ゆらゆら船旅四国編 第11話



雨音も雷の音も気にならない位の眠気に襲われて、は布団に横になった。
元親は風呂から戻ってきた後、一度襖をあけて、要るものはないか?と声をかけてくれた以降は何もしなかった。
安心して目を閉じて、眠りに落ちる。



夢を見た。


自分はひたすら走ってるが、周りの景色が変わらない


色とりどりの、華やかな光が散りばめられた、誰もいない祭の風景


前に進めなくて


手を伸ばしても届かなくて


……なにに?


遠くに見える背に


誰の?


あれは


慶次が


膝をついて


倒れて


私の足下に、液体が流れてくる


真っ赤な液体が、どんどんどんどん


夢だと判っているのに


苦しくて苦しくて


何度も慶次を助けてくれと叫んだ






「っ……!!」

目を覚ますと、汗だくになっていた。
涙が溜まっていて、頬を流れる。
「なんであんな夢……。」

幸村さんが、急所はやられてないって言ってたじゃないか。
大丈夫、慶次は大丈夫……

心を落ち着けながらゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。

「……。」

もし、命を落としてたら、慶次は霊魂でも私のところに来てくれる。
恨みの念だとしても来てくれる……
慶次がいなければ、生きているという事で
……でも、今の私には、何の力も無くって……

「なんでみえないの……。」
膝を曲げて、両腕で抱え込んだ。
見えなければもっと普通の人間になれてたのかなって思ってた。
その力をこんなに望む日が来るなんて。

。起きたか?」

隣から、元親が名前を呼ぶ。

「元親さん、起きてたの?」
「うなされてるような声聞こえて気になったんだが、その、勝手に入ってこれ以上警戒されてもな……。でも起こせばよかったか?大丈夫か?」
「大丈夫……。うるさかった?ごめんなさい。」
「うるさくなんてねえよ。」

ゆっくりと襖が開く。
寝間着姿の元親は暗くてうっすらとしか見えない。

元親が蝋燭を取り出して火をつける。
ゆらめくろうそくの灯が、元親の横顔を照らす。

元親さんも端正な顔をしているんだよな……幼少期は色白で弱かったなんて、女の子みたいに可愛らしかったのかなあとぼんやり考えてしまう。

「悪夢でも見たか?」
「政宗さんと幸村さんを巻き込んで未来に行ったっていいましたよね。」
「ああ。」
「……その時、私、襲われて、慶次が、前田慶次が、庇ってくれて。」
「あいつが?」
「知ってる?」
「おう。そんなに面識があるわけじゃねえが。」
「……血が、出て……そのあとどうなったか、分からなくて……。」

元親が、襖ぎりぎりのところにの布団と平行になるように自身の布団を移動させる。

「元親さん?」
「横になるだけで違うだろ。とりあえず寝ろ。」
布団の距離が、部屋には入らないという意思表示をしていて、は言われたまま布団に横になる。

「前田慶次になにかあった、なんて話は聞いてねえな。船旅してたけどよお。そうなったらなんらかの動きがありそうだが。」
「そう、ですよね。知らせが無いことが、良いことですよね……。」
は、そんなもんも抱えてたのかよ。」
「抱える、というか、考えないようにするのが無理、というか……。」

が元親の方を向く。
擦れる音に元親もに視線を向けた。

「元親さんは、私と何をしたいんですか?」
「ア!!??」
まさかの質問に元親が盛大に口を開けて驚いてしまう。
正直に言えば男だと思って触れてきた感触や、風呂で見た柔らかそうな白い肌が湯の熱でうっすら桃色になっていた様はしばらく忘れられそうにない。
聞いてどうするんだと、この状況、言えばさせてもらえるのか!?という期待が出てしまって挙動不審になる。

「小姓って話でしたけど、実際になったら絶対元親びっくりしちゃうよ。私、弱すぎて……迷惑になっちゃうよ……。」

あ、なんだそういう話か!!と元親は安堵する。

「なんだ落ち込んでんのか?そうだなあ、でも何より一緒に船旅したら楽しそうだって気持ちのが強いんだよな。」
「楽しそう、ですか?」
「政宗も幸村もそうだと思うけどな。なあ、。」

元親が起き上がり、に身体を向けて胡坐をかく。

「俺たちは何にも持ってねえ奴相手してるほど暇じゃねえんだよな。」
「元親さん……。」
にはすげえ魅力がある。先の人間ってことを抜いてもだ。自信もてよ。何よりこの西海の鬼の恩人になっちまってるんだぜ?」
大げさに自身を親指で指して胸を張る元親に、ふふ、と笑ってしまう。
元親も照れ臭そうに笑顔になった。

「……そうだな、今すぐやりてえことはあるけどな。」
「今すぐ?なんですか?」

心当たりがないような不思議そうな顔でが起き上がる。
そこは警戒するところだぞ、と自分で言いながら元親は思ってしまう。

の頭を撫でてやりてえ。」

可愛い申し出に、は一度きょとんとした後にへらっと笑う。

「それは嬉しい。お願いします。」

そう言いながら元親に近づいてきてしまう。
独眼竜もこいつの相手は大変だろうなあと同情してしまう。
人に気を許しすぎるのは問題だ。
しかも絶対に頭をぽんぽんと叩くだけだと思っている。

元親の目の前に正座するに手を伸ばす。
頭のてっぺんに右手を置いて、最初はただ髪を撫でる。

が悪夢をもう見ませんように、ってな。」
「ありがとう。」

揃えていた指を開いて髪を徐々に絡ませて、耳の方まで撫でる。

「!」
そこでやっとが肩を竦める。
近づいちゃいけなかったのかな、とでも思っているのだろうか。

左手で、の頬を軽くぷに、とつまんだ。

「……無防備。銃弾は防いだくせになあ。」
「ご、ごめんなさい。今は私が悪い、かな。」
「そうだな、が悪い、って言ったらどうすんだよ。」
「どう……って?」
「抱かせてくれんのか?」

がすぐにブンブンと首を左右に振る。
その反応は予想出来すぎていたので傷付きはしない。

「俺以外の事考えられねえようにしてやれるけどなあ。悪夢なんて見せねえよ。」
「だ、だめ。」
「好きな奴がいるのか?」
「流れでそういうことできない……。」

戦国時代は結婚も早かったはずだ。
いい歳した女が何言ってるんだと思われてしまうのだろうか、とは俯く。
政宗さんにも大丈夫ってあんなに言ったのに、いざこうなると嫌いになるぞなんて脅しの言葉をふざけて吐けない。

の良いところだと思うぜ。簡単に抱けちゃつまんねえよ。」
「もとち……」
が顔を上げると同時に、元親がの身体に手を回す。
驚く暇もなく、元親の布団の上に押し倒される。
「だ、だ、だから、あの!!!」
抗議の声を上げようとしたが、元親は悪戯が成功したような、やんちゃな笑顔を向けてくる。

「腕枕させてくれよ。」
「う、う、腕枕……?」
「自分で言うのもなんだが、結構逞しいぜ?俺の腕は。それに緊張しながら寝て俺の夢でも見な。」

一瞬目を丸くした後、が苦笑いをする。

「……我慢させるんじゃ?」
「するだろうが、それよりの近くにいてえ。」

の返事を聞かずに、元親もごろんとの隣に横になる。
腕を差し出して、の頭を乗せる。

「寝にくいか?」
「ううん。ほんと逞しいですわ。」
やっとおどけた口調で笑いながら話してくれる。

「次うなされたら起こすからな。」
「緊張して悪夢見る余裕なさそう……。」
元親がはは、と笑う。

「おやすみ、。お前が幸せな夢を見れるように。」
「ありがとう。元親さんも。元就さんへの心労凄そうだけど。良い夢見れますように。」
「毛利の名前出すな…………。」
「そんなに仲悪いんだ。」

政宗と幸村のような関係とはまた違うのだなと考えると、元親が腕枕をしていない方の手での頭を撫でる。
今度は心地よい手つきで、はゆっくり目を閉じた。
この暖かい空気なら、熟睡できそうだ、と思っていると元親の手が止まり、力が抜ける。
先に元親の方が寝てしまった。

「……(安心だけれども。)」
元親さんも疲れていたのに、話し相手になってくれていたのだろうか。

「ありがとう、元親さん。」
小さな小さな声で呟いて、も目を閉じた。















次に起きたのは浮遊感を感じてだった。
目を開けると、元親にお姫様抱っこをされている。

「もとちかさ……?」
「まだ寝てろ。」

元親の布団からの布団へ移してくれているようだった。

「いつ独眼竜や幸村が覗きに来るか分からねえし。」

どのくらい時間が経ったのだろうか。
外の様子が分からないが、元親さんが起きたのなら早朝なのだろうか。
まだぼんやりする頭で、元親さんが気遣ってくれるんだ、とだけ理解をする。

しっかりと大きな手で抱えられていたが、身じろぎしたを抱え直す振動を受け咄嗟に元親の首に手を回す。

「落とさねえよ。」
「……あのね、政宗さんと、幸村さんと、元親さんと元就さんで、海で遊ぶ夢見たの……。」
「……毛利は遊ばねえぞあれ。」
「楽しかった……。」
「そりゃよかった。」
「うん、ありがと……。」

布団に降ろされて、元親から手を離す。
手探りで掛布団を探すと、が見つけるより先に元親がかけてくれる。
目を閉じてまた眠るを確認して、元親も自室へ戻った。

ぱたん、と襖を閉める。

「……。」

元親も布団に入って夢を思い出す。

女と添い寝だったというのにだ。

まさかの小さな可愛い子猫を可愛がる夢を見た。

「なんつー平和な夢……。……猫……いやちょっとわかるけどよ……。」


身分など後回しで、長曾我部元親という人間と関わろうとしてくれる。
それが自由気ままな猫にでも思えたのだろうか。

「なるほどなあ。」
政宗と幸村の気持ちもこういうものなのか?と思えてくる。

あんなに真っすぐ見つめられちゃ、裏切りたくても裏切れねえ。