伊達軍居候編 07話



こんなところでまさかの戦国武将を相手に貞操の危機に直面するなんてどんな人生でしょうか。

口元を上げて、悪戯っぽく笑う政宗に腕を掴まれる。
一瞬にして余裕をなくしたは、抵抗することができなかった。
真正面で、至近距離で見つめられて、頭が真っ白になる。

「……。」

耳元で囁くなよ!!と頭では叫んでも口には出ない。
ただただ心臓がバクバクして体に力が入らなくなる。
膝立ちだった姿勢が支えきれなくなり、お尻をぺたんと床についてしまった。

「わっ…!?」

肩を押され体制が不安定になり、とっさに政宗の腕を掴み返した。
、大人しくしてろ。」

ゆっくり顔が近づいてくる。

「なんてな。冗談……。」
「だっ、だぁぁぁ!!」
「うお!?」

政宗の言葉を聞くより先に、は目をつぶり手で思い切り顔を押し返す。
皮膚ではない何かに触れた感触があった。
突然政宗が離れて背を向けてしゃがみこみ、そこでやっと抗議の言葉を叫ぼうとした。

「政宗さん!!いたずらが過ぎる……」
「見るんじゃねぇ!!」

怒鳴り返されたが、怒っているわけではないような声。
何かに怯えたような声。

政宗さんが手で頭を押さえて……いや、右目を押さえてる?

「それを渡せ!!」

そう言って、わずかに振り返って指を指したのは落ちている眼帯だった。
手にとって確認すると、紐が切れてしまったわけではなく外れただけで安心する。

「はい、政宗さ……。」
「投げろ!!来るな!!…こっちを見るなと言ってんだろうが!!!!」
「え……?」

……そんなこと言われたら、

目を逸らすわけにはいかないじゃないですか……。

「……政宗さん。」
「寄るなっ……!」
「政宗さん。」
……。」

そろりそろりとゆっくり近づいた。

まるで嫌がる猫に首輪をつけるみたい。

目の前まで行くと政宗さんが大人しくなり、ただ自分を見上げている。

右目を隠す政宗さんの右手にそっと触れる。
少し表情が強ばったが、構わずゆっくりと退かした。


政宗さんの右目。

少し爛れた皮膚にわずかに開いた瞼の奥は真っ黒で。

前髪を上げてじっと見つめた。

その姿がたまらなくなって、右目の瞼にキスをする。

自分でもなぜそんな事をしたのかは判らなかった。
大丈夫だよ、って、それが一番分かりやすく伝わるんじゃないかなと咄嗟に思ったのかもしれない。
すぐ唇を離して眼帯をつける。

「……な……。」
「…急にごめん…でも…怖がること無いじゃないですか。」

政宗さんが私をじっと見つめてる。
今度は急に恥ずかしくなって自分が目を逸らしてしまった。

「……。」
「なんですか……。」

あぁ、絶対に顔が真っ赤になっている。

「……背中洗ってや「いらない!」

軽く耳を引っ張って、いつもの調子を取り戻した政宗さんに反撃した。








政宗が湯船に浸かってに背を向けているうちに体を洗う。
まさかこんなに警戒しながら急いで体を洗わねばならなくなるとは、入る前は全く予想していなかった。
一通り洗い終わって、再び布を巻いて、政宗に近づいた。
「入って良い?」
「Come on!さっさと入れよ。」
「はい、失礼します。」

ちゃぷんと足を入れるとぬるめのお湯だった。
胸の上まで浸かって、ふう、と一息ついた。

「何してんだ。こっち来いよ。」
「やだよ。」

政宗と2mくらい露骨に距離を取っていたが、むしろなんで近寄くに行くと思ったのかが謎である。

「今度は本当に何もしねぇよ。」
「……う。」
「来いよ。」

それでもじりじりと警戒しながら近づいていくが、何かをするような気配はない。
真正面は恥ずかしいので、湯の中であぐらをかく政宗の隣に座った。

「腕の怪我大分綺麗に治ってきてんだな。」
「あ、はい。なんか、思ったより治り早くて。」
「最初の止血が良かったのかね。」
「誰がしてくれたんですか?」
「誰だろうなあ?」
「何ですそれ。……え?もしかして政宗さんが?」
「……だったらなんだよ。」

そこは感謝しろとは言わないのが不思議だ。
政宗の顔を見上げると視線はどこか遠くを見ているようで、そういう事を言うのは照れるのだろうか。

「ありがとう、政宗さん。」

こちらに視線は向けてくれなかったが、空気だけでも伝わればいいなと思いながら、笑いかける。

「……やっぱ寂しくなるかもな。」
「え、何?」
「おまえが居なくなると。」

小十郎さんや成実さんがいるじゃんとか仲間がいるじゃんとか返答すればよいのだろうか?

……いや、無理。

「私も寂しくなるなぁ……。」
「……ずっとここに居てもいいけどな?お前一人くらい余裕で食わせてやれるぜ。」
「そういう訳にも行かないよ。」

甘えたくないと思う。
政宗さんの堂々とした姿は素直にかっこいいと思える。
ふざけたところもあるみたいだけど、一国の主として働く姿を見た時、自分も頑張りたいなと思ったんだよ。
目指す夢追いかけて、しっかりと社会や人のために働きたい。

「何か置いてきたのか?いいじゃねぇか……。そのくらいの根性ねぇとな。」
「おうよ!私頑張るからさ、天下とれよ伊達政宗ぇ!!」
「誰に言ってやがんだお前は!!」






「……。」
髪を手櫛で整えながら部屋に戻ると、寝そべって読書をする幸村さんと、壁により掛かって座って、長い足を組んでスマートフォンに教えてもいないのにイヤフォンを使って音楽を聞く佐助さんがいた。
見たことあります私が住んでる時代で。
こんな格好の若者たち。
馴染みすぎですけど。
器用ですね。

殿、良い香りがしますな。」

むくりと顔を起こして幸村さんが言った。

「石鹸の香りだよ。」
「……石鹸てシャボン玉に……。」
いつの間にやらイヤフォンを外していた佐助さんにそう問われるが、すでに学習済みだ。
「体の汚れを落としてくれるんだよ。泡立てて、体を擦って、垢を落とすの。」
「へぇーそうなんだ。良いこと聞いた。」

お館様にもお教えしたい!と幸村さんがそわそわしだした。
明日になれば言えるから大人しくしなさい、と佐助がなだめる。
親子のようだと感じてしまっても仕方がないだろう。






「政宗様、如何いたしましたか?」
「……のぼせた。」

政宗は廊下に寝そべったまま動かない。
煙管も吸わずにずっと。

「大丈夫ですか?」
小十郎がぱたぱたと小さい扇であおぐ。

「人の気も知らねぇであのやろ……。」

と風呂に入るのが平気だった訳ではなかった。
ただ武田の奴らが一緒だなんて、風呂場以外で邪魔されずに話せる場が思いつかなかった。
さすがに覗くような真似はしないだろうから。

特に猿飛佐助……。
命令が無くともどこに潜んで情報収集し出すかわかりゃしねぇからな……。

「伝えたいこと伝えましたか?」
「……。」
「政宗様?」
「ah~……。言ったつもりだ……が……。」

何か足りねぇ気がする。
何かが喉につっかえてる。

「まぁ……満足だぜ俺は。」
「そうですか。」

政宗の視界の隅で、小十郎が微かに笑う。

「んだよ。」
「いいえ、お疲れ様でした。」
「本当にお疲れだぜ……。俺今日はもう仕事しねぇぞ!」
机に乗っている、今日追加されたであろう書類を見てげんなりした顔になる。
「承知しております。」
小言を言わず、穏やかなまま小十郎は返事をする。
それを確認した政宗は、むくりと起き上がり、四つ足歩行をして布団に向かう。

「明日の朝餉はいかがいたしますか?」
「もう言ってある。」

本当に食に関してはしっかりしていると、小十郎は感心してしまう。
政宗は布団にたどり着くとそのまま潜り込んですぐに眠りについた。
寝顔を見ながら小十郎はため息をついた。

「あんな規格外を前に、すんなり手放せる方とは思えませんがね。」

新しいもの、珍しいものが大好きな政宗様だ。
何でわざわざ返さなきゃならねえんだと言い出してもおかしくないと考えていたが、の気持ちを尊重したのか。

「……。」

何よりも、あんなに

あんなに政宗様はといると良い顔をなさっていたのに。

愛情でなくとも、まだ一緒に居たい、位は感じてるのではないかと思ったが。

未知なるものとの出会いという好奇の視線だけでなく、身分などという概念を持たずに接してくる彼女への居心地の良さが。

「仕方の無いお方だ…別れの言葉を口にしたんですか…?」

別れの時に気付いてしまうかも知れない。

もしそうなったら政宗様はどうするのだろう?

欲に素直な方だから、でもにはの生活があるから……

「……痒い」
……こういうのは苦手だ。












街に連れて行ってもらえて、久々に歩き回って疲れてたようだ。
出ていく武田主従を見送って、一人になるとどっと疲労が押し寄せる。
布団に入って瞼を閉じる。

ごろ

「……?」

ごろごろ

「なに……?」

ごろごろごろごろ

隣の部屋は

「……何してんの幸村さん」
殿……。」

立ち上がって襖を開けて隣の部屋を覗けば畳の上をごろごろする幸村さん……。
「眠れないのですか……?」
「枕が変わると……なかなか……。」
幸村が上半身を起こして胡坐をかく。気づかれていたとは思わなかったのか、少し恥ずかしそうにしながら。

「……じゃあ一緒に寝よう……。人肌は……落ち着くと聞く……。」
「なぬ?」

ほとんどうわ言のようには呟く。
瞼が今にも閉じそうだ。

「いや、しかし……。」
「……真田幸村ァ」
殿!?政宗殿に似てきてますぞ!?」

よろよろと、頼りない足取りでが幸村に近づいた。
眠りを妨げられ、不機嫌なには逆らわない方が良いと幸村の本能が警告を鳴らす。

しかし、殿はほとんど意識がないのでは……!
いやそれ以前に一緒に寝るなど不謹慎なっ……!

悩みに悩んでいたらが布団に潜り込んでくる。

「なっ……!!」
顔が赤くなる。
叫び出したくなる。
だが

すうすうと寝息をたてて幸せそうに眠るを起こすのは……!

「うぅ……。」

こんな時に佐助はどこに行っているのだ!?

やはり某は畳の上で寝よう。

一緒になど寝れぬ……!!


そう思って布団から出ようとして気付く。

「……殿ぉ……。」

幸村の着物の袖をが掴んでいた。

殿は某を殺す気でござるか!?

いや、しかし殿は眠れぬ某のために添い寝してくださって……
そそそそ添い寝!
なんて破廉恥!

いや待てよ?殿は未来から来た御仁であるぞ?
もしかするとこのあたりの感覚が異なるのやもしれない。

「…某が教えて差し上げないと…。」

自身で考えて、教えるとは?と疑問に思ってしまう。
この時代、そのように軽率に男に近づけば、

お身体に

触られてしまい

……某はそのようなことはいたしませんけれども!!!!!

「……。」

……ええ、もちろんいたしませんとも。そのようなこと……。

幸村は誰にも聞かれていないのに一人で誓いを立ててしまう。

ならば乗り越えてみせましょうぞ…!

「…人肌が落ち着く、とは。」

隣で横になると、いい匂いがして、ふわふわと暖かい。
華奢で乱暴に扱えば壊れてしまいそうな不安定感。

「…可愛らしいですな。」

だから政宗殿も傍に置くのだろうか。
でもそれだけではない気がする。

小田原へ向かう道の同行者、それだけの関係。
でももう少し、彼女のことを知りたい、と考えてしまう。