょうか。」

元親は頬杖をついて話をただ聞いている。

「元親様、あの伊達の小姓に聞き出すべきです。他に代用できる食物はないかと。」
だ。」
「……は。」
「伊達の小姓、じゃねえ。様と呼べ。俺の恩人だ。」
「たまたま、知っていただけではないのですか……。そのような大げさな……。」

元親に睨みつけられて、家臣が黙る。

「この情報をどう扱うかは、俺に任せてくれねえか。」

金にもなり武器にもなり罠にもなる。
はきっと、目の前の命にいっぱいいっぱいで、そんなこと一切考えていないだろう。

文句を言いたげな家臣を追い払い、また一人になって考える。

最初に見たときから、女みたいな顔と体で、力仕事などろくに出来なさそうで、船酔いでふらふらになるような奴で、随分と庇護欲をかきたてる奴だ、と思っていた。

「庇護欲は、今でもか。」

弱くはないと知った。
強い芯を持っていることを知った。
自身の小姓にしたいという気持ちは気まぐれじゃない。