奥州帰還編 第6話
政務嫌だ~プレッシャーが凄い~と言っていただったが、いざ政宗の部屋に入れば黙々と書類整理の作業を行う。
真面目過ぎんだよなこいつは、と思いながら、そばに置く居心地の良さを感じて政宗の仕事も捗っていた。
そこへ小十郎が茶を持って現れる。
「そろそろ休憩はいかがでしょうか。」
「小十郎さん、ありがとう。小十郎さんも休む?」
「いや俺は……。」
茶を持ってきただけだし二人でゆっくり過ごされては、と言おうとしたが、が目を輝かせている。
一緒に休みたいと思ってくれているのだろうか、と思うと悪い気はしない。
「……。」
政宗は、なんだよ俺と二人は嫌かよ、と言いたげな視線をに送る。
これまでの関係性からがそんなこと思うわけないでしょう、と小十郎はため息をつきたくなるのを押さえ、じゃあ俺も、ともう一つ茶を用意した。
「あの、結局謙信様とまつさんに前回お世話になった手紙を送れてないなって、それもう今更、ですかね……。」
「ああ、覚えていたのか。は義理堅いな。」
「印象悪くなるのが嫌で……。しかも謙信様は戦ですもんね……。」
「上杉には小太郎が忍に渡せばいいんじゃねえか?」
雑だな……と感じつつ想像してしまう。
かすがの前に小太郎ちゃんが現れると、なんだ貴様!と威嚇するだろう。
でもお手紙を小太郎ちゃんがス……と渡すと律儀に受け取ってくれそうだ。
そして謙信様にちゃんと渡してくれるんだろうな……。
「いや、戦と聞いてお邪魔にならないように時期をみてたら遅くなり申し訳ない、みたいな、ビジネスメールみたいなのを、書いて普通に送りたく……。」
「ちゃんとしていれば謙信公も不快になることはあるまい。」
「なんか、今後交流を得られるような内容書きたいって話でしたよね?」
「それはもう小十郎が書いて、の分と二通渡せばいいんじゃねえか?」
「承知いたしました。文面はだいたい定まっておりますので、上杉、前田宛に明日にでも作成します。」
「わ~小十郎さんお願いします~。」
は難しい言葉を書かねばならないのだろうかという不安から解放され、小十郎に笑顔を向けた。
「じゃあ私も急いで書かないと。」
「は簡潔でいいからな。」
「はい!政宗さん、今やってる作業終わったら手紙に取り掛かっていい?」
「いいけどよ。じゃあ台を持ってこい。」
「え?」
「俺の部屋で書くだろ?」
なぜ……?と困惑するだったが、小十郎ははっとする。
「分かんねえことあったらすぐ聞け。教えてやる。時間を無駄にすんな。」
「あ、ああ、なるほど……。」
違います、政宗様。少しでも一緒にいたいと思ってるんですよ自覚ありますか⁉︎と小十郎は言いたいのを我慢した。
「でもあの、小太郎ちゃんにも聞けるので、政宗さんは自分のお仕事優先してね。」
その言葉を聞き、あ、と声を発してしまった。
は、え?と発する。
「政宗様、風魔小太郎のことを……。」
「あ、そうだった。」
「な、ななななに……?」
悪い話だろうかとは怯えた顔をする。
最初に話を通さなかったのはこいつに悪いことをしたなと反省する。
「いつきを送って戻ってきたら、風魔小太郎を川中島の偵察に充てる。本人に了承を得ている。」
「あ、そ、そうなんですか。」
「もちろんお前を探すことが優先だ。それ以外の時間、雇わせてもらう。」
「佐助とかすがに見つからないように偵察しないといけないから……ってこと?」
「察するのが早くて助かる。」
「分かりました。戦うわけじゃないなら、安心しました。」
忍に戦ってほしくないという意味の言葉に違和感を感じてしまうが、なら仕方ないか、と考える。
政宗は湯呑を置いて立ち上がった。
「ちと厠に行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
は視線だけを政宗の背に向ける。部屋を出ていくと小十郎を見つめた。
「あの、小十郎さん。」
「なんだ?」
「……政宗さんは戦の結果を、知っています。」
「知っている?予測ができたとは、言っていたが。」
「私の反応で、分かっちゃったみたいです。」
が苦笑いをする。
小十郎はそれで察した。
「……そうか、大きい戦は先の世まで伝わってるのか。ならば、決着つかず。」
「私、慌てたり、悲しんだり、しなかったんですもん。兵の方で命を落とす方もいるんでしょうから、戦自体は悲しいことと思いますけど。」
「それで、もしかして政宗様の行動を怪しんでいるか?なにか疑っているなら言ってくれ。訂正する。」
「や、そういうんじゃないんですが。単純に、どういった戦をするかをチェック……確認したりするのかな、とか思うんですけど。小太郎ちゃんを雇うという形で駆り出すとなると、かなり近くで正確な情報が要るのかなって想像しちゃって。」
「それは……」
「も、もしかして、あの、武田上杉が疲弊しているところに乱入して、両軍を討つ、とかは、ない、ですよね……。」
そこまで考えたか、と小十郎は感心する。
風魔小太郎というどこの軍でも欲しがる戦力が、自身の隣にいることへの責任感が敏感にさせるのかもしれない。
「惜しい。」
「惜しい……?」
「誤解されないように言ってしまうが、機を見て乱入し、同盟を持ちかける。」
「え、同盟……?仲良くできるってことですか?」
「仲良く……ねえ。それは語弊があるな。」
「え?」
小十郎の声が低音になり、は首を傾げる。
「同盟、結んだら安心じゃないんですか?」
「いつ破られるか判らんし、人質の問題もある。それに、まだ相手をどうするのか……問題は多いぞ。」
「そうなんですか。でも、信玄様も謙信様も、しっかりした方々ですし。」
「まあな。」
「幸村さんは納得しなさそうですけど。政宗殿と戦いたい!!って。」
「想像できるな。」
はは、と互いに幸村の顔を思い出し、笑った。
「未来では仲良しにみえましたけど。政宗さんと幸村さん。それは同じ境遇だったからですかね。この時代でも仲良くなれるかな?」
「共通の敵が目の前にいれば、自ずと仲間意識も目覚めるんじゃねえか?」
「共通の敵……。」
「それがきっかけに、仲良し……なんてな。まあ政宗様と真田じゃあ、ちと無理か。」
「何盛り上がってるんだ?」
厠から戻った政宗が戸からひょいっと顔を出す。
「未来に居た政宗さんは可愛かったって話。」
「ぶん殴っていいか?」
休憩を終わりにし、は再び作業を再開するが、手が空いているからという小十郎の申し出で代わってもらうこととなった。
自室の台を取りに、政宗の部屋を出る。
「なあ小十郎。のこの時代の行き来についてどう思う?」
「どう、とは……摩訶不思議なこともあるのだなと……。」
「ずっとこのままとは俺には思えねぇんだ。開いた穴は……ましてや異質なものは……いつか塞がるんじゃねぇか?」
傷口が塞がる様に、ゆっくりと今も、消えているのかもしれない。
「しかも、爺さんの一言で開いた穴だ。それに、の体も気になる。」
「身体ですか。」
「時間の進みがごちゃごちゃだろ。はどうなってんだ?もし、の世界の時間に従ってるなら、俺達より早く年寄りになっちまう。」
「……確かにそうですな。」
小十郎は政宗が気にいるような答えは思いつかなかった。
だから、背中を押す。
「こちらに、残ってくれたら良いですな。」
「は?いやそんなこと言ってねぇだろうが、いやまあがこっちが良いというなら今後も世話してやってもいいけどな、部屋も余ってるしあいつは働くし、言うことやることはまぁ見てて飽きねぇし」
べらべらと喋り始めた政宗に、わかりやすい照れ隠しだな……と思いながら小十郎は微笑ましく見つめていた。
「政宗さん~失礼します~。」
廊下からの声が聞こえ、小十郎との会話を止める。
おお、入れ、と声をかけると、小太郎がスっと戸を開けた。
「あ?小太郎帰ってたのかよ。」
「うん。今さっき。」
はにこにこしながら台を運び入れ、そこに小太郎が持っていた執筆道具一式を並べる。
「小太郎ちゃんいつからお仕事とかあるの?」
「今はうちの奴等が偵察しているからいい。もう少し動きがあったら頼む。」
小太郎はこくりと頷いた。
は少し高揚していた。
部屋の前に来たら二人がの話をしていたため動揺したのを察したのか、小太郎が咄嗟に気配の消し方を教えてくれた。
そんなもの修行もなしにできるのか、と思いながらも真似をすると、政宗も小十郎も、こちらに気付かないかのように会話を進めた。
気付いていて、聞かれてもよい、と判断したのかもしれない。
国を背負っている人間が、私のことを考えてくれるのは嬉しい。
戦国の世は私の居場所ではないのに、大切だなと思える人が増えていく。
どちらかを選ぶということがしんどい、と感じている。何も決断せず、このまま流れに任せていたいなんて甘えた考えを抱いてしまっている。
けれど、まだ、決定打はないから。
だから戻れる。
私はまだ、みんなにさよならって言える。
「……。」
「!」
考え事をしたは、筆を持って固まってしまっていた。
小太郎がの袖をくいくい、と軽く引く。
「あ、あ、ごめん、小太郎ちゃん。ぼーっとしてた。」
小太郎を見ると、口を動かしていた。
大丈夫
そう言っているのは分かったのだが、意味は分からなかった。
「え……?なに……?」
「なんだ?出だしから難しいか?」
「あっ、え、う、うーんそうかも。」
「小十郎、例になりそうなもの見せてやれ。」
「承知しました。」
手紙の内容が定まる頃には夕食の時間になった。
は夕食の後風呂に入り、そのあとは自室で文をしたためる。
そろそろ政宗さんは寝る時間だろうか、と気ほ付いて立ち上がった。
同時刻、政宗も静かに廊下を歩いていた。
「……。」
「…………。」
二人は廊下でばったり会ってしまった。
「……よ、よお。」
「あ、ど、どこいくの?」
「お前こそ。」
これは困った。
ベタな会話すぎる。
「えーと、あの、政宗さんに、ちょっと……用が……。」
「……そうか」
じゃあ、と政宗が背を向けた。
「大丈夫?」
「俺も、お前に用が。」
「そ、そうですか。」
「俺の部屋でいいな?」
「はい。」
は政宗の後ろをついて行った。
着いてすぐに、政宗は蝋燭に火を灯し、布団の上に座り込んだ。
政宗に手招きをされ、もその隣に座った。
「……で?」
「えーと、反省会。」
「反省?」
「あの、改めて、政宗さん……未来に連れてちゃって、ごめんなさい。」
「今更だな。」
「それで、あの、さらに……」
が俯く。
政宗はそれを不快に感じることは無かったが、少し眉根を寄せた。
「……何でも、言え。」
「凄い、頼っちゃって。」
「……。」
「申し訳ない気持ちも本当にあるけど……一緒に居てくれて、嬉しいって、ずっと考えてた。」
「そうか。」
は顔を上げ、政宗に向けてへらっと笑った。
「ごめん。罪悪感はあるんだけど、こうなって、良かったって……私……」
「同じだ。」
「ん?」
「俺とお前は同じだって話だ。」
唐突にそんな事をいわれて、なむえは目を丸くする。
「小十郎に、悪ィと思ってるが、色々な出会いがあって、こうなってよかったんじゃねえかって、思ってる。」
「政宗さん……。」
「反省会は終了な。俺はお前に明日の予定を伝えようとしてた。」
「明日の予定。」
「行きてえところがある。昼前から馬で出かけるから準備しておけ。」
「は、はい。」
もしかして、消えちゃうから、素敵な所に連れてってくれたりするんだろうか、とどきりとしてしまった。
いらないのに、普通でいいのに。自分が居なくなる事も、どこかに再び現れることもいつもの事で、特別なことじゃないって、そう思って欲しいのに。
「……。」
嬉しくて、笑顔になるのを止められそうになくて、俯いた。
垂れ下がる髪の影で、表情が見えていないことを祈る。
政宗が立ち上がって、に、どけ、と言った。
畳の上に移動すれば、政宗が布団にもぐりこんだ。
「。」
自分の名を呼び、手招きをした。
「え……。」
「何度もやってんだろ。」
「……うん。」
は蝋燭の火を消して、政宗の布団に潜り込む。
慣れてはいないけどね、と思いながら。
「くっついていい?」
「ん……。」
の方から言ってくるのは珍しいな、と不思議に思ったが、すぐに思い当たることに気が付く。
「寒いか。」
「甘えていいなら、政宗さんで暖とる。」
「色気ねえ言い方だぜ。いいけどよ。」
政宗が、ほら、と言いながら腕を広げる。
照れながらも、は政宗の腰に腕を回してぴたりとくっつく。
「まあ、俺も暖とれるか。そういや未来の布団ってふわふわしてたな。あれは手触り感動したぜ。」
「私がふわふわが好きだからで……さらさらな布の布団もあるよ。」
「羨ましいなくそ……。」
「明日、戻ったら……」
ふわふわな布団で寝れるんだ~いいでしょ~って言ったら、なんだこいつって思われるかな。
やっと寒い奥州からさよならだ~って言ったら嫌われるかな。
政宗さんに嫌われたら、もうここには来たくない、って思えるかな。
「おう、あっちでゆっくり風呂浸かってあのベッドで寝て、体力回復させろよ。慣れねえ長旅の疲れ来るぜ。」
「……家に……ひとりだ……。」
なんで
なんでそんなこと口にしたんだろ。
一人暮らし、快適なのに。自由楽しいってずっと思ってたのに。
政宗の手がの髪に触れ、優しく撫でる。
「……言ってみたらいいんじゃねえか。あの男に。」
「え?」
そう言われて思いつく人間が一人しかいない。
「あ。」
そういえば、戻った時に着くのって、の家の前だ……。
いや説明不可避じゃん。
「あいつはまともだ。相談相手になってくれるさ。」
最後に挨拶したくて行きたいと言ったのかと思っていた。
もしかして、違うの?
私のこの状況を知ってもらうために見せたの?
「ま、待って、でも、勇気いる……。」
「そうなのか?」
「霊感の話しないといけないじゃん……。頭おかしいって思われる……。」
「問題ねえだろ。本当なんだから。」
「そうなのかな……。」
政宗さんがそう言うなら、そうなのだろうか。
普通の大学生活楽しんでる男の子だけど。そういう厄介なの、引いたりしないかな……。
「どこにいてもひとりじゃねえよ。お前は。俺がいる。」
「……!」
お殿様が味方なんて頼もしい~とおどけた言葉が浮かんだが、言葉に出来なかった。
「ありがとう。」
「まあ、どうするか最後はお前が決めな。」
「うん。報告するから、待っててくれる?」
「OK、待っててやるよ。」
政宗の手が優しくの髪を撫でる。
どちらともなく、おやすみと言い合って目を閉じた。