伊達軍居候編 08話
「殿、殿」
困ったような声で呼びかけられ、肩に置かれた手にゆさゆさ揺らされる。
「眠い……。」
「朝でござるよ。今日は早くに甲斐に向かうでござるよ。」
「あ!そうだった!」
がばっと起きると周囲を見回して首を傾げる。ここは自分の部屋ではない。
「……ここ幸村さんの部屋?」
「あぁやはり無意識でござったか……。」
そして外を見ればまだ暗い。
「え?」
「……昨晩、殿が眠れぬ某のために添い寝してくださったのだ。」
幸村は淡々と言っているが、あまりに失礼なことをしたその内容に青ざめるしかない。
「……破廉恥なことしてすいません。」
「だっ、大丈夫でござる!気にしないで頂きたい!!!」
「幸村さん優しい…。」
「これぐらいその、当然です!しかし気を付けてくださいませね!!」
「…さすがに私も幸村さんなら平気かなって思っちゃった節があるかもなんですが。」
「信用していただけるのは嬉しく思います!」
お互いにぺこぺこと頭を下げる。
そのうちに周りが静かすぎるのが気にかかってしまって話を変える。
「…あの、まだ誰も起きて無いのでは?」
「いや、何もやましいことがないとはいえ、一緒に寝てるところを佐助や政宗殿に見られたら……。」
「あぁ、なるほど。」
じゃあ自分の布団で寝直しますわ~と自分の布団に向かおうとすると、幸村に引き留められる。
「殿~、また寝るでござるか?」
「……。」
構って欲しい子犬のような顔を向けられ、なまえは起きよう!と気持ちを切り替えた。
が起きた時点で、既に幸村はいつもの赤い鎧姿だった。
髪はそのままだったので、が結い、部屋に戻って自分も着物に着替える。
そして外に出て朝のトレーニングの相手を
「むっ、無理無理無理!!」
「殿は武術の経験は無いでござるか?」
「全く!」
「じゃあ見ていてくだされ!何かおかしなところがあったら指摘してくださるとありがたい!」
「それも無理そうなんですが……。」
そういって二本の槍を持って立ち向かっていったのは
大木……?
「うおおおおお!!」
「う……うおわわわ……。」
みしみし
ずううぅぅん……
「…………。」
大きな音をたて、倒れた。
目を丸くして驚くしか反応出来なかった。
こちらを振り向き、笑顔で自分の名前を呼ぶ幸村に、苦笑いで返した。
「どうでござったか!?」
倒れた木を担いで幸村さんが戻ってくる。
「あのなんかもうりっぱすぎておねぇちゃんはなにもいえないせいちょうしたねゆきむら」
「どうなさった!?」
簡単に、びっくりしたとしか表現出来ない。
幸村さんが槍を振れば、どんどん木が削れていった。
素早い身のこなしにも感心したが、どこかCG処理された映像を見ている感覚とも思える。
可愛い顔に似合わず、強い力を持った武将なのだなと感心した。
「いつも木を倒すのがトレーニング……訓練なの?」
「いや…昨夜、成実殿がだらだらする暇があるなら薪でも作れと申していたので…」
……それもののたとえで言ったんじゃないのかなぁ?
本気で受け取ったんだ?
いくら成実さんでも客人に薪作らせたりしないんじゃ……?
「……真面目だなぁ、幸村さんは。えらいえらい」
幸村の方が背が高いため、腕を伸ばさないと頭が撫でられないのが少し悔しい。
「こっ……子供扱いはやめて下され!」
「そんなつもりじゃないよ~。」
可愛いかったりかっこ良かったり、幸村さんて面白いなぁ。
「で、朝から何してんのお二人さん。」
「「薪割り。」」
佐助が木の枝に足をかけてぶら下がってる。
「上手くなったでござるよ!殿。」
「本当!?うりゃあ!」
パコンといい音を立てて割れると気持ちいい。
「こんだけありゃあ十分じゃない?」
幸村とを囲むように周りに割った薪が散らばっている。
歪な形をしているのはが割ったものだった。
「ちゃんのこと竜の旦那が探してたよ?」
「えっ!?本当に!?」
「薪は某が集めて届ける。殿はどうぞ行って下され。佐助!」
「えっ!?俺も!?」
「ごめんね、ありがとう!」
ほったらかしていってしまうのは少し抵抗があったが、幸村の申し出を有り難く受けることにした。
そしてしばらく走って気付いた。
「……はっ!?政宗さんどこか聞くの忘れた!」
間抜けすぎる。
こういうときは小十郎さんに聞くのが一番だろう、と咄嗟に判断する。
きょろきょろと辺りを見回し、口元に手を添えて人の名を叫ぶ。
「小十郎さー「俺じゃねえのかよ。」
の声を遮る言葉と横からざくざく土を踏みしめる足音に振り向く。
「政宗さん!おはようございます!」
「おぉ、今日はしんどいかもしれねぇが頑張れよ。」
「……甲斐はそんなに遠いのですか?」
山梨県だよね?そんで……ここは宮城のどのへん?
「ま、俺はとばすがな。」
ちょいちょいと手招きをされたので近寄ると、それを確認した政宗が歩き出す。
向かったのはまだ踏み込んだことが無い場所だった。
動物の臭いと鳴き声で、馬小屋だろうかと予想は出来た。
初めてこっちにきたときに乗った白馬の前で政宗さんが立ち止まる。
その時と鞍が違っている。
「乗ってみろよ。」
「ええと……。」
鐙に足をかけて乗ろうとするが、動きが止まる。
……鐙が高いんですけど……。あと着物なんですけど…。
「……背が低くて乗れませんってか?」
「着物で脚がうまく上がらず乗れません!!」
思案している私をのぞき込んでにやりと笑ってそんなことを言う。
あぁ悔しいなぁ……。
「おらよっ。」
政宗がひょいっと身軽に馬に乗った。
「ほら、ちと背伸びしな。」
言われたとおりにすると、政宗が身を乗り出し、の脇に手を入れて思いっきり持ち上げる。
「……えぇえええ!?」
子供じゃないよ私は!
なのにそんなに軽々と!?
そしてぼすんと政宗の前に両脚を揃えて横に座る。
なんでもないことのように振る舞う政宗だが、そんな頼もしいことをされてはどきどきしてしまう。
「…ん?なんか…居心地良いぞ?」
「ならokだ。今日はこれで行くからな。」
「政宗さんと?」
「不満かよ。馬乗れんのか?歩いていく気か?」
「よろしくお願いします!」
「素直でよろしい。」
君もよろしくと馬の頭をなでる。
馬が頭をふるふると左右に振ったので、驚いて手を引っ込めた。
……え?嫌ってか?
「……お馬さん……。」
乗せてもらう身分、馬に変に嫌われるのも迷惑をかけそうなので、餌付けする必要があるなあと思い、あとで政宗に餌を下さいとお願いしようと思った。
「……白い、馬……。」
馬の姿をじっと見つめていると、どうしても思いつく言葉があるのは仕方がないと思う。
乙女の憧れ白い馬……
白馬……
白馬の…………
白馬の王子様…
ちらりと後ろを向く。
腕を組んで、なんだよ?と言われる。
吹き出してしまった。
眼帯に、整っているとはいえ切れ長の目にガラの悪そうな表情だ。
政宗さんは王子じゃないな!
二輪が似合うぜ政宗様……!
何かを察した政宗には頭をど突かれてしまった。
武田の二人を交えての朝食は不思議な感じがする。
慣れていないからだろうとあまり気にとめていなかったが、小十郎さんに、あの二人は友人じゃなくて、好敵手なんだと言われると、なんだか納得した。
そんなに親しい関係ではないようだが、互いに意識している。
でもうまいうまいと幸村さんが絶賛しながら食べるから、政宗さんは全く悪い気はしていないみたいです。
その後部屋に戻って荷物の整理をする。
一泊するのだからその時に洋服を着て氏政の元に行こうと考え、衣類は着物のままだ。
そう思って洋服を鞄に閉まってふと思う。
「袴がいいなぁ……。」
先程の着物で乗った時を思い出すと、やはり跨いだ方が楽そうだと考える。
「政宗さん。」
ひょいと政宗さんの部屋を覗けば道の確認をしてるのか、地図を広げて話している政宗さんと幸村さんが揃っていた。
「支度できたか?」
「あ~……、いや、お邪魔してすいません。あの、私袴履きたいなって思ったんですが……。」
「袴?」
「馬にまたがりたい……から……。すっ、すいません!小十郎さんに聞きます!」
政宗が怖かったわけではなく、政宗がニヤリと笑ったので嫌な予感がした。
「あるぜ、ちょうどいいのが。」
「本当?」
「左にまっすぐ行った奥の部屋の箪笥の……どこかにあるはずだ。」
「判りました!」
とたとたと軽い足取りでが去っていった。
「…政宗殿、顔が笑ってるでござる。」
「そりゃあ笑うさ。」
「殿が可愛いからでござるか?」
「……what?」
政宗殿がものすごい勢いで某を見てるでござる……。
しまった……触れてはいけないところに触れたのでござろうか……?
「お前はがcute……可愛いと思ってんのか?」
「可愛らしい方だとは思うが……政宗殿は違うでござるか?」
「……ah~そうだなぁ~……。まぁ、今から可愛いもんは見れると思うぜ。」
子供が悪戯を仕掛けたような笑みを浮かべるので、幸村は首を傾げた。
「政宗殿、それはどういう……?」
「政宗さん!これだよね?ちょうどいい感じだよ!女性サイズもあるんだね!よかった、これ借りて良い?」
「ぶぁはははは!!本当に着れんのかよ!!それ俺が7年くらい前に着てたやつだぜ!?ちっちぇえなぁてめぇは!!」
「貴様伊達政宗くっそおおおおおお―!!!‼」
……殿じゃない者がそんな言葉吐いたらただでは済まなそうであるなあ……。
しばらく笑われはしたが、とりあえず袴を借りて甲斐へ出発する。
佐助はぴょんぴょんと木の枝から枝へ移動したり鳥に捕まってぶらぶらしたりしてと政宗の乗った馬と並走していた。
「ちゃん、ケツ痛くなったらいいなよ?」
「大丈夫です!」
「まだ当分いけんだろ。っていうかてめぇの心配はいらねぇ。」
政宗の後ろで小十郎が、小十郎の横で幸村が馬を走らせる。
正直速すぎて最初は怖がっていたが、政宗がしっかり支えてくれたため普通に喋れるまでにはなっていた。
「国境を越えたら休憩場を用意している!そこまで止まらず行くでござるよ!」
「馬は大丈夫なんですか!?スタミナ……えと、体力は……。」
「大丈夫でござるよ!そこも配慮してる!!なぁ、佐助!!」
「あぁ、うん……。馬にはね……しましたけどね……。」
「……真田幸村ァ……一応聞くが、休憩場ってぇのは……?」
「茶屋でござる!」
真田幸村ァァァァァ!!!
「俺はなぁ、ちゃんとしたモン食って休みてぇんだよ‼」
「甘いものは体力回復に良いでしょう…?」
「うるせぇ、てめぇ主体で考えてんじゃねぇ。」
茶屋に着くと、お品書きには甘いものしか並んでおらずまさに甘味処。政宗がぶつぶつ文句を言い続け、幸村は慌てていた。
「殿にも食べて欲しかったでござる!ここの団子は本当に美味である!」
「うん、おいしい!!ありがとう幸村さん!!」
すでに食べて2本目に手を付けるところだった。そのおいしさに笑顔になって幸村に微笑みかける。
幸村がほらみろと誇らしげに政宗に視線を向けたが、政宗と小十郎にギロリと睨まれ、後退りする。
「幸村さん、悪気があったわけじゃないんだし…。」
「悪気がなけりゃ何でも許されるのかよ?ったくよ……。」
またぶつぶつが始まったけど、今度はお団子を食べながら。
その様子を見て、幸村がほっと胸をなで下ろした。
「そういえば佐助さんは?」
「馬の面倒を見ているでござる。」
……馬。
「ああ!忘れてた!私も政宗さんのお馬にご飯をあげてなつかせようとしてたんだっけ!私も馬の世話してくる!」
「俺以外にあんまり懐かねえから期待すんなよ。」
「えーそうなんです?じゃあ淡い期待で頑張ってきます。」
「諦めはしねえんだな。」
団子を一気に食べてお茶を飲み、馬の元へ走っていく。
「殿!某も…」
「真田幸村。」
後を着いていこうとした幸村を政宗が制す。
「に深入りすんじゃねぇ。」
「政宗殿?それはどういう…?」
政宗は足を組んで、特に感情を高ぶらせているわけでもなく淡々と言う。
「あいつは居なくなる奴だからな。」
「それは……判っている。」
そうはいっても一度出会い、言葉を交わし、関わったのだ。
そうですか、はいさようならとお別れできるほど薄情にはなれない。
「しかし、かといって距離を置いては殿が可哀想だとは思わぬか…?」
「何だよ。一目惚れしたとか言わねえだろうな?そういえば城であいつが可愛いとか言ってたかお前…。」
「それに他意は無い!!知らぬ世に来て殿が不安でないわけがなかろう。」
「だろうな。」
「だから近くに居ようと思ってはならぬか?少しでも安心できるなら某が……。」
「お優しいことで。ああ、悪かったよ。そうだな。」
「……?」
政宗の反応に違和感を感じる。
わざわざその様に口にするとは、割り切っていないのは政宗殿の方ではないのだろうかと考えるが、それは口に出さないことにした。
「佐助さん!」
「はーい、どうした?」
佐助が馬の頭を撫でていた。振り返る佐助は長旅の疲れの全く見えない、穏やかな笑顔をしていた。
「私も馬にご飯あげたい!」
「もうあげちゃったよ?」
「遅かったか‼」
近づいて馬を見上げると、満足そうな顔をして、寛いでいるようだった。
「ご飯あげて仲良くなろうと思ったのになぁ。」
「仲悪そうには見えないけど?」
「そうかな……。」
馬の頬をなでようと手を伸ばす。
すると、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「ほらぁ!」
「あはは、竜の旦那取られると思ってんじゃないの?」
「誤解だ!」
「誤解なの?」
佐助はいつもの涼しい顔で、そう問う。
本当は少し面白半分。
健全な男女が仲良さそうにして、もしそういう感情が少しでもあったらと考えてしまう。
北条に着いていざ帰るってことになって、そこでやっぱり嫌帰りたくないってことにでもなったら困ってしまうどころではなく迷惑だ。
同盟関係が揺らいでる今、武田は北条の前でふざけた真似をするわけにはいかない。
「竜の旦那の事、どう思ってんの?」
「いやぁ、これでも結構憧れてるんだよ?」
あっさりと答える様子に特別な感情は見えない。
「……へぇ、そう。」
「一国を支えて、みんなからの信頼厚くてさ。」
そういうところ、好きだわ~とにこにこしている。
「じゃあさ、別れんのつらくないの?」
「つらい…というか寂しいかも。」
「なら万が一……。」
「あ、でも、やっぱ帰りたくな~~いなんてならないから安心してね。」
「ん?」
まさか心が読まれていたのかと微かに警戒する。
「一人の人に会うのにこんなにたくさんの人巻き込むとは思わなかった…。迷惑かけないように頑張るね。」
「ああ…そうなんだ。」
単に自分の気持ちを話ただけかと知って安堵する。
「未来から来た……ねえ。」
「な、なに?やっぱ信じられない?」
「ん~なんか感覚は俺たちと結構似通ってるよね。そんなもんなのかな。」
「あ!それは私も思ったよ!もっとなんか、部外者に厳しかったりお家の為になんたらとかあるのかと。だから優しくしてもらえて意外だった!」
「そうだねえ。まあ竜の旦那だったのが運が良かったんじゃない?」
「感謝しないと……。武田の皆様にも。」
「どうも~。俺様はほっぺに口づけでも頂ければ結構ですよ~。」
「善処します。」
「それやんわり断ってるよね?」
二人同時にふふ、と笑ってしまう。
笑いの感覚が同じというのもにはありがたい。
「なるほど。話しやすいね。」
「ほんと?」
「敵意もなく、箱入り娘みたいに殿方というだけで警戒されるわけでもなく。射止めねばという媚もないしね。」
「普通に町人って感じ?」
「そう……かな?俺むしろ町人の女とあんまり話さないからねえ。」
「何かあったら町人って偽ればいいのかな…。佐助さんは…忍…。」
が佐助に興味津々の眼差しを向ける。
「忍か~~。初めて見たんですよ~。未来ではいないんですけど、日本人にも海外……南蛮?の方とかに大人気だよ!」
「へえ~俺様達みたいな人殺し集団がね。戦の世でなくなれば俺たちはお払い箱だ。いなくなる未来はそんな遠くないでしょ。」
「!」
が咄嗟に佐助の裾を掴む。
眉根を寄せて、申し訳なさそうな顔で佐助を見上げた。
「そんなつもりじゃ……ごめんなさい。」
「ああ、いや。俺こそ。別に傷付いたわけじゃないよ。」
の反応を見て、佐助が思案する。
彼女は害かどうかどころじゃない。警戒する必要すらない。
優しすぎて楽観的すぎて何も知らなすぎて、この時代で生きるには弱々しすぎる。
「難しいですね……言葉に気を付けないと。」
「大丈夫だって!ね!」
佐助がの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「おーい!佐助‼殿‼そろそろ出発するでござるよ~!」
幸村の声に、佐助がすぐに反応する。
「だってさ。もう少し話してみたかったけど。」
「またこれに懲りずに構っていただければ幸い。」
「すっげー下から来るね。良からぬこと考えてるかもしれないよ?」
「例えば?」
「雑談中に竜の旦那の情報を俺様が引き出そうとするとか。」
「小十郎さんの方がいいよ……。私の言うこと事実じゃないかも……。」
「ぷ……!」
耐えきれなくなって、佐助が声を出して笑い出す。
「可愛い子だねえ君は!」
「な、なんか、馬鹿にしてませんか?」
「そんなことないよー俺様女の子には優しいよ?」
そうかなあ……と、佐助に疑惑の目を向けるに背を向けて、くすくすと笑ってしまった。
こんな素直な子なら大歓迎かもしれない、と思いながら。