ゆらゆら船旅四国編 第17話



目を覚ました政宗は起き上がると大きくあくびをした。
の部屋からはガサゴソと何か整理でもしているような音がする。
壁をコンコンと叩いて、起きたことを伝える。
少し間があった後、政宗の部屋の扉がノックされた。

「政宗さん、お邪魔していいですか?」
「おう、いいぞ。」
「おはようございます!」
「Good morning」

部屋に入ると政宗が寝台を指差していたので、はそこに座る。
政宗は雑に手櫛で髪を整え、飲み水を口に含む。
は政宗を見上げながら静かに待っていた。

「元親の頼まれ事は終わったのか?」
「無事終わったよ!」
「そりゃよかった。」
「朝ごはんの前に元親に持っていこうかなと。」
「俺も行ってあんまり調子乗って仕事させんじゃねえよって牽制すっかなあ…。」
「昨日の話、政宗さんに話していいか聞きたいから遠慮してくださいませ。」
「なんだよ強気だな。わかった。じゃあ食堂で待ってる。」
「うん。聞いたらすぐ行くね。」

の隣に座り、顔を見る。
目がぱっちりと開いておらず、まだ眠そうだ。

「話、本題だが。」
「はい。」
「もし次、南に着いたらそのまま元親や元就を頼れ。」
「うん。」
「そこにずっと滞在してろ。」

え?とが首を傾げる。

「雪が降り始めるかもしれねえ季節だ。奥州の冬は厳しい。来たら厳しい寒さで体調を崩すかもしれねえ。」

いざ口に出して伝えると、本当は会いたい、話したいという思いが強くなってしまう。
でもこればかりは仕方がない。
だってそんな思いはしたくないはずだ。
俺は大丈夫だ。未来と違ってそもそも会いたい人にすぐ会える時代じゃねえんだから。
の気持ちさえ離れなければ大丈夫なんだ。

「そっかー。じゃあ暖かい格好してくるね。熱を発するものも持って来るよ。」
「お前人の話聞いてたか?」

なんで寒さ対策してくるつもりなんだよと突っ込みをしてしまった。

「だめなの?もしかして別の理由があるけど寒さで誤魔化してる系?」
「そうじゃねえよ。マジで寒いんだぞ!?ずっとそこに住んでる俺でさえそう言ってんだぞ分かってんのか⁉お前なんか耐えられる想像ができねえぞ!」
「まあ、いつきのとこ着いたときはほんと寒かったけど……。大丈夫!」

にこ、と笑うに調子を崩される。
じゃあ文を出すよ、とかそういう提案じゃねえのかよ。

「そ……そんなに俺に会いてえのかよ……?」
「え。」

の顔が一気に赤くなる。

「そ、それは、あの、え⁉いや政宗さんも小十郎さんも奥州の皆さんと会いたいというか⁉」
「お、おお。そうか……。」
「私の帰る場所は奥州だって、政宗さん言ってくれたの、嬉しかったし……。」
「……。」

の背に手を置き、ぽんぽんと優しく叩く。

「でも、気遣ってくれたお気持ちはありがたく受け取らせて頂きますよ。」
「別に。忙しくなるから病人の世話する暇があるかわかんねえからよ。」
「……弱音吐いたらごめんなさいって先に言っておこ。」
「俺も鬼じゃねえよ。そう決断したんならいい。歓迎する。」
「ありがとう。」

にこりと笑うに、政宗も笑みを返す。
そうか、こいつはまた、俺に会いに奥州を目指すのか。
俺はまたを待っていて良いのか。

「あ。」
の声と同時に、ぐるるると腹の音が鳴る。
先程よりも顔を真っ赤にして、が俯いた。

「頭使うと腹減るよな。」
「う、うん……。」
「さっさと元親に渡してこい。朝飯だ。」
「はい!」
が元気に返事をして立ち上がる。
部屋から出て、扉を閉める時に笑顔で政宗に手を振って去っていく。

「……。」

俺はちょっと前まで女は煩わしいものと思ってたんだよな……。

扉に視線を向けたまま、思い出す。

片目を失って可哀そうな男と視線を向ける奴、
家柄しか見てねえ媚売ってくる奴、
家を背負う覚悟はねえが、俺とお遊びしてえと寄ってくる奴、
自分こそが相手に相応しいと謎の自信で寄ってくる奴……

「女運が……悪すぎたのか……?」

それとも俺が先入観をもって接してしまっていたのか、そう疑問に感じてくるほどに、と一緒に居る時間が心地よい。








は元親の部屋を訪ね、書類を渡す。

「こんなに書いてきてくれたのかよ。」
「確認お願いします。」
「ちゃんと寝たか?まさか徹夜で……。」
「ううん!そんな時間かかってないよ!丁度ここに来る前に読んだ文献にあったから覚えてたの。」
「そうか…?ありがとよ。でも寄港は昼過ぎだからそれまで休んでろよ。」
「うん。」

港についたら小太郎ちゃん探しもしようと思っていたので、確かに今のうちにもう少し休もうかと考える。
朝食を食べて、政宗さんと幸村さんに何か手伝うことはあるかと聞いてから……

「港の約束はそのままでいいだろ?」
「もちろん!」
「楽しみにしてるぜ。」
「私も!」

元気な返事に元親は満足そうに微笑む。
その表情を見て、は切り出した。

「あの……昨夜聞いた話は、政宗さん達には言っちゃダメなやつ……かな?」
「何か聞かれたのか?あ、もしかして疑われちまったか?夜二人で楽しい時間を過ごしちまったもんなあ。」
「言い方。」

の冷静な返しに元親はびくりと反応してしまった。
で、今元親さんに媚売る場面なのについ強い口調を!とはっとしていた。

「えっと、楽しかったのは本当ですけど。私が関わっちゃったお話は情報共有しておきたいというか……」
「あー……独眼竜と幸村だけにならまあ言っていいぜ。」
「ほんと!?」
「あの二人だけだ。口がかてえなら。」
「この手の話ならすんごい真面目だよ!大丈夫!あの……それでね……」








予定より話が長くなってしまい、食堂へ早歩きで向かった。
着いた頃には政宗と幸村しかいなかった。
の姿に気付いた政宗が、こいこいと手を動かす。
手の付けられていない膳があり、準備して待っていてくれたのかと気付く。
遅くなってすみません~と謝りながら向かった。

「飯冷めたかもしれねえ。」
「大丈夫!冷めてもおいしいよ!」
「遅かったですな。また元親殿に何か言われていたのでは……。」
「逆なの~私の方が色々聞いちゃって……。」

手を合わせて食べ始める。
政宗と幸村はあと一口二口で食べ終わってしまうというところだ。

「何を聞いていたのです?」
「壊血病について聞かれたんだろ。」
「二人には話していいって許可を得たよ。」

味噌汁を一口飲んでから少しずつ話し始める。

「壊血病の話を餌に貿易を他国より有利に進めようとしてるみたいで。火薬とか。」
「Oh…」
はそれを良しとしたのですか?」
「自分だけの利益の為には使わないって約束してくれたから。」

政宗と幸村が視線を合わせる。
本当だと思うか?と互いに問うような表情だった。

「織田、豊臣の牽制に使うって。」
「……ふうん」
「それは……武田軍としても助かるが……。」
「政宗さんにも火薬ちょうだいって言ったらいいぜって言ってたよ。」
「奥州にですと……。」
「なるほどな……この状況で奥州に流すってのは誰も読めねえかもしれねえな。そこで力を蓄えて共闘しようって魂胆なら……。」

そこまで言って政宗と幸村の動きが止まる。
目を丸くして、ん?と声が漏れる。

「俺に?」
「え、うん。」

政宗と幸村が二人揃って勢いよく立ち上がって椅子がガタンと音を立てる。

「そういう重大な話をほわんとした感じで決めてんじゃねえ!!」
「こうしてはおれん!!!!元親殿どうかどうか某にも流してくだされええええ!!」

食べ終わった膳をそのままに走って出て行ってしまった。

「あれ……。」

も、もしかして凄いことをお願いしてしまったんだろうか……と冷や汗が出た。



食べ終わって政宗と幸村の膳も片付けていると、武蔵が現れた。

「あれ、ねーちゃんひとり?」
「はい。あ、どこかで食べてたんですか?」
「風がきもちよかったからな!外で食いたくて持ってった!」
「そういうのもいいですね~。じゃあ一緒に片付けるからそこに置いておいてください。」
「え。い、いいのか?」

申し訳なさそうな顔をして、膳を洗い場に置く。
水仕事は女の仕事と思われてる時代という印象だったのでそんな反応されるのは意外に思えた。

「確かにおれさまがやったら皿割っちまうかもしれね~からな……。じゃあお願いな!」
「はい。大丈夫ですよ。」

すぐ去っていくと思ったが、武蔵は横で洗う手を見つめていた。

「ねーちゃんこの後何するの?」
「港に着くまでは部屋でゆっくり休む予定です。ちょっと昨夜よふかししちゃって。」
「ふーん。」
「港で小太郎ちゃん探さないとなので。」
「忍?いいよ俺様が探すから。ねーちゃんは港の店でも見てなよ。」

武蔵を見ると、労わるでもなく当然とでも考えているような無表情だった。

「優しいんですね……。」
「いや、ねーちゃんが先に俺様に優しくしたんだろ。」
「え。」
「嬉しかったんだって。よし。港走り回んのに準備運動してくるな。まあ着いたら待ってんのかもしれねーけど。」


武蔵の背を見送り、また視線を皿に戻す。
これもまた良い出会いができたな、と嬉しくなりながら、洗い物を片付けた。





部屋に戻って寝床で休んでいると、政宗と幸村の声が聞こえてくる。
すぐに、コンコン、と扉が叩かれた。

「ドア開いてますよ。」
起き上がりながら声をかけると、二人が話しながら入ってくる。
の姿を見て一瞬動きを止めた。

「寝てたか?」
「ちょっと横になってただけです。お話どうでした?」

幸村が小走りでに寄る。その瞳はキラキラと輝いていた。

「おかげさまで、わが武田軍にも火薬を分けて頂けることになった!のおかげだ!」
「そんなに嬉しいんだ。よかったです。」
「価値も分からねえで提案したのかよ……勘がいいってことかね。まあ俺も助かったぜ。」
「政宗さんも!」
「こんな話が出来るとはな。また小十郎に良い土産話ができた。」
「よかった……。」

政宗にも嬉しそうに微笑みかける。
が戦の道具の話をするとは意外だったが、俺たちが天下統一をすることを望んで元親に持ち掛けたのだろう、と思えば納得できる。

「その火薬使ってなにか……冬暖かく過ごせる工夫とかできるかな?」
「「あっ。」」

政宗と幸村が同時に、そっちかーーー……と手で顔を覆った。


開けたままの扉から、元親の部下が三人の姿を見つけて駆け寄ってくる。
港にもう着くから、降りるなら準備してください、と伝えられた。

「準備……?」
はそのままでいいだろ。俺と幸村は軽装に着替える。」
「のどかな港故、武装は顔の知れてる者のみで行きたいという心遣いだ。ならば従わねば。」
「そうなんだ……。」

がちらりと外を見る。
もう港は目の前だ。

「……俺たち待ってなくてもいいぞ。別に。」
「風魔殿が気になるのでしょう。先にどうぞ。」
「えっ、あ、う、うん。すいませんそわそわしちゃって。」

が苦笑いするのを幸村は微笑ましく思いながら、政宗と部屋を出る。
一方政宗は不機嫌そうな顔をしていた。

「政宗殿。某は忍を案じる気持ちが分かりますが……政宗殿はが風魔殿の事ばかり考えているのが気に入らないので?」
「何の話だ。」
「いや、眉間に皺が寄っておりますので。」
「……あいつが今一番心配してんのは前田慶次だ。」
「気に入らないので?」
「うるせえ。」







「あっ!!??」
桟橋を歩いていると、すぐに小太郎の姿を見つけ、は声を上げた。

「小太郎ちゃん~!!」
駆け寄ると、こくり……と小さく頷いて反応を見せた。
「ご飯食べた?なんで先に港来てるの…?一緒で良かったんじゃ……。」
「なあんだ忍待ってたのかよ~。俺様が探してやろうとしてたのによ。」
武蔵はつまらなそうにそう言うと、さっさと港の栄える方へと向かって行ってしまった。

小太郎は武蔵が去ったのを確認すると、の腕を掴んで引いた。

「なになに?」
そのままついて行くと、小さな小屋に辿り着く。
小太郎が小屋を指差すので、入れ、という意味か、と感じて近寄る。

戸を開けてすぐに、佐助が項垂れて座り込んでいる姿が目に飛び込む。

「佐助さん。」

呼びかけると、佐助はゆっくりと顔を上げた。