ゆらゆら船旅四国編 第20話
慶次と甲板に出ると、夕焼けで空が橙色に染まっていた。
「おお~綺麗だなあ。こんな風に船の上から眺めるのは初めてなんだ!」
「夕日綺麗だね。朝日ももちろん綺麗だけど。」
「あーいいねえ!、それも見たいなあ!」
一歩、心に踏み込んで、気まずくなることを想像していなかったわけではない。
でも慶次はに満面の笑みを向けてくれた。
ほっとしても心が軽くなる。
慶次を見上げると、少し頬を赤らめて、口を尖らせていた。
「(なんか可愛いぞ?)どうしたの?」
「……ちょーっと、向こうのほう行かない?」
「あっち?」
慶次が指したのは、漁のための荷物が置かれている倉庫のある区画だ。
「あっち、暗いし、あんまり海見えないよ?」
「ああ、うん、だから、都合いいなあと思って……。」
「え?」
「ほら、やっぱり仲を深めるなら人目に付きにくいところでこの綺麗な風景を背に」
ごっっっ
「キ!!」
突如、小太郎が空から降りてきて、慶次のすぐ後方に立った。
夢吉が驚きの声を上げる。
「……こ、小太郎さん……。」
「…………。」
あまりに慶次に殺気を送るので、慶次は冷や汗をかいた。
もうお前との時間は終わりだと言わんばかりだ。
「あー!!忍!!見つけたー!!」
「……。」
「武蔵さん。」
「あ、ね、姉ちゃん……」
俺と戦えと続きそうな勢いだったが、を見て躊躇う。
「こいつと戦っていい?姉ちゃんがいいよって言ったらやってくれそうなんだよなあ。なかなかの殺気感じるし。」
「えー?戦うってどれくらい……?」
「どれくらい?」
は、スポーツでいう練習試合みたいなものか、大会のようなものかを判断したく質問したが、命の取り合いしか頭になかった武蔵は困惑してしまった。
「ど、どれくらい?どっちかが死ぬまで……」
そう言い終わると、これこの優しい姉ちゃんがいいっていうわけないなと察してしまい、答えを待たずにがっかりしてしまうのだった。
「だめです!!」
「だろうなあ……。」
そこに不機嫌そうな元就が迫ってくる。
「貴様らまだこんなところにいたのか…!夕餉の時間だぞ!」
「元就さん呼びに来てくださったんです?」
「貴様らが揃うまで夕餉はお預けだとあの長曾我部ごときが調子に乗りおって……!」
ギリりと歯ぎしりするほどに憎そうな顔をする。
そんなにお腹が空いたのか。
「あーじゃあいこっか。みんなで。ほらお前…武蔵?も腹減ってるだろ?」
「おう!早食い対決するか!?」
「早食いはだめです。」
慶次の人懐こい笑顔に武蔵も一瞬で心開いたような笑顔になる。
旅が多いと対人スキルが高まるのかなあとは微笑ましく見ていたが、早食いという言葉を聞き逃すことは出来なかった。
食堂に行くとすでに幸村と佐助が席に座っていた。
「!こちらに!」
「席取っといたよ~。」
「ありがとう。」
それにすぐ慶次が反応する。
「あーずるいずるい何で決めてんだよ!」
席は長テーブルなので一緒に食べることは可能だが、の左右の席に政宗と幸村がすでに座っていて慶次が不満気な表情を浮かべる。
「俺たちは話があるから。」
「俺もあるよ!」
「こちらを優先してくだされ。」
幸村が椅子を引いて着席を促す。
既に用意された膳を見れば、メインが厚いマグロを煮込んだ豪快な料理だった。
「ボリュームがすごい。」
「某らが戦前と知り元親殿が振る舞ってくださったのだ。」
「明日下船なんで、その前にも知りたいことあるだろうなあと思って。夕餉の後俺たちの部屋来てくれる?」
「もちろん。お時間ありがとう。下船はいつ頃なの?」
「明日の午前十時頃だそうだ!」
幸村が時刻で教えてくれる。
分かりやすい共通言語が出来て嬉しい。
「じゃあゆっくりお見送りも出来ますね!」
「お見送りしてくださいますか…!感謝いたします。」
「当然です!」
「ちょっと何それごぜんじゅ……?いつだよ?なんか三人だけ分かってるみたいなさ~ずるくない⁉仲良し自慢みたい!」
政宗を押しのける勢いで慶次がに顔を近づける。
「仲良し自慢ではござらん!このほうがに伝わるかと……‼」
「……。」
小太郎が慶次の頭を掴み引っ張り上げる。
「うわ!痛いよ小太郎さん!!」
抜け駆けしようとした奴が何を言うか。
「俺押し退けようとしてんじゃねえよ。」
政宗も慶次に不機嫌な顔を向ける。
「話し合いには竜の旦那遠慮してね~。」
「Ah?」
「戦の相手ではございませんが戦前の内部事情を漏らしたくありませぬ。」
「……そりゃお前らの立場だったら俺だってそう思うだろうよ。」
武蔵がはらへったーいただきまーす!と大声を上げて食べ始める。
達も手を合わせて食べ始めた。
「おいお前ら、食い終わったら順番に風呂だ。」
「指図するな。」
反射かのように即反抗する元就に政宗がため息をつく。
「てめえの城じゃねえんだよ。一番最後に入るが遅くなるだろうが。男同士三人ずつ入れるだろ。順番決めるぞ。」
会話が聞こえてきた元親が背後から近づいてくる。
「独眼竜……お前親みてえなこと言ってくれてんのかよ。助かる。」
「誰が親だ。」
「どうだよウチの飯は。美味いか?」
誰に聞くでもなく見回しながら発した言葉に、幸村と武蔵が美味い!と叫ぶ。
満足そうに元親が笑う。
「大雑把な味付けよな。」
「元就てめえ食わせてもらってる身で文句を……」
「あああ元親さん!元就さんぱくぱく食べてるからそれはツンデレというジャンルで…」
「、元就庇うのかぁ⁉」
「喧嘩が嫌なだけで~~」
「貴様誰彼構わずそういう言葉を投げるとは……」
「う……⁉」
元就に八方美人的な言葉を言われてしまう?と身構える。
「菩薩か貴様……‼信仰される覚悟は出来ているのだろうな……‼」
「予想外のお言葉だあ。」
「まだザビーの影響残ってんのかよ。」
食事を終えて、はそのまま幸村たちについていく。
小太郎も付いてくるのは予想していたようで、何も言われなかった。
幸村と佐助の部屋は個人の部屋より三畳ほど広く、下船の準備もほぼ終わっており、綺麗な状態だった。
佐助が敷いてくれた座布団に正座する。
「えっ……と、あの、では改めて……」
「いやいやいや、雑談したくて呼んだのだ。畏まらず。」
ごめんなさいと頭を下げようとしたを幸村が止める。
「俺の不在は佐助がうまく隠している。そして相手は上杉。正々堂々、お館様との戦を望まれているお方。」
「謙信様……!」
「幸運なことに連日大雨だったんだ。膠着状態でここまで来れた。旦那は間に合う。」
「よかった……。」
「お館様も、の人柄を信じてくださってる。此度は事故だったと分かっている。」
「あの、信玄様に……」
なまえは懐から政宗と自分の文を出した。
おずおずと差し出す。
「これは?二通……」
「私と、政宗さんから、信玄様に書きました。渡してくださると嬉しいです。」
「ああ、何か書かれていると思いましたら……!」
幸村が受け取り、なまえは手を引っ込める。
「気を遣わせてしまいましたね。しかしお館様もお二人の文は喜ぶでしょう。」
「私、いつか、ちゃんとお話に行きます……!」
「ええ。落ち着いたらぜひ、お顔を見せに来てくださいませ。」
幸村が佐助に手を伸ばすと、懐から袋を取り出して幸村に渡す。
「こちらを受け取ってくだされ。」
「え?何?」
受け取ると、ずしりと重みを感じる。
まさか、と中を覗くと、金銭が入っていた。
「え?これは……?」
視線を幸村と袋を往復するを見て幸村が笑う。
「だって未来でお金を下さったでしょう。」
「そりゃそうだけど……え?」
「竜の旦那もくれると思うけどね。その時は黙って全額貰いなよ?内緒ね。」
「もしもの時、こちらでずっと宿に滞在できる額が入っています。」
「そんなに……?受け取れないよ……!」
「いいえ。受け取ってください。命を守るためです。使わず某と会えれば一番ですがね。」
ん????と佐助が不思議そうに幸村を見る。
幸村は困惑するの手をそっと包み込んだ。
「どういう宿に泊まるか、あらかじめ決めておけば風魔殿も探しやすいでしょう。これは作戦です。」
「作戦……。」
「未来でお世話になった礼もございます。どうか受け取ってください。」
真剣な表情で、真っすぐ幸村に見つめられてしまい、顔が赤くなるのを感じる。
破廉恥破廉恥言ってた幸村さんどこいった???と疑問符が頭の中を駆け巡る。
なお、佐助も同じことを考えていた。
小太郎はあと一寸近づいたらクナイを投げようとしていた。
「ありがとうございます。ありがたく使います。」
「うむ!」
「あと……戦……」
相手は上杉、そう考えるとなんといえばいいか分からない。
もしかすると、川中島の戦いなのだろうか。
「えっと……こういう時なんて言ったらいいのか……」
助けを佐助に求めて視線を向ける。
「まあこういう時はご武運を~とか」
「いや、の思ったことで構いませぬ。」
佐助の言葉を遮って、幸村が言う。
「思ったことを、感じたことをそのまま伝えて頂ければ嬉しい。」
思ったこと。
そう言われて咄嗟に浮かんだ言葉はひとつだった。
「また、幸村さんに会いたいです。」
「某もです!」
「その時を楽しみにしてる!」
「……!」
あれれれれれ?いい感じになってるの????と佐助は首を傾げる。
未来で何があったのか詳しく聞きたい。
「あ、あとお菓子!」
「お菓子!くださるのですか!」
布に包んだ菓子を差し出し、佐助がすぐに開け始める。
「……布の中に、竹包み?」
「あ!いらなかった?」
「どっちかで大丈夫かな。」
「そ、そっか。ごめんなんか食品に竹の包み使ってるイメージなのと、未来では袋に入れること多いの混ざって一緒にやっちゃった…!」
それもそっかと素直に反省し始め、真面目だなと佐助は笑う。
「中身は……あ、煎餅。いいね、ありがと。この小さいのは?」
佐助が四角いお菓子を手に取る。
「キャラメルっていうの。カロリーが…あ、えと、甘いお菓子で…考えすぎて疲れたな~とか、小腹がすいたら食べてね!」
「未来の甘いお菓子は凄いのだぞ佐助ぇ!!本当に甘い!!」
「えっ、そっかあ……俺五百年後のお菓子食べれるの?なんかすげえ……。」
小さい鞄にせめてと入れたが食べる機会がなかったもの。
佐助が感動したような表情をしていて持ってきてよかったと感じる。
振り返り、後ろにいた小太郎にも、小太郎ちゃんにも後であげるからね!と微笑みかける。
小太郎はこくりと頷いた。
「……。」
自然な笑顔と周囲への配慮、見返りなんて全く求めてない行動。
お菓子を配れて楽しそうにする雰囲気。
平和な未来ではこれが常だったのだろうか。
そりゃ好きになるかもしれない。
旦那、こんな子絶対好きでしょ。
旦那と同じ真っすぐな子。
「お話は以上だ。夜に呼び出して申し訳ない。」
「ううん。話せてよかった。」
「部屋までの見送りは……風魔殿に頼みましょうか。」
風魔は立ち上がって、扉の前に立った。
「あ、じゃあ……お邪魔しました。おやすみなさい。」
「おやすみ、。」
「ゆっくり休みなね~。おやすみ。」
幸村と佐助が手を振るのでも振り返し、部屋を出た。
佐助は幸村からもらったお菓子を受け取り、荷物にしまう。
「……佐助。」
「はいはい?俺たちも早く寝ないとねえ。」
「今のうちに言いたいことがある。謝らねばいけないことも。」
「え?」
宿で、不在にした件はもういいって言うほど頭を下げていた。
そんな言い方されては嫌な予感がしてしまう。
まさか
まさか
この戦が終わったら辞めるとか
と二人で暮らすとかそんなこと言い始めたら
俺、を殺さないと
「某は五百年先の未来でも名が知れる武将になるそうだ。」
「に聞いたの……?」
「だから本名は使うな、目立つ行動は控えて欲しいと、生活する上で必要な話だった。」
良い話ではあるのだろう。
それを本人がどう受け止めるかはその人自身の問題だ。
旦那ならきっと大丈夫だと信じてる。
「某はこれからもお館様の為に槍を奮う。でも、それだけでは足りない。未来とここは遠すぎる。」
「当たり前の話じゃん。」
「平和な世に存在する多くの物に触れてしまった。具体的に見えてしまったのだ。やりたいことが出来てしまった。某は、お館様と肩を並べ、いつか超える男になりたい。武勇だけでない、国の仕組みを創ることも。」
「……!」
嬉しい話だ。それは成長だ。
じゃあ何を謝るの。
「そのために一層の支持を頼む佐助。俺がやろうとしていることは佐助も納得できるものと思う。」
「ああ、そりゃもちろん……話聞くよ。」
「……これだけお館様のためにと思い、佐助に助けを請うのに……」
幸村が拳を握りしめる。
「しかし、きっと、俺が命尽きるその時に、思い出すのはのことなのだろう……。」
罪悪感を抱く表情。
そんな顔で、そんな言葉を吐く。
「すまない……そんな予感がするのだ……」
「なに言ってんだよ……」
佐助はたまらず幸村の肩を掴んでしまう。
「なにそんな顔してんのさ⁉」
「佐助……」
「思い出したらいいじゃん!」
「えっ……」
きょとんとした幸村に構わず続ける。
「もっと欲深くなったらいいじゃないの!と結ばれたいとかないの⁉」
「む、結ばれ……⁉」
なんでそこでそんな反応なのと驚くくらいの赤面をここでする。
純情すぎるのも考えものだ。
あまりに馬鹿馬鹿しいことを考えた。
を殺さねばならないのかなんて。
「しかし、はやはり未来に生きる人間だ。そうなれば嬉しいが不便を感じることは必須であろうし…」
「なら旦那、ずっと大事に出来るでしょうが!」
「ぬ?それは、もちろん……」
「はそれを幸せに感じられない人間なの⁉」
「……。」
電車もないし車もない。離れてしまえば連絡は文でしか取れない。
勉強だってあまりできないし医療の道具もろくにない。
それでももし、が選んでくれるのなら
「願うことは自由であるな……」
少しでも未来に近づけるように、多くの交易をして
文化を、科学を取り入れて、法を整備して、ああ、その前に国の識字率を上げねばならない。
は手伝ってくれるだろうな。
やりがいを感じてくれるだろうか。
衣類や装飾だって揃えて、おしゃれを楽しむをたくさん褒めたい。
「俺を選んでくれたのなら……退屈させぬ。ずっと守り続ける。」
「そうそうその調子その調子‼」
「佐助にこんなに背を押されるとは思わなかった。何かあったのか?」
そんなの俺自身が知りたいくらいだけど⁉と言いかけてやめる。
白熱しすぎた自覚はあるけど、俺をそうさせたのは旦那だよ……と分かっていた。
「女で人生滅ぼす男もいるけどさ……旦那いい顔してたから。」
「そう、か?」
「そうだよ。まあとりあえず今回は目先の戦に集中するとして……」
知らない場所に行ってあたふたして帰ってくると思ってた。
心配ばかりしてた。
帰ったばかりの戦でいきなり前線は厳しいか、俺様が付きっきりで支えるか、と考えていたのに、宿屋ではやりたいことがたくさんあると目を輝かせ、未来で竜の旦那と訓練して以前より筋肉も体力も技術もついてきている。
食事もとても良かったと言っていたし、が環境を整えてくれたんだろう。
成長させてくれる女性なんて大歓迎だ。
「……。」
一瞬、殺さないといけないか、と考えた事の罪悪感が脳にこびりつく程に。
「で、落ち着いたらにもっと旦那を知ってもらおうか。好きになってもらおう。」
「ど、どうやって……。」
「俺様が攫ってくるよ!」
「ほう!風魔殿を出し抜いてか!さすが佐助だ!」
「……出しぬ……けるかは分かんないから一緒に来てもらおうか……。」
不要な争いはしたくないし……と、京で化け物のような殺気を出した小太郎を思い出す。
小太郎もなかなかの恋の障害だよな……と思いつつ。
「小太郎ちゃん、見張りありがとう。」
「……。」
幸村と佐助の話が終わった後、はすぐに風呂に向かった。
船員に毎日入る習慣は無いと聞いて我慢しようかと思ったが、元親が海水風呂で良ければと用意してくれていたのだった。
そして小太郎が扉の前で見張ってくれているのはとてつもない安心感がある。
「海水でもあるのはありがたいな……。小太郎ちゃんは入った?」
部屋に向かいながら質問すると、小太郎は左右に頭を振った後、はっとしたように口を開け、肩に鼻を押し付け体臭を確認するような仕草をした。
「ごめん違うよ、不思議なくらい何も匂わないよ。さすが忍だね……どうなってんだろう羨ましい……。」
汗臭くならない方法があるなら教えて欲しい……と考えているうちに部屋に着く。
小太郎も部屋に入るように促し、小分けにしたお菓子を手に取る。
「竹の包みだけで大丈夫なんだね。」
布は解いて、竹皮の包みを小太郎に渡した。
「お腹がすいたら食べてね。そんなお腹いっぱいにはならないものだけど。」
こくり、と小太郎が頷く。
「小太郎ちゃんもゆっくり休んでね。」
「……。」
「何か困ったことがあったら小太郎ちゃんのとこ行ったり呼んだりするので。」
そこまで言うと、安心したように背を向けて部屋を出て行く。
小太郎の部屋はの斜め向かいだ。
護衛として隣をと希望していたが、右には政宗、左は物置となっており却下となった。
十分近いとは思うが、念のためを考えてくれる小太郎の気持ちはありがたく受け取る。
「さて……。」
窓を開けると夜風が弱弱しく入ってくる。
髪を乾かさなければならないが、潮風はダメージだろうか。
窓はやっぱり閉めようか……と悩みつつ、布で髪をポンポンと叩きながら、寝台に座る。
「……。」
慶次の無事を確認した。
幸村さんも佐助さんもとりあえず大丈夫。
政宗さんも奥州へ無事に送ることが出来る。
一人になって、肩の荷がやっとおりた感じがする。
じゃあ少し、自分の事を考える時間にしよう。
「……幸村さん可愛いんだが……?」
政宗の部屋から物音も、いる気配もしないが、小声で漏らす。
脳内で済ますには感情溢れすぎている。
なに?なんか手を包むように優しく握られて
子犬のような瞳で見つめられて
公園で顔が近づいてきたのはあれやっぱりキスされそうだったんだろうか?
周りの雰囲気に当てられたか、目元に睫毛でも抜け落ちてて取ろうとしてくれて近づいたのかとかも思ったが
「…………。」
そういった感情を向けられるのに慣れてない。
意識してしまえば何かが崩れそうで気付かないふりをする。
政宗の部屋の方へ視線を向ける。
本当に気配がない。
どこかへ行っているのだろうか。
「政宗さんは……」
あの時からまだ変わってないかな。
私に一方的に好かれたいと思っているかな。
私が、政宗さん大好きだからこの時代に残りたい!って言える人だったら良かったのかな。
「……。」
髪を手櫛で整える。
乾いてきて、もう寝ちゃおうかな、と思ってしまう。
この程度では傷んでしまう、もう少し頑張れ、と考える頭と戦いだ。
「ん?」
どたどたと足音が聞こえてきた。
政宗が帰ってきたのだろうか。
お菓子は持ってろと言われてしまったから部屋を訪ねる理由が思いつかない。
どこか行ってたの?おやすみなさい、くらいでも声をかけようかなと思っていると、隣の部屋の扉が開く音はせず、通り過ぎての部屋の扉が叩かれる。
「、起きてるか……?」
「政宗さん?起きてるよ。」
声に覇気がなくて立ち上がり、扉に寄って行った。
が開けるより先に政宗が入ってくる。
「開くじゃねえか、鍵かけろよ……。」
「寝る前にやろうとして。どうしたの?」
政宗の顔色が悪く、お腹に手を当てている。
「安酒飲んで気持ち悪ィ……!」
「え⁉大丈夫⁉」
政宗の腕を引き、寝台へ促す。
並んで座り、周囲を見回した。
飲み水のストックは貰って来た。
吐くなら何も入ってない桶があるからとりあえずそこに吐いてもらおう。
「寝た方が楽?」
は政宗の背を上下に優しく擦る。
「……I don't know……」
政宗がにもたれ掛かる。
肩に頭の重みが乗り、頬に髪が触れる。
「……。」
弱っている政宗のことも可愛いと感じてしまう。
いや、政宗さんは困っているのよ、なんとかしなきゃ……と気持ちを切り替える。
「吐きそう?」
「……それはねえ。真面目な話してたところにまずい酒出されてもう酒の話に切り替わっちまった……」
「そかそか…それは残念だったね……!大丈夫大丈夫。」
右手で背を擦り続ける。
左手で政宗の手を握った。
「未来であんな美味い酒飲んだ後じゃありゃだめだ……。」
「舌肥えちゃった?」
「元から肥えてる。」
「あははごめんそうだよねえ!」
そんなこと言えるなら大丈夫かな?と思い、手を止めて敷布団を捲る。
「横になって、政宗さん。」
「おお……。」
酔いと眠気でいつもよりとろんとした目をしている。
寝ころんだ政宗に掛布団を丁寧に掛けて、寝台の横に座った。
「はい、政宗さん、帯緩めていいよ。」
「Ah?」
「帯緩めたらちょっとは楽になるかもよ。」
「……。」
真面目に話すをきょとんとした表情で見て、そのあと苦笑いする。
「そんなことしたらが布団に入ってこねえだろ……。」
「え⁉入りませんよ!」
何を言い出すのかと驚くが、同時に顔が赤くなる。
一緒に寝るつもりだったのか?
「!」
政宗が布団から手を伸ばし、の手をとる。
自身の頬にひたりと当てて、目を閉じた。
「冷てぇ……気持ちい。」
「そ、そう?ならよかった……。」
「帯緩めたらどうすんだは……?俺の部屋に行っちまうのか?」
「居た方がいいなら床で寝るよ?気分悪いならゆっくり寝てよ……。隣の物置に布団か代わりになりそうなのないか見てくる。」
「布団奪いに来たわけじゃねえ……。」
そこで会話が止まる。
奪われたなんて思ってないし、頼られて嬉しいなと思っていたけど、気分悪い政宗にゆったり寝返りを打てる状況で眠って欲しい。
ならばどうしようかとは考える。
悩んでいるを見ながら、政宗は言いにくそうに、ゆっくりゆっくり口を開く。
「……今日、あんまり話せなかったな。」
「え?あ、そうだね、今日は、元親さんや幸村さんとの時間が多くて……。」
それだけ言って黙る政宗を見てはっとする。
お話足りなくて来てくれたのか……!
「寝なくて大丈夫?」
左手で政宗の目元にかかった一房の髪を退ける。
「もう少し……」
「じゃあもう少しお話しましょう。」
「余裕あんのがむかつくんだが……」
「ええ⁉」
「入って来いよ。」
政宗が掛布団を持ち上げる。
初めてではないが自ら行くというのは抵抗がありすぎるし緊張する。どきどきもする。
「とりあえず蝋燭、消します……。」
「おう。」
「窓閉める?」
「寒く無けりゃ開けといてくれ。風がちょうどいい。」
「はい……。」
蝋燭を消しても月明かりで部屋が明るい。
政宗からは子供のような甘えたい感じを受けるので、もじもじしないほうがいい、と覚悟を決める。
「お、お邪魔しますね。」
眼帯を外し、枕元に置く政宗を見ながら声をかける。
どもってしまったが、躊躇わずに寝転ぼうとすると、政宗が自然と腕を伸ばしてくる。
腕枕か……!!とさらに鼓動が加速したが、重く感じすぎないように、腕にちょこんと頭の先端を乗せた。
「あ、あの」
「、俺な」
「なに?」
「右目の、眼帯で覆ってる皮膚、他より敏感になってんだ。」
「そうなんだ。丁寧に扱わなきゃね。」
「自分で触る分にはいいんだが。他の奴だと。」
なんだ、普通の会話だ、と安堵する。
政宗さんはやっぱりこういう間柄だよね、と緊張を解く。
「……が触れるまで気付かなかった。」
「あ……。」
抱きしめられる。
政宗の声は眠気に襲われうわ言の様だ。
誰にも触れさせてこなかったのか。
小十郎さんが目を切断して、治療して、そこからは。
私が誰も触れなかったところに知らずに踏み込んだのか。
私を気に入ってくれたのって未来の人間なんて面白いってだけじゃなかったのか。
「敏感って、痛い方の?」
「……の触れ方は、痛くなかった。なんだろうな……くすぐってえような……」
「そっか……」
もし、触れて欲しくなったらいつでも言って。
そう声かけるのは行きすぎだろうか、自惚れだろうか。
政宗の着物を握り、口を開きかけたとき、扉がノックされる。
「、、起きてる?」
「えっ⁉けっっっ、慶次⁉」
目を見開いて驚きの声を上げた。
政宗は眠そうだった瞼をゆっくり開くだけでを離そうとも起き上がる様子もない。
「お、おき、た!寝ちゃってた……!あ、あ!ごめん寝癖酷いかも……扉越しのお話でもいい?」
「俺気にしないよ?」
「私が気にするから……!」
「そっか?まあ俺も話少しだけだしいいよ。」
さっき入ってきたとき政宗さんが鍵に触れていたがあれは鍵をかけてくれていたのだろうか。
暗くて扉の様子がよく見えない。
心臓の鼓動が速い。
やっぱり入りたいと開けられてしまったら政宗さんと一緒に寝ている姿が見られてしまう。
どうしよう。
「あのさ、さっきちょっと話した……朝日をさ、と見たくて。」
「え?」
「明日の朝、一緒に見ない?俺迎えにくるから。」
声色から、照れた表情の慶次が想像できる。
首を傾けて、扉に向かって声をかける。
「……うん。もちろん大丈夫!でも私が迎えに行くよ。寝癖直してから行きたいし。」
「いいのかい?まあ見られたい姿ってあるよな。わかったよ。暗い中悪いね。」
「向かいの部屋じゃないの。」
「そりゃそうだけど。じゃあ、おやすみ。」
足音が離れていく。かすかに、キイ、と扉の開く音がした。
「咄嗟の嘘がお上手な事で。」
政宗を見れば意地悪そうな顔で笑っていた。
「だ、だって……」
「褒めてんだよ。頭が回るのはいいことだ。あいつの声で面白い程身体が緊張しまくってたのにな。」
「……朝は慶次と朝日見てきます。」
「おう。」
「その後は幸村さん達見送ります。」
「おお。」
「その後は、一緒にゆっくりしませんか?」
「ご指名どうも。」
「なので今日はもう寝ましょう……。」
「……二日酔いになるかもしれねえから俺かの部屋な。」
「ん。」
朝日を見るなら3時くらいに起きないといけないかな。
政宗さんを起こしたくないからアラームは設定できない。
「!」
政宗がを抱きかかえ直す。
甘えるように頭に頬を摺り寄せられて、可愛い、と思ってしまう。
「…………。」
無意識に政宗の腕に手を添えてしまい、からかわれるかと思ったが反応はなかった。
鼓動が聞こえ、目を閉じる。
政宗との添い寝に緊張して、慶次の声に心臓が飛び上がるかと思うほどだった。
でもこうしていると落ち着いてしまう。
政宗の胸に頬を寄せる。
「……Good night……」
「おやすみなさい。」
私のことどう思っているんだろうなんて考えていたのに、居心地がよくてこのままでいたいとも思ってしまう。