ゆらゆら船旅四国編 第15話
海はひどく穏やかだった。
元親は顔に笑みを浮べながら甲板に立つ。
出航するぞ!!と声を上げると部下がおおぉぉと雄叫びをあげた。
しかし今日聞こえるのは部下の声だけではない。
「元親さんかっこいい~!!」
「鬼!偉そうにすんな!!」
「静かに出来んのか馬鹿め。」
「はともかくなんで武蔵と元就までここにいるんだよ!!」
元就と武蔵の二人は早朝に突然着いて行くと言い出して船に乗り込んでいた。
「風が気持ちいいでござるな。あ!魚が跳ねている!」
「トビウオ!?見たい見たい!」
「姉ちゃん待って!俺も!!」
はすっかり仲良くなった武蔵と一緒にどたどたと甲板を走り回る。
「小太郎。」
政宗が呼ぶと小太郎はとたっと小さな音を立てて政宗の横に降り立った。
「前田慶次はどうしてる。」
「……。」
ぴっと、北東の方を指を差す。
「……。」
それじゃ分からねえよと政宗が声に出す前に小太郎はすぐに手を引っ込めて考え直し、幸村の背を指差した。
「甲斐にいるのか?」
小太郎はこくこくと嬉しそうに頷いた。
「お前、あいつの事気に入ってなかっただろうが。」
「……。」
キョトンと首を傾げた後、はっとして首を振って口角を上げる。
「単純だな。ちょっとを助けたくらいで……。」
ふるふる
「……なんかしたのかよ。あいつ。」
こくり
あいつらに説教でもしたのかね……。
……血を流しながら。
「そりゃ……coolなことで。」
が見てねぇところで、の為に動いたのだとしたら、見直してやらなくもねえなと空を見上げた。
「政宗さん、小太郎ちゃん、あの、なんの話?」
甲板に出て行ったはずのがいつの間にか皆の輪から外れて、不安そうにしながら二人に近付いてきていた。
小太郎はなんでもないよと頭を振った。
慶次のことはまだ秘密なのか?
「小十郎はどうしてるか聞いていたんだ。これといって騒ぐ事も起きて無いようだしな。」
「大丈夫……?」
「お前は心配しなくていいんだ。奥州は平和だとよ。」
「そっか……!!」
不安は拭えていないようなぎこちない微笑みでは笑った。
「政宗さんも海見ようよ。好きなんでしょ?」
壁に寄りかかったままで動こうとしない政宗の腕を取り、は幸村と武蔵の元へ連れて行こうとぐいぐい引っ張った。
「が、ガキじゃねえんだ、あんな風に騒げるかよ。」
「何でよー!!」
「ここから見える海だって綺麗だっての……。お前も向こう行ったら日に焼けるからここで見たらどうだ?」
「えー……まあ日焼け気になるけど。」
船旅楽しみにしていたはずなのになぜ急に隅っこに?と首を傾げたがふと察する。
東北で育った政宗に海の上のこの強い日差しは不快に感じるのかもしれない。
「何してんだよ?三人でこんなところ固まって。」
「あ、元親さん。」
「元親……。」
「楽しんでくれよな。今は仕事ねえんだから。それとも何かしたいか?」
「やだね。」
「やだ!!でもお手伝いならするよ。」
「は良い子だ。」
元親がににこりと笑いかけながらわしわしとの頭を撫でる。
「ん?」
そして突然ひょいと抱き上げると一瞬にしてを連れ去った。
いきなりの事に政宗が目を丸くする。
「元親てめえ……!!」
扉を開けて船内に飛び込み、すぐに姿が見えなくなった。
「小太郎!船の構造は!?」
「っっ……!!」
小太郎は悔しそうに首を振った。
「はあー……。まぁた勧誘かよ。が応じるとは思えねえがとりあえず探すぞ。」
「……。」こくこく
政宗と小太郎も船内に駆け込んだ。
バタンと扉を閉めた後で、元親はを降ろした。
「元親さんまた強引なことで……。」
「あン?そろそろ俺の事分かってくれたか?」
元親はしゃがみ込んで、を見上げた。
「まだ諦めてねえからなあ、俺。」
「元親さん……。」
「ここに残らね「騒がしい。」
部屋の奥から、苛立った声がした。
「……馬鹿が何を言ってもには通じぬわ馬鹿め。」
「馬鹿って二回も言った!!元就か!?」
「……声で判ろうよ……。」
がさっと音がした後、暗い部屋の隅から元就が姿を現した。
「何してんだこんなところで……!!お前、やっぱり付いてきたのはここの内部構造知るために……!」
「知ってどうする?」
「どうするって……!」
「戦をするなら潰して終わりだ。我はこのようなもの欲してなどおらぬ馬鹿め。」
「また馬鹿って言った!!」
は言い合うというか一向に元親が劣勢な状況が面白く感じてしまった。
「あはは!!仲悪いなあ。でもひっそりしたいときに駆け込むところが一緒なんて、実は気が合うんじゃ?」
「「ああ!?」」
ギロリと二人に睨まれた。
言っちゃいけない事だったか。
「……ごめんなさい。」
「……あ、ああ、悪い。お前は前向きだがなあ……こいつと俺ばっかりはなあ……。」
「は愛が深すぎるのではないか?」
「も、元就さんはなぜそんなに私に……!!」
「、それこそ我が言わねば判らぬのか?」
「……おいこら。」
元親がを口説こうとしてたのに元就に取られてしまったではないか。
「……元就、聞こうと思ってたんだが。」
「なんだ。」
「国、放っておいていいのか?」
「そ、そうだ……!!戦の後の処理とかあるんじゃないですか?」
「そんな仕事、とうに済ませたわ。というかお前ら、今頃気づいたのか」
フンと鼻で笑う元就に、と元親は首を傾げた。
「……いつだ?」
「城に滞在していたときに指示を出した。戻ったときにまだ出来ていませんなど許さぬ。」
「……どうやって?」
「我の居場所は知らせてあるわ。忍に決まっておろう。」
目を見開く元親の肩を、はポンポンと叩いた。
「き、気づかなかった……!俺は……そんな簡単に他国の忍の侵入を許して……!!」
「……小太郎ちゃんもだ……。ごめんね……。」
「くそう……!!もっとしっかりしねえと……!!」
「島国だからって気を抜きすぎなのだ。馬鹿め。」
「うるせえなあ!これから改善すればいいんだ!で⁉こんなところで何をしてたんだよ元就!」
「考え事だ。」
「考え事……?ざ、ザビーさんのことですか?」
話題を戻してしまい、はしまった、と思った。
自分は愛なんて語れない。
「……まあな。」
「あれ?」
語れ!!と言われるのを覚悟したが、元就はそう言うだけで安心する。
本当に態度を改めてくれたのだろうか。
元就はただをじっと見つめた。
「……。」
「……元就さん?」
「おい、何してんだよクソ……!!折角独眼竜と風魔小太郎振り切ってよう……!!」
「残念だったな元親。」
あれだけ大声を出せば当然気づかれる。
政宗と小太郎どころか幸村と武蔵まで不機嫌な顔で元親を見つめていた。
「……睨まれ損だ。俺は何もしてねえ」
「だろうな。元就も一緒だしな。」
政宗は余裕の笑みだ。さっきまで夢中で探してたのに、切り替えが早いなあと、小太郎は感心した。
「元就殿!またに、その……愛、を、語れなどと迫っていたのでは!?」
「だったらどうする?」
愛と言うだけで照れるなんて幸村さんかわいいなあとはゆっくり考えてしまっていた。
「が嫌がることはしないで下され!」
「……、嫌なのか?」
元就は少し切なそうな顔をした。
「そ、そんな顔しないでよ元就さんずるいー!!策なのか!?その顔は策なのか!?」
困ってしまったの腕に、武蔵がぎゅっとしがみついた。
「姉ちゃん困らせんな!!」
「……。」
小太郎はそんな武蔵を殴りたくなったが、が近いので我慢して、ぎゅうとの反対側の腕にしがみついた。
「こ、小太郎ちゃん」
「なんだよ忍!マネすんなよ!」
「……。」
小太郎は知らんぷりでそっぽを向いた。
「あはは、お二人さん可愛いねえ……。嬉しいけど、身長差がさあ……私、連行される宇宙人みたいになってる……。」
は素直に喜べなかった。
「なぜだ。」
「……元就殿?」
「なぜあのような力無き者の周りにあれ程の人間が集まる?」
小さく呟いた元就を、幸村は凝視した。
それこそ、お得意の"愛"だろう?
「……真田幸村。」
「む?」
「お前は、に愛を感じるか?」
「……。」
ザビーのことを考えて笑うところかもしれないが、しっかりと答えたくなる質問だった。
「感じますよ。もちろん。」
「だから群がるのか。」
「自身が辛い目に合おうとも他人の為に自身を奮うことが出来る優しさを持ち、いつも愛らしい花のような笑みを向けて下さって。某を、たくさん心配してくださって。」
「戦の世で生ぬるいとは思わぬか。」
「には生ぬるさを通り越す意思の強さがございます。それに某も触れ、守りたいと思うのです。」
元就は、いまいち理解できてないようだ。
眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
「すぐに抱けるものではないでしょう。そういう気持ちは。」
「……我は。」
「元就殿は、考えすぎでござる。感じることも必要。」
「ふん。偉そうに。」
元就はすっと静かに部屋を出て行った。
言い合いをしていた政宗と元親は、元就の消えていった場を見つめた後、幸村に向き直った。
「なんだ?」
「行っちまったな。」
「狭いから、外に出たくなったのだろう。」
幸村は真剣に話をしてしまい、今頃恥ずかしさがこみ上げ、下を向いてしまった。
「アニキ―!!鮫出たぜ!!」
甲板から叫び声がして、元親と幸村が反応した。
「おぉ、いいじゃねぇか!夕餉のおかずだ!」
「なんと!いやでございます!鮫殺しちゃいやでござる―!鮫かっこいいのでござる―!」
甲板に向けて走り出した元親を幸村が追った。
「……ペンギンは、いねぇのかな……。」
「いませんよ。」
政宗がしょんぼりと肩を落とした。
流れでその場が解散となり、も鮫の様子が気になって甲板に出て騒ぎを後方から見ていた。
釣り上げは出来なかったようだが、海で見る鮫の姿に幸村が目を輝かせていた。
政宗は自室で休むと言って行ってしまった。
様子を見に行こうかと考えているところに軽い足音が近づいてきては視線を向けた。
「何をしている。」
「私はみんなのこと見てました。元就さんは?」
「日輪の加護を受ける為に我が甲板に居るのは当然よ。」
目を軽く閉じて、太陽に顔を向ける元就の様子に、光合成みたいなもんかな……とは考えていた。
元就が目を開けて後方に視線を向ける。
その先に小太郎が現れた。
「我を危険と判断するか。」
「そんなことないかと。」
「……貴様の忍だろう。」
「忍として凄く助かってるところもあるんですけど、主従と言うより友達って感じなので。近くに来てくれただけだと思います。」
「なんだと?忍と友……?本気か。」
「わ、わりと……。」
「……ふん。まあいい。」
元就に呆れたような視線を向けられてしまったが、は気にしないことにして小太郎に話しかける。
「あの、小太郎ちゃん。慶次はどうなったか聞いてもいい?どこに居るの?」
「……。」
小太郎は一瞬にしてその場から消えた。
「えっ。」
何かしらの反応はくれるだろうと思ったは目を丸くしたまま動けなくなってしまった。
当然報告すべきものと小太郎が思ってくれていると信じていた。
「それほど驚くか。友ではなかったのか。」
「……と、友です。友ですもん……。」
「……知人の安否か。」
「はい。」
「主人の耳に入れるべきものの区別ができぬとは二流よな。友……としては知らぬが。」
「小太郎ちゃんは一流です!」
「ならば突然消えるとはどういうことだ。」
「……私に、気遣って……?」
ということは、と考えては青ざめる。
無事と聞いたら頷いていたが、命は何とか繋ぎ止めた程度なのだろうか。
慶次は織田軍のどこかにいるのだろうか。
会うことは難しいのだろうか。
「…………え、そんな、う……。」
涙ぐんだを見て元就がぎょっとする。
泣き始めたのに驚いたのではなく、が泣くと近くにいた自身に面倒なことを言い出しそうな人間が船に多すぎるからだ。
「……。」
こういったところも伊達政宗や真田幸村、長曾我部元親らが評価している愛の側面なのだろうか、と、じっとを見つめた。
「い、いや、まだ直接聞いたわけじゃないんですから、私は、信じます。小太郎ちゃんを探しに行きます。」
「……。」
「はい。」
「直接聞き出せぬなら、引き出すまでだ。心得よ。」
を一瞥してまた太陽を見上げる元就に、は一瞬驚いた顔をした後すぐに笑顔を向けた。
「頑張ります!」
「……。」
そこは素直に受け取るのだな、と思いながら、元就はの背を見送った。
小太郎ちゃんは高いところが好きだからな、と思いながら船内の階段を上がっていく。
うろうろしていると来たことのない場所に迷い込んでしまい、戻ろうとしたが、鳥の声がしてその場所に向かった。
「あ、元親さん!」
「ん?」
船を操縦する元親の姿とその近くで寛ぐぴーちゃんを見つけて、は近づいた。
仕事中なら勧誘は始まらないだろう。
「なんだ?操縦したいとかいうなよ!?」
「興味はあるけど言わないです大丈夫。あの、小太郎ちゃん見なかった?」
「いや、来てねえぞ。」
「そっか。」
「あの忍、信用していいんだよな?」
「え?うん。なんで?」
「乗船の前に文渡されてな。途中の寄港はここをとお願いされたんだが。」
「……そんな方法で騙したりしないよ。体調悪い状態で城に忍び込めてたんだよ?」
「潰したけりゃ潰せてるってか?俺は強いから返り討ちにするっての。……そうだな……情勢考えても寄るには問題ねえ土地だったからのこと考えてのもんだったと信じるか。」
「私?」
「なかなか栄えてるんだ。食料の補充でちと滞在時間あるから散策でもしてみたらどうだ?」
「う、うん……。」
「俺も手が空いたら髪飾りでも着物でも食い物でも買ってやるよ。……ん?想像したらすげえ楽しみだな。手が空いたらじゃなくて約束といこうじゃねえか!」
なあ!とに振り向くと、動揺した顔をしていて元親は不思議がる。
徐々にの性格も判ってきて、こういうことは喜んでくれるものと予想していた。
は、私の気晴らしになることを提案してくれてるって……やっぱりそういうことなの……?と悪い想像をしてしまっていた。
「なんだなんだ、暗い顔して。」
「や、なんでも……。」
「そりゃねえよ。話してみろよ。」
「少し、話した、前田慶次のこと聞こうとしたら小太郎ちゃん消えちゃったの。」
「……。」
「それで……私の為に栄えた港を提案してくれたって……もしかして、嫌な知らせがあるからなんじゃって……。」
そこまで聞いて、元親が来いと右手をちょいちょい動かす。
近づくと、手を掴まれて舵に手を置かれた。
「こことここを掴め。」
「いいの?」
舵を掴むと、上から元親の大きな手がの手を包み込む。
「いいか?今は独眼竜や幸村やこの船に乗ってる全員の為に舵を取ってる。」
「うん。」
「この航路は忍がの事を思って俺に進言したものでもある。」
「うん。」
「嵐が来たら、はどうする?」
言われたとおりに想像してみる。
そんな経験はないけれど、映画で見たような、荒れ狂う海で大きく船が揺れていたら。
「……みんなのこと、守らなきゃ……。」
「そうだな。」
「どうすればいいか分からないけど、私が出来ること、頑張る。」
元親が右手を離す。
ポンポンと、の頭を叩いた。
「それでいいじゃねえか。どんなことが待ってようが、の出来ることを頑張れ。」
「元親さん……。」
「俺はの味方だぜ。堂々としてな。俺に出来ることがあったらもちろん手伝う。」
「ありがとう……。」
微笑むを、元親が満足そうに見下ろす。
「それでェ?一緒に港を楽しもうって俺の申し出はどうするんだよ?」
「元親さんのお時間が許すなら喜んで。」
「やったぜ。二人きりでな。」
「分かった。みんなも散策するかなあ。」
「……。」
その皆もと歩きたがるだろうから先約を取ったつもりだが、は意味を分かっていなかったか。
想像力はあるのに自身の取り合いを男たちが始める未来というのは、確かに考えずらいものかもしれないが。
がやんわり舵から手を離そうとするのを察して元親も手を離す。
「小太郎ちゃんもう少し探してみます。」
「おう。頑張れよ。」
が出て行き、またぴーちゃんとの空間になる。
「港なあ……普通の女ならその程度の時間あれば口説き落とす自信あんのによお。」
あまりに素直でつい忘れがちになってしまうが、そもそも未来から来た女の感性というものはやはり違うのだろうか。
「南蛮のものもたくさんこの国に来てるんだろうなあその頃には……。」
俺も俺の出来ることをと考えてみるが、心に引っかかってしまうものがある。
普通の女に嵐が来たらどうする?なんて問いかけしない。
どうやったらそんな想像が出来るんだ。
なんでは船にあまり乗ったことがなさそうなのに想像出来たんだ。
なら何でも分かってくれると勝手に考えて、それには応えて見せる。
知性や教養を飛び越えた能力が未来の人間には培われているのか。
そんなの目には、俺の発明はどんな風に映るのだろうか。
「……興味あるがなんて質問すりゃいいかが分かんねえよ。」