奥州帰還編 第5話


翌日、朝餉の後に政宗は元親の出航までの予定を確認していると、いつきが元親に船を見たいとお願いをしてきた。
元親は保護者にが付いてくるならいいぞと言っていたが、はそんなことわざわざ言わなくても一緒に行くよ、と苦笑いしていた。
いつきとの年貢の話はすぐに終わった。いつきは去り際にのお部屋に遊びにいくだ~と言っていたから、今は部屋で二人で元親が呼びに来るのを待っているはずだ。

政宗がの部屋の前に来ると、中から多数の男の声がした。

「……、入るぞ。」
「政宗さん!どうぞ!」
障子に触れようとすると、が軽い足取りで近寄ってくる気配がする。
が障子を開けて、笑顔を向けてくる。
後方に目を向けると、男たちが政宗に向かい正座をしていた。目を合わせると、深々と頭を下げる。

「お邪魔しています。」
「お前ら。」
船でと一緒に患者の治療にあたっていた男たちだった。
「挨拶しに来てくれたんです。」
「まあ、挨拶と、あの、こいつ、最初に強くさんに当たっちゃったのずっと気にしてて謝りに。」
「女性でしかも本当にただあいつらの治療をしたいと真っすぐな気持ちでいてくれた方に俺は本当に……。」

すでに試した治療法なら追い払う、と言ってた奴か、と政宗は思い出す。
しかしこの男はの話を聞いた後は果実採取も熱心で飲料を何回も取りに来て、一番働いてたんじゃねえか?とも感じる。
の表情を見ると、困ったように笑っていた。

「そういう人がいたほうが、信用して貰えた時の達成感凄いからむしろ良かったですよ、って言ってるんですけど……。」

怖くなかったですよ、と言うと、海賊としてのプライドを傷付けていたかもしれないから正解の対応だな、と政宗はふっと笑う。

「確かにな。それにすぐ態度改めてたろ。問題ねえよ。」
「まあ、そこはともかく、政宗公、奥州は戦で担架や松葉杖を使用しているか?」
「ん?」
さんの提案で作ってみて、あれは戦でも使い道があるのではないかと思ってな。負傷したものをあれで下がらせて早々に怪我の対応をする………など、戦でそういう体制が整ってるなら話を聞きたくてな。」
の顔を見ると、あーなるほど、と言いたげな顔で、この話題は今が初めてだと察する。
話を合わせる必要がないならどうとでもなる。

「いや、そもそもあれを作ろうという話しがでたのも最近だ。」
「そうか。もしかして量産も出来てないか?」
「ああ。実用性に関する話し合いの時間が設けられてなくてな。」

政宗さん……スラスラと嘘が出る……と思いながらは静かに話を聞いていた。

「よかったらこれ。」
「ん?」
一枚の紙を差し出される。
「作り方と、素材についてあれから考え直して再度作った設計図だ。」
「おお……。」
「材料が手に入らないようだったらうちで作って送ってもいい。」
「一つあたりの値はいくらを考えている?」
「金は要らない。」
「ha?」
さんの提案のおかげだ。むしろこちらが金を払い、制作の許可を貰うべきかとも思うが。」
「え⁉︎い、いらな……」
咄嗟にいらないと言葉が出ただったが、途中で止めて政宗の顔を見る。
いらないよね……?と確認したいと思っているのが視線で分かる。

「政宗公は本心ではまだ内々に進めたかっただろうか。惜しみなく案をだしてくれたことに感謝もしている。」
「元親もその意見には同意してんのか。」
「もちろんだ。病にも使えるだろう。こういうものに関しては、日ノ本に普及させたい。敵味方関係なく、求める人間がいたら利益ほぼなしで売ってやりたい。うちの意見はそうまとまった。」
の好きそうな話だな、とちらりとを見ると、目を輝かせていた。

「Thanks.うちの職人にこれを見せて意見を聞いてみようじゃねえか。そっちはすぐにでも量産してえのか?」
「数台は作りたい。」
「自軍で使うなら好きにしな。商売にするにはちいと待て。」
「助かる。」
深々と頭を下げ、ではそろそろ、と男たちが立ち上がる。

さん、もしほかにもこういった案があって作り方が分からないとなればぜひ文をください。力になれると思う。」
「ありがとうございます!」
「では、失礼いたします。」

も立ち上がり、ぞろぞろと出ていく背中を見送る。
障子を締め、部屋に政宗と二人きりになる。
向かい合って座り、足音が聞こえなくなるまでのしばしの沈黙の後、が口を開く。

「担架と松葉杖、無いんだ……。」
「板を担架のように使うことはある。」
「良い話……でしたよね?」
首を傾げるに政宗は小さく頷く。
「今のところな。」
が安心したような笑顔になる。
政宗はの分かりやすい表情で意思疎通出来たのがじわじわと面白さに変わってくる。

「ふ、おま、すげえ分かりやすい顔してよ……」
「え、そ、そうしたんだもん。」
クク、と笑い声が漏れてしまい、口に手を当てる。
「いや、悪い。じゃなくて奥州が考えていたもの、ってことにしちまったな。」
「いいよ別に。その方が広まってくれそう。」
「……。」

政宗は未来で会った人間たちを思い出す。
未来は豊かだからそれほど欲がない……という印象は全くなく、街ではあれが欲しい、これが欲しい、お金が足りないという会話の方が聞こえてきた。
こういう場面ではやはり、じゃあ褒美をくれ、と言う人間の方が多いのではないのだろうか。

「……。」
「え、なに⁉︎」
政宗はの頭に手を伸ばし、無言で撫で始める。
「ちょ、あのこれはなんです⁉急に⁉︎」

そんな無欲を見せられたら可愛く見えちまうし褒美を渡したくなるだろうがよ、と思いながら頭を撫で続ける。
は徐々に無言になり、照れて俯きながらおとなしく政宗に撫でられた。
よくやった、ということかな?と考える。

「そういえばいつきは一緒じゃねえのか。」
「来客が来たから、外で遊んでくるって席を外してくれたの。」
「そうか。」
「そろそろ元親さんが呼びに来る頃かな?」
「……ああ、そうだな。俺はちいと行くところがある。」
「そうなの?じゃあ先に港に行ってるね。」
「おう。」
「あれ?ちなみに何か私に用があって部屋来てくれたとかでなく?」
「ア?」
の顔を見に来ただけだが、と言おうとして止まる。
それはあまりにも、愛する者への言葉ではないだろうか。

「……いつきと遊んでたら準備しろと言おうと思ってな。」
「あ、何か持って行った方がいいものある?」
「いや。そのままでいいんじゃねえか?じゃあな。」
「あ、うん。」
わざわざありがと、というの言葉を背で聞いて、政宗は足早に部屋を出ていく。

それと行き違いで、庭から二人分の足音が聞こえてくる。
が視界に入ると、いつきが手を上げて大きく振った。

。」
「あ、元親さん、いつき!」
「船いくべ!」
「うん、わかった!他のみんなは?」
「慶次と武蔵は乗せてやる代わりに食料調達。毛利は知らね。」
「あの、元就さんも忘れず乗せてね……?」
「置いていく発想はなかったぜ……?なるほどその手が……」
「余計な事言った!」

慌てるを元親は冗談だと笑う。
いつきは馬に乗り、は元親に一緒に乗って港を目指した。







政宗は目的地に着き、静かに障子を開ける。
そこには元就が胡坐をかき、目を閉じていた。

「……遅いではないか。」
「お見通しってか。」

その反応に政宗が笑い、すぐに正面に座りこむ。
元就も口元を上げた。

「判ってんなら話は早いな?お前だって豊臣は気にくわねぇだろうが。」
「独眼竜。」
「なんだ?」
「焦るな。」

元就が無表情になり、淡々とした口調で話し始める。

「我は確かに島津となんらかの繋がりはもつ。しかし、あの海賊の馬鹿がそれに危機を感じて三国同盟、などとさっさと進むとは思えん。何よりその前にザビーだ。」
「……元親だって、ザビーを潰したがってる。」
「参加などさせぬ。なんとしてでも止める。四国までザビーに目を向けるなど危険だ。お前の気に食わない奴らがな……。」

政宗が言葉を止めた。

「北から南から挟み撃ち、すぐにそんなことができたらなんと簡単なことであろうな……。」
「問題があるのは判ってる。」
「判ってるとは思えん。お前は焦っている。そんなことを言うからには、武田、上杉、徳川……それに対してはなにか策があるのか?」
「………。」
「……そうだ。言わなくていい。べらべらと喋られては不快だ」
「……軽率だってのは頭にあった。」
政宗ががしがしと頭をかいた。

「ただ、今日お前らが戻っちまう……。何にもせずに帰すのが惜しかっただけなのかもしれねえ。」
「それだけでこんな話を持ち出すとはな。」
「うるせえな。何もしねえよりマシだろ。」
「……が作った繋がりを信じたか?」
「……。」

元就は相変わらずの自分を馬鹿にしたような態度だったが、雰囲気は悪くなかった。

「この数日の馬鹿騒ぎ……愚かだとしばし思う時も有ったが……」
元就が視線を政宗から逸らした。
「そんなに悪くはない。」
その言葉は本音のように思えた。

「お前のその切羽詰った顔、覚えといてやろう。」
「てめえ……。」

政宗はキッと睨んだが、元就はにやっと笑った。

「独眼竜……お前が望むのはなんだ?」
「天下だ。」
「そうか。我が望むは毛利家の繁栄だ」
「……あっそ。」
「お前が天下をとった後、毛利家の安泰を約束できるか?」

小十郎に一度相談すべきだったなと考えていると、その元就の言葉が耳に飛び込む。
政宗は驚いて元就を見た。

「今の言葉、覚えといて良いか?」
「勝手にしろ。」

吐き捨てるように言葉を投げ、元就は立ち上がった。
部屋から出る寸前に肩越しに振り返った。

「しかし、我は豊臣を潰したいとはとは言っておらぬ。竹中半兵衛、あやつはなかなか侮れん。」
「ああ。」
「精々、我のご機嫌取りをするんだな。」
「ご機嫌取りなら任せろよ。こっちにはがいるんだぜ?」
政宗がにっと笑った。
「……ふん。」
元就は静かに目を細める。

静かに出ていく元就の背を見届け、政宗はその場に寝転ぶ。

「まー、なかなか上手くはいかねぇし、すぐには信用しちゃいけねえって事だし。」

とりあえず、目先のことからクリアしていかねぇと。
けど、元就は何とかなりそうだ。

「あいつの無防備に感謝か……。」

単純な思い付きだったが、もしかすると実現するかもしれない。
日ノ本、北から南から、豊臣織田を挟み込む。
なんと大胆で単純で、駒を進めるのが難しい戦だろう。
今は自分と元就の接触はなんとしてでも隠しておかねばならない。

「元就がここにいること中国じゃ必死に隠してるだろうし。幸村達から漏れることはないだろう。危ないのは……慶次?」

ふらふらしてる奴だが、半兵衛に早々と情報を漏らすなんて事はしないだろう。

「あ、いっちばんあぶねえの、じゃねえか……。」

忘れてた。
あのお気楽。
さっき名前を出してたのに。
誰にも話さないよう、言い聞かせておかないと。

「……。」

の為に動いているように見えてしまうのだろうか。
の為とかそんなに考えてねえんだよ。
進みたい方向にあいつがいるんだよ。

「……。」

それはあまりに、理想の関係に思えてしまう。







港に着くと、元親とは、珍しそうに甲板を走り回るいつきを見ていた。
「わかんねえもんがいっぱいだ‼この部屋はなんだべ?」
「あんまり調子にのんなよ!?あと下手にいじんな‼!」
「ケチだな‼」
「誰がケチだ‼」

は、怒鳴りあう二人が可愛いなあと思っていた。

!全くお前は傍観してんな!あの雪ん子大人しくさせてくれよ!」
「いつきーそっちは武器庫だよ!危ないよ!」
「武器!?見たい見たい!」
――――――‼」

は笑っているので口を滑らせたわけではなく、わざと言ったと分かってしまう。

「教えんなよ!こら小姓になれ!」
「無理です~!」

の腕を掴もうと伸ばされた元親の手を避けて、は武器庫へと走り出したいつきの後を追った。

「あ、こら!」
元親も仕方なく追いかけた。

ー、あれだべか?」
「うん、入れないから行っちゃダメだよ?」
武器庫の前には兵が見張りをしていたので、いつきは近づけなかった。
「おっきい部屋にあるだな。どんな武器があるんだべ?」
「知りたい?」
「……いいべ。おらはもう戦しなくていいんだから!敵情視察なんていらねえだ!」

いつきを後ろからぎゅうと抱きしめて、はそうだね、と笑った。
追いついた元親は、武器庫に近寄らず眺めるだけの二人に安堵する。

「……。」

、俺のこと避けてるわけじゃねえが、二人きりになろうとはしねえなあ、と察してしまう。
政宗に頑張れと言われちまったが、は俺が本気であることも分かっている。
俺が真剣に誘って、が断って、関係が悪くなるのを恐れていてくれるんだろう。
そりゃしつこくした俺が悪い。でも俺はどうしても誠意を見せてえんだよ!

「……。」
「……ん?」

いつきがじいいいいと元親を見つめた。

「仕方ねぇだな……。」
「なんだよ……。」

いつきは突然あ!と声を出し、港を指差した。
「にいちゃん!それは何て食いもんだ!?」
「あ、いつき!?」
いつきは船から慶次の食料調達から戻ってきた姿を発見し、走っていってしまった。

「……。」
元親はいつきに感謝し、がしっ‼との腕をしっかり掴んだ。
「うっ‼」
……」
「えーと?」
「話を聞いてくれ。」

改まった元親の態度に、は目を丸くする。
想像していた話ではないのかもしれない、と思い大人しく元親の言葉を待った。

「……ありがとな。本当に。何度言っても言い足りねえんだ。」
「元親さん……。」
「俺と出会ってくれて感謝してる。そりゃあ、俺の船に乗ってくれたら嬉しいって気持ちに変わりはねえが。」

元親はなんとに言えばいいのかとずっと考えていた。
お礼が言いたかった。
そして、の力になれる言葉を贈りたかった。

「俺の船に一緒に乗ってくれねえか。」
が目をぱちくりさせる。
問いかけではなかった。棒読みだった。

「答えは要らねえ。ずっと考えていてくれ。」
「え?」
「ずーっと返事しなくたっていい。感謝とか恩とか抜きにしても、お前の事好きだ。もう俺の仲間だと思ってる。だから、この先もし俺を頼りたいことがあったら遠慮なく言え。……はっきりさせたら、お前絶対遠慮すんだろ?」

こくりとが頷く。
元親にははっきり言って、もし瀬戸内のほうに行ってしまったら元就の元へ行こうかと思っていた。
でも、言いづらくて逃げてしまっていた。

の力になりてえ。俺の船を使ってくれ。」
「……元親さんに、甘えてるみたいじゃない?」
「違う。俺の我がままに付き合ってもらってんだ。」
「………。」

は一度俯いて考えた。

「元親さん……。」
「おう?」
「私も、元親さんのこと、仲間だと思っていい?」
「当然だ。」
勢いよく顔を上げ、は目を輝かせた。

「私も元親さん好きだよ!嫌いだから断ろうとしたわけじゃないからね‼」
「何言ってんだ!んなの最初から判ってるぜ!」
「さすが……さすが元親アニキだー!!」

この世で一番海が似合う男は?
アニキー‼‼
と、元親との大声が聞こえ始め

「……おいおい、ありゃあ何か新しい宗教じゃねえよな?」
を信じるしかないですなあ、政宗様。」

遅れてきた政宗は、その光景に呆れていた。
元親はまあ、言いたいことは言えたんだろうなあと感じながら。








、元親。」
「あ、政宗さん!」
「おう、独眼竜。」
政宗が船に乗ってきて、二人に声をかける。

「話は終わったのか?」
「ああ。」
「もしかしてみんなもう準備できた?」
「もう少しで運び終わるそうだ。、行くぞ。」
「はーい!」

政宗が手招きすると、はトタトタと足音を立てて行ってしまった。

「懐いてるねぇ……。」
ありゃあ勝つのはなかなか難しいか……と元親は頭を掻いた。






慶次と武蔵が買い出しから戻り、元親の家臣がそれを船へ運んで行った。
は二人に近づき、お疲れ様、と声をかけた。

「お、姉ちゃんも来たんだな~。」
にこにこ笑う武蔵の後ろで、慶次が武蔵の背中を指差し視線で訴える。
慶次は武蔵との旅を不安に感じ、に頼み事をしていた。

「武蔵さん道中気をつけてね。」
「心配いらねぇよ!」
「慶次の言うこと聞くんだよ。」
「え。」
「迷子になったら大変。」
「おれさまじゃなくて慶次のほうが迷子になりそうじゃないか?」
「そりゃねぇよ武蔵。」

武蔵は小さく、そっかあ、と呟いた、
少しは言葉届いたかもよ、と慶次目配せをする。

「まぁ安全第一かな。二人共、また会おうね。」
「姉ちゃん、しんみりするなよ―。おれさま、姉ちゃんの笑った顔すきだぜ?」
「え⁉」
武蔵の口からそんな言葉が出るとは…‼と慶次が驚愕する。

「なんだよ?」
「いやそんなこと言えるなんてびっくりして。」
「あー確かにはじめて言ったかもなあ。」
照れるでもなく口説くでもなく無邪気な顔の武蔵に、ええ……と慶次は声を出してしまう。
幸村とはまた違う純粋さが眩しい。


「何を固まっておる。感動のお別れか?大袈裟な。」
「あ、元就さん。」
元就も馬に乗って現れる。トンっと身軽に降りて、ふん、と笑った。
「出航はまだか?」
「まだ荷物運んでる状況だよ。」
「……ならばもう少し時間をずらして来るべきだったな。おい、どこか休む場所は?」
「元就さんも、元気でね。」
「……我にそのような言葉、不要だ。」
「ええ~?雰囲気じゃないですか。そういう。」
「不要だ‼」

そうに言って、元就は背を向けてどこかへ行ってしまった。
愛を語れと言ってこなくなってきたことを感じ、ほっと胸を撫でおろした。








出航の前に埠頭に集まり、言葉を交わす。

「世話になったな、独眼竜。また来るぜ。」
「ああ。」
元親と政宗は軽く握手をし、互いににっと笑った。

「前田慶次、お前、たまには家に帰れよ。」
「片倉さん……やめてよそんなお父さんみたいな……。」

皆、各々別れの言葉を言い合う中、は一人でいた元就に声をかける。

「元就さん……思い返せばなぜここまで一緒だったのか全然わかんない展開でしたが、あの、色々お言葉ありがとうござました。」
「珍しいものを見せてもらったわ。我としても無駄足ではなかった。」
「そうなんですね……。よかった。」

未来のことをおとぎ話と言いながら、理にかなっている話は素直に聞き入れてくれていたことを思い出す。
その姿勢のおかげで元親たちにも話しやすかったのだ。

「またお会いできたときは、よろしくお願いいたします。」
「いいだろう。議論を交わそうぞ。」
「議論⁉」

愛の⁉それとも今後の未来について⁉と分からないでいると、元就はさっさと船に乗り込んでしまった。

「あ⁉行っちゃった……!わ、すいません元就さんに声かけたかった人いますよね⁉」
「気にすんな。ここに来る前に少し話してきた。」
「あ、政宗さん……!そうなんですね。よかった……。」

空気を読んでくれない人だなあと思うと同時に、元就らしさ、を感じる。
本当に気にしなくていいんだろうなあ、あれは、と考え、元親たちに向き直る。

「みんな、またね。」
「おう、もな。」
「行ってきます。」
「じゃあな~姉ちゃん。」


全員が船に乗り込むまでずっと手を振り、船が見えなくなるまで、たちはずっと同じ場所に立っていた。

「行っちゃったー……。」
「行っちゃったなー。」
こくり

といつきと小太郎は寂しさを感じしんみりとした声を出す。

「さっさと帰るぞ。」
「あ、うん……。」
政宗はすぐに振り返り、馬を止めた場所へ向かってしまった。
小十郎もすぐに政宗を追った。も行こうとすると、いつきがぎゅっとの手を握った。

「いつき?」
「おらももうすぐ帰らなきゃ。」
「……そっか。」
「明日の朝には、帰る。」
「うん。あれ?いつき、一人で来たの?」
「来たときは何人か一緒に来たけど、皆仕事があって、先に帰っただよ。」
「……一人。」
は小太郎に視線を向けた。

「小太郎ちゃん、いつき、送っていってくれない?」
「…………。」
小太郎は笑って、こくりと頷いた。
判ってます、といった感じだ。

「え?」
「女の子の一人旅は、危険だよ、いつき。」
「……に言われたくねえ……。」
それもそうだ……というと、いつきはあはは、と笑った。

、ありがと‼優しいだな‼」
にこお‼と満面の笑みを浮かべ、早く城に戻ろう‼との手を引いた。






馬のもとへいくと、政宗たちが待っていた。
いつきはから手を離し、政宗から借りた馬の元へと走っていった。
ほら、と政宗が当然のように手を差し伸べてきたので、は嬉しさを感じ、政宗の馬に乗った。


城に戻り、明日帰る、といつきが政宗に言うと、そうか、とそっけない返事が返ってきた。
しかし、その夜の夕餉はいつもより豪華な食事が出て来た。

「青いお侍さんは態度で示すだな。」
いつきは嬉しそうにもくもくと食べていた。

「態度で示されるのは嬉しいよね。」
「素直じゃねえ奴の典型だべ。」
「おいこら聞こえてるぞお前らー。」

政宗は、といつきが並んで食事をしている向かいに座って同じく食事をしていた。
小十郎と小太郎は、何か用があるようで、今は一緒ではない。

「朝飯は要るのか?」
「くれるなら欲しいだ‼」
「わーったよ。」
政宗の気配りが微笑ましく、は笑みを浮かべながらそのやりとりを聞いていた。






今日もはいつきと一緒に部屋で寝てしまった。
政宗は一人、廊下に出て煙草を吸う。

「政宗様。」
「……小十郎。」
「なかなかとゆっくりできませんな。」
「仕方ねえだろ。」

政宗が苦笑いした。小十郎は空を見上げた。
「……明後日ではありませんか。」
空に浮かんでいるのは細い月。

「……なあ、小十郎。」
「はい。」
「俺はあいつの笑った顔が好きでな。」
「……ええ。」
「ずっと見てても飽きねぇんだ。」
フー、と煙を吐き出した。

「でも、それは俺だけじゃねえな……。」
「そうですね。」
当たり前の事だったんだな、と言い、ククッっと笑った。

「じゃあ、俺は……あいつの困った顔も、怒った顔も、泣き顔も好きになるさ。」
「皆と同じなど、つまらないですものね。」
「ああ。」

今まであいつに、いろんなものぶつけてきた気がする。
でも

「……まだまだ、ブン投げさせてもらうぜ。」

それしか出来ねえんじゃねえか、と思うようになった。
あいつへ抱くこの感情を言葉にしろといわれても、頭がごちゃごちゃしちまうから、俺は俺がそのとき思ったことを。
俺はお前がどんなに悲しんでも、俺に怒りを覚えたとしても、受け止めるよ。

だから俺を選べ。


「小十郎はの味方について宜しいですか?」
「的確な助言をするならな。」

それについて報告義務を課すほど、俺は鬼じゃねえから安心しろ、と言い、政宗は自室に戻っていった。

も大変だ……。」

明日からの食事は大盛りにしてあげよう、と思いながら、小十郎も部屋に戻る事にした。






「小太郎ちゃんー、頼んだよ。」
こくり
ーまたなー。」
小太郎に背負われながら、いつきはに手を伸ばした。
はその手を握り、またね、畑仕事頑張ってね、などお別れの挨拶をした。

「青いお侍さんもー。ありがとなー。」
「美味い米作れよ。」
「頑張る‼」

小太郎が、会話が切れるタイミングを見計らって、消えていった。
「お客さんみんな帰っちゃったねー…はくしょん‼」
?」
「風邪か?」
がうう~…と唸り、手で口を覆った。

「なんかさー…昨晩身震いがしてさ…へくしっ‼風邪じゃないとは思うけど……寒かったのかな。」
「………。」
はなかなか敏感だな、と小十郎は思った。

、身震いついでに。」
「う?」
「政務手伝え。」
「……風邪だ‼寝なきゃ‼」
「もう遅いぜー?」
「え、ちょ、うわあああ‼!」
政宗は問答無用での腕を取って思い切り引いた。