ゆらゆら船旅四国編 第16話
小太郎探しのついでには政宗の部屋に向かった。
政宗の部屋は自身の部屋の隣に用意されていたので、の部屋に小太郎がいないかも確認するつもりだった。
「政宗さん。」
呼びかけながらコンコンとノックをすると、入れ、と声がした。
「調子悪かったりする?大丈夫?」
室内には装備を外して窓辺で外を眺めている政宗がいた。
「いや、そういうわけじゃねえ。そろそろまた甲板に行こうとしてた。」
布団に乱れもないので横になっていたわけではないようだ。
「くらくらしたりしてない?」
「少し防具外して風に当たりたかっただけだ。」
「部屋で?」
「元親が武装してるのに俺は軽装で部屋以外にいるわけにゃいかねえだろう。」
「うーん確かに。」
船内も武装されていて、いつ敵襲がくるかに備えている。
もしもに備えてでなく、確実に来る、と考えての実践的なものだ。
船上で戦が起こる場合もあるのだろう。
「は大丈夫か。」
「私?大丈夫だよ。」
「毛利元就に追い回されてねえか。まさかついてくるとはなあ。今までにねえTypeだろう。あしらいにくそうだ。」
「た、確かに。愛を語れってなんだろうほんとに……。」
「小太郎がべったりかと思ったらそうでもねえのか。」
「むしろ小太郎ちゃん探してたの。慶次の事聞いたら消えちゃって。」
「時期が来たら話すつもりなんじゃねえか?そういう態度なら急かさねえ方がいい。」
「そっかな。元就さんには引き出してみろって助言貰ったけど……。」
「出来んのか?泣き落としなら出来るかもしれねえが。」
「あんまりやりたくない……。」
「だろうな。この会話もどこかで聞いててそのうちひょっこり出てくるかもしれねえからゆっくり待ってろ。」
何を見ているのかと近づいて覗いてみると、甲板で働く元親の部下と海だった。
やけに真剣な眼差しで、もしも、もしも政宗さんがこの船を攻めるならどうするかと考えていたらどうしようと不安になる。
「何見てるの……?」
「……いや別に、暖かいなと思ってよ。奥州に比べて……。」
「え、気候?」
「寒暖差で風邪ひくなよ。」
あまりに普通の会話で、こくこくとただ頷く。
「……よし、すっきりしたから海見に行くか。未来で言やそろそろ昼の時間だが腹減ってねえか?」
「朝ごはん結構がっつり食べたから大丈夫だけど……少し小腹が空いたかなあ。」
「俺もだ。みかん大量に積んでたのを見たぞ。貰って甲板で食おう。」
「やった~!行く~!」
政宗と共に調理場へ行くと、元親の家臣が政宗に頭を下げて挨拶をする。
それ程の信頼を得る働きしてたんだ……とは感心していた。
みかんをくし切りにし、飲み水を貰って甲板に向かう。
「なるほどな。その切り方ならすぐ食えるな。」
「邪道っていわれるかと思った。」
「言わねえよ。」
船首へたどり着くと、手ごろな空の木箱を運んで椅子にする。
「お~いいじゃねえか。爽快。なあ?」
「ちょおおおおっと風強いな!?」
「こんなもんじゃねえのか?」
髪が乱れるのが気になってしまったが、奥州に早く着く為にもスピードがあるのはいいことだろう。
みかんを一切れ食べながら、見える陸地へ視線を向ける。
「奥州に着いたら小十郎さんになんて言おうかなあ。」
「小十郎?何を。」
「いや、政宗さん連れてったことを。一から説明するとして、ごめんなさいで済まない……?」
「……は間違ってねえからなんとかって幸村が言ってただろ。」
「う、うん。」
「俺もそんな感じでいい。」
「でも政宗さんは筆頭で、幸村さんとはまた立場が違うし……。不在のこと小十郎さん周囲に必死で隠してくれてるんじゃ……。」
「じゃあ小十郎のことを労わってくれりゃいい。」
「そうなの?」
「まずは俺が話をする。は聞かれたことに答えりゃいい。」
けじめみたいなものはいらないのか……と任侠ものドラマのようなことを考えてしまいながら、はみかんを口に含む。
奥州の皆にどう思われるか不安ではあったが、政宗が離れるなと言ってくれたことは嬉しかった。
庇ってくれることに甘えたくないが、信じてついて行こうと意思を固める。
「甘い。おいし~。」
「りんごよりみかんのがビタミンCってやつ豊富なんだろ?みかんとりんご交換してくれねえかなあ、元親。小十郎の野菜でもいい。」
「してくれるんじゃない?そのくらいなら。」
可愛い貿易話だなと思うが、この時代では当たり前じゃないのだから喜んでくれる人たちはたくさんいそうだ。
「あ!!政宗殿抜け駆けとは見損ないましたぞ!!」
「なんの抜け駆けだよ。」
船や風や波の環境音にも負けない幸村の声が二人の耳に届く。
政宗は眉根を寄せて振り返った。
「なんのと言われますとなんでしょうか……。なんだかこう……羨ましい状況ですな。そのような場所で果実をつまみながらとは。満喫されておられる。」
「幸村さんも座ってどうぞ~。」
「これはこれは、ではお言葉に甘えまして。」
「同席すんなら見損なったって言われ損じゃねえか俺が。」
が政宗に寄って場所を空ける。
そこへ幸村も座ってみかんを一切れ頬張る。
「幸村さんも満喫してるでしょ。」
「鮫は水族館で見たものより小さかったのですが、捕まるまいとばたばた動く姿が素晴らしく迫力があった!」
「今までずっと鮫見てたのかよ?」
「いや、その……途中から宮本武蔵殿に追い掛け回されていました。」
「え。」
「そりゃお疲れさん。」
「武蔵殿が戦え戦えと俺に迫るのだ……。」
「ここで⁉」
「ああ!!見つけた腰抜けやろー!!」
どたどたどたと大きな足音共に武蔵が接近してきた。
政宗と幸村が眉根に皺を寄せる。
「……、任せた。」
「え!?」
二人はの肩をぽんと叩いた。
「何座ってだらだらしてんだよ!俺様と戦……あ、姉ちゃんも一緒か……。」
「あの、武蔵さん、私たち陸に着いたら忙しくて。今のうちに休んでおきたいんです。」
「鍛錬して体力つければいーじゃねーか!姉ちゃんは座ってていいし。」
「元親さんの船の上で暴れて欲しくないな……。」
「ぐ……。」
武蔵がどっかり座り込んで武器の手入れを始めた。
こんなんでいいのかとは安心し、政宗と幸村は心の中で拍手した。
「武器、手作りですか?」
「自分で削った!!丈夫だぜ!!お前らなんかに負けないぞ!!」
に自慢げに武器を見せびらかした後、びしっと武蔵は政宗と幸村を指差した。
「言うじゃねぇか……。」
「しかし手作りにしては立派だ。」
「だろ!!」
「そうかぁ?」
「政宗さん……こらこら……。」
せっかく宥めたんだから怒ってしまいそうな態度はやめてくれとは政宗をぽんぽん叩いた。
「おれさま今まで戦って来て負けなしなんだぞ!!あ、でもな、さっきな、姉ちゃんの忍が居たから挑んだんだけど……。」
「え、小太郎ちゃん?さっき?」
「あいつおれを一発殴って飛び立っていっちゃった!!なあ、それおれ負けじゃないよな!?もう一回戦っていい?」
「飛び立った?」
「陸についてからでいいからさ!」
「とびた……?え、どっちの方向に?」
「え?あっちだよ。」
武蔵が陸地を指さす。
と政宗と幸村はその方向に視線を向ける。
「……この程度の距離でしたら、風魔殿は行けますな。」
「え……どこ行っちゃったの……?」
「俺たちの状況の報告とも考えられるが。しかしもう元親の忍が文届けてるだろうしなあ。」
「私になにも言わずに……。」
いや、小太郎ちゃんは嵐の中でも飛んできて来てくれたんだ。
何考えてるのか分からないときの方が多いが、信じて待っていればきっと大丈夫。
大丈夫……。
「大丈夫……ですよね。戻ってくるよね……?」
「風魔殿なら大丈夫でしょう。」
「うん……。」
「みかん食えみかん。」
「むぐむぐ」
政宗がの口にみかんを詰める。
「え、おれのせいであの忍行っちゃったのか……?」
落ち込むに武蔵が罪悪感を覚え始める。
「ご、ごめん。おれ、陸着いたら忍探す……!」
鬼に地図もらってくる!!と武蔵は走って行ってしまった。
幸村は、武蔵殿はもう戦えと言わなそうだと安心する。
「佐助も二、三日姿を見せぬことはよくあるので忍とはそういうものと思いましょう。」
「佐助も。」
幸村の言葉にこくこくと頷く。
不安になっていては政宗と幸村に延々気遣わせてしまうと察して笑顔を作る。
「こんなところで寛いで何をしている。忍は見つかったのか。」
呆れたような声に振り返ると、元就がいた。
「小太郎ちゃん、陸地へ飛んでっちゃったんです。」
「陸へ……?」
元就が陸地へ視線を向ける。
「この距離をか……。ご苦労なことだな。への愛の為何か仕入に行っているとでもいうのか……?」
「えっ……。」
そう言われて気付く。小太郎はなんでもできると考えてしまいがちだが、船に居るより飛んでいく方が明らかに大変なことだ。
「私の為に飛んでった……。そ、そっか……。」
やっと小太郎を信じて待っていようという気持ちに迷いがなくなる。
政宗と幸村は元就に向かって、よくやったと拳を向ける。
「……?なんだそれは?」
部屋へ戻り、一人で武田信玄への手紙を書いているとあっという間に日が沈んでくる。
レポートや論文よりも緊張するが、紙の枚数が書き損じが多々許される量でもないので集中する。
「できた…かな。政宗さんに読んでもらおう……の前に……。」
もうすぐ夕餉の時間だが、小太郎が戻って来た気配もない。
「……。」
小走りで甲板へと向かう。
夕焼けに目を向けながら、風の音に耳を澄ます。
「。」
「政宗さん、幸村さん。」
名を呼ばれて振り返る。
政宗が羽織をに投げ、咄嗟に両手を伸ばして受け取る。
長曾我部軍の誰かに借りたのだろうか、厚手の生地だった。
「風が寒いでしょう。そろそろ中に入りましょう。」
「ありがとう。お借りします。」
男物らしく羽織るとだぼだぼで、丈は膝まであった。
「……。」
「はい。あ、小太郎ちゃんを心配してじゃないよ!もし戻ってくるならお夕飯残しておかなきゃなって思ってちょっと見回り……。」
「いやそうじゃなくて……その羽織……」
「あっれ~~~ねえちゃん大きさ合って無い服着てんな!かわいいじゃん!!」
「武蔵さん。」
「……。」
かわいいと政宗も言おうとしたが、通りがかった武蔵の迷いのないもの言いに素早さで負けてしまった。
政宗は武蔵を睨みつけた。
「お借りしました!」
「いーじゃん!身体冷えないようにしろよな!」
武蔵は政宗が睨むのにも気づかず、言うだけ言って通り過ぎてしまった
は~らへった~っと声を上げたので夕食をもらいに行くのだろう。
「武蔵さんもなんだかんだ優しいね。」
「女子供には優しいのでしょう。俺には優しくない。」
幸村は昼間の件を思い出して頬を膨らませた。
海風が強く吹く。
空気が冷たくなってきた。
「小太郎ちゃん、来ないみたいなんで戻ります。行きましょう。」
「おう。魚介のあったけえスープ作って貰ってるからな。」
「すーぷと言うより鍋でしたな。」
「具だくさんだ!?やったあ。」
食堂に着くと一人一人に膳が配られていた。
具だくさんのスープに白米、焼魚と漬物とみかんをひとつ。
「美味しそうですね!」
「労働はねえがしっかり食えよ。」
「うん。」
開いている席に座って手を合わせて食べ始める。
明日は寄港し、念のため燃料と船の点検をするそうだ、と幸村が話始める。
「急な航海と台風で事前の準備では不安があるからと。」
「食料も調達するって言ってたの聞いたぜ。港に泊まりはしねえだろうから、まあそのくらいは仕方ねえよな。」
「あ、そっか。私、港では元親さんに同行することになったんだけど、航海に必要そうな物品見繕えってことなのかな。」
試されてるのかな~とは言葉を続けたが、政宗と幸村は箸の動きを止めた。
「港で元親に?」
「うん。二人は港で何する予定?」
「馬鹿野郎……なんでそんなこと引き受けたんだ……。お前を口説こうとしてるに決まってんだろ。」
「くど……」
そういうことか、とも目を丸くして箸を止める。
「気付くのおっせえ。」
「ご、ごめんなさい。でもお断りするし……。」
申し訳なさそうに政宗を見ると、明らかに不機嫌な顔をしていた。
「俺が港で買い物の仕方ちゃんと教えてやろうと思ったのによ。」
「そうだったの……⁉ごめんね……。」
「政宗殿、ものの相場分かるのですか?」
「……いや、わかるだろ。」
「政宗殿の周囲には質の高いものしか無さそうなのですが……。」
「Don't underestimate‼街に出かけたりするってんだ俺だって!」
気持ちは嬉しいが、確かに政宗は微妙な、高すぎず安すぎず、それなりの値段という庶民感覚はあまり無さそうだと感じてしまう。
むしろそれも元親に頼んでみようか、と考えていると、膳を持って周囲を見渡す元就が視界に入る。
「元就さん!こっち席空いてますよ!」
手を大きく振って呼びかけると、返答はないまま元就が寄ってくる。
「……うっそだろお前……。」
「元就殿には困っていたのでは⁉」
「えっ、でも混んできたし席空いてないし。」
「お優しいですなあ……。」
「何も考えてねえんじゃ……。」
礼も何もなく、元就はの横の席に膳を置く。
「部屋に持ってこいといったのに人手不足だと言われて仕方なく来たのだ。なぜ我がこのような……。」
「みんなで食べるの楽しいですよ元就さん!」
「ならば楽しませてみせよ。」
「私が⁉」
「ほらめんどくせえことになった……。」
夕食を終え、政宗と幸村と元就は風呂へと向かった。
風呂といっても身体を洗い流せる程度だ。
は男性全員が終わってから最後に行くので、夕食の片づけを手伝っていた。
「あの、さん」
「はい」
皿をしまっている時に声を掛けられて肩越しに振り返ると、一人の元親の部下が膳を持っていた。
「アニキが部屋から出てこねえんだ。夕食もいらねえって言い出してよ。」
「え?何かあったんですか?」
「カラクリ造り始めちまってるみたいで。ほら、あの病気って食べるべきなのを食べなかったから起きたんだろ?それが分かった直後の航海で飯いらねえなんて言われてはいわかりましたって思えなくてさ……。」
「はい、そのお気持ち分かります。」
「あんたが持ってってくれたら、食ってくれるんじゃねえかって考えたんだが頼めねえか?」
「え?いいですけど……」
食べてくれる保証はないけど……と思ったが、男は嬉しそうに笑い、に膳を差し出す。
受け取って、いってきますと言って元親の部屋に向かった。
「元親さん、入っていいですか?」
「?」
扉越しに声をかけると、すぐに元親の声と、がちゃがちゃと鉄製のものが擦れる音が聞こえてきた。
「夕食持ってきたんです。部下の方心配してましたよ。」
「今開ける。」
鍵を開ける音がして、扉が開かれる。
誰にも見られたくないものを作っているのではないか、入っていいのか、扉で膳を渡して戻ろうかな、と考えたが、元親は嬉しそうな表情でを出迎えた。
「ちゃんと休んで食べてくださいね。はい。」
「ありがとな。入ってけよ。」
「でもお仕事中じゃ?」
元親が膳を受け取ると、を中へ促す。
「話しがある。」
「へ、変な事しない?」
言った後で、変な事ってなんだよ、とからかわれるかもしれない、とが身構える。
「しねえ。」
しかしはっきりと否定する。真剣な表情で。
「じゃ、じゃあ、お邪魔します。」
工具や部品、設計図が机に散らばる部屋を見回しながら、は元親が敷いた座布団の上に座った。
「お話って?」
「ああ……」
元親がの正面に座る。
「話を聞いた感じじゃ、は自分の時代に戻れるよう努めてたようだが、考えなかったわけじゃねえだろう。もし戻れなかったら、ここでどうするか。」
「……あ、うん……。」
「何をしようとしたか、聞かせてくれ。」
それを聞いてどうするのだろうというのは、元親の口調や表情からは読み取れなかった。
「考えただけで何も実行してないけど、いいの……?」
「もちろんだ。」
「他の人には言わないでくれる……?」
例え話に随分慎重になるな、と元親のほうも一瞬戸惑うが、他の人と言われ思い浮かべた顔から想像する。
はこの時代でやりたいことを独眼竜達に知られたくないのか。
ならばと独眼竜や幸村に強く引き留められたら、ここに残るという選択肢を考えてしまうのか?
「最初は、誰も私の事知らない場所だし、帰りたいとしか思わなかったけど……」
「おう。」
「政宗さんや幸村さんに会って、あと小太郎ちゃんがついてくれたのも大きいんだけど。元親さんの船でできたみたいな……人の助けになれたらって思う。」
「戦に乗り込むとか言わねえよな?怪我人の手当てするとかよ。」
「それをするには私ひとりじゃ……。物も足りないし。考えだすときりがないけど。」
「怖い、出来ない、じゃなくて、きりがねえ、か……。」
元親が沈黙する。
も黙って元親の反応を待った。
「。」
「はい。」
「壊血病の知識を長曾我部軍で使わせてもらう。」
「え?あ、うん……?」
みかんを船に積んでいる時点でもう対策しているのでは……?とは首を傾げた。
「軍の中でだけじゃねえ。南蛮との交渉に使って他の領地よりも有利に火薬や部品を輸入できるよう仕向ける。」
「え……?」
火薬と言われてに緊張が走る。
良かれと思って、人の為にと動いたことが戦に利用されてしまうのか。
「ド派手なカラクリ作れるぜ、って笑いてえところだが……」
元親がの手を優しく包むように握る。
「に誓う。その火薬は織田、豊臣への牽制だ。長宗我部軍の利益の為じゃねえ……お前の信条を継いで……人を救う為に使う。」
「元親さん……。」
元親の真剣な眼差しを受けて、こくりと頷く。
「お願いします。果実不足だって心当たりのある船乗りさんは南蛮にもいると思う。こっちには症例があるしね。」
「おう。世の戦力が変わらねえうちに急いで進める。それでよ、に病のことで聞きてえ話を雑だが書いて……ああ、待ってくれ、写しも取っておきてえな。書き終えたら部屋持ってく。」
「あ、待って。急ぎね?私はとりあえずこれでいいかな。私も急いで回答書いてくるからそれから正式な書簡にしよ。」
はスマートフォンを取り出して写真を起動させる。
元親のメモ書きを撮り、アップにして読めることを確認した。
「は……?」
それを元親は驚いた顔で見つめる。
「こういうときは効率効率。あんまり気にしないで。」
「いや気にするだろ。今、なんだ?鏡みてえに映って……。」
元親にスマートフォンを持たせ、ここを押してみて、と指示してパシャっと写真を部屋の撮る。
写真となった風景を、おお⁉おお⁉といいながら上にかざしたり振ったりした。
「こ、こんな技術が未来にはあるのかよ……!」
「うん……。」
「すげえ……すげえな……。」
返して、と言おうとしたとき、元親の視線が部屋の隅へと向かう。
その方向へも向くと、小さな人形があった。
「あれ?人形がある。誰の?」
木彫りで作られ、デフォルメされたマスコットキャラクターのような可愛らしい人形だった。
瞳が黒丸、鼻もちょこんと小さく描かれている。
この部屋で作ったのかもしれないが、男だらけの船内では違和感を感じる。
「あ、いや、それは……。」
「触っていい?つぶらな瞳がかわいい。」
「触るのはいいけどよ……。」
簡素に作られた手足には関節が作られ、動かすことが出来る。
「えー!可愛いね!元親さんの?」
「……俺が作った。」
「そうなの?本当に器用!」
「にやろうと思ってよ……。」
「え?」
「船の礼、風呂場の詫び……って積りに積もってるからよ。」
「気にしなくていいのに……。でもこれくれるの?なら欲しい!」
「!」
元親が目を丸くする。
「そんなすげえカラクリ持ってるのに、そんなただの人形欲しがるのかよ……?」
「えっ。」
元親に未来の機械を見せると目はキラキラさせて驚いてくれるが、同時に劣等感を抱かせるのか……!とは思った。
「いやだって……」
そんな感情持つ必要ない。
「元親さんの腕、未来でも通用するよ……?」
の言葉を聞いて、元親は顔を赤くする。
元親自身もそれに気付いて咄嗟に腕で顔を隠した。
「この褒め上手!!!!!!!」
「えっ!いやほんとの話。」
から顔を背け始めてしまった。
「初めて言われたっての、んなこと……!」
「あはは、私も初めて言ったよこんなこと。」
「嬉しいじゃねえか……!」
「あ、でも通用って上目線だったかな。松葉杖や担架簡単に作ってくれてさ~本当に尊敬したんだよ!」
「そうかよ……。」
顔を隠すのをやめ、一度深呼吸して、に向き直る。
「逆にすげえ自信つけさせてもらったな。ありがとよ。」
「!」
の頭を右手で優しく撫でる。
「だってこの時代でも通用する意志の強い女だぜ。」
「あ、ありがとう……。」
元親を見上げると、目を細めて穏やかに微笑んでいた。
「じゃあちょっと部屋に戻って、質問の回答書いてくるから…思い出せないのあったらそう素直に書くから。」
「ここで書いてもいいんだが。」
「元親さん作業中だったでしょ?それに私、一人の方が集中できるんだ。」
「明日になってもいい。まだしばらく起きてるから何かあったらいつでも訪ねてこい。」
「うん。」
頷いてから立ち上がる。
人形を抱きしめ、ぺこりとお辞儀をしてから元親の部屋を出た。
「……頭撫でるんじゃなくて抱き寄せりゃよかった……。」
友好の証だと受け取って身を委ねてくれたかもしれない。
そう考えると惜しいと思ってしまうような、騙すようで罪悪感が芽生えるような。
は小走りで部屋に向かった。
頭を撫でてくれたあと、ゆっくりと元親の表情が真剣なものになっていった。
怖くはなかったが、早く部屋を出なきゃ、と咄嗟に感じた。
自分を守ってくれている政宗さんや幸村さんの気持ちを大事にするためにも。
部屋に入って窓を開けると月明かりが差し込んだ。
スマートフォンでライトもつけて部屋を明るくし、元親の書面を確認する。
「ビタミンCを南蛮で理解してもらうには……ああ、これは難問……どうしよう……わかるところから……。症状、は知ってるのを箇条書きでいいかな……。」
「。」
コンコン、とノックと共に政宗に名を呼ばれる。
「はい!」
ドアを開けると、政宗が寝間着姿で不機嫌な顔をしていた。
「どこ行ってた?」
「あ、元親さんとお話してきた。」
「……ha?」
「壊血病のことで質問があるって課題を貰ったよ。」
「なんでそんな改めて……。」
「あ、政宗さんに言っていいか聞くの忘れちゃった。良いって言われたら言うね!」
嬉しそうに政宗に報告するのは自分がまた役に立てるという喜びからだろう。
「……。」
人の為にか?元親の為にか?
「……随分と元親と仲良くなってんだな?」
嬉しそうだったの表情が、すぐに戸惑いに変わった。
「う、うん。前よりは。」
「……。」
「……ごめんなさい……。」
「……何の謝罪だ。俺が気に食わなさそうな顔してるってか?」
「今、私、政宗さんがしてくれたことと逆の事してる……。」
怪我人がいない状況なら冷静にすぐに状況を察することが出来るんだな、と政宗は目を細める。
「そうだな。」
「普通の、この時代の人として、隠してくれようとしたのに……。」
が政宗を見上げて黙る。
俺が何か言いたげに見えただろうか。
そりゃそうだ、現にに言いたいことは沢山ある。
かける言葉を選ばなければならない。
お前が決めたなら突き進めばいいと背を押した方がいいのか?
心配なんだ止めろと囲うべきなのか?
表情はどうしたらいい?
俺だっての知識を借りたいと思う気持ちは分かる。元親を悪者にする気はない。
それに、俺には言ってやらなきゃならねえ言葉がある。
奥州の冬は厳しい。
昼間眺めていて感じた外の空気はもちろん奥州とは全然違う。
南に来てしまったらそのまま元親や元就を頼った方がいい。
わざわざ伊達軍に来る必要はない。
凍える思いをする必要はない。
来なくていいと伝えなければいけない。
その場所でもし、やりたいことがあるならば、もう俺とは――
「……でも、やっぱり……」
黙る政宗より先に、が自信の無さそうな声で言葉を出した。
「政宗さんの役に立ちたいな……。」
眉をハの字にして、そう言って政宗を見上げる。
「……ハア?」
流れが分からず、聞き間違いか?と妙な声を上げてしまった。
「わ、わたしに出来ることはそりゃ限られてますけど!」
お前なんかに何が出来るのかという反応に受け取られ、政宗は首を左右に振る。
「そういう意味じゃねえ。俺じゃなくて、元親の役に立つ話だろうがこれは?」
「元親さん?船員さんを助けたから?それは誰でもない、患者さんのためだよ。でもおかげで政宗さんと幸村さんの為にもなったし……」
「そりゃ……」
「南蛮のものや船、政宗さんも欲しいでしょ?色んなきっかけになる一番近いのが元親さんかなって。もう少し、頑張ってみてもいいかな…?人脈って大事だもん。」
「……。」
政宗は下を向いて、頭を掻いた。
こいつこれ本気で言ってるのか。
いつまで俺に恩を感じているんだ。
「俺は部屋に戻る。」
「え?あ、はい……」
「今からその仕事をするって話だろ? How long does it take?」
「2時間で終わらせるつもり。」
「終わったら寝ろよ。明日朝俺の部屋に来い。その時に改めて話そう。」
「お話?」
「ああ。じゃあな。邪魔したな。」
「わかった!明日朝行くね!」
おやすみなさ~い、というの言葉は背で受けて、小さくおやすみ、と言って扉を閉める。
「……急に出て行ったなあ。お手洗いかな?」
政宗は部屋に戻るとすぐに寝台に横になる。
仰向けに寝そべって天井を見上げてしばらく時間を過ごした後、両手で顔を覆って声を出した。
「Ah―――……」
口論になるか、俺に理解を示して元親からの仕事を悲しそうな顔で諦めんのか、なんにせよ俺がそういう役回りを引き受けなきゃならねえんだろうな、とため息つく展開かと思ってたんだぞ。
可愛いなって思っちまうだろうが。
抱きしめたくなって急いで部屋を出ちまっただろうが。
「二人きりで、まあ……抱きしめても、よかった、のか……?」
いや、良くねえ、と考え直す。
どちらかが弱ってるわけでもねえ、そんな状況じゃ思いっきり愛情表現だろ。
そういう空気にならねえよう努めてきたんだぞ。
「そのまま手を出しちまったら物音で何事ですかと幸村が来ちまうだろうが……!worst case……」
仕切り直して明日だ。
明日話しての意見を聞く。
俺となら大丈夫だ。
大丈夫どころか会えない間はどうするかと相談できるんじゃねえかと思う。