ゆらゆら船旅四国編 第14話



夕餉は元親の家臣とは別の部屋を設けられた。
そこで改めて明日の出航の話を元親が皆に伝える。

「今度は仕事しなくていいんだろ?」
「ああ、客人扱いだ。堪能してくれよ!俺の船を。」
政宗は小さく拳を握り口元を上げた。

……帰るのか……。」
元就がの顔をじっと見る。
道場の騒動が有ってから元就がどうもおかしくて、その視線に冷や汗をかいてしまう。

「まだ愛を教えてもらっておらぬ。」
「愛に目覚めたままですか……。」
はどうすれば忘れてくれるのだろうかと悩み始める。

「あきらめな!!てめぇなんかじゃ姉ちゃんは理解できねえよ!!」
「武蔵はもう少し客人らしく大人しくしろ。」
元就が立ち上がっての近くに座り込んだ。
「今夜。」
「はい?」
「今夜愛を教えてくれ。」

元就以外が口に含んでいた夕餉を吹いてしまった。

「……ご、ごめんなさい。本当に、語れないので……出来ないです……。」
「元就、は今断った。それ以上俺の領地でに迫るのは俺が許さねえ。」
元就の様子に調子が狂いがちな元親だったが、語気を強めて睨みつける。
「む……。」
気に食わなそうに眉間に皺を寄せた元就だったが、政宗と幸村からも殺気を感じ、口を閉じる。

「ありがとうございます……。」
なまえは元就に申し訳なさそうな顔を向けてから元親に礼を言う。
元親はすぐに笑顔を向けた。








夕食を終えて風呂を済ませ、は政宗の部屋に行く。
部屋にはすでに元親の女中が用意した用の布団が敷かれていた。

「まず傷を見せろ。」
「はい。」
絆創膏を外した手のひらを政宗に向ける。
すでにかさぶたが出来はじめ、傷は塞がっていた。
「本当に早いな。だからと言って自ら怪我をしにいったりするなよ。」
「痛みはあるので、しないですよ。」
「どうだか。説得力がねえよ。」
朝になれば治っているんじゃないかと思うほどだったが、予定通りに政宗が包帯を巻く。

「……。」
「ん?のぼせてねえか?顔が火照ってるぞ。」
「え、あ、少し、あの、リベンジした。」
「……そうだったな結局昨日だってゆっくり出来ねえで……。」

はのぼせたわけではなく、政宗の触れ方に顔を赤らめていた為本当の事は言えなかった。
武蔵が巻いてくれた時と比べてしまったのだ。
てきぱきと処置した武蔵に比べ、政宗は優しい。
本当に私の手が好きなんだ、と思ってしまうくらい丁寧に巻いてくれる。

政宗は元親の言葉を思い出していた。
抱きしめたら色っぽい顔をしたというのは、こういう顔なのだろうか。

は熱心に政宗の手を見つめる。
包帯を巻く手つきは慣れたものだった。
小十郎はもちろん、家臣が怪我をしても政宗に巻かせるなんてことはしなさそうだがどこで覚えたんだろう。
自分の傷だろうか。
……幼少期に、自身の目に巻くなんてこともあったのだろうか。

「きつくねえか?」
「ちょうどいいよ!ありがとう!」
綺麗に巻かれた包帯を手首を回して眺めた後、笑顔で礼を言う。
その様子に政宗も満足そうに微笑んだ。

「……あの、政宗さん。」
「どうした。」
珍しく甘えたような声で名を呼ばれる。

「お話してた、信玄様へのお手紙、早めに書き始めたいんだけどいいかな……?」
「……ああ、そうだな。紙も筆も余ってる。」

その話かよ、と少しがっかりしながらすぐに準備を始める。
が安心できる場所が俺でいたいが、自己中心的な独占欲が強いのはどうしようもない。
求められたらすぐに手を出してしまいそうになった気分をなんとか振り払う。

まあ、俺と二人きりという状況で色仕掛けもせずただただ真面目でいる性格が、の居心地の良さではあるが。

「といっても筆が一本しかねえ。幸村が戻れば借りれるが。まず俺が先に書くからお前の文はその補足……でいいな。」
政宗が目を細めて考えながら発した提案に断る理由は見つけられなかった。
「うん。二人して長い文章書くのも良くないよね。」
「おう。気負わず書けよ。」

机に向かうと、政宗はすらすらと迷いなく書き始めた。
さすが、慣れてるなと感心しながら、は横で手元を見つめていた。

「あっちでの幸村の様子を報告してやれ。そっちのが気になるだろ。」
「文武両道鍛錬怠らず立派に過ごしておりました~みたいな?」
「Good. その調子だ。」

は褒められて素直に照れ笑いを浮かべる。
可愛らしい反応は、独り身でいることが不思議に思えてくる位だ。

「……。」
未来であの男がべた惚れしていたように、他にも好いてくれる人はいそうなもんだが、と思ってしまう。

「なあ、俺にはいまいち想像出来ねえんだが、幽霊が見えるってのはそんなに不便だったのか?」
「ん?」
「俺の目は、未来で眼帯してても周囲は普通に接してきた。こっちでは妙な視線を向けられるもんがよ。でものそれは隠してきたんだろう?俺はと会う前から幽霊やら妖怪やらの類は結構信じてたぜ。そんなもんが見える奴がいたら傍に置きてえと思うけど。呪術の類だって見えるかもしれねえだろ。」

は話そうかどうか一瞬悩む。母親の事が出てくるからだ。
政宗の過去を思えば、自分の事なんてなんでもないのではと思ってしまう。
でも被害者意識で生きてきてしまったのは現実だ。

「……最初は、皆にも見えてるものだと思ってたの。」
「普通にいるんだもんな。」
「本当に、居るだけで話しかけても来ないから普通に生活してたと思う。でもある日、小学校……あ、いや、八歳くらいの時かな。髪の長い女の人が、私の部屋にいて私をじっと見てたの。すごく怖くて泣いて、親を呼んじゃったの。」
「それで。」
「あの人が怖い、もう……顔が、潰れてる、とまで言ったの覚えてる。お母さんがね、驚いた表情して、すぐに怒った顔して、そんなのはいないって、手を振り上げたの。お父さんが止めてくれたんだけど。」
「それだけでか?」
「実家が田舎でね。世間体を気にするの。噂話も大好きですぐ広まるから、あの家の娘は変だって言われたくないんだよ。」

自虐的な笑みを抑えきれず、口元が歪んで眉間に力が入った。

「その女の霊はどうなったんだ。」
政宗はただ先を促す。
こんな昔の思い出話、口に出すの自体初めてだ。
思っていたよりも負の感情を隠せない。政宗がそれに気付いていないはずがない。
それでも教えろと踏み込んでくれる政宗の態度が、には嬉しかった。

「それがね、子供を事故で亡くしたショックで飛び降り自殺しちゃった人だったの。お母さんがいなくなった後、大丈夫?って声かけてきたんだよ。」
「あ?予想外の展開だな。」
「その時の私くらいの年齢の子で、私が好きだったアニメ……テレビ番組が好きな子だったって。成仏できなくて彷徨ってたら私を見つけて来ちゃったって。」

見えることは隠すが、霊自体に恐れを感じていないのはその思い出のおかげだろうか。

「子供の頃は私の言うこと信じてくれた友達も、十代になったらまだそんなこと言ってんの?って態度になっちゃって。そのころからもう隠していこうと思ったかな。でも幽霊さん達のお話聞くのは色んな人の人生に触れられて勉強になった。」
「氏政もその一人か。」
「盛大に人生に触れさせてくださってねえ。おかげで、政宗さんに会えて。」
「おう。」
「おかげで……。」

戦国時代に来るのは怖いのに、来れなくなるのは嫌だと思い始めている。

「……いつも辿り着くのが奥州だったら良かったのに。」

政宗がに手を伸ばす。引き寄せれば抵抗もなくは政宗に抱き留められる。

「OK。今の泣き言はCuteだったぜ。」
「やったあ慰めてくれるんですね!」
「……慰めるってお前どういう意味で使ってるか一応確認しておきてえんだが……。」
「頭撫でたりしてくれるんじゃないんですか?」
「……いいけどよ。」

お望みの通り、と政宗がの頭を撫でる。
未来にいた時よりは乾燥を感じてしまうが、それでも滑らかで心地よい感触だ。

「……良かった。」
「何が……?」
「俺には小十郎がいた。はずっと一人なのかと思った。」
「政宗さんに比べたら私なんて…‼」
「心の傷にでけえもちいせえもねえよ。今に影響を与えてるもんなら尚更。」
「政宗さん……。」
「ご、ごほん、ごほん。」
「え⁉」
「咳払い下っっっ手だな!!??」

隣の幸村の部屋から聞こえた声にも政宗も驚愕する。
子供だってもっとマシに演技するぞと思う。

「精進いたします!!開けてよろしいですか!!」
「十数えたらOKだ。」
「た、大したことしてないでしょうに意味深のようなことをしないでくださいませ……。」

しかし幸村は律儀に十数え始める。せっかくだから何かしとくかとに小声で話しかける。

「十か。どうする。」
「きゅーう……。」
「どうするって、着物整えたいんですけど……。」
「はーち……。」
「すげえゆっくりだな。」
「秒の感覚が違うんでしょう。」
「なーな……。」
「……。」
「!」
政宗がを強く抱きしめ、耳元に口を寄せる。
「えっ……‼」
「ろーく。」
「いっつも奥州に来りゃいいのにな、ほんとに……。」
「政宗さん……。」
「それなら俺も……。」
「ごー。」
政宗の吐息がかかり、の鼓動が早くなる。
幸村がもうすぐ来るのだから離れたいという気持ちと、言葉の続きが聞きたい気持ちが拮抗する。

「……今度来るときオリーブオイルとかポン酢とか……持ってきてくれねえかとか言えるのに…。」
「ちょおっとおおおおおおお!!!???」
「よん!?」

が手をばたばたと動かす。
座布団を掴んで政宗をぼすぼす叩く。

「さ、さん!どうしたのです⁉」
「律儀過ぎんな幸村は‼」
「今のは酷いよ政宗さん!言っていい冗談じゃないよおおおお‼」
「おい!顔は叩くんじゃねえよ!」
「に!」
「分かった分かった悪かった!何て言われたかったんだ!」
「何って……!!」

が立ち上がって、後ずさる。

「いち……。」
数え終わり、幸村が恐る恐る襖を開ける。

「もっと、必要としてくれてるのかと思って……。」
「してねえように見えんのかよお前は!俺の何を見てるんだ!」
「政宗さん……。」
「俺は真面目だ!!本気で言ってんだよ!!」

急に痴話喧嘩みたいなの初めてどうした?と幸村は首を傾げる。
今にもは部屋を飛び出してしまいそうだが、政宗の言葉で引き留められるのだろうかと気になる。

「小十郎の野菜とオリーブオイルもポン酢も合うだろうが!!!」
「それはわかる!!!!!!!!」

それはわかると叫んでは部屋を思い切り飛び出してしまった。
「わかるんですね。」
「まあは分かってくれるだろうなあ。」
「いや何の話だったのですか。」
「幸村は何の用だったんだよ。」
政宗は幸村に向き直ってしまい、はいいのか!?と幸村が驚く。

が昨日、風呂の騒動の前に某に何か言いかけてたのを思い出しまして。尋ねようと。」
「そりゃ悪かったな。見ての通りだ。」
「ええ、分からないことの方が多い気がしますがが行ってしまったのはわかりました。どうしましょう。」
「……戻ってくるだろ。ここで寝るんだから。」

幸村が改めて部屋を見る。
布団は2組ぴったりと並んでいた。

「…………政宗殿。」
「俺じゃねえよ女中が敷いて行ったんだ。しかしそうだよなこれ見ても動じねえがおかしいよな。俺もさすがに最初に見たときはウッ……て反応したぞ。」
「離せば良いでしょう。」
いつ動揺すんのかなって観察してたんだよ。なんか一組より生々しくねえか?女には分かんねえのか?」
「生々しいという感覚はよくわかりませんがその勢いでしたら普通に眠りそうですな。」
「……ここまでくるとそうかもしれねえな。」

その時はどうからかうかなあと言いながら再び机に向かう政宗を見て、襖を開けて実質三人で間を開けて寝るようにしよう……と幸村は考えた。






は行くあてがなく廊下を歩いていたが、小太郎の様子を見に行こうと階段を上がっていた。
でももう寝ているだろうか、と迷ってしまう。

「……。」
政宗をぼすぼす叩いた座布団も持ってきてしまった。

「あ?どうしたんだよ。こんなところで。」
「元親さん……。」
巻物を持った元親が同じく階段を上ってきた。
「まだ寝ないのか?寝る時間も未来じゃ違うのか?」
「そんなことないんですけど……。」
「……お……。」
が座布団を両手で抱いて屈んで口元が隠れる。
それは可愛い格好だなと声が漏れてしまった。

「一人でうろつくなよ。もうすぐ灯りを消すんだぞ。独眼竜の部屋で寝るんだろ。」
「喧嘩しちゃった……。」
「へー。どんな喧嘩を。」
「政宗さんが、私が辿り着くのがいつも奥州だったらいいって言ってくれたから喜んだんだけど……。」
「おう。」
「……ならお遣い頼めるって……。」
「ははははは!!!!」
口を大きく開けて元親が笑う。
は唇を尖らせて無言の抗議をする。
「あ……あーわり。」
その顔に気付いた元親が申し訳なさそうな顔をして、の頭をぽんぽんと優しく叩く。

「独眼竜の新しいもの珍しいもの好きは結構有名だからな。未来行けたのが嬉しくて言っちまったんじゃねえか?」
「そうなの?」
「ああ。本人に会う前から話に聞いてたぜ。」

まさか傍に置いてくれるのはそれも影響してるのかと不安になる。
いつか飽きられてしまう可能性もあるのだろうか。

「だからが独眼竜から離れたくなった時がきたら大変そうだぜ。」
「!!……私が?政宗さんが私に飽きるじゃなくて…?」
「はあ?飽きる?に?」
元親が腕を組んで目を閉じて想像する。
すぐに首を左右に振った。

「ねェな。天下に興味が無くなるくらいそれはない。諦めな。」
「諦める⁉」

実感がないの様子を見て、そりゃ自分に向けられる視線や表情を他人へのものと比較なんてしそうにねえ奴だもんなあと笑ってしまう。

「これからもう少し仕事しようとしてたところだ。の顔見ると癒されんぜ。」
「え、そ、そうですか?ありがと……。これからお仕事……?」
「頭使うやつな。部屋まで送るか?」
「大丈夫。明日出航してくれるのに……。無理しないでね。せっかくここまで来たんだし小太郎ちゃんの顔ちょっと見てから戻ろうかな。」
「そういえば起きたみてえだったぞ。物音がしたな。」
「そうなんだ!復活したのかな!」

元親と一緒に部屋へ行くと、確かになにかをしている音がする。
「小太郎ちゃん……?」
がそっと襖を開けると、小太郎が前屈運動をしていた。
「……。」
「元気になった?よかったー!」
が駆け寄って小太郎に抱きつくと、小太郎も口角を上げて微笑み抱きしめ返す。

「そ、そいつにはそんな簡単に抱きつくのか⁉」
「小太郎ちゃんは寡黙なのでこういう交流です!」
「ええ~……じゃあ俺も寡黙にしてたらそうしてくれんのかぁ……?」
「……いやもう遅いでしょ……。」
「…………。」
「あれ。」

小太郎がすぐに消えてしまって、の手が浮く。

「すぐどっか行っちゃうし……。」
「忍だしなあ。……俺の城偵察してねえよな?」
「わ、わかんない……。人目を避けて休んでるのかな。病み上がりだから布団で寝て欲しいなあ。」
が言い終わると同時に小太郎が部屋にまた現れて二人が驚く。
自身の衣装や防具を持っていた。
そしてに近づいて何かを待つようにを見下ろす。
「……。」
「あ、これからの予定はですね!明日、元親さんの船でここを出発して、幸村さん政宗さんのこと送ってくれます!」
こくり、と小太郎が頷く。
「なので小太郎ちゃんはここで布団でゆっくり寝て、明日に備えてね。」
今度は少し抵抗を感じながら頷きをする。

小太郎は話を聞き終わると元親に視線を向けて近づき、膝をついて頭を下げる。
元親は一瞬驚いた顔をしたあと、嬉しそうに微笑んだ。

「久しぶりに国主らしい扱い受けた気がするぜ……!風魔小太郎。その姿覚えたぜ!」
「……?」
「なんかごめん元親さん……。」

小太郎が布団に入るのを一応確認し、仕事を始めた元親にお休みの挨拶をして部屋を出る。
戻る道は元親がランプをくれたので足元を照らす。

二人と一緒にいて冷静になってくる。
そういえば政宗さんは抱きしめてくる回数が増えている。
あれも甘えなのだろうか。
小十郎さんの話題も増えた。
ホームシックだとしたら多少の発言は許してあげないといけないのかもしれない。


「……愛を察知した。」
「うわあああああ!!!???」
後方から足音もなく声がしてが飛び上がる。
振り返ると神妙な面持ちをした元就がいた。

「……駄目な男に引っかかるのではないかと怪しんでしまう愛だったがな。」
「な、な、なんですか……!まだ起きてらっしゃったのですね!」
「貴様の愛を教えろといっているだろうが。」
「私の愛はもうこの時間には寝るべき!の体調気にかける愛です!」
「貴様が起きているのに。」
「……い、今から寝ます……。」

暗闇で元就に迫られるとかなり怖いなとは学習する。
後ずさっていると差し掛かった部屋の襖が開いた。

「おいまた姉ちゃんに絡んでんのかよ!」
武蔵の部屋だった。
この二人のやりとりも夜の静けさの中だと周囲の迷惑になってしまうという心配で胃が痛い。

「武蔵さんのお部屋ここだったんですね!」
「うん。……姉ちゃんってほんと珍しいよな。」
「え?」
「俺にそんな礼儀正しく声かけるの姉ちゃんぐらいだぜ。」

としては天下に名の轟く宮本武蔵だ。
やんちゃ坊主に見えるが、他の武将同様にどうしても恐縮してしまう。

「なるほどなあ、。」
「え、なんです……。」
元就がの耳元に口を寄せる。

「こやつ大成するか。未来でも名を聞くのだな?分かりやすい反応よ。」
「おとぎ話だと思われたんでは……?」
「なに、これは雑談よ。深く考えるな。扱いにくいがわが軍に取り込むか……。」
「元就さんのとこで……?大成できるかな……。」
「そういう伸び方ではないのか……!!!ならば用はない。」
「判断早い。」
「何こそこそ喋ってんだよ!」

姉ちゃんに近づくな、と元就につかみかかろうとしてしまうのをが必死に止める。
意図せず武蔵の方に包帯を巻いた左手を向けてしまって、武蔵が眉根を寄せた。

「手、もう痛くない?」
「はい、大丈夫。」
「姉ちゃんのおかげで飯も寝るとこも確保出来たんだよな、俺。」
の愛が…と喋りだす元就の口をが雑に手のひらで止める。

「でもなんで嵐の中ここへ?」
「舟に乗ってたら寝ちゃってなー。嵐に気付くの遅れて転覆して、流れ着いたら見た事ある場所だって思って!」
「え。」
「前に変なカラクリで俺を追い出した西海の鬼の居場所だって思い出したんだ!それで戦いてー!ってなって!」
「住まいは……?」
「今は特に定めてねえよ。」

何でもないことのように言う武蔵だったが、は尊敬の眼差しを向けてしまう。
知らない土地も一人で駆け抜けているんだろう。

スタートを一人で何とかしなければならない自分と境遇を重ねるが、自分は怖がってばかりで、武蔵の様な強さが羨ましい。

「そうなんですか……すごい……。」
「凄いかぁ?馬鹿にされることのが多いけどな。」
「私だったら、怖いですもん……。」
「姉ちゃんが俺の生活真似しようとしたらさすがに止めるけどな!⁉?」
「……よし!」
「え、なに?」

調味料持って来るよ!って政宗さんに言えるようなメンタルにしなきゃ!とは意気込む。

「お部屋に戻ります!お話ありがとうございます!おやすみなさい……!」
「おやすみ!姉ちゃん!」
「元就さん、愛を語れなくて本当にごめんなさい。でも、関心を持ってくださったのは本当に嬉しかったです。」
「……まあもうそれはいい。見て悟れとそういうことだな。」
そういうことでもない……と思ったが態度を改めてくれる雰囲気を感じて笑顔になり、は廊下を走りだす。
武蔵と元就はそれを見送った。

「姉ちゃんってなんか、しっかりしてそうで抜けてる気がする……。心配だな……。」
「お前には関係なかろう。」
「俺も一緒に船に乗ろー。」
「なっ……⁉」





はまだ部屋から明かりが漏れているのを見て早足になる。
自分を待っていてくれているのだ。

「政宗さん。入ります……。」
「……おかえり。俺は文書き終えたから、あとはお前のペースで書け。」
「あ、ありがとう……!」
「添削はしてやるよ。」

の声を聞きつけて、隣から幸村も顔を出した。

「落ち着きましたか?」
「幸村さんにも心配かけちゃいました ?すみません。」
「いえ、大体政宗殿が悪いと思いますし。」
「おいおいおいおい幸村お前何も聞いてねえだろ何があったか。」
「叩いてごめんなさい、政宗さん。オリーブオイルもポン酢も小さいのでよければ持って来るよ!って言える余裕ないとだめだよね。」
「え……?……おりいぶおいるとぽん酢持ってこいと言ったのですか政宗殿!!??」
控えめに微笑むだったが、幸村が目を見開く。
「あれはたしかになんともいえぬ食事の彩になるものでしたが!!調味料を持ってこい!!??」
幸村はつい二回言ってしまった。

それは謝らなくて良いです!!」
「た、例え話だったんだぜ。もしが来るのがいつも奥州だったらって……。」
「それでもです!」
「幸村さんは優しいなあ。でもきっと政宗さんも、私にこっちに来る楽しみをくれようとしてたんだと思うし……。」
「どこでそのpositive拾ってきたんだこの短時間で。」
「才能ですな……。」

持ったままだった座布団を畳に置いて、は座った。
ランプを横に置いて、政宗と幸村に向き直る。
幸村は聞くなら今だろうかと口を開く。
「あの、。昨日俺に言いかけたことがございませんでしたか?」
「あ、それ、あの……。」
はちらりと政宗を見る。政宗には心当たりがすぐに思いつかず、首を傾げた。

「……幸村さんと船降りようかなと思って、良いですかって聞こうとしたんです。」
「なんとっ……⁉」
「信玄様に、説明と謝罪を。でも、あの、お忙しい、みたいで……。」
「あ、ああ……。そうですね。隠す必要もないが、戦となりますのでが来るのは……。」

初めて聞くような態度の幸村に、覗いてた時に聞いてたんじゃねえのかよ、と政宗は不思議がる。
しかしはあの話の際に小声で話していたし聞こえなかったのだろうか。
「……。」
となるとと手を取り合ってる姿を幸村と元親が見てただけということになるだろうがと考えて気恥ずかしくなる。

「しかしなぜが説明と謝罪を?」
きょとんとする幸村に、今度はが首を傾げる。
「え……だって私が、幸村さんを巻き込んで……。」
「いいえ。俺が未来へ行ったのは、自身の油断と興味のせいです。が呑み込まれる際に、逃げる気になれば逃げれました。あれはだけを狙っていたのですから。」
「でも……。」
「申し上げたでしょう。俺の働きで、未来へ行ったことは間違いでなかったと証明いたします。」

幸村が政宗に視線を向ける。
「某と一緒にというところで喜んでしまいましたが、そうですね。は奥州へ。政宗殿、頼みましたぞ。」
「……あんたに頼まれなくても。」
「そうでしょうが、一応。形は。」

が鞄に手を伸ばす。
中から、小さなペンギンとサメの陶器の置物を取り出した。
「これ!」
「ん?」
「お?」
「水族館の、やつ。お二人気に入ってたから、あの、無事帰れる目処がついたら、未来は楽しかったって、思い出にしてほしくて、渡そうと思って……。」
あの時はこれだと決めて買ったのに、今は武将にこんな可愛いもの渡して喜ばれるのか?と疑問になって言葉に詰まる。
「サメ!」
「おおおおお!!ケープペンギンじゃねえか!!」
「え⁉種類まで覚えてたの⁉」
の心配を他所に、二人は目を輝かせて喜んでから受け取る。

「ありがとう!サメの大きく迫力があるが勇ましくも穏やかにも見えるあの動き……お館様を思い出しました……。」
「そうだったんだ⁉政宗さんはなんでそんなに…?」
「このケープペンギンの頭の形な。」
「頭の形。」
「小十郎に似てる!!」

にこーっと政宗が笑った。
は口に手を当てた。

だ……

大好きかよ……????


「はあなるほど。確かに額から後頭部にかけてのこの線が。」
「だろう?小十郎よりペンギンの方が圧倒的に可愛いけどな!!」
政宗さんも小十郎さんもセットで可愛いです!!と叫びたくなるのをは必死で我慢した。

「しかし海の下はあのような空間が広がっているとは。」
「潜るぐれえしか見る術がねえもんな。だから見せてくれたんだろう?」
「あ、うん、でもそれだけじゃなくて…。海の下って、私の時代でも分からないこと、人間がまだまだ行けないところがたくさんあるの。私もそんな深く潜ったことないし、だから、気軽に、すごーい!って、二人と似たような感覚で楽しめる場所だったの。」
「……そののお気遣いのおかげで、我々は未来でも安心して楽しめたのでしょうな。」

幸村が顔を赤らめながら緊張した面持ちになった後、意を決したようによし、と声を上げてに近づく。

「幸村さん……?わ!」
ひょいとをお姫様抱っこで抱え上げる。
「Ah?」
「今宵は某の部屋でお休み頂きます!政宗殿は発言を反省してくださいませ!」
「ただの冗談じゃねえか!はもう怒ってねえし!」
に甘えないでくださいませ!」
「あはは~‼幸村さんありがと!」

そのまま小走りで自身の部屋に向かう。
政宗はむしろ幸村が大丈夫なのかよ……?と目を細めてしまった。
部屋に入るとすぐにばたんと襖が大きく音を立てて閉められる。

が、すぐにまた開かれる。

「……お布団は、頂きます……。」
幸村がそそくさとまた政宗の部屋に入ってずるずると布団を引っ張っていく。

「ぐだぐだじゃねえか。」
開かれた襖から、が口を押えて笑っているのが見える。
政宗と目が合って、がにこりと笑った。

戻ってきた幸村に、が近づく。

「幸村さん、お気遣いありがとう。」
「あ、いえ……。」
布団を運び終えた幸村の手を、が掴む。

「今夜は幸村さんと二人きりなんですね。」
「えっ、あ、その、え、ええ……‼俺が、守ります……‼その……‼」
同室で寝るくらいもう平気だと思った幸村だったが、急に心臓の音がうるさくなる。

しっかり身体が守られたるーむうえあでもない。
胸をつぶしているわけでもない。
もし二人きりの状態で着物が乱れたところでも見てしまったら
公園の時のように無意識で近づいていたなんてことあったら

「政宗殿!!!!ここの襖は開けておいてよろしいでしょうか!!??」
「全力でぐだぐだなんだなアンタは。」
「あはは!ちょっと間隔あけた川の字で寝ません?」