貫きたかった決意編第1話
氏政と話したくても姿が見えない日々が続く。
日常は容赦なく過ぎ去り、は大学の授業と歴史の勉強を繰り返した。
昼休みにはとその友人、とその友人数名でランチに行くことが多くなった。
大学の食堂で定食を食べていると、がそうだ、と言って鞄を開ける。
「どうしたの?」
「に、プレゼントがあって。今日バイトで一緒に帰れないから今渡していい?」
「プレゼント?えーなになに?」
友人はにこにこしながらその光景を見つめる。
男っ気のなかったに恋人ができて喜んでいてくれる。誤解ではあるが、その気持ちは嬉しかった。
「見てこれ!川の水飲めるようになるやつ!」
そして友人達の笑顔は硬直した。
から箱に入ったアウトドア用品を受け取り、は瞳を輝かせた。
「えっ⁉︎川の水を……⁉︎」
「携帯浄水器っての見つけた。」
「凄い!便利ー!これあるの安心だね!ありがとー!」
友人達は信じられないものを見るように目を丸くした。にアウトドアの趣味があるなんて聞いたことがない。
防災グッズならそれより必要なものがあるだろう。
なぜ川の水を……?と疑問しかなかった。
政宗と幸村からもらったお金を仕舞って持ち歩ける金庫のようなものを探したがどうしても嵩張るものしか見つからない。
ならばと発想を変えて、お金が入るサイズのプラスチックの筒を買う。銀行の棒金のようにすると、ここにお金が入ってるというのは一見わからず、動いた際に擦れる音もあまり聞こえなくなった。
リュックに入れて、からもらった携帯浄水器も入れる。暖としてホッカイロも入れる。
元親からもらった人形は加工してストラップをつけた。リュックの横にぶら下げる。
スーパーで買った小さなサイズのポン酢とオリーブオイルも緩衝材に包んで忍ばせる。
「ほんとに買っちゃったよ……。」
苦笑いしてしまう。自分用の食事にはカロリーメイトを買った。ゴミのことを考えて、箱から開封してジップロックにまとめて入れ直す。
松島で撮った写真をプリントしたものを厚手の硬質ケースに入れる。
思い出が嬉しくて、会えた人全員と写真を撮りたくなってしまう。
写真の中の政宗の髪を撫でてしまった。
自分気持ち悪いかも、と焦って、ぽいと荷物に入れる。
政宗から預かった刀を入れる。
その刀に篠から受け取ったお守りを添えるように置く。
伊達政宗の小説を読んだ。
正室に愛姫を迎え、仲睦まじい夫婦生活を送っている様子が描かれていた。
そりゃそうだ、って現実に引き戻されてしまった。
この刀を返す。
感謝を伝える。
政宗さんは大丈夫、幸せになってね、って伝えたい。
「小太郎ちゃんに見つけてもらって、元親さん、元就さん、慶次と武蔵君はまだ船だよね。一気に会える。武田、越後……氏政爺ちゃんに会って、奥州……間に合うかな。」
私は、が好き、って伝えたら、すぐに、そうか、って、じゃあな、元気でな、って言ってきそうな気がする。
「……。」
恋人が出来て幸せそうな顔をして、言わなきゃ。
「本当にごめん……。」
「いいって。」
見送りたい、待っていたいと言ってくれたはの家に来てくれた。
は着物にスニーカーを履いて、リュックを背負って座っていた。
「浄水器入れてくれた?」
「うん!川とか湖見つけたら水分確保って頼もしい!」
「ならよかった。サバイバルがんばれ。食事が気休めになっちまうよな〜。」
「ライターも持ったから何かあれば焼ける……。」
「その何かが問題だよな……。」
「街に着きたい……。」
「そうそう。俺のことはいいから、自分のことだけ考えな。」
は結局彼の告白に返事を出せずに戦国に行くことになった。その謝罪でごめんねを繰り返してしまう。
「俺以外に好きな奴いないよ。遅すぎてはい時間切れですよ俺あっちのキープしてた子と付き合う~とかはないから。」
「そんな男嫌だ……。」
「だろ?」
へへ、と目を細めて笑う彼は、の助けになれて嬉しい、という感情しかなさそうだと思ってしまうほど素直な振る舞いだった。
「貰えそうだったら、サインもらってくるね。」
「お願いします。」
そこは、いいよいいよ、って言わないんだな、とは目を細める。
『』
「爺さん」
窓から氏政が入って来て、視線を向ける。
「例のおじーちゃん。ここらへん?例の……あっ、霊のってかけたわけじゃなくて⁉︎恥ずかし!」
勝手に恥ずかしがるをは無視して氏政に声をかける。
「どこ行ってたの?もっとお話したかった。」
『む……。落ち着いてるな?もっと怒られるかと思ったわい。』
「爺さんの言うことは、正しいよ。だから私の感情の問題でしょ。」
『……。』
「小太郎ちゃんに、ありがとう、ね?」
氏政はこくりと頷いたあと、すまんの、と呟いた。
手間をかける、の他に、勝手に始めて勝手に終わらせてすまない、の意味もあるのだろうな、と察する。
「あのさ、ねねさんの霊、どこにいるか知ってる?」
ねねさんの霊もこの時代にいるの⁉︎とが横で驚く。
『なんでじゃ?』
「探したけど会えなくて。慶次はもう大丈夫って伝えたくて。」
『あやつはもう、分かっておる。』
「わかって……?」
『分かって、成仏した。だから大丈夫じゃ。』
「そう、なんだ。」
私のしたことが、この時代に影響している……?
「、あの、壊血病ってどう、習ったっけ?」
「壊血病?日本の大発見だろ?四国からアジア圏にビタミンっつーか、果実の必要性が広まってさらにヨーロッパ各地から船での果実の栽培、管理方法や船内の衛生管理を学びにくる人が大勢来た、俺の好きなエピソード!日本人として誇らしくなるよな。」
「……!」
元親さんは、上手くやってくれたんだ、そう思うと同時に怖くなる。
歴史が変わってしまった。
「そ、そうだったね。」
「あっ、そっか⁉︎その時代か。立ち会えるかもしれねぇんだ。すげー!」
その時は写真撮って来て〜とのんびり話すを見ていると脱力してしまう。
それに目の前の人間が関わっている、と思う方が不自然か、と考えて、わかった、と頷く。
次は、何もしない。
お別れだけを言う。
時計を見る。
もうそろそろだろうか、と思い、に向かい合う。
「ほんとに、ありがとね。待っててくれるの心強い。」
「待っていたいからいるだけだよ。」
「……ん。」
「頑張ってな。時間旅行?」
「そ。ちょっと旅行してくる。」
「お土産話楽しみにしてる。」
にこっと笑って、は飲み込まれて行った。
だけをジワジワと包んでいく様に、俺も一緒に、という発想は一切思い浮かばず、ただ傍観してしまった。
「……なんだかエグイ消え方だな。映画みてぇ……ズルズルズル~って。ねぇ、お爺ちゃん。」
は見えない氏政に話しかけた。
そうじゃろう……とかなんとか反応してくれてると勝手に考え、のベッドに横になった。
4時にアラームをセットして睡眠をとる。
が戻って来たら、風呂、飯、大学だ。
「あ、クソ、洗剤の香り。俺が来るからって洗ったな……の匂い好きなのにな。」
こんなときに一人欲情しちゃだめか、と考え直して電気を消す。
「……伊達政宗様と真田幸村様が着た服俺に買い取らせてって、言い損ねたなぁ。」
気ままに過ごすの横で、氏政はただ一点を見つめて固まっていた。
『ご先祖、様?』
確かにご先祖様が空間を開いた。
何かが割り込んできた。
怨念に似た何か。
底知れぬものを持った何か。
『誰じゃ……。』
手が徐々に震え出す。
『を連れて行ったのは誰じゃ……⁉︎』
異変はも感じていた。
今までになかった気持ち悪さを感じる。
「なにこれぇ……乗り物酔い?」
昨日あまり寝れてなかったからだろうか……と考えながら落ちていく。
「!!」
ドサッと倒れこんだのは、廊下だった。
「え……」
家の中…!?
まずい、と思った。
男装をしているが、城やどこかの屋敷のお手伝いさんに見えなければ終わりだ。
勝手に入って、盗人と思われても仕方ない。
とにかく外に出よう、と、は歩きだした。長い廊下に左右に部屋が面しているが、襖が閉まっている。
襖を開けたら、その先は庭じゃないだろうか。簡単に出れるはずだ。しかし部屋に誰かがいたらどうしようと躊躇ってしまう。
天井から気配がした。
「……!!」
忍がいる。
見られた。
どこから見られていた?
背後に音も無く忍が現れ、の口を布で覆った。
薬を嗅がされ、目の前がぼやけて、は気を失った。
ぴちょん、と水の滴る音が聞こえ、は目を覚ました。
「……。」
まだ頭がぼーっとするが、それでよかった。
目の前には鉄格子があり、閉じ込められている。
見張りらしき男が丁度前を通った。
頭がはっきりしていたら、混乱して騒いでいたかもしれない。
向かいにも檻があり、誰かが入っている。
目をつけられぬよう、大人しくしていよう。
小太郎ちゃんが見つけてくれるまで。
見つけてくれなくても、半月、耐えればいい。
結局、氏政がなにをすれば道が閉じるのかは教えてくれなかった。
けど、もう一度、もう一度行かせてって懇願すれば叶えてくれるのではないか、そんな甘いことを考えてしまう。
「この娘、起きているではないか。」
牢獄の中に、凛とした声が響いた。
「……。」
は伏したままゆっくり視線を上にあげた。
綺麗な赤色の着物、腰まで伸びる美しい長い黒髪でこの場に似つかわしくない女性。
口には薄く紅がひかれている。
目は……
「あ……。」
鋭い視線が自分を居抜く。
自分はこれに似たものを知っている。
「あなたは……。」
「お前が、政宗の回りをうろうろしている娘か。」
間違いない。
この人は、政宗さんのお母さんだ。
義姫様だ。
「私を、知っているのですか?」
「突然私の元に現れ、何をする気だったのか?いや」
政宗さんの目と似てる、はずなのに……
「何をしてこいと、言われたのでしょうね……?」
怖い。
「お前は政宗の何なのか……。」
敵意を向けられてる訳じゃない。
怒りを向けられてる訳じゃない。
なのに、怖い。
「答えられるか?」
圧迫感は嫌と言うほど感じるのに、脅されているとは感じられない。
私が何をしても自分は動じない、と、その余裕なのかもしれない。
「私がここにきて、何ができるでしょうか。」
変装も嘘も通じない、そんな空気を感じては必死に言葉を紡ぐ。
「よく判っているようだ。」
義姫が笑う。
ゾッとするほど美しい。
「また来よう。」
それだけ言って去って行った。
「………。」
義姫がいなくなると、は全身の力が緩むのを感じた。
まだ一日が終わらない。
はゴザの上で布団を被って座っていた。
「……寒い。」
政宗たちと居た時はあんなに早く過ぎた一日が遅い。
の前の牢にいる人間は寝ている。顔をしっかり見たわけではないが、体が大きく男ということはわかる。
「……。」
持って来ていたリュックは部屋の隅にあった。
開けられた様子もないが汚れがある。投げ入れられたのだろう。
元親にもらった人形が汚れていた。顔を着物で拭いて綺麗にする。
ホッカイロはあるが、まだ使いたくない。こんなのがあるんだよ、と奥州の地で開けたかった。
義姫のいる土地。
米沢城だろうか。とすると山形県。
「……。」
お金で見張りを買収できるだろうか、と考えるが悪手に感じる。お金を取られるだけで出しても貰えず義姫に報告されてしまう未来の方を想像してしまう。
騒いだところで何も起こらなそうだ。しかし耐えた先に何かあるのだろうか。
「そういえば……。」
私の存在を、義姫が知っていたのは驚いた。
政宗さんからお母さんの話は聞いていないし、連絡を取っている様子もなかった。
確か、義姫は女性でありながら戦に出ていたのだっけ。
やはり気になるのだろうか。
政宗さんの考えや、周囲のことも。
情報は集められていたのかもしれない。
ザッザッとこちらに向かう足音が聞こえた。
飯の時間だと言う声。
蝋燭の明りしか周囲を照らすものも無く、時間の感覚が分からなくなりそうだ。
朝餉にしては遅いように思えるが、夕餉には早いのだろうか。もしかして一日一食なのだろうか。
こんなところにいて、気が狂ったりしないのだろうか。
自分の牢の扉が開いて、男が入ってきた。
「置いておくぞ。」
はこくりと頷いた。
映画なら、この時にチャンスだと、看守を倒して逃げるのだろうかなどと考える。
刀はあるが、そんなこと出来る気がしない。
力では敵わない。すぐに立場は逆転されてしまう。
「ちゃんと食えよ。」
「はい。」
食べなさそうに見えただろうか。そんな繊細なメンタルは持っていない。
「まぁ、あんたなら明日にでも売り手が見つかるだろうが。」
「……?」
売り手……?
「相手によっちゃ飯が食えるとも食わされるとも判らんからな。」
何を言っているんだろう……?
「丁度いい量、今は食っとけ。」
それだけ言って、看守は行ってしまった。
「……。」
ご飯に漬物、味噌汁。
凝視してしまう。
意味を考えてしまう。
「……はは……。」
相手が、痩せた子が好きなら食べさせてくれなくなるかもしれないのか。
相手が、ふくよかな子が好きなら無理矢理食べさせられるのか。
「まるで、家畜だな……。」
私は、売られるのか。