奥州帰還編 第3話



部屋で休むいつきに水を持っていく。
盆には三人分用意した。

「いつき大丈夫?」
「大丈夫!お水ありがとな。ひとつ誰の分だ?」
「小太郎ちゃん。小太郎ちゃん~。」

が天井を向くと、小太郎が降りてくる。

「わ!気付かなかった……。」
「……。」
「一緒に休もう。はい。」

小太郎がの隣に膝をつく。水を受け取って、一気に飲み干す。

「あ、紹介しよ。こちら北条氏政に仕えてた風魔小太郎ちゃん。今は私と一緒に過ごしてるんだ。」
のお友達だな!」
「うん。小太郎ちゃん、知ってるだろうけどこちら北にお住いのいつきちゃん。農民の代表で凄いんだよ。」
「へへ。」
「…………。」
小太郎がぺこ、と頭を下げた。
いつきも続いて頭を下げる。

「小太郎ちゃん、今日はゆっくりお風呂入ってね。小太郎ちゃんも長旅だったでしょう。お布団は隣の部屋に用意してもらったからそこで寝てね。」
「……。」こくこく
「…………。」

優しく言うが、お友達というよりお母さんみたいだなと思ういつきだった。

足音が聞こえて廊下の方を向く。
障子が開くと、小十郎が立っていた。

「小十郎さん。」
「ゆっくり出来てるか?」
「はい!」
「ならばよかった。今政宗様は長曾我部元親と話をしている。のおかげだそうだな。」
壊血病のことだろうか、いや、今話があるなら火薬のほうかな?と考え、は小さく頷いた。
「私のおかげってほどじゃないんですけど……。政宗さんが元親さんの信用勝ち取ってたからちょっと言ってみたら通ったんだし……。」
主語を言わなかったのはいつきにでも漏れるのが良くないのだろうか。
花火で火薬は貴重だと言っていたのを思い出し、言葉を選ぶ。

「農民の……いつき。お前の話は明日だ。言いたいことを整理しておくんだな。」
「うん!」
「いつきの話?」
「おらたちの土地、青いお侍さんのものになっちまったからな。年貢の話とかな……。」
「そっか……いつきなら大丈夫。小十郎さんは、同席するの?」
「いや。俺は客人の相手をしねえとな。」
「私も手伝います!」
「ああ、助かる。がいるとに寄ってくるようだからな。」
そんな虫みたいな表現しなくても……と思ってしまったが、小十郎に悪気はなさそうだ。

「……、少し話があるんだがいいか?」
「え⁉あ、も、もちろん、あの」

怒られるのかもしれない、と咄嗟に考え、慌てて立ち上がる。
しかしいつきの相手が出来なくなることが気になり、ちらりといつきを振り返る。

「ふあ……ならおらは先に寝てていいべか……。明るくてもおら寝れるからろうそくそのままにしておくし……。」
「あ、うん。もちろん。」
「明日に備えねえとな!」
「おやすみいつき。」
「おやすみなさい~。」

ころんと布団に横になるいつきと、隣の部屋に移動する小太郎を確認し、は小十郎の後をついていく。
着いたのは小十郎の部屋だったが、襖を開ける直前に小十郎がぴたりと止まる。

「……色々慌ててな……部屋散らかってんだが……。」
「気にしないですもちろん!!」
むしろ私のせいでばたばただったんじゃん!!とは眉をハノ字にしてしまう。
そして開け放たれた襖の先には、畳の上に散乱する書籍や脱ぎ捨てられたままの着物で荒れていた。

「普段は決してこのような……」
「分かってます!分かってます!」
着物は洗濯する分だなと、拾い上げて一か所に集める。

「すまん。それだけでいい。ここに座ってくれ。」
小十郎が座布団を置いてに座るように促す。
話しの方が大事だなと、緊張した面持ちで座った。

「話しというのは……」
「はい!」
「…………疲れた……」
「えっ!?」

小十郎ががくんと項垂れる。
「激務でしたか!?」
は小十郎の隣に移動し、背を優しく擦る。
「さすがに不慣れな事態がここまで続くとな……。まあそれよりも、政宗様が……」
「政宗さんが!?」
「未来が凄かったと言葉が止まらなくてな。」
「え。」
「くるま?でんしゃ?が凄い……住まいの設備が凄い……食べ物が豊かだとはしゃいでらっしゃるのはまあ良いことなんだが、聞きなれない言葉で相槌打つのが精一杯だ。」
「そ、う、だったんですか……」

感心はしてもはしゃいでいるという様子はなかった政宗が、小十郎の前だとそのように振る舞うのか。

「……。」
口を手で押さえる。可愛い……と言ってしまいそうだった。
しかしそんなことは出来ないとぐっとこらえる。

「あの、小十郎さん、私のお話はいつになりますか?」
の話?」
小十郎が上体を起こし、に視線を向ける。

「政宗さんを、不在にさせてしまったから……。」
「いや、のせいじゃねえだろう。それは俺も理解している。それよりも、政宗様の面倒をすべて見てくれたことに感謝している。」
「小十郎さん……。」
小十郎はに頭を下げる。

「や、止めてくださいよ……!当然です!私だって、面倒見てくださって……。」
「あんなに楽しそうな政宗様を見たのは久しぶりだ。それに、平和な世だったからこそ闘志にさらに火が付いたように見える。」
「平和だったからこそ……」
「静かな炎だ。」

小十郎がそんな政宗の心を見間違うはずがない。
は肩の力を抜く。
安心したように、息を吐いた。

「緊張していたのか。」
「少し。」
「ああ、もしかして俺の眉間に皺寄ってたか?すまねえ。」
小十郎が眉間の皺を伸ばすように指を動かすので笑ってしまう。

「いや俺も、こんなことにしか言えねえからよ……。こんな混乱してる姿……。」
中間管理職みたいな立ち位置だもんな、と納得もするが、嬉しくも思う。
堅物の小十郎さんのこんな姿見れるの、私の特権なのか、と。

「しかし、その、何にもなかったのか?政宗様と……」
「政宗さんが何か言ってたんですか?」
「いや、以前よりも信頼感が増しているように見えるからな。共に居る時間がそうさせたというならそうかもしれねえが。」
「あの……」

小十郎と、踏み込んだ話をするなら今しかないのではないか。
そう思って口を開く。

「政宗さん、お母様に拒絶されたの、相当心に衝撃だったんだ、よね。」
「そのことについて何か言ったのか?」
「私に、ただ、愛されたい……恋は、分からない……人の気持ちは不安定だって……」
「……。」

今度はが俯いてしまった。
小十郎だって、政宗にはきちんと身分のある女性に来て欲しいと思っているかもしれない。
どんな状態であれ、自分のような曖昧な存在に愛だなどと口にして欲しくないかもしれない。
その気持ちを察するかのように、小十郎はの頭に手を置いて、優しく撫でる。

「俺は、政宗様に正室を迎えてもらいたいとは思っているが、愛さずともいいと思っている。」
「小十郎さん?」
「未来の為に子さえ残してくれれば……。女の感情としては、最低、と思うかもしれねえが。」

思うところはあるが、この時代だ。譲歩だと思うしかないと、は首を横に振る。

「政宗様が右目を失った後に、心落ち着く相手が要るだろうと用意された見合いの席に同席させてもらったことがあるが、あの時の政宗様は……相手を見た途端、身体が強張って……目の焦点が合わねえようで……進められる状態じゃなくてな、適当にはぐらかしたな……」

小十郎がから手を離す。
腕を組んで天井を見上げ、その時の状況を思い出していた。

「無関心なんじゃねえ。心がどうしようもねえ状態だからなんだって、その時気付いた。だから俺には、にそんなこと吐き出したってのが驚きだ。政に関係ねえ相手ってのもあるかもしれねえが。」
「私も、政宗さんがそんな心の内を教えてくれたことは嬉しかった。」
「難しいことじゃねえ。母がくれるはずだった無償の愛だとか、女としての恋心とか、……妹の、兄を慕うような気持ち……。全部、から欲しいんじゃねえのかな……。」
「私から……。」
「失ったもの、欲しいと思うもの、全て、がくれるような気がしてるのかもな。」
「う、うん……。」
「といっても未来の便利さを考えるとは帰りたいんだろうな。政宗様の嫁になって欲しいと俺が言っても難しいか。」
「小十郎さん!?」
「ん?」
「嫁とか、ちゃんとどこかのお姫様に来て欲しいんじゃ……?」
「いや、が嫁に来てくれるなら嬉しいぞ?」
「え、ええ!?」

困惑するも、顔を赤らめている。
脈が無いわけではなさそうだ。

「や、でも、そんな、自分がどう思ったところで……」
「そうか?もしがここで生きることを望んでくれたら叶うんじゃねえかな。」
「え、いや、その」
「永遠に続かねえなら、どこで終わらせるか、という話だ。」
「……私も、恋愛はよく分からなくて」
「ん?」
「それなのに、政宗さんの望むような想いなんて抱けるのか……でもそんな風に無償で他人をひたすら思える人なんて……」

そこまで言い、はっとして小十郎を見上げる。

「いたぁ。」
「何がだ?」
「家臣で右腕で、お父さんみたいで、お兄さんみたいで、友人みたいで幼馴染みたいで……」
「俺?」
「政宗さんにとって、たくさんの関係で大きな存在の人。」

真っすぐ見つめられてそのように言われると照れが出て小十郎は目を逸らす。

……」
「小十郎さんみたいな人を自然と望んじゃうのかな。」
「ちょっと、話が逸れていいか……?」
「何?」
「連れて来たのは俺だが、夜、男の部屋でこんな至近距離で見上げるのはやめてくれ……」
「え?」
「俺は政宗様とは違うからな……。」
「……。」

は小十郎から一歩下がる。
「ど、どういう意味ですか。政宗さんと小十郎さんはそりゃ違いますけど……」
「政宗様はが大事なんだ。だから手を出さねえ。」
「……。」
「色々と考えちまってるみたいだが、愛されたいと思えた時点でもうが政宗様にとって特別な人になってると思うんだがな。」
「…………。」

そうなのだろうか。
一方的な感情を持たれたんじゃなくて、政宗さんは一歩進んでくれたんだろうか。
ポジティブに捉えていい話なの……?

部屋の中に風が吹き、困惑するの髪がふわりと揺れる。
小十郎が天井を見上げた。

「え、何……?」
「大丈夫だ、。」

びゅうっと突然部屋に小さな竜巻が現れた。

「やーどーもどーもお二人さん。」
「あ!!佐助!!」

そこから現れたのは佐助だった。

「お届け物で~す。」
佐助は小十郎に文を差し出した。

「佐助、戦は?」
「まだ睨み合いしてるからその隙にね。報告書届けに。緊急事態だったからねえ。京でのこと半端にしか伝えられなかったから。」
小十郎が文を受け取る。

「それに、旦那のことについても書いてあるし?、知りたいよねぇ?」
「あ、し、知りたい!!」
「後で教える。」

佐助はに向かってにっこり笑った。
そして膝をつき、に視線を合わせた。

「佐助?」
……」
「!」
小十郎は警戒したが、そのまま佐助は床に手をつき頭を下げた。

「え!?」
「お願い!あの四角い甘いお菓子もうひとつ頂戴!!!!」
「キャラメル?」

こくこくと佐助が必死に頷く。

「気に入ってくれたの?まだあるからいいよ~。」
「違う違う俺じゃなくて大将に!」
「信玄様?」
「偵察してる最中に、そういえば貰ったなって気軽に食べたらさ俺様あんな甘いもの初めて食べた!大将より先に!大将も食べたことないものを!!!」

いつも飄々としていた佐助が必死に頭を下げている。
どうして?と疑問に思うに、察した小十郎が説明する。

「甘いものは貴重だからな。富のある者しか食べられない。」
「え、あ、ああ、そっか……ごめん……。軽率だったね。」
「それは責めない!大将に食べてもらいたいってそれだけ!」
「佐助、頭上げて!持って来るから!小十郎さんにも渡しますね。」
「政宗様には?」
「政宗さんの分もあるから大丈夫。」
「じゃあ部屋まで送るよ!」
「誰が任せるか。」
「部屋にはいつきが寝てるから静かにね。」
「はーい。ほら、さすがに俺様その状況で何かするとかしませーん。右目の旦那は掃除しなよ。」

小十郎が、むっと口を曲げる。
佐助に言われてしまったことが気に食わないが、反論できない。
そしてさっさと佐助はの腕を引いて部屋を出て行ってしまう。

「まあ、あいつも早く戦場に戻らねえといけねえ立場だろうしな。」

戦中にを攫って行くこともしないだろう。
そう思い、小十郎は手始めにがまとめてくれた衣服を持って、部屋を出た。






佐助はの後ろを軽い足取りでついてきた。
小十郎は何か心配してくれていたようだが、本当にキャラメルを貰いに来ただけにしか見えず、は警戒を解いている。

「取ってくるから待ってて。でも信玄様にキャラメル一個だけっていいのかな……。」
「え。いや、見事に綺麗な長方形してて、可愛らしい茶色に細かい模様がついてんじゃん。結構な菓子でしょう?ちょっと食べる前に眺めちゃったよ。」
「ああ、模様確かに……ついてた……」
「未来じゃ普通の菓子なのか。大丈夫、ちょっと良い皿に置いて茶と一緒に出すよ。」

銘々皿に置かれて出されるキャラメルを想像すると不思議な気持ちになるが、口を出す理由もない。
皆が貴重と言うなら貴重なんだ。

到着すると早速部屋に入り、そっと、すやすや眠るいつきの近くを通る。
バッグごと持って、また廊下に出た。
しゃがみ込んでキャラメルを探す。

「あった。はい、佐助。」
「ありがと~~~!」
佐助もしゃがみ、と目線の高さを合わせてお礼を言う。

「幸村さんに、たくさん助けて頂いたから気にしないでね。むしろ足りないくらいで……。」
「旦那はと一緒に居れたのが幸せだったみたいだよ。」
「え、し、幸せ……?」

大袈裟ではないかと一度は首を傾げるが、楽しそうに過ごす幸村の姿を思い出す。
確かに、幸せな時間だった。
幸村さんにとっても幸せだったのなら、嬉しいことだ。

「そっか、ありがとう。私も幸村さんの笑顔見てると幸せ~ってなってた。」
「本当?」

佐助がの肩に手を置く。

「今なら武田に連れて行けるよ。」
「え?戦は……」
「屋敷で待っててくれればいいさ。必ず帰るよ。」
「今?え?待って。私もう急に消えたくないの。」

冗談言わないで、と笑われたら、冗談じゃないと言う準備は出来ていた。
でもは、真剣な顔で佐助を見つめていた。

「もう……ああ、そうか。最初急にここから未来に戻ったんだっけ。」
「うん。出来るなら、大事にしたい。離れてしまう時は……。」
「……わかった。」
肩に置いた手を離し、の頭をぽんぽん優しく叩く。
そんなを連れ去ったところで、真田の旦那は喜ぶわけがない。

に背を向け、飛び上がろうと屈んだところで、佐助が肩越しに振り返る。

「真田の旦那の嫁に来てくれたら、俺様ものこと可愛がってあげるからねえ。」

そう言って、飛び立っていった。

「……可愛がってあげる……」

そんなこと言う人初めて会った、とは佐助が消えた場所をしばらく見つめていた。











書簡に落としていた視線を上げ、政宗は満足そうに微笑んだ。

「……よし、火薬の件はこれでいい。」
「ちゃんと売ってやるって言ってんだろ。こんな契約書しっかり交わさねえと不安かよ?」
「当たり前だろうが。お前のところにもうちの名産広めてくれよ。」
「交易なあ。異国に意識向けてたが、国内もまあいいか。」

元親も内容に目を通しながら笑みを浮かべていた。
口では面倒くさがっても、内心は新しいことを始めるのが楽しみにな様子だった。

「……可愛くて仕方ねえだろうなあ?」
「ずんだ餅か?」
「ずんだ餅を可愛いと思ってたのかお前は。違うってんだ!だよ!!」

またそういう話かよ、と政宗は顔を顰める。

「政宗に火薬って言われてなんでか聞いたら、冬すげえ寒いから火種があれば何かに使えるんじゃないかと思ってってよ」
「ふうん。」
「無邪気な顔でよ。火薬が貴重って織田が打ち上げた花火見たとき聞いたって。」
「断っても良かっただろうよ。」
「……。」

元親が眉根を寄せて苦々しい表情をする。

「頂戴って言われて可愛く首傾げられちまったんだから仕方ねえだろうが!!」
「……素でやってるんだろうがな。」
「まあいい。こんだけ歓迎されちゃあな。悪くねえや。仲良く行こうぜ。」
元親の言葉に静かに頷く。

「遅くまで悪かったな。俺の話はこれでいい。部屋で休んでくれ。」
「それだけか?」
「何か要望があるか?」
にこれ以上干渉するなって言われるのかと思ったぜ。」
「……気になっているところはある。あんた話してると結構真面目だからよ。」

予想していなかった政宗の返しに、元親は興味を持つ。
「なんだよ。気になるところ。」
「ちゃんとと話してえのにふざけた口説き始めちまって引き下がれなくなってんじゃねえかって。」
「…………。」

図星で目を細め、返す言葉が見つからず黙ってしまった。

「かといって今日は止めろ。も疲れてる。慣れてねえのに接待までさせちまったからな。」
「邪魔しねえのか?」
「俺の持ち物じゃない。」
を試したいのか?俺が何を言ってもお前から離れねえって?」
「違う。の方じゃねえ。」
「何だって……」
「そのまんまだって。礼が言い足りねえって顔なんだよ。」
「…………。」

頭をがしがしと搔きながら政宗から視線を外す。

はもうすぐここからも消える。長居してりゃチャンスがあるわけでもねえ。」
「明日には発つ。やることは山積みだしな。発つ前に……」
「頑張れよ。」

ありがとよ、と言いながら立ち上がる。
書簡を整理する政宗に視線を向けながら部屋を去った。

何でバレてんだよ、余裕が出て観察力上がったってか?

悔しくも感じていたが、との時間をくれるというなら甘えるのみだ。

「……あ?」
ふと、思いつく。

「ああ、そうか。」

独眼竜も、に礼を言い足りないのだろうな。
だから分かってしまったのか。