奥州帰還編 第7話
朝はのほうが先に起きていた。
政宗が目を開けると目の前に正座して笑ってるがいた。
おはようございます、というと、政宗はああ…と返事をした後、あー…見てんじゃねえよクソ、と顔を手で隠した。
寝顔も可愛かったが、この反応も可愛く見え、はふふ、と笑った。
いつか来るであろう別れの日の事を考え、少し距離を置いたほうが良いのではないか、とも考えた。
そんなことはもう出来ない。
戻ったら、今回は爺さんとちゃんと話をしよう。
これから私が出来る事は、それでいい。
政宗さんとは笑顔で居たい。
廊下を歩く足音が聞こえ、政宗とは視線を向ける。
「政宗様、、おはようございます。」
「おう小十郎。」
「その……」
に視線を向け、一瞬躊躇ったようだが、隠す必要もないかと考えたようで、言葉を続けた。
「川中島での戦、動きがあったとの報告ですが。」
「そうか。他には。」
「両陣営攻めも守りも堅い状況で、しばらくは均衡しているのではないかと。」
「わかった。引き続き頼む。」
「はい。」
小十郎は言い終わるとすぐにどこかに行ってしまった。
すると次は小太郎がの横に現れた。
「小太郎ちゃん……の服が汚れているのでー、川中島行ってきたの?」
小太郎はこくりと頷いた。
「お疲れ様です。」
またこくりと頷いた。
「、もし、川中島に降り立つようなことがあれば、上杉側に助けを求めろ。」
「え、上杉側…?」
「武田のほうに行ったら、幸村に会う前に騎馬隊に踏みつぶされるぞ。まぁ、猿飛が見つけてくれりゃ、それはそれでいいが。」
「わっ……こわ……そうします……。」
は馬に襲われる自分を想像して、ゾッとした。
回避できる自信は全く無い。
「……さて、覚えてるよな?」
「お昼にお出かけ。」
「そうだ。まずは朝餉だな。」
「どこへ行くか聞いてもいい?」
「場所は松島だ。馬で行くぞ。」
「えっ松島……」
が一瞬目を見開く。
そして嬉しそうに笑った。
「この時代の松島、見れるんだ……!行ったことないんだ。テレビや写真では見たことあるんだけど。」
伊達政宗を調べれば松島はゆかりの地として出てくる。は大切な場所に連れて行ってくれることを素直に喜んだ。
政宗はの言葉のニュアンスで、今と全く同じではなくとも、五百年後も残っている場所なのだなと分かってしまう。
「……。」
どんなに建築の技術が進んでも、五百年後も、きっとその先も、あの景観を守り続ける人々がいる。
そう考えるだけで、胸にこみ上げるものがある。
「期待しとけよ。」
こんな気持ちにさせてくれる目の前の存在へ抱く愛しさを、なんと表現すればよいか分からない。
うん、とは頷いて、朝ごはんの準備してくるね、と言って去って行った。
「……。」
背を見送って一人になると、眉根を寄せてしまう。
あの男に話すように仕向けたのは俺なのに。
少しでも不安を拭ってやりたい気持ちがあると同時に、俺しか頼れない状況になればいいのにと考えてしまうことも辞められない。
次に来た時、あの男と付き合うことになったことを報告される可能性だって考えていないわけじゃない。
「落ち着け俺……。とにかくやることやらねぇと……。」
まずは身支度を整えて朝餉。
背伸びをして気持ちを切り替える。
着替えを終えたタイミングで、小十郎と、小太郎が膳を運んでくる。
「お、なんだよ持ってきてくれたのかよ。」
「書かなければならない文がまだありましょう。片付けもお任せください。」
「気遣いとは分かるが缶詰よりもなあ、多少動いた方が作業が捗るんだよ俺は。気にすんな。」
「かん……づめ?」
「……政宗さんいろんな言葉覚えて帰ってきちゃってるなあ。」
部屋にこもって一つのことだけ集中してやるって感じの言葉だよ、と小十郎に説明する。
なるほど、と呟いて、政宗を隣の間へと誘導する。
小太郎が持っていた膳を座り込む政宗の前に置き、すぐに消え、そしてすぐに自分の分の膳を持って現れる。
玄米、野菜の味噌汁、漬物、焼き魚が並ぶ。
「はこの後荷造りか?」
「うん。今回そんなに荷物ないけど。」
政宗が小十郎に目配せをする。小十郎はこくりと頷いた。
「え、何?」
「何じゃねえよ別に隠すつもりねえけど。渡すもんがあるんだよ。」
「そうなの?なんだろう~。」
深くは聞かずに、楽しみにしてよ~と呟いて味噌汁を口にする。
が無事でいられるように渡すものではあるが、そのくらいの気持ちでいてくれるほうが渡しやすいぜ、と思いながら漬物を口へ運んだ。
と小太郎で膳を片付けて政宗の部屋に戻ると、小十郎は正座をして、政宗は胡座をかいていた。そして政宗の前には巾着があり、表面がぼこぼこしている。
政宗がそれを持ち上げると、ジャラ、と音がして、お金だということはわかった。
「渡すもの………。」
「おう。これ持ってけ。」
そして幸村からもらったものの倍の大きさはあって動揺する。
「あの、ありがたいんですが、多くないですか。」
「足りねぇかもしれねぇだろ。宿泊と移動考えたら。」
「……。」
幸村は命を守るために連泊できるお金、政宗は会うために移動も含めたお金を渡してくれるということか。
「次はでかい鞄で来い。それを管理できるもの、手配できるか。」
「あ、うん。」
登山用のリュックやアウトドア用品見てみようか、と考えながら、政宗から受け取ると、ズシリと重い。
「……え、これ、こんなに……?」
小十郎を見ると、予想通りの反応といった顔で笑われる。
「これでも政宗様に多すぎるから減らせと助言したんだぞ。」
「余ったら返すからね……。」
「その次の分はその時に渡す。」
「ありがとうございます……!」
何度だって次の約束は嬉しいな、と思いながらぺこりと頭を下げる。
「小分けにして、店では大金を持ってることがばれないよう努めるんだぞ。」
「小十郎、そのあたりは未来でも変わらねぇよ。」
「そうですか……。」
「はい。小十郎さん、心配ありがとう。政宗さんも……ほんとに……ありがとう……。」
感謝の気持ちで心からの笑顔を浮かべながら、管理なに金庫?小さくて軽い金庫とか売ってる?リュックに入る?という疑問を考えてしまった。
文を書き終えて小十郎に渡し、現代に戻る準備をする。
篠は綺麗な薄青色の着物を用意してくれた。政宗様と松島を歩くのでしたら、と言う言葉に、も、この時代の人っぽく思い出にしたい、と考え後のことは何とかしようと考える。
着物で帰るのか、着いたら急いで家に戻らなきゃな、はさすがに寝てるだろうし、どの道を通るのが目立たないかな、と着いた時の行動を考える。
鞄に政宗と幸村からもらったお金を入れ、その上に着てきた男装用の着物を押し込む。
パンパンだ、と苦笑いをしながら準備を終えると、出発時間ギリギリまで広間で女中と話をした。
奥州で起こったことを楽しそうに話してくれて、には船に乗るとはどんな気分なのか、四国はどんなところなのかという質問をする。
の素性やどうしていなくなるのか、そういったことには踏み込まずにいてくれた。
最後に、また旅をしてきます、と伝えると気を付けて、また会いましょうと言葉を貰う。
そして篠から、小さなお守りを手渡された。
青い小さなお守り袋に、伊達軍の家紋の刺繡が施されていた。
「ありがとう、ございます。」
「奥州で待っています。さんに着てほしい着物がたくさんあるんです。」
「わ、嬉しい!楽しみにしています。」
気にかけてくれる気持ちに涙が出そうになるのをこらえながら、は笑顔を向ける。
小太郎が迎えに来て、名残惜しく感じながら、自室へ荷物を取りに戻った。
荷物を持って政宗と小十郎が待つ庭に向かう。
「忘れもんねえか。」
「はい!男装の着物はちょっと、雑ですが、鞄に押し込みました。」
「そうだな、次来るときも男装しとけ。よし、じゃあ行くか。」
小太郎の馬の用意もあったためそれに乗った方がいいかと悩んだが、政宗に手を引かれる。
政宗の馬に乗り、家臣に見送られながら松島へと出発する。
道中の休憩の際に、探してもらうのに宿を目印にできないかと相談をする。
だったらたどり着いた町で一番でけえ宿に泊まれ、と政宗に言われ、貰ったお金で豪遊するような気持ちになっては顔が引き攣ってしまった。
しかしそれ以外に案が浮かばず、命を守るためのお金、と考え直す。
小太郎は町で女性が一人、良い宿に泊まるとなるとなにか噂が立ってしまうかもしれないから、情報網を広げる、と紙に書いて政宗に差し出してきた。
「……この程度、喋ってもいいんじゃねえか。」
「……。」
小太郎には顔を左右に振られてしまった。
周囲の景色に海が見えてくる。
馬のスピードが速く、は、政宗に聞こえるよう、景色すっごい綺麗!と叫んだ。
おうよ、もっと綺麗になるぜ!と返された。
馬のスピードが緩み、小高い丘に出る。
「ここに馬を泊める。」
小太郎が馬からジャンプして降り、に手を差し出した。
それを取っても馬から降りる。
「わあ!」
青く澄み渡る空に、浮かぶ薄く白い雲。
広がる美しい海はガラスのように空を反射する。
そこに浮かぶ緑の島々の美しさに、は感嘆の息を漏らした。
「凄い凄い!綺麗!」
「だろ。」
隣に政宗が並び、は政宗を見上げた。
「ここからは足で下に降りるぞ。先に腹ごしらえだ。」
「わ、やった!」
町人らしき人間が数名、近くで待っていたようで駆け寄ってくる。
彼らに馬を任せて政宗が先に歩き出す。
そういえば道の舗装はまだだったな、と坂道を見下ろす。
「、手……」
振り返り、の手を引いてやろうと考えると、小十郎の顔が目にはいる。
嬉しそうに、にこにこと笑っていた。
「……。」
「あ、なに?手?」
「いやなんでもねえ。転ぶなよ。」
「えーさすがにこのくらいじゃ転ばないよ~。」
ちらりと小十郎を見ると、しまったという顔をして額に手を当てていた。
そして足早になり、三人を追い越す。
「失礼、小十郎が先導します。」
「……おう、頼んだ。」
にやにやする顔を見られねえための先導かよ、と思うと複雑な気持ちになる政宗だった。
「ねえ、政宗さん見て。女中さんたちがね、お守りくれたの。」
隣にが並び、無邪気にお守りを見せてくる。
「お、良い出来じゃねえか。」
「うん。売り物みたいに綺麗。ご利益ありそ~。」
小十郎の腕が動く。顔に手を当てているようだ。
「……。」
微笑ましい会話だ、とにやにやしてそうだな、と政宗は目を細めてしまった。
先に店に小十郎が入り、政宗は腕を組みながら待つ。も政宗の隣に立ち、小十郎が出てくるのを待った。
「何食べようかな?」
「おいおい、選べると思ってんのか?」
「選べないお店?」
「俺が選んだやつおとなしく食え。」
政宗の顔を見上げて、しばしの沈黙の後、意味を理解しては微笑む。
「直々におすすめ教えてくれるんだ?」
「懸命なもてなしを受けたら返すのが礼儀だ。」
「ありがとう。」
「お待たせしました。」
小十郎が出てきて、個室に通される。
座敷の部屋で、店主が出迎えてくれた。
政宗と小十郎が向かい合って座り、は政宗の隣に座る。
小太郎は小十郎の隣に座った。
料理を注文し、待つ間、が明日来た時の行動をおさらいする。
人がいたら女に話しかけろ、男とは関わるな、町なら宿を探せ、海があれば太陽を見てとりあえず北上しろ、山に来たら道を探せ。
「山、現代だと上った方が周囲見渡せるし、登山道がみつかるから上ることを推奨されてるんだけど。」
「登山道ねえ。主要な道はあるが……。」
「下った方がいいかなあ。」
うーん、と悩んでいると、刺身の膳が運ばれ、はわあ、と声を上げた。
新鮮な魚の艶、竈で炊かれただろう米は一粒一粒がたっている。
そしてスマートフォンを取り出してしまう。
「あ。」
「写真か?」
「ご、ごめん、つい~!」
カフェじゃないんだ、偉い人同席の立派な料亭で、食事前に写真を撮るなどマナーがなってないなと慌てて鞄に戻すが、政宗は不思議そうな顔をする。
「何を謝る。撮ればいいだろ。」
「え。」
ははっとする。
写真を撮るという文化がないのだからマナーもなにもないのか、と察する。
「……。」
なんとなく、ミーハーのようで控えてしまっていたし、これを使っているところは見られない方がいいと思っていた。
「政宗さん、あの……外でもさあ、記念に、撮っていいかなあ。」
「は?いいだろべつに。」
「やったあ!」
「小十郎がやりましょう。確か、丸いところを押せばいいのでしたな。」
小十郎がに手を差し出す。
今撮ってくれるのか、とはカメラを起動したスマートフォンを渡した。
「ふむ、では政宗様とをここに、映して……」
二人にカメラを向けると、が政宗に身体を寄せる。
えっ、と声を上げそうになるのを抑えた。
そして政宗はまんざらでもない表情を浮かべる。
「お刺身も映ります?」
「ああ、入ってる。」
「じゃあお願いします。」
ボタンを押し、カシャ、と音が鳴り、画面に二人の写真が納められる。
は政宗から身体を離し、小十郎からスマートフォンを受け取った。
「ありがとうございます。ちゃんと映ってます。」
はにこにこと笑う。
小十郎は考える。あの、かめら、を向けると、は人前でも政宗様にぴったりくっつくのか、と。
「小十郎さんと小太郎ちゃんとも撮りたいです。」
「なにっ!」
「あ、だめですか?」
「あ、い、いや、政宗様が良いのなら……」
が俺にくっつくということか……?と考えてしまう。
「そんなもん俺の許可いらねえだろ。さてじゃあ食うぞ。」
「はい!いただきます!」
味噌汁を一口含み、漬物を食す。
そのあとでマグロの刺身をつまむ。
は美味しい~!と声を上げた。
「未来の刺身もなかなかだったぜ。」
「あれね、市場で仕入れてすぐ冷凍したやつだったらしくて、政宗さんにちょっといいもの食べてもらえてよかった~。」
「未来では本当ににたくさん世話になったようで。女中のような存在もいないのだろう。」
「はい。カラクリがいっぱいありますから、なんとかなりましたけど。」
小十郎さんにならいいかな?とプリンを食べた時の写真を出して政宗に見せる。
問題ない、と言われ、小十郎に画面を向けた。
「少ししか見えませんけど、ここが私の家で、これ、未来のスイー……甘味です。」
「ほう。綺麗な家だな。木造ではないんだな。」
「はい。鉄筋コンクリート、というものです。甘味はプリン。」
「ぷりん。」
は満足げににこーっと笑った。
小十郎の口から、プリン、という言葉を言わせたかったんだな……と政宗は察する。
「政宗さんもご飯づくり手伝ってくれたりして、それが本当に美味しくて。ああ、もう写真撮りまくればよかった。」
「後で見返せるのはいいな。」
「しっかり記憶には残ってますけど!」
「俺も忘れらんねえよあんな経験……。」
イルカ……と政宗が呟く。
今度来た時イルカの写真も持ってこようかな……と考えてしまった。
食事を終えて、海辺を歩く。
明るいうちに撮らないと、と隣にいた小太郎を見上げる。
スマートフォンをインカメラに切り替える。
「小太郎ちゃん、屈んでー。画面に入るように。」
「……。」
小太郎がカメラを覗き込む。顔の高さをと同じに合わせたところで、カシャ、と音がする。
「小太郎、装備したまんまでいいのか?」
「…………。」
「うん、小太郎ちゃんらしいもん。」
「……………………。」
顔は見えないが、小太郎はなんか嬉しそうな雰囲気出してんな、と政宗は感じた。
さすが、分かってるな、とでも思っているのだろうか。
が海を背景に並ぶ政宗と小十郎に視線を移す。
政宗が腕を組み、小十郎が政宗の一歩後ろに立つ。
ただそこに並んでいるだけで絵になる二人にカメラを向ける。
「政宗さん、小十郎さん、そのままで!撮りたい!」
「おう。」
ありがとう、と言ってカメラを下げると、どんな風に撮れた?と二人が覗きにくるので画面をみせる。
「おお、凛々しいですな、政宗様。」
「小十郎もいけてんぜ。」
「二人とも素敵だよ。」
「よし、俺が小十郎と撮ってやるよ。」
は、そんな政宗様に撮っていただくなど恐れ多い!と小十郎さんが慌てるのでは、と考えてしまったが、すぐに、あ、写真の文化無いんだった、とまた考える。
「いつ押すか、というのがなかなか面白い体験でございました。」
「瞬きしてねえときに押さねえとな。観察眼が試されるぜ。」
「お、押す側がそんなに気を遣って……⁉︎」
私たちが目を閉じないよう頑張ります、と伝えて、政宗から離れる。
どんなポーズで撮ろうかなと考えながら海へ歩く。
「うーんと、小十郎さんは普通に立ってもらって、私背中からひょこって出る感じでもいいですか?」
「俺は構わんぞ。」
「政宗さんの背中は小十郎さんが守って、小十郎さんの背中は私が守るぞ~みたいにしたいな~」
「俺の背中守れるか?」
「…………が、がんばる……。」
「冗談だ。そんな思いつめたように答えなくていい。」
小十郎の背後に回り、腕に手を添えて、顔を覗かせる。
「こんな感じでお願いします!」
「撮るぞ。」
「はい!」
政宗は一枚撮ると、すぐに二人に駆け寄ってくる。
「おい、なんか、かわ……いい感じじゃねぇか。俺とも並んでるだけじゃねぇの撮れ。」
政宗様、可愛いとおっしゃって良いのですよ、と小十郎は心の中で思いながら、スマートフォンを受け取る。
「え、じゃあどうしよう、政宗さんと……」
「やはり海を背にするのがいいか?」
「まあここに来たからにはな。」
「そうだね!背景は海にしよ!」
政宗とが波打ち際に向かって歩く。
政宗がに手を差し出すと、は小十郎に視線を向けて困惑した表情を見せた後、首を横に振る。
が人差し指と中指だけを立てほかの指を折った手を政宗に向けると、政宗は首を横に傾ける。
小十郎はなかなか決まらなそうだな、と思いつつ、指示があればすぐ撮れるようにカメラを構える。
画面越しに二人を見ていると、潮が満ちてきているのに気付くのが遅れる。
「ん……?あ、……」
小十郎が気づいて声をかける前に、はうわー!と声を上げた。
の足元に波が届き、驚いて飛び上がって咄嗟に政宗に手を伸ばす。
政宗もに腕を伸ばして受け止めようとしつつ、波打ち際から離れる。
「……。」
小十郎は自然と写真を撮ってしまう。
「濡れちゃった!びっくりした!」
「わりいな。気付かなかったぜ。」
「、大丈夫か?政宗様、こちらは良い写真が撮れましたよ。」
「あ?今のでか?」
小太郎がの着物の裾を絞り、手拭いでぽんぽんと叩いて乾燥させようと動く。
それに甘えながら、も小十郎が差し出す画面をのぞき込む。
連射をしていたようで、三枚、写真を前に戻す。
政宗が両手を軽く広げて、そこにが飛び込んでいく瞬間の一枚。
ふたりで海を振り返り、政宗はを守るように背に腕を回す一枚。
大げさに驚いてしまい、互いに顔を見合わせて目を細めて笑う一枚。
「……わ、小十郎さん、写真上手い……。」
自身と政宗のその様子が恋人同士のように見えてしまい、写真の感想より小十郎に対して無難な言葉を発してしまった。
小太郎に、もう大丈夫だよ、と声をかけた。
「俺、こんな顔してんのかよ……。」
「え?」
「あ、いや……やっぱり不思議な感じだな。鏡でも肖像画でもねえのに、自分の顔をこうして見るのは。」
「そうですな。」
「、次来るとき、紙にしてきてくれ。」
「はい。全員分印刷してきます。」
「楽しみにしているぞ。」
小十郎にもはい、と元気に返事をして、スマートフォンを片付ける。
元に戻った時のために充電をしていたのだ。これ以上使うのは良くない。
「満足しました!あとはこの目に焼き付けよ!」
の横で、小十郎が、なるほど、と呟く。
「そんな便利なものがあっても、人間の本質みてぇなのは変わらないんだな。」
「あ、自分の目で見るのが1番、みたいな?」
「ああ。」
「はい。写真は、あとで見返したりするためのものかな。今一緒にいる人と向き合って過ごさないとなって、思います。」
「良い心掛けだ。」
「ありがとうございます。」
小十郎があちらはいかがですか、と指差した方向に竹で作られた長椅子があった。
「そうだな。ゆっくりするか。」
政宗が歩き出し、小十郎ともそれに続く。小太郎がの後ろを歩く。
座って、松島の海と空を眺め、穏やかな波音と虫の声が心地よく耳に届く。
「政宗さんと小十郎さんは、この後青葉城に戻るの?」
「いや、一泊して明日帰る。」
「そうなんだ。暗い道戻るのかと思ったから安心した~。ゆっくりしてね。」
自分の心配のが先だろ、と小十郎は思うが、の良いところだなと笑ってしまう。
「もしこの辺りに着けたらここに集合だな。」
「朝この辺り通ってやるよ。」
「わかった!この辺りからならなんとかなりそうだから居なかったらすぐ青葉城向かってね。」
「ん。」
水平線に日が沈み、空の色が紺碧に染まっていく。
「夕日も綺麗だったね。」
「おう。ところで体感としてあるか?迎えがくる時間帯。」
「んー……今まで通りなら、あと2、3時間かなぁ。」
「まだ時間があるな。宿泊先でゆっくりするか。」
政宗と小十郎が立ち上がり、と小太郎も続く。
高台に建物のシルエットと灯りが見え、あそこだ、と小十郎が指さす。
景色が良さそうな場所だ。
明日になったら綺麗な朝日を拝めるのだろう。
「……。」
一緒に見たいな、と思ってしまうのは仕方がない。
宿に着くと、四人ともすんなり通される。
は自分は宿泊人数に含まれていないと考えていたため、しばしの滞在手続きでもするのかと想像していた。
部屋は大部屋で四人一緒に入室する。
「あれ、もしや私の宿泊料金払ってくれてる……?」
「そのあたり気にすんな。」
「政宗様は一国の主だぞ?」
「あ、そ、そっか……?」
経費……?と考えはそれ以上お金の話をやめた。
「、さっき濡れたの大丈夫か?風呂は入るか?」
「小太郎ちゃんが綺麗に拭いてくれたから大丈夫。裸の時お迎え来たらやばいし。」
「それはやばすぎるな。」
「政宗さんはお風呂行く?」
「見送ったら行く。」
「ありがとう。」
小十郎は小太郎に視線を送る。
二人なんか良い雰囲気じゃねぇか、俺たちは席を外した方が良いかも知れねぇな、と小声で話すが、小太郎は、何で?とでも言うように首を傾げた。
「……。」
こいつ……と小十郎は眉根を寄せた。
「今日は比較的暖かかったですが、火鉢の用意はしましょうか。」
「ああ、頼む。」
小十郎はせめて自分だけでも……と部屋を出て、宿の主人の元へ向かう。
すでに敷かれた布団の上に政宗が胡坐をかく。
と小太郎は、火鉢置くならこの辺かな?と家具を動かしていた。
「。」
「はい。」
「俺もしばし忙しくなりそうだ。川中島へも行く。場合によっては越後、甲斐に出向くかもしれねぇ。小田原周りもな。」
「……それは忙しい……。」
「小太郎は俺の居場所も把握しておけよ。見つけたら連れてこい。」
小太郎はこくりと頷く。
「あ、なんか私にも出来るお仕事ある?」
「仕事?」
「え?見つけたら連れてこいって……」
「……会いたいからだろうが。」
「え。」
「…………そういう話じゃねぇのかよ。お前が、俺を目指すってのは。」
「えっ、あ……」
船で話した言葉。
政宗さんのところに行くこと迷わない、と言ったことを思い出す。
その時は私のことをたくさん考えてくれていて、ずっと支えてくれていたことが嬉しくて、この人の元にいたいと、寄り添いたいと思っていて。
改めてそう問われると、恥ずかしさが勝る。
「え、あの、それ、あの。」
顔が真っ赤になるのを抑えることなどできなかった。
そして近くに小太郎がいるのも気になり、横目で見ると、きょとんとした顔でどうしたの?というような感じで首を傾ける。
「……!」
会いたいのは会いたいだろ、ピュアな気持ちで!恋とか愛とか抜きにして!伝えられるときに伝えないと!とはその小太郎の純粋な姿にハッとして、政宗を見る。
「うん!会いたいよ!」
「そーだろ?」
「……。」
そーだろって言われるのなんか……なんか、え?流れ合ってる?と現在の状況を疑ってしまう。
もう少しこう……俺もお前に会いたい、って言われるとかそういうのは……政宗さんに期待してはいけないのですかね?
「……どう考えてもよ、俺がどこで何をしてようが、が隣にいるのは邪魔だと思わねえな。」
「そ、そうなん?」
「迎えに来てと言われりゃ普通に行く。何か欲しいといわれりゃ普通に買う。」
「どうも……。」
「……。」
政宗が黙ってしまう。
は、このまま4人で雑談でもして過ごして迎えが来たら、政務頑張ってね、またね、とでも言って別れるものと思っていた。
政宗が何を言いたいのか分からない。
中途半端な状況で迎えが来てしまい、政宗さん何を言おうとしてたんだろう、と思いながら何日も過ごしたくない。
は政宗に近づき、正面に座り込む。
「どうしたの?何かあるなら言ってね。」
政宗はの膝に置かれた手を見る。
それに触れて、指と指を絡ませる。
「!」
ぎゅっと握られ、もゆるゆると握り返す。
政宗は静かに微笑んだ。
「……ん。しっくりくる。」
「え。」
「俺は、お前なら、愛せるんじゃねえかな。」
「……。」
「女を横に置くのも、我儘言われんのも、ずっとめんどくせえなとしか思ってなかった俺がよ。」
「そうなの……。」
「幸村や元親がご執心だから、は俺のだって張り合ってるところがあるのかもしれねえとか疑ったりもしたが。」
手が離される。
はまた膝に手を置いて、正座を崩す。
政宗の顔をじっと見てしまう。
女性を口説く男性の熱っぽさもない、焦りも必死さも、こちらの反応を観察する様子もない、ただ、安心したような穏やかな表情をしていた。
「……。」
私に、好きという感情を抱けることに、そんなほっとした表情をするのか、政宗さんは。
同じ時代の人間じゃないのに、そんな感情、厄介じゃないのか。それこそ面倒なんじゃないのか。
「ん?どうした?」
首を傾げてしまったに政宗が問いかける。
「政宗さん落ち着いた顔でそんなこと言うんだもん。」
「まあ、あれだ。」
膝に肘をついて、政宗が頬杖をつく。
「こんなに俺と向き合ってくれるお前ですら好きになれなかったら俺は終わりだなってのとな。」
やっと少しずつ、にも照れの感情が出てくる。
「世の中の夫婦がよ、互いを幸せにしてやりてえって思う感情はこういうもんなのかなって人並みに感じられてるような気がしてよ。ガキの、独占欲みてえなもんじゃなくて。」
「政宗さん……。」
「怒んねえのかよ。いい加減にしろって。」
「なんで⁉︎」
「何でっておま……この期に及んで、また別れるって時に、好きになれるかもしれねえとか言ってんだぞ。好きだ、じゃなくて……。」
それを聞いて、はふふ、と笑ってしまう。
「今更過ぎる。」
「そうか?」
「好きかどうかわかんないけど、いけそうだから言っとくか~みたいなのより私は好き。本音で伝えてくれるところが。それに私、答え、出せないし。」
「……そうか。」
「政宗さんをそういう風に見れないとかじゃなくて、やっぱり、立場が。」
「まあそうだろうな。」
「怒んないんだ。」
「怒らねえよ。何に怒るんだ。」
「この俺がここまで言ってるんだぞ~みたいな?」
「お前が何年もそのままだったら怒るかもしれねえな。」
頬が緩んでしまう。
政宗さんは私が答えをださなくても、何年もずっと好きになれる自信があるってこと?
そういう気持ちを知ることが私を通してできたってこと?
「嬉しいよ。これからさ、さようならすることになっても、政宗さんがさ、私とのことがあって、これから出会う女の人に対してめんどくさいとか思わず接することが出来るようになりました~って成長?の糧?みたいになれたかもしれないよね?」
「……以外もめんどくさくなくなるのか?」
「え……知らないけど。」
「それは話が別じゃねえか?」
「……そ、そうなの?」
政宗が腕を組み、なにかを考えるように天井に視線を向ける。
「……お前と、俺の夢は、交錯することはねえのか?」
「!」
部屋の戸が開く。
小十郎が火鉢を持って現れ、小太郎がここに置いてと誘導する。
「おや?どうしました。何か真剣な話を?」
「にやっぱりこっちにいてほしいと思ってよ。」
「え。」
小十郎さんに堂々と言うなと思ってしまう。
「小十郎も歓迎します。」
「え、あ、ありがとうございます。でも……。」
「分かっている、ご家族のこともあるだろう。何かあれば歓迎するという話だ。」
「はい……。」
下を向いてしまったに、政宗はおい、と声をかける。
「城下に家をやる。」
「え、あ?ありがとうございます?」
「普段は城にいろ。一人になりたくなったらその家に行け。」
「そんな贅沢じゃない……?」
「元の時代に戻りたくなってどうしようもなくなったら、俺のせいでこうなったってことにしていい。喧嘩しようぜ。その家を、逃げ場にしろ。」
「……え。」
「落ち着いたら、戻ってくればいい。美味い飯用意してやる。」
選んだのなら、そうなってしまったなら、覚悟決めろと政宗さんなら言うと思っていた。
心が弱った時はそうやって受け入れてくれるのか。
「こ、小十郎さん、この政宗さん正常……?」
政宗を指差し小十郎に視線を向けると、政宗にまた、おい、と低い声を向けられてしまう。
「こんなに女に入れ込む政宗様を見るのは初めてだが、にならそう出来る、と言っているんだろう。」
「入れ込んでねえよ。」
目を細めて唇を尖らせて、小十郎の言葉を否定する政宗が子供のように見えてふふ、と笑ってしまった。
「政宗さんのせいにしたくないなあ……。可愛い泣き言言えたら慰めてくれる?」
可愛い泣き言?と小十郎が首を傾げる。
「この件に関しては可愛くなくてもいい。」
「ありがとう。」
政宗に笑顔を向ける。
天井の方から、ズズ、と音がした。
ホラー演出じゃん、と思いながら、は言葉を続ける。
「居場所をくれて、ありがとう。」
「お前が、お前自身が、その存在の価値を正しくこの時代に活かそうと尽力した結果だ。」
「こんな時に難しく真面目に言うの〜?」
「……俺に、お前にまた会いたいと思わせた、お前の勝ちだ。」
「この時代の武将のかっこよさを何度も見せつけられて、私はずっと負けてるよ。私もまた政宗さんに会いたいって思ってるよ。だから」
またね、と口だけ動かした。
音はその場に残せなかったと思う。
暗闇に飲み込まれる前に、あの三人の穏やかに微笑む顔が瞳に映された。
やっと温かい気持ちのまま、普通のお別れが出来た。
安堵しながら目を閉じて、体を丸めて頭を守る。
おそらくコンクリートの上に辿り着くだろうから。
「ちょっとこわ〜……。」