奥州帰還編 第4話
桜が舞っている。
今はまだ秋だろ。
なんだここは。
政宗さん
政宗さん
呼ばれて振り返る。
「、どうした?」
頬を赤く染め、優しい笑顔を浮かべるが立っている。
愛してます
「なんだ、突然……」
嬉しい
嬉しい 嬉しい
ならば、一緒に生きてくれるのか
この時代で生きてくれるのか
どこにも行かずに俺の傍にいてくれるか
愛しい
愛しい
梵天丸
「……What?」
一陣の風が吹く。
大量の桜の花びらと共に、眼帯が飛んでいく。
「あ……。」
右目を隠そうと咄嗟に手で押さえると、ぶちゅっと潰れる感触。
「………………。」
飛び出た、眼球だ。
の顔が歪む。
醜い
「……」
政宗さん
醜い
の顔が、あの日の母に重なる。
「違う……」
お前は、そんな事は言わない。
「政宗さん、政宗さん!?」
揺さぶられて目を覚ます。
汗をかいて呼吸が荒くなっていた。
起き上がり、周囲を見回す。
「大丈夫!?うなされてたから起こしたんだけど……」
「……?いつきと寝てたんじゃ……そっちまで聞こえてたのか?」
「小十郎さんのお部屋掃除手伝ってたらこんな時間になっちゃって。政宗さん起きてたらおやすみの挨拶しようと思って来たの。」
「掃除は明日でいいだろうよ……。早く寝ろよ。」
「いや~終わらなくてね、これでも切り上げてきたの。」
話しながら、が政宗の額の汗を拭く。
「夢見が悪かった?気にしなくていいよお。不幸の前兆とかそういうの無い無い。」
「!」
眉間に布が当たり気付く。
そうだ、眼帯を外して眠っていた。
客人がいるというのに気が弛んでいた。
「……」
「なに?」
「……俺は……醜いか……?」
「え!!??なんでなんでどうしたの!!??何が!?」
は大声を出してしまい、咄嗟に手で口を覆った。
「ご、ごめん。えー?なんか変な生き物に変身した夢でも見たの?」
「……。」
「政宗さんはかっこいいよ。」
私の時代でもすっごい人気だったでしょ、と笑う。
政宗から、そうだったな、という返事が来るかと思ったが、無言でただを見つめる。
「怖い夢だったんだ?」
はい、とが両手を広げる。
「お殿様甘やかせたいな~。」
「……調子にのんなよ。」
そう言いながら、に手を伸ばし、腰に触れる。
の肩に額を乗せてもたれ掛かる。
柔らけえ。
落ち着く。
の手が後頭部を撫で始め、薄目を開ける。
……よかった。
夢ではあったが、醜いという言葉を吐いたに向かって、
お前もやっぱりそうなのかと、思わなくて。
がそんなこと言うはずないと思えて。
……もっと、触りてえな。
「あっやば……ッ……クシュ!」
がくしゃみをし、政宗は顔を上げた。
「寒いか?」
が着てるのは寝間着だけだった。
「奥州の気温なめんな。厠行くだけでも上着を羽織れ。」
「うん、これからそうする。」
……もっと触りてえ、じゃねえんだよ。
にガキが出来たらどうすんだ。大事になるだろうが。
「政宗さん汗かいてる。ええと、着替え手伝った方がいい?」
「……No Thank you.」
こっちの考え知らねえで無防備な事言うんじゃねえ……。
相手が元親だったら即座に頷いてるんじゃねえか?
「いらねえよ。部屋まで送るから立て。」
「え、近いから大丈夫……」
「いいから。これ羽織れ。」
政宗が枕元に置いていた上着を手繰り寄せてに着せる。
立ち上がって政宗と共に部屋へ向かうが、すぐに着いてしまう。
「ありがとう政宗さん。」
「いや、俺の方こそ来てくれてありがとな。」
寒いだろうと、政宗はが部屋に入るのを見届けるとすぐに自室に戻る。
はそれを見送って戸を閉めた。
そして顔が真っ赤になる。
いや、あの流れで俺は醜いかってどう考えても右目の話でしょうが。
変な生き物に変身した夢みたのってなに?
空気読めないにも程があるのでは?
察しが悪いなって政宗さん呆れてないよね?大丈夫だよね??
部屋に着いてから突然ハッと気づいてしまった。
やっぱり伊達政宗といったら独眼竜なのよ。隻眼なのよ。
当たり前すぎてすぐ思いつかなかったのよ。
小十郎さんだったら分かってたのかなあ……。
「恥ずかし……。」
早く寝て忘れよ、と思いながら、は足音静かに布団に向かう。
廊下から小さく、キィ、と鳴き声がして、足が止まった。
「…………。」
上着をもう一枚羽織って、ストールを巻く。
鳴き声がした方へ行くと、夢吉がこちらを向いていた。
目が合うと嬉しそうにキキッ!と鳴いて、こっち来てと言わんばかりに何度も振り返りながらゆっくり歩き出していた。
「……。」
寒いから行きたくないです……てなれないでしょ夢吉にそんな顔されたら……。
夢吉の後を追う。
飼い主の姿がすぐに現れ、は話しかける。
「夢吉に呼ばれたら断る選択肢がないんだけど……」
「雪ん子と同室で堂々と呼びに行くのはなぁ。俺も隣元親さんだし……。」
慶次が苦笑いを浮かべるがすぐに真剣な顔になる。
「……いや、皆と飲んでたらこんな時間になってさ。と話したいなあでも寝てるよなあと思って……」
慶次が肩に夢吉を乗せながらに近づく。
「独眼竜と一緒に部屋から出てくるの見ちゃって、いてもたってもいられなくなって。」
「!え、いや何か、してたとかじゃなくて。起きてたらおやすみの挨拶しようかなって思ったら、夢見が悪かったみたいで起こしてて……。」
「そんな必死にならなくても別に変な事考えてないよ。」
慌てるに慶次が柔らかく微笑みかける。
月明かりと灯篭に照らされた顔を見上げ、こんな表情もできるんだ、とは思った。
慶次が縁側に座り込むのでも横に座る。
夢吉がの膝に乗り、ぽすんとなまえのお腹を背もたれにして座る。
可愛いのと暖かいので、は微笑んで夢吉の頭を撫でた。
「明日、俺元親さんの船に乗せてもらって大阪目指すよ。」
「秀吉さんに会いに?」
「うん。旅費浮いて助かるよ~!ももうすぐ旅立ちだろ?」
「旅立ち……うん、また旅してくる。」
良い言葉だ、と噛みしめた。
また旅をして人と会い、政宗さんに報告して、政宗さんとその人も縁が出来て……そうなることを想像すると嬉しくなる。
「お互い無事でまた会おうな。」
「うん!大阪の方着いたら大阪城向かうといいのかな?」
「それは……うう~ん……豊臣の奴らに目を付けられるのも良くないなあ……。宿屋にしよう。」
「宿屋?」
「大阪着いたら俺の知ってる宿屋に泊まって。俺落ち着いたら訪ねるよ。」
「うん!ありがとう!」
「泊まってなかったらこのあたりじゃなかったんだな、って思うから。なかなか来なくても我慢して。一人より俺と一緒の方が土地勘ある分移動速いの保証するから。まあ小太郎さんと合流出来るならそれで。女将に手紙でも残しといてよ。」
「ありがとう…!幸村さん達も宿を利用する提案してくれたの。慶次もそう思うなら間違いないかな。」
慶次に宿屋の名前と大体の場所を教えてもらう。
女将が良い人で名が通っていて、街の人に聞けば教えてくれると言う。
頼もしい提案に、他の場所でも宿屋を目印に小太郎ちゃんに探してもらう計画を立てようと思考を巡らす。
「あとさ……」
冷たい風が吹き、慶次が言葉を止める。
慶次がの肩を抱いて引き寄せた。
「寒いよなごめん。あーそっか独眼竜がすぐ部屋に戻ったの、寒いからか。」
「政宗さんがというより私を気遣ってくれたの……。」
「男前だなあ。俺はもう少し話させて。」
大人しく引かれるままに慶次に寄りかかると慶次の体温で寒さが和らぐ。
「……ずーっと悩んでたのに、に会ってからは早かったなあ……。」
「秀吉さんのこと?」
「そう。謙信のとこ行って、可愛い女の子居る!ってなって、独眼竜の女かあ、でも楽しそう!って一緒に行動して。」
「結構早い段階で誤解されてたんだ!?」
「そりゃあなんか、もうよそ見せず独眼竜に会うんだー!って意気込みがあってね?そんな事情知らなかったし。」
「う、うん。まあそうだね……。」
「それが、ねねに、会える人で……。」
肩に添えられた慶次の手に力がこもる。
「俺と会ってくれて、ありがとう……。」
「……私も、役に立てたなら嬉しい。ねねさんとあんまり話せなかったけど……。」
「戻って会ったら、俺はもう大丈夫って伝えて。」
「うん。」
慶次を見上げてにこりと笑う。
すると顔を寄せられて驚いて仰け反る。
「何もしない。」
「び、びっくりしてごめん。」
「はは。驚かせてごめん。でも、おまじないして欲しいんだ。」
顔を近づけながら囁かれて、赤面しながら返事をする。
「おまじない?ねねさんの……」
「の、元気が出るおまじない。」
「私の……。」
「またすぐ会えますように、でもいい。」
「え、えっと……。」
突然の申し出には焦る。
何をすればいいんだろう……⁉
そんなこと咄嗟に思いつくかな⁉
元気が出ること?
でも、秀吉さんに会いに行くんだから、冷静にいられるように、落ち着くようなことがいいかな……
ふと、政宗の顔が浮かぶ。甘えていいかと問われ、手を回して、すると政宗の身体から緊張がゆっくり取れていくのが分かった。
は夢吉を両手で持ち上げて慶次の膝の上に乗せる。
慶次に身体を向け、その体格の良さに目を這わせる。どう考えても子供が親にしがみつくような光景になっちゃうな、と苦笑いして、背後に回った。
視線だけをこちらに向ける慶次の首元に腕を回して、そっと頬を髪にすり寄せた。
「……。」
「また会った時、慶次の元気な笑顔見せてね。」
「うん、約束する。」
慶次がの腕を優しく掴み、から離れる。
優しく見つめ、ありがとうと囁いた。
「そろそろ、部屋に戻ろうか。」
「うん。また明日ね。」
「ああ、お休み。部屋入るまで見届けてるから安心して行きな。」
「ありがとう。」
送って欲しかったわけではなかったが、その場を動こうとしない慶次にわずかに首を傾げてしまった。
もう少しこの場にいるのだろうか。
もしかしたら一人になりたいのかもしれない。
そう思い、は立ち上がって慶次に手を振り、部屋へと向かった。
が部屋に入ると、慶次は足を組む。
「何か用?文句?」
「いいや?」
慶次の言葉に返事をしたのは政宗だった。
腕を組んで、から見えない廊下の死角に佇んでいた政宗は、数歩慶次に歩み寄る。
「ずっと覗いてるとか悪趣味じゃない?」
「寒空の下で女に付き合わせるてめえに呆れて声かけられなかったぜ。」
政宗の耳にも夢吉の鳴き声が聞こえていた。
を呼んだとすぐに察してしまっては放っておけなかった。
「俺はに本気なんだけどさあ」
「見てりゃ判る。」
「余裕ぶってる政宗をが一番慕ってるってのが気に食わないんだよね。」
「……。」
「奪われるかもしれないって危機感持っててくれる?」
「危機感持ってるさ。ずっと前から。誰よりもな。」
「!」
「人じゃねえ。……時代にな。」
ああそういうことか、それなら分かる。
でもそれじゃ政宗の態度の理由が分からない。
「じゃあ尚更変だよ。なんで必死にを繋ぎとめようとしないの。気に入ってんだろ。顔見れば分かるよ。」
「俺たちはにとったら選択肢に過ぎねえだろ。」
「え?」
「だから俺は、の選択を待ってる。こっちに居たいんだって、ジイさんに打ち明ける日をな。そしたらご先祖様に、必死になってお願いしてくれるさ。」
政宗の顔はずっと無表情だ。
「……。」
選ばれなかったら、そのまま送り出すというのか?
笑顔で、じゃあな元気でなと言えるのか?
「違うんじゃないか……?」
そんな政宗は想像できない。
「何がだ?」
「に恩を売って売って売りまくって……選択させる気ないんじゃないのか?」
頭で考えるより先に言葉が出てしまった。
そう思ったらそうとしか考えられなくて。
「とんだ妄想だな。」
「ならいいんだけど。未来はいいところだったんだろうね。」
「ア?」
「気持ちが繋がってがこの時代を選んでも、いつか帰りたいと言い出しそうで怖いかい?」
「お前……」
「でもは優しくて強いから。自分で選んだのなら仕方ないって口には出さないさ。そういう話にもっていきたいと。」
そこまで言ってやっと政宗の眉間に皺が寄る。
「そういう男がいたらさあ、臆病だなあ~って思って。うん。思っただけだよ。」
「そうかよ。」
「好きな人と喧嘩も出来ねえ。嫌われるのが怖い。」
「……いい加減にしろよ。」
「そんなの誰だって同じなのにね。」
政宗が慶次に背中を向ける。
「え?ちょっと!こんなこと言われて何も言い返さないの?俺とも喧嘩してくれないの?」
咄嗟にかけた言葉でも政宗を止めることが出来た。
その背からは動揺も怒りもなにも感じ取れなかった。
振り返り、左目を微かに向けられる。
「……あんたは客だ。」
「もてなしは十分貰ったよ。俺は独眼竜の気持ちが知りたい。」
二人の間を風が通り抜ける。
乱れて顔にかかった髪をかき上げた後、政宗は口を開いた。
「……は良いよな。誠実で健気だ。俺の右目を見たって怖がらねえし……欲しい言葉をくれるしお願い事をすりゃあ余程の事がねえかぎり断らねえ。」
「!」
声色や話し方で分かってしまう。
右目を怖がらない、それが一番政宗にとって重要な事だったのだ。
「俺はそういう都合のいい女が欲しかったのかもしれねえな。」
吐き捨てたのは自虐の言葉だ。
相手をただ純粋に愛せるならそうありたかった。
さよならの言葉を恐れる心が強くて、思いが歪む。
「独眼竜、は本当に欲しい言葉をくれたのかい?」
「ああ。俺を傷つけない優しい言葉をよ。」
「俺は、分からなかったよ。」
慶次の言葉が、まっすぐ耳に届く。
「大事な人が、大好きな人がいたけど、その人がどんな言葉を欲しがってたのか、何をすれば笑ってくれるのかさえ……」
過去を思い出しながら、後悔を抱きながら紡がれる言葉を、政宗は黙って聞いていた。
「が独眼竜の欲しい言葉を言ったんじゃなくて、独眼竜が欲しかったのがの言葉だったんじゃないのかな……。」
「……。」
は普通の女だと、見ていたはずだ。
兵法も分からず、人の動かし方も素人で、心なんて読めない。
向き合って、言葉を選んで、足手まといにならないように必死だったはずだ。
慶次が両手を組み、屈んで額を当てる。
「頼むから大事にしてくれよ。そんな人と出会えたなら、大事にしてくれ……」
祈るような姿に、言葉に、政宗は視線を落としてため息を吐く。
「俺を獣かなんかと勘違いしてんじゃねえのか。……大事にするに決まってるだろ。俺の手が届くなら……。」
「そうだね……届かなきゃ守れない……。」
慶次が顔を上げる。
ぎゅっと目をつぶって、両頬をパチパチと叩く。
「What……」
眉間に皺を寄せて訝し気に見る政宗に、慶次は笑顔を向けた。
「俺は大阪で秀吉にぶつかったら、今度はに思いぶつけるよ。」
「……それでいいのか?」
「あはは!そうだよねえ!流れで言ったら今すぐ気持ち伝えるべきだよねえ!次いつ会えるかわかんねーのに!」
豪快に口を開けて笑った後、政宗に照れたような微笑みを向ける。
「に一番見せたい姿の俺で向き合いたいんだ。」
「色男の考えそうなこった。」
「アンタだって色男だろ。」
「らしいな。」
「なにその返答。」
「がそう言ってたからそうなんだろ。」
もっとまっすぐな政宗の気持ちが聞きたいと思っていたが、そういう言い方なんだな。
信用してるのは十分分かったよ。
すぐには進展しなさそう、って安心していい?
「でも、おれたちはさ、本当にが、ずっとこっちに居てくれたらいいよなあ……。」
「……そうだな。」
「!!」
政宗が素直に頷いた。
慶次は嬉しそうに目を細めて笑った。
実際言われると嫉妬よりも言ってくれた嬉しさの方が勝るなんて。
「大阪でケリつけたら、がいないか探しながら奥州に来る。その道中、ついでに北条のじいちゃんに会いにいこっかな~、って思うんだけど。」
「あのじいさんが何か知ってるとは思えないが?」
「まあまあ、一応。じいちゃんどこだか教えてくれねえかな?」
「……来い」
歩き出した政宗の後をついていく。
その背を見ながら、いつか、ただの話で盛り上がったり取り合いになったり、そんなことが出来たらいいなと思いながら。