ゆらゆら船旅四国編 第19話
慶次と佐助も乗船の許可を得て、出航前に余裕を持って船に戻った。
食堂を借り、政宗、幸村、慶次、佐助、小太郎が集まる。
「えーと何から話せばいい?」
「最初から状況が分かるようにお願いしたい!」
政宗もも幸村と同意見で頷く。
「俺、やられた直後の記憶はあんまりないんだけど、二人が支えてくれてさ。」
「ただの敵襲ならすぐ行方眩ませてたよ。旦那が消えたもんだから俺焦っちゃってさ。」
小太郎もこくこく頷く。
「明智光秀の方が冷静に対応してんだよ。なんだこれって思ったねえ。宿と医者すぐ手配しちゃって。」
思い出した佐助が眉根を寄せる。
心底気持ち悪がっているような表情だ。
「宿ついてからは結構覚えてるよ俺も。」
「俺と小太郎が最初に処置して、止血し終わったら小太郎が報告に動いてくれたよ。ウチと奥州どちらもとなると小太郎の方が今の状況だと都合がいいからね。」
「その後俺怒った!」
「はいはい。小太郎戻ったら俺様は先に帰らせてもらったよ。旦那不在の分働かないとだし。旦那たちが消えたことに関しては俺様達が幻術使ったことにしてるからね。」
「……OK、大体の話は分かった。」
「沢山フォロー頂いちゃってた……。」
が下を向く。
隣に座っていた小太郎がの背に手を置いて励ました。
「報告終わりでいい?俺元気だし!の時代の話が気になるなあ!」
向かいに座っていた慶次がに向けて身を乗り出す。
「独眼竜と真田幸村も!どうだったんだ?」
「何が知りてえんだよ。」
「えーとえーとそりゃどんな家なのかとか食べ物とか服とかどんな暮らしなのか……」
腕を組んで考えるポーズをしながら、一番聞きたいことは最後に残す。
「どんな恋をしてるのか、ってさあ……。」
照れたような笑顔で慶次に言われ、政宗と幸村は顔を見合わせる。
「複雑だったな。」
「ええそうでしたなあ。」
「どういうこと!?」
「男女が相思相愛になりそうになったら女の幼馴染の良い男が現れたりなあ。」
「命を狙われし男女が心通わせるもどちらかがお亡くなりになったり。」
「恋仲の男女の片方が人間じゃないときもある。」
「いやほんとどういうことだい!?」
「……ドラマ……!!」
TVをつけながら勉強してると思ってたがちゃんとTVも見てたんだな……!!と驚愕する。
「……身分やら家の事やら、こんがらがった悩みがねえのに不器用で何も出来ねえ奴もいたよ。」
政宗がちらりとを見る。その視線には気付いていなかった。
「そっかあ。なんか俺たちの感覚とそんな違いがないのかねえ。」
「しがらみみてえなもんは未来の方が比較にならねえくらい無いだろうよ。」
「へえ……行ってみたいねえ、俺も。未来に。」
「だ、だだだだめ!!!!」
もし自分が帰る時に慶次が飛び込んできたら、と一気に想像してしまって、が声を荒げる。
「政宗さんと幸村さんはなんとかうまくいったけど!!次はその保証ないので!!!」
「わ、わ、ごめん!そんな本気な顔になるなよ!二人の件は事故だって分かってるって!」
「ならいいけど……!」
食堂に元親の部下が現れる。
そろそろ夕餉の支度をしたいと言われ、この場は解散となった。
夕餉の前には部屋に一度戻り、元親に買ってもらった茶菓子を分けていた。
先程の話は想像よりも早く終わり、余ってしまったので皆に配ろうと思っていた。
早速隣の部屋の政宗を訪ねる。
「政宗さん。」
「入れ。」
「大した用じゃなくてすいませんですけど~。」
ドアを開けると、すぐ近くに政宗がいた。
「これ、さっき食べきれなかったお菓子のおすそわけです。」
「が持ってりゃいいだろ。」
「私ひとりじゃ食べきれない量残っちゃって。」
「そうじゃねえ。食いたいときはのところに行くから保管しといてくれよ。さっき買い物しすぎて荷物が多くなっちまって。」
「あ、う、うん。そっか。」
視界に風呂敷に包まれた荷物が見える。
本当のことをただ言っただけなのだろうが、当然のようにおやつの時間を一緒に過ごそうとしてくれているのはなんだか照れる。
「あと、信玄様へのお手紙出来たんだけど読んでもらってもいいかな。」
「おう。」
差し出した文を政宗が受け取る。
「お願いします。私はお菓子みんなに配り歩いてくる。」
「一緒に行くか?」
「ううん。ちょっとね、慶次と話したいことがあって。」
「前田慶次と?さっきの場じゃ足りなかったか?」
「ええと、実は、私、未来でねねさんと会ったの。慶次の好きだった人。」
「!」
「なんで成仏できずにそこに居たのか、自分でも分からないって言ってた。秀吉さんのことじゃないみたいだった。慶次なんだと思う。」
「同席するか?」
「いや、大丈夫……」
「他人の傷に触れることは雑談とは違う。」
の言葉を遮るように政宗が発したが、思い出して表情を和らげる。
自身の右目に、優しく優しく触れてくれた時のことを。
「……分かってる話だったな。」
の書いた文を広げる。
黙ったまま、眼球がせわしなく動く。
「……問題ねえ。いい内容だ。」
「え、あ、今確認してくれたの⁉」
「文は完成だ。あとは幸村に渡せば終わり。」
「あ……。」
「憂いなく行って来い。」
「ありがとう。行ってきます!」
政宗の気遣いに頭を下げ、背を向けて歩き出した。
幸村と佐助がまだ戦の話もあると同室を希望し広めの部屋に移動となった。
慶次は幸村が今まで使っていた部屋を利用する。
「慶次。」
「!!」
ノックをしながら名前を呼ぶと、嬉しそうな返事が来る。
「訪ねてきてくれてありがとねえ!入って入って!」
「さっき残ったお茶菓子のおすそわけだよ。」
「やったありがとう!」
菓子を渡しながら、促されるまま中へ入る。
「いや船旅なんて初めてなんだよ俺!!なぁ、甲板行かねえか?」
茶菓子を机の上に置き、元気よく振り返った。
「待って、慶次!!あの…怪我見せてくれない?」
「大丈夫だって!」
「お願い……。」
は慶次を引っ張った。
慶次は仕方ないなとため息を吐いて、寝台にどかりと座った。
服を脱ぎ、包帯を取って上半身を晒す。
「……。」
元気なふるまいから想像していたよりも傷が大きく、右肩から胸部に向かって一筋の傷が出来ていた。
「大袈裟に見えるけどすげえ浅いんだ。俺が飛び出してきて光秀もびっくりしたみたいで。」
「……痛かった?」
は指先で傷をゆっくりなぞった。
慶次はの手を咄嗟に握って止めた。
「お、おいおい、やめろって……」
「優しいんだよね。慶次は……うん、皆分かってる。」
「どうした?」
慶次は困った顔をし、もう片方の手での頭を撫でた。
「、元気だせよ。俺、にかっこいい~とか嬉しい大好き~とか言われてぇなぁ~なんて」
「誰よりも先に飛び出して守ってくれたのは、思い出したから?」
「!」
慶次が目を見開いた。
「い、いや、俺がを思う気持ちが勝ってたってことじゃね!?」
「ずっと、心に残ってるんだよね。」
慶次は拳ををギュッと握り締めた。
「それ、ねねのこと言ってる?」
「……うん。」
「ちょ、ちょっと待てよ、何それ?何でここでねねが出てくるかな…!!…お、お前が、俺とねねの、何を知ってるってんだよ!!俺が、少し、お前に、ねねのこと話したからって、そんな、知ったような口……!!」
いつもの流暢な喋りを忘れたようにどもりながら喋る慶次を見ていると、切なくなってきた。
「ねねは関係ねえよ!!俺は…俺は、を助けたかった。それだけ。」
「……。」
「……助けたかった。」
「うん……。」
「大切な人が死ぬなんて事……俺はもう……。」
は慶次の頬に自分の頬をすり寄せた。
「……え?」
「元気になるおまじないだってね。」
「、お前……」
慶次がの肩をがっしり掴んだ。
「……何で?」
「ねねさんに会った。」
慶次は目を見開いた。
「未来に……未来にいるのか!?」
「幽霊だったよ。」
「でも、でも伝いになら、俺、ねねと話せるのか!?未来に行けば話せるんだな!?」
「慶次……。」
「連れてってくれ!俺を未来に連れてってくれ…!ねねに会いたい!」
何かが弾けた様に、慶次は声を荒げた。
は心が締め付けられるように痛くなった。
慶次はずっとずっとねねさんを想っていて
ねねさんは慶次に前を向いてほしいんじゃないかな……
「会えないよ。」
「見えなくたっていい!!ねねが居るなら…俺、ねねに伝えてない事がいっぱいあるんだ!!…いいだろ?頼むよ…!!」
「会えないよ……。」
「なんでだよ!?は会ったんだろ!?なんで」
「ねねさんがそんなこと望んでないからだよ」
「言ったのかよ!?ねねがそう、お前に言ったのかよ!?」
「慶次……」
慶次の気迫に圧されそうになる。
政宗の言う通り、雑談をしに来たんじゃない。人の傷に触れに来たのだ。
ねねさんに成仏して欲しいから。
慶次に前に進んで欲しいから。
何を言われても引く気はない。
慶次が項垂れ、に縋り付いているような姿で、肩を震わせた。
「俺に、会いたくないって…言ったのかよ…?」
はねねの姿を思い出していた。
にっこり笑って、凛として……
ねねさんも、慶次のことを話したら、こんな風になったかな?
慶次に会いたいって、言ったかな?
を掴んでいた手が、突然離れた。
慶次は全身の力を失ってしまったかのように、床に手をついた。
「……ごめん…………。」
……言わないと思う。
懐かしい名前ね、って、ねねさんは笑うと思う。
「慶次が、恋は良いって言うのは、まつさんと利家さんが幸せそうだからだよね?」
「……。」
「ねねさんを忘れるための、恋じゃないよね?」
慶次が弱々しく笑った。
「……それは違う。違うって、言えるよ。」
少しだけ、自分に言い聞かせるような言葉に聞こえた。
はそれには気付かないふりをした。
「ごめん、慶次。私が踏み込んでいい領域じゃないって判ってる。でも、でもね、ねねさん、とっても元気そうだった。何も、後悔なんてしてないみたいだった。」
「ねね、笑ってた…?」
「笑ってた……。私に元気くれた。すごく……綺麗だった。」
「……そうか。」
「でも、彷徨ってたの。成仏出来てなかったの。」
そこまで言えば、慶次も察したようだった。
「俺のせい……?」
「!!そうじゃないの。そうは思って欲しくない!」
「じゃあなんで……!」
「私、私は、ねねさんの祈りを預かってきた、そう思ってる!」
「え……?」
「今のままじゃ嫌だって、一番思っているのは慶次だと思うから!」
半兵衛さんと、秀吉さんと、こんな関係であることが。
「ねねの、祈り?はは、まさか、俺と秀吉の仲直りなんて言わねえよな?」
「仲直り?いや、一発ぶん殴りたいとか思ってるんだと思って!」
「……。」
一瞬の沈黙の後、慶次は吹き出した。
「って、結構逞しいよな……。」
「でもそれはねねさんの為にならないとか考えて、がんじがらめになってるんじゃないかって!」
のほうが白熱してきて、慶次は笑ってしまう。
「きっとわかってた!ねねさん、自分が殺されたら慶次がこうなるってわかってた!」
「……お、おちついて……」
「でもきっと……慶次なら乗り越えられるって信じてた……そう思うの!!!」
熱がこもりすぎて、の目に涙まで浮かんでくる。
ああ、必死だ。
俺の為にこんなに必死になってくれる人、久々に見た。
それは俺が、うわべだけの気持ちいい言葉しか人に投げてなかったからだけど。
悩みのない、軽い男に見られてた方が楽だったんだ。
「一発……ぶん殴りたい……」
拳を握りしめ、慶次は呟く。
一発で済むかな?
何発でも殴りたいな。
「……俺の、やりたかったこと……。」
会いたくなかった。
話したくなかった。
でも、殴りてえな。秀吉も、半兵衛も。
「見つかった……。」
「慶次?」
「ねねは、俺と秀吉が喧嘩してたら、またやってる、って笑ってて……」
「!」
「そういう奴だった……。」
慶次が一度天井を見た後、ほっぺたを自身の手で叩く。
「わわ!!」
「そうだな!!」
その急な行動にはびっくりした。
「!!俺、秀吉のところへ行く!!」
「えっ!」
「前に進む!」
「慶次……!」
また慶次がの手をとって引っ張った。
今度はは引かれるまま、立ち上がった。
「でも、この船旅は一緒させてもらうぜ!!俺、に会いたかったんだからな!!」
「あ、ありがとう!私も慶次に、会いたかった!」
「はは!!照れるねえ!!でもそれは心配してだろ?」
「え?いや、あの…」
「いいって!!船旅終えたらさ、俺、秀吉に会って、前に進むからさ。」
「うん。」
の手をぎゅっと握る。
「待っててくれるか?」
「!!」
いきなり慶次の表情と声が、真剣なものになった。
「ま、待つ…って…?」
「なんだよ…言わせる気かよ…?お、俺はな、もう1つはっきりさせたい感情あるからよ…。気づいたときにはもうお前が人のモノになってるとかやだし…俺さ、のこと本当に…」
はボッと顔が赤くなった。
「っっ!!まってる!!まってるから…!!」
「あ!!ー!!そこまで言ったんだから最後まで言わせろよ…!!」
「甲板行こうよ!もう日が暮れちゃうよ!ご飯ももうすぐだし!」
「キー!!」
「あ、夢吉!!何してたんだ?」
突然現れた夢吉は慶次の身体に飛びついた。
すると今度は
「モトチカ!!オタカラー!!」
「な、なんだあ?」
「ピーちゃん」
ばっさばっさと、ピーちゃんが部屋に入ってきた。
「キー!!キー!!」
「なんだよ、夢吉……。あの鳥にいじめられたか?」
「ダメだよ、ピーちゃんー!!」
「ー!!」
は慶次と繋いでいないほうの腕をピーちゃんに差し出した。
ピーちゃんはその腕に止まった。
「うわ!!その鳥怖ェ!!夢吉は俺が守る!!」
「ちょっと慶次!!そう言ったらピーちゃんが可哀想でしょう!?」
「だってよ…!!」
「キキ!!」
「ピィ!!」
今度は軽い口論を始めたと慶次を止めるように、ピーちゃんと夢吉がと慶次の間に入った。
「わわ、ごめんね!」
「あーあー、夢吉心配すんな!大丈夫だ!」
「……。」
は夢吉を抱き上げる。
視線は慶次が見えるように。
前に進むと言ってくれた慶次はとてもすっきりとした表情をしていた。
きっとこれが元々の明るさに近いのだろう。
それがとても嬉しかった。
「どうした?甲板行こうぜ、!!」
「うん!ねえねえ、夢吉。今の慶次見て。」
「キ?」
『氏政』
『ん?なんじゃ…ねねか…』
『何だじゃないわよ』
氏政は、札を付け忘れたの部屋に勝手に入って寝転んで、くつろいでいた。
ねねは氏政の隣に座った。
『なーに難しい顔してんのよ』
『するわい!!は、元気しとるじゃろうか…』
『…ねえ、あんたさ』
ねねの言葉が途切れた。
不思議に思って、ねねの姿を見ると
『……お主』
『あの子に何もお願いしてないわよ。私……。』
ねねの身体が今までよりも透けていた。
『でもバレバレだったみたいね。』
『……いくのか?』
『そりゃね。』
ねねが立ち上がり、ベランダに出た。
『あんたさ、本当は、どうすればあの子の為になるか、知ってるんでしょ?』
『……。』
ゆっくりと、ねねが浮上した。
『決めるのは、あの子と、あんたよ。』
『わかっとる……。』
『そう…じゃあね。あの子によろしく。』
氏政も外に出た。
『ああ…』
『ありがとうって、言っといて』
『判った…』
ねねが氏政から視線を外し、空を仰ぎ、昇っていった。
氏政は、ねねが見えなくなるまで、ずっとその姿を見ていた。
『慶次、私ね、騒がしい貴方が大好きよ』
ぼそりと、呟いた。
『そして、純粋な貴方が、心配だったわ』
思い出すのは
あの日見た、慶次の悲しい表情で
『でも大丈夫ね、もう、大丈夫。貴方は、強いもの』
私の心配なんて、要らないでしょう?
きっと、貴方は、
あの子の傍に居る、今の貴方は
「『今の慶次、すごく格好良い』よ…ね…?」
変わらなくてもいいから
私達は心からの笑顔が見たいだけだから
「…あ、あれ…?」
「キッ!!」
夢吉が元気に返事をした。
「マジで!?嬉しいねえー!!…って、どうした??」
「いや、なんでもない」
「そうか?…うん…ありがとな…」
慶次と手を握ったまま、歩き出した。
「…?」
は、何か不思議な感覚になっていた。
「!!」
「え?は、はい!!」
「ぜーったい、待ってろよ!!」
「うん!!」
とりあえず、慶次が元気そうなので、まあいいかと思い
と慶次は、夢吉とピーちゃんを連れたまま、甲板に向かって走り出した。