ゆらゆら船旅四国編 第21話



夜明け前に目が覚める。
政宗の腕からのそのそと抜け出して窓辺に立った。
櫛で数回整えれば毛の流れが綺麗になってくれて安堵する。

顔を洗って軽く目周りのマッサージをして慶次の部屋に向かう。

「慶次~おはよ~朝日見に行こ~。」
コンコンとノックをすると、すぐ扉が開く。

「おはよう!楽しみにしてたよ!行こう!」

髪を縛って着物姿の慶次が笑顔で出てくる。
手を握られて、甲板に向かった。




政宗はがいなくなった部屋でのそりと起き上がった。
髪と着物を整える程度で出て行ったのを薄目で見ていた。

「ふあ……」
あくびをして伸びをする。
想像していたほど体調は悪くない。
必死に背を撫でてくれるを見ていると体調崩してる場合じゃねえと気力が出てくるから不思議なもんだ。

幸村も前田慶次もでれでれした顔からどこか覚悟を決めたような顔をするようになった。
それに比べて俺は

「……手を……俺が握り返さなくても、握り続けてくれるのが嬉しいなんてな……」

まだ、相変わらずだ。

「しかし早起きして朝日見に行っても想像してるようなRomanticな話にはならねえだろうが。」





甲板では男たちの声が行き交っていた。
「引き揚げろー!」
「でけえ蛸がいるぞ!吸盤気をつけろよ!」

その様子に慶次が口を引きつらせる。
「わー……賑やか……」
「朝ごはんだよ!いいよねえ海の男……浪漫があるよねえ。」
はこの光景にも浪漫を感じるんだあ……。」

慶次が漁からに視線を向ける。
口元は笑っていたが目は笑っていなかった。

「……私、食事に困ってないな。」
ぼそっと呟いたのを慶次は聞き逃さない。
「慶次は旅しててご飯に困ることある?」
「そりゃあるよ。でも街についたら飯屋まず探してさ~何か手伝う代わりに食わせてくれってやっちゃうんだよね~。」
「強い。」

この体格と人柄の良さがあれば店主も快諾するんだろうなあとは想像する。
用心棒にもなれそうだ。

慶次は黙ったの表情を見て察する。
食料をくれる人間への感謝だけじゃないんだろう。
甘えてしまっているような、申し訳ない気持ちがあるんだろう。

、向こう行こうぜ。朝日の方。」
「あ、うん。」

少し強引に引っ張って漁から視線を外そうとするが、すぐに聞こえてきた大声にまた視線を戻すことになる。

「佐助ぇぇぇぇ釣れたあああああ!!!!」
「よかったねえ旦那ァ。」

幸村が大きな魚を持って喜んでいた。
朝から元気だな……と慶次は遠い目をした。

「幸村さん!佐助!おはようございます!」
⁉」

網漁の邪魔にならないところで海釣りをしていたようだった。
の姿を確認すると、すぐに駆け寄ってくる。

「お早いですな!どうされたのですか?まだ暗いのに……」
「慶次と朝日見よ~って来たの。」
「はあ、前田殿と。」
「そそ。一瞬一瞬の思い出をね。じゃ、行こか。」

慶次がの肩に手を添えようとするのを佐助が笑顔で弾く。
佐助は慶次に笑顔を向け、慶次は口を真一文字に結ぶ。

「先約だからね俺の方が!」
、なんという名の魚か分からぬが釣れたのでこれをの朝食として贈りたいのだが…」
「ほらあもう幸村くんは!!!よく分からない贈り物し始めるんだから!!!」
「え⁉せっかく釣れたんだし戦前の幸村さんが食べた方が…!気持ちは嬉しいけど…!」
「ぬ、ぬう…」
「でも私の為に…じゃあ半分こで食べませんか?」
「それは良き提案!!!焼いてくる!!」

嬉しそうに笑って、幸村は魚を抱えて走って行ってしまう。
「旦那の料理かあ……見張っておくわ……」

慶次と二人きりを見逃すのはどうかと考えたが、せっかくの魚を焦がしでもしたら幸村は落ち込んでしまうかもしれない。
佐助はどこかで小太郎も監視しているだろうと信じてその場を離れた。

「慶次、改めてあっち行こうか。」
も慶次の様子は察し、幸村に対応したのを申し訳なく思いながら慶次を見上げ裾を軽く引っ張る。
「おう!」
上目遣い可愛い!と調子よく一気に気分を良くして、一緒に歩き始めた。

そして朝日を見るには一番良い場所と元親に聞いていた場所には元就がいるのだった。

「元就さんおはようございます。」
「……も、もう他の人はいいよお……。」
「む?なんだ貴様らも日輪信仰なのか?……我の邪魔をせぬならばまあよし。」

真剣な元就の横でを口説き始めたら輪刀が飛んでくる未来しか見えず、ただの隣で朝日を見ながら綺麗だなあ…というしかなかった。






朝餉で魚を分け合う幸村とを見ても、政宗は何ごとだ…?と不思議そうに見つめるだけだった。
確かに嫉妬してくれるような行為でもないかなと佐助は笑った。

朝食を終えると幸村と佐助は装備を整える為、部屋に戻る。
は食器の片づけを手伝った後、そのまま食堂でお茶を飲んでいた。
政宗と小太郎も残って話し相手になってくれる。

「経路の最終確認もするだろうな。あとは港で挨拶するぐれえだろ。」
「そっか。」
「大丈夫か?」
「え?大丈夫だよ。」

大丈夫なのかよ、と思っても口には出さなかった。
幸村とあの猿も考えないようにしていても気付いてはしまうだろう。

「色々、ちゃんと決めたので。政宗さんと幸村さんが不在で迷惑をかけて軍の皆さんごめんなさいだけど、後悔はしない。」
「……。」
「私は、政宗さんと一緒にいます。」
「そうかよ。」

照れたようにそう言われるのは悪い気はしないが、そうじゃねえ、と考える。
戦の相手を知った後の反応。
その性格で、冷静だった。
ならば、そういうことだ。

「物資の補給はいらねえらしい。あいつらを下船させるためだけの寄港だ。送るなら最小人数で時間をかけるなと言われている。」
「私行きたい……。」
「小太郎は?」
「……。」
をじっと見る。護衛が必要なら行く、といったところか。

「俺がいるから護衛はいらねえ。なら決まりだ。俺とでいいな。」
「うん。」
「……。」
こくり、と小太郎も頷いた。





幸村は佐助と共に元親に礼を言って甲板に出ると、政宗とがすでに待っていた。
港へ降り、向かい合って言葉を交わす。

「では、、奥州への道中お気をつけて。」
「幸村さんも佐助も、あの、戦、無事を祈ってます。」
「ありがとう。」
「私の時代で一緒に過ごせて、軍の皆さんには迷惑かけちゃったけど、本当に楽しかった。」
「某も、充実した日々を過ごせました。慣れない環境で慌ててしまうこともありましたが、支えて頂き感謝申し上げる。」
「真田の旦那の事は俺に任せて、自身の心配をすること。ね?」
「あ、うん。それも、大事。そうします。佐助も気を付けてね。」

そうが言い終わると、政宗がの一歩前に出る。

「真田幸村。」
「はい。」
「……無様な戦はするんじゃねえぞ。」
「!」

幸村は一瞬目を丸くしたあと、すぐに口角を上げて笑って見せた。

「もちろんです。」

政宗もフッと笑い返し、背を向けた。
は戸惑ったが、最後に幸村と佐助と握手をし、船へと戻る。
出航し、二人の姿が見えなくなるまで甲板で手を振り続けた。

「……。」
「さて、旦那、馬の手配は出来ているから行くよ。」
「ああ。」
「……俺たち、生き延びるみたいだねえ。」
まあ、死ぬ気もなかったけどね、と佐助が笑う。

の反応を見て、分かってしまったのは政宗殿も一緒か。」
「俺たちが未来でも有名人なら、軍神様との戦の行方を知らないとは考えにくいよ。で、病気を治すためにあの長曾我部元親に嚙みついたんでしょ?」
「ああ。」
「そーんな性格で、俺たちがこれから死ぬって時に、あんな冷静でいられるわけがない。」

どんな祈りよりも未来予測よりも、確実なものを見てしまった。

「それに胡坐をかくつもりも無い!よし、佐助!戻り次第、お館様に喝を入れて頂こう!」
「……え?俺も?」









幸村と佐助の姿が見えなくなると、は視線を政宗に向ける。
「政宗さんはさっぱりとした挨拶するんだねえ。」
「……。」
「ライバルだと、そんな感じなんだ?」
あまりにあっさり過ぎて驚いたが、幸村を無下にしているわけではないのはこれまでの二人の関係から分かっていた。
思ったことを口に出しただけだが、政宗は何かを悩むように俯く。
周囲は穏やかで兵が数人いるだけだったが、話をするなら場所を変えた方がいいだろう。

「俺とゆっくりする予定だったな。」
「政宗さん二日酔い大丈夫?」
「Best conditionとはいかねえが問題ねえ。」
歩き出す政宗について行く。
行先は予想通り、の部屋だった。

二人で座るには寝台しかない。
乱れていた掛布団を整えて、政宗にどうぞ、と促す。

、俺は事実だけ言う。」
「うん?何々?」
政宗が座ったあと、も横に座る。

の態度で、武田軍と上杉軍の戦は決着がつかねえんだな、と分かった。」
「!」
驚くだけで何も言えないを見つめる。

「でかい戦だ。上杉にも世話になったんだろう。どちらかが負ける戦で、動揺しないお前は想像できない。」
「それは、あの」
「この時代の学習もしているようだしな。それはお前の保身の為でもあるから必要だ。何も言わなくていい。俺だって他人事じゃねえ。」
「……。」
眉をハの字にして、俯いてしまったにため息を吐く。
怒りたいわけじゃない。
言葉が足りなかった。

「演技をしろとか、平気でいろ、と言いてえわけじゃねえよ。そうだったととりあえず知っておけ。」
「うん……。」

歴史通りなら、政宗さんは、戦では死なない。
だから、戦に行かないでと震えることはない。
それでも送り出すのは怖いのだろうけど。
私はいるだけで、政宗や幸村に影響を与えてしまう存在なんだ。
なんて返したらいいかわからない。

「……覚えておく。教えてくれてありがと。」
それだけしか、言えなかった。

「おう。それでいい。」

だから、無様な戦はするなと幸村さんに言ったんだね。
私の反応で分かって、それに甘えるなって……。

「まさむ……あれ?」
話を変えようと、お菓子食べる?と続けようとしたが、政宗が頭を抱えて項垂れていた。

「事実だけ……ってわけにはいかねえのは俺の方だけどよ……。」
「え?」
「武田上杉決着つかず……なら俺はどうする、って戦略考えるのをやめられねえ……。利用してるのと同じだ……。」
「それって……役に立つことなの?」
「当たり前だろうが。他国よりこんな早々に先手を打てるなんて俺の腕次第でとんでもねえ利になる。」
「……私、やっぱり……」

良くない存在なのだと考えてしまう。
来てしまうことが仕方ないとしても、国主やそれに近い人間とは距離をおいたほうがいいのだろう。

政宗が左手を伸ばし、の手に触れる。
優しく包み込むように握る。

のせいじゃねえ。……考えちまうのも仕方ねえ。」
「もちろん政宗さんも悪くないよ。」
「……。」
政宗の手を強く握り返すも、戸惑った表情だ。
しっかりと伝えなければならない。

「当然のように俺に会いに来ようとしてくれてるのは嬉しいんだよ。」
「うん……」
をそばに置いておきてえ気持ちは変わらねえ。」
「あのね、私には小太郎ちゃんがいるから。」
「……来るなって話じゃねえんだ。」
「うん。私は、政宗さんのところに行くこと迷わないから。私がいるとやばい、ってなったら教えてくれる?行けるとこあるから。幸村さんでしょ、いつきでしょ、かすがでしょ。元親さん元就さんも、カウントしていいのかな。」
「しなくていい。めんどくさくなりそうだ。」
「こっちに着いて、どうしよう、じゃなくて、政宗さんのところに行こう!って思えばいいって凄く……励みになってるし。」
政宗がを見つめるが、は照れてしまって俯いてしまった。

「政宗さんだって、何か分かっても日本の為に、奥州の為に使ってくれるって信じてる。そんな感じでもいいかな?」
「……。」
政宗がこくりと頷く。

「なら、俺も信じてる。例えが俺に会いに来なくても尽力はしているってな。」
「うん。」
「俺がをもし追い出しても、理由があるっては理解してくれる。」
「うん!大丈夫!そのときはどこかで文出すね。それくらいならいいかな?」
「文ぐれえならどんな状況でも受け取れるだろ。任せろ。」

が笑って頷くと、政宗は満足そうに口角を上げた。

「……よし。。今日朝早かっただろ。休んでろ。」
そう言って政宗が手を離し、立ち上がる。
「どこ行くの?」
「元親のところだ。次は俺たちの下船だしな。」
「私も行く。話聞いたら、次もし船のあてがあったとき、ここで降ろしてって言える。」
「まあ、そうか。ならちゃんと聞いとけ。」

先行く政宗の後ろについて、も立ち上がり歩き出す。







船室で慶次が白湯を啜る。

「……なー、小太郎さんよ。」
「……。」

なぜか話し相手にされて向かいに座る小太郎は、名を呼ばれて首を傾げる。

「ずっとと一緒に居たんだろ?ってさ、どんな男が好きかなあ……。」
「……。」

「…………で、潮の流れが……。」
さらにその横には、航路の確認をする元親がその会話を聞いていた。
無理だろ、その忍に恋愛相談無理だろと、つっこみたくて仕方がなかった。

「……。」
小太郎が、窓から見える海に視線を向けた。
「……海のように心が広く」
「…………。」
小太郎が空に視線を向けた。
「あの青空のように澄んだ人?」

「…………で……こっちの領土は近づかねえ方がいいからよ……。」
元親は、え、なにそれ会話成り立ってんの?お前が独自に解釈してるだけだろうが!!と心の中で思っていた。

「そりゃあ最高な奴だ……。でもさ、心の広さって難しいよな。俺、が彼女になったらさ、が他の男と会話してたら、何話したんだろって気になるし、もしかしたら嫉妬しちゃう。でもこれって、悪い事かな?心狭いかな?」
ふるふる

小太郎も頑張って慶次の言葉を聞き、考えた。

「……。」
小太郎が、まだ湯気が漂う白湯に目を向けた。
「え!!俺が熱い男だって……!?それ、褒めてくれてんの?ありがとうな……小太郎さん!!」
「……………………。」
元親は、身体の力が抜けていくのを感じた。

「……つっこむ気が消えた……。」
「元親様?」
「ああ、わり、どこまで言ったかな……。」

そのとき、ばんと扉が開いて、元就と武蔵が現れた。

「おう!元就!!あいつら見ろよ……お前なんとか言ってやってくれないか。」
「だーかーらー、おれさまは、姉ちゃんのこと好きなの!!」
「……いつ好きになった?」
「嫌いじゃないから好きなの!!」
「……どういうことだ?」
「お前らもかあああああああああああ!!!!!!」

船内は非常事態だった。








そんな事になってるとは微塵も思わない政宗もも、元親の居場所を聞いて甲板に出ていた。
政宗が肩越しに振り返り、歩くペースが遅くなる。

「そういや、前田慶次のことは確認したんだ。着いてからやることが減ったな。」
「うん、あとはいつきに会えたら嬉しいな。」
「ああ……。いつきか。元気な姿見せてやらねえとな。」
「うん!!」

政宗が船室を視界に入れる。
中に数人の気配がする。
もし毛利がいたら具体的な寄港の話は控え、あとどのくらいかと聞くだけにしようと判断する。

「奥州に呼ぼう。取り決めしてえこともあるしな。俺たちの到着翌日あたりに来るよう調整してえところだな。」
「あ、そか、年貢とか?」
「あいつだってあの土地の頭だしな。小十郎に状況報告にもう一度文出すか。雪の状況によっては迎えを出せるかもしれねえし。判断を託そう。」
「小太郎ちゃん大丈夫かな?そんなに往復して……。」
「おまえが判断しろ。駄目そうだったら元親に忍を借りる。」
「了解!!」

小太郎の姿も船室の窓から見え、ちょうどいいと足早にドアに近づいた。

「小太郎!!ちょっと……!」

政宗が小太郎を呼んだが、船室内で交わされる声にかき消される。

「おいおい!!はとぼけてる様だが実はしっかりしてんだよ!!俺はの人を世話してる様子を見たんだ!!あいつは立派な奴だ!!よって、俺みたいな世話焼き苦労症に母性本能をくすぐられるんだ!!」
「ちがうもん!!姉ちゃんはしっかりしてるようで実はとぼけてるんだもん!!だからおれさまみたいな強い奴に守られたいっておもうんだもん!!」
元親と武蔵が言い争いをし

は包容力もあるんだよなあ……包まれてんのは幸せだけど、俺もを包んでやらなきゃなあ……。」
こくこく
「……包んでどうする。そんなのは互いの甘えだ。」
「甘えたいって思える奴も必要だぜ?元就さんには居ないのかよ?」
慶次はお得意の恋愛論をし始めていて
小太郎は慶次の言葉を一生懸命聞いていて
元就は頭にクエスチョンマークを浮かべ

「………。」

政宗は扉を静かに閉めた。

「もー政宗さん急に足速い……!あれ?どしたの?」
「……小太郎は無理だな。元親は……もう少し近づいてからにするか。」
「小太郎ちゃん疲れてた?」
「今夜は知恵熱を出すかもしれねえ」