貫きたかった決意編 第3話


忍は小次郎が言っていた町まで送ってくれた。
適当な林の中で止まり、を下ろした。

「奥州まで、と言ってあげたいところですが、私はそれほど権力も能力を持っていませんので、自分の身を考えればここまでです。」
「大丈夫です。ここまで、ありがとうございました。」

忍は懐に手を伸ばし、紙を取り出した。

「地図です。」
「あ……。」
広げると、大まかに尾張より上の地が描かれていた。

「あの町はここ。点で示されたのが確認できている町です。上のほうにある線が奥州の国境です。」
「はい。」
忍はすぐに折り畳み、に渡した。

「いいんですか?」
「ええ。」

ありがたく受け取ってもう大丈夫です、と言うと、忍はこくりと頷いて消えていった。

「うん。私、大丈夫。」

近くに川を見つけ、顔を洗ってさっぱりとする。
携帯浄水器を使って竹筒に水を入れて飲み水を確保した。
木に寄りかかって水を飲みながら一休み、と座り込む。
携帯電話を起動する。
大学の友人たちと撮った写真と、松島での政宗と小十郎、小太郎との写真を眺めて過ごす。
10分経って、そろそろ行こう、と立ち上がる。

町に入るとまず宿を探すことにした。
小太郎に情報がいくように、一番高い宿を探さねば。






「全く、あれはやられたね。」
「半兵衛様、秀吉様にはなんて伝えましょう?」
「そのまま伝えるさ。隠していても仕方がない。」

半兵衛はカリ、と爪を噛んだ。

戦力は五分五分。
決着がつくとは思えなかった。 どちらの軍が、どのような戦術を使うかを見たかった。
そして、武田軍の情報を、徳川に流そうと考えていた。
戦での疲弊の状況を伝え、戦略を少し助言し、勝機があると見れば、家康は出陣するだろう。
織田の援軍などなくても、君は武田を倒せると、そう操作するつもりだった。

(そしてその先……)

しかし武田が簡単に徳川に負けるとは思えない。ならば、本田忠勝、あれにも少しは隙ができる。

(僕達の出陣は、そこだった。厄介な、戦国最強から……。)

徳川を落としたら、武田、上杉へと容赦なく攻め入るはずだった。

「なぜ、僕たちの居場所が判った……?」
影響が及ばない場、尚且つ戦でどのような兵法が使われるかしっかり見えて、向こうからは見つけるのが困難な場所を選んでいたはずなのに。

「兵をそんなことに回す余裕はなかったはず。」
「半兵衛様!」
ばたばたばたと走る足音。

「ここは宿屋だよ。もう少し静かにしたまえ。それと、名前を呼ぶのも控えてくれ。」
小さい町だから自分の名を知る人間もいないだろうが、念の為に注意をする。

「申し訳ありません!」
「で、どうしたんだい?」
「それが、川中島での戦で、伊達政宗が現れたそうです。」
「政宗君……。」

ああ、そうだ。
彼の所に、風魔小太郎がいるんだった。

「判ったよ。」

武田信玄と上杉謙信が一騎打ちを始めたとき、異変が起こった。
竹中半兵衛は連れて来た隊を二つに分けていたのだが、一方が何者かに襲われているという報告がきた。
急いで確認させようとしていると、豊臣軍の旗を掲げた集団が現れた。
誰かが、旗を奪って利用したとしか考えられない。
しかしそれを見た両軍の忍は慌ただしく動き、戦は混乱し、豊臣軍が漁夫の利を狙おうとしている、という話で戦が止まってしまった。
武田上杉両軍の忍が多数こちらに向かってくるのが見え、自分達は急いで逃げた。

全て、政宗君達の謀か。

「……。」

ならばその先は

三国の共通の敵を作るのは

「……同盟を組む気だね。」

使われた、ということだ。

「気に食わないね……。」

ぎゅっと拳を握り、窓に寄った。
景色を見て落ち着こうと考えた。

「……ん?」







「ここ……宿屋……。」
は一番目立つ宿屋の前に立った。
約束とはいえ、いきなりこんな大きな宿に泊まって大丈夫だろうかと心配になってくる。

「朝食抜きで値下げとかあるかな……。」
余裕はあるはずだが、出来るだけ節約はしないと、と思いながら宿屋に入る。

「いらっしゃい。」
出迎えてくれたのは優しそうな女将だった。
「あの……。」
さん。」

は声のした方向を見つめる。
階段をゆっくりとした足取りで降りてくる。

「半兵衛さん……?」
「覚えていてくれて良かった。偶然だね。」

半兵衛はと目が合うと、にっこりと笑いかけてくる。

「ここに泊まるのかい?一人で?」
「あ、えと、泊まりたいんですが、手持ちが少ないので、値段を聞こうかと。」
咄嗟に嘘をついてしまった。
半兵衛になぜここにいるのかと問われたくない。
の脳は疲れ切っていた。

「ああ、なら。」

半兵衛は懐に手を入れ、女将に銭を渡した。
「え……。」
「会えて嬉しいからね。ここは僕に甘えてくれないかな?」
「そんなわけには……!」
「僕たちの隣りの部屋、用意できるかな?」
半兵衛がそういうと、女将はもちろんです、と言って二階へ上がって行った。
問答無用の展開に、は断るタイミングを失った。
「あ、え、えと、すみません……。」
「困った時は、お互い様だよ。」
「お互い様……?」

は半兵衛の言葉に違和感を感じたが、こちらにおいで、という言葉にそのまま従った。
早く休みたかった。






用意された部屋は、一人で泊まるにはもったいない広さだった。
は半兵衛に頭を下げてお礼を言った。

「気にしなくていい。……それより、それが、荷物かい?」
「は、はい。」
背中を指さされる。
それは何かと問われるかと警戒したが、へえ、というだけだった。

「部屋に、置いて来ます。」
「着物が汚れてるね。洗ってもらって、すぐに湯に浸かるといい。」
「あ、はい!すいません!」
「いいんだよ。」

そういえばお風呂に入れてない、と気づいて恥ずかしくなる。
は言われた通りに湯に向かい、宿屋の浴衣を借りた。

「……。」

は複雑な心境だった。
知ってる人間に会えて嬉しい。
でも、なんでこんなところにいるんだい?と聞かれたら何と答えたらいいか判らない。

「半兵衛さん……。」

お金を出してもらっているんだ。
とにかく、不快な想いにはさせないようにしないと。






風呂に入った後、部屋に戻る廊下で半兵衛に会った。
やあ、とまた笑顔を向けられるが、見張られていたのではないかという疑いを持ってしまう。

「うん、さっぱりしたね。」
「はい。」
そんな思いは出さないよう、も半兵衛に微笑みかける。

「話がしたいんだ。部屋に行ってもいいかな?」
「あ、はい……。」

は若干ためらってしまったが、半兵衛は気にした様子もない。
そうと決まれば、との部屋へと足を進める半兵衛の背を追った。

部屋に置かれた台には温かいお茶が用意されていた。
向かい合って座ると、は少し緊張する。

さんは一人旅が趣味なのかい?」
「!!」

そういうことにしていいのだろうか、と、それもわからない。

「はい。あの……慶次……に影響受けて……。」

半兵衛に対してぎこちないのは、慶次の名を出さねばならないから……そう感じてもらえるように発言をした。

「あぁ、そうなんだ。」
半兵衛の表情は変わらない。

「大変だろう。危険だし。」
「大変ですけど、各地の特産品に触れたり出来て、楽しいです。いつもは小太郎ちゃんがいるんですが、資金が底をついて。今、政宗さんにお金貸して~!!って頼みに行ってもらってるんです。」
だらだらと嘘が出た。

「あぁ、風魔小太郎……。」
噛み締めるように、半兵衛が名を口にした。

「政宗君は、変わりないかな?」
「はい、いつも通りだと……。」

政宗の顔が思い浮かぶ。
「……。」
義姫のことは、一瞬たりとも忘れることが出来ない。

「…………。」
が口を結んで俯く。

「……ねぇ、さん?」
半兵衛が立上がり、の隣りに移動した。

さんが旅している間に、僕はちょっと政宗君に会ってね。」
の顔を覗き込む。眉根を寄せて、困った顔で。
「政宗君は、僕が嫌いなようで、僕にいじわるするんだよ。」
ぴくりとも動かないの髪を撫でる。
反応しないの頬に手を当て、半兵衛の方を向かせる。
「僕は傷付いてしまってね。さん、何でもいい。政宗君の情報、教えてくれないか?君しか知らないような情報……」

の瞳を見つめた半兵衛は、少し驚いてしまった。
の目は今にも涙がこぼれそうだった。

「政宗さんは悪くないの……!」
さん?」

が半兵衛の袖を思い切り掴んだ。
手が震えている。

「政宗さんは、な、なにも……わるくない……」
「落ち着いて。どうしたんだい?」
の目は真直ぐ半兵衛を写しているのに、半兵衛にはが何を見ているのか判らなかった。

「半兵衛さん……私、一人……やだ……。今はやだ……この部屋、広くて……寂しくて……」
「判った、大丈夫、そばにいるよ。」

半兵衛はの頭を優しく撫でた。

「はんべえさん……わたし……」

は自分がもう何を言っているのかよく判っていなかった。
だけど、止められなかった。

「やだ……いやだ……こわい……」
さん?」
「進むのが怖い……未来が怖い……!やだ、やだよ……」
さん……?」

ボロボロと涙をこぼすを抱き締め、半兵衛は背をぽんぽんと叩いた。
それでもの震えは止まらなかった。

「……やだよぉ……」




政宗が嫌われているのが嫌だ

義姫が政宗に抱く想いが嫌だ

義姫が毒殺を計るのが嫌だ

政宗が苦しむのが嫌だ

小次郎が死ぬのが嫌だ

政宗が弟に刃を向けるなんて、嫌だ



私は、我儘だ










半兵衛はが落ち着いた後もずっと一緒にいた。
正直、がなぜこんなところに居るのかはどうでもよかった。
政宗がこの子を利用して情報収集をするなどあまり考えられなかった。駆け引きなど出来そうにない子だからだ。
ならばなぜこんなところに居るのかと考えればいまいち的確な答えは出ないが、今一番知りたいのは伊達政宗のこと。
だからすぐに伊達政宗の名を出したら、この状況。

君。」

君が知っていることは、僕の助けになりそうだ。

「ごめんなさい。いきなり……泣き出して……。」
「いいんだよ。でも、君が心配だ。」
「大丈夫、です。心配して下さりありがとうございます。」
「そういうわけにもいかない。ねぇ、君。」
「……?」

また違和感だ。
そうだ。
呼び方。

「僕は君の助けになりたい。」

今まで、さん付じゃなかったっけ……?

「何が起こるんだい?」
「半兵衛、さん……。」

優しい、声なのに……

「政宗君に、何が起こるんだい?」

言っちゃだめだ……

「半兵衛さん……。ど、どうしたんですか……?」

半兵衛が何を聞きたがってるかなんてもう気付いているのに、そう言うしかなかった。

「政宗君はね、僕を悪者にしてね……」

まるで子供に教えるような口調だった。

「武田と上杉と……同盟を組む気だよ。いや、もしかしたらすでに話はついてるかもしれないね。判るかな?」

小十郎の言葉が思い出される。
共通の敵がいれば自ずと仲間意識が芽生えると。

共通の、敵……

「ねぇ、君」
「!!」

半兵衛がの腕を強く握った。

「い、痛いです……。」
「離さないよ。」
「半兵衛さん……。」

笑顔のままで

優しい声のままで

「逃がさないよ。」

利用価値のある君に

「……君」

親しみを込めて。










はその夜、手足を縛られたあと布団に入れられた。
夜、ここから逃げてしまわないように。
半兵衛がその隣にもう一組布団を敷くのを身動きできずにただ見ていた。

「半兵衛さん……。」
「ごめんね。君のことは嫌いじゃないんだ。」
敷き終ると布団に座り、を見下ろした。

「ただ、君が必要なんだよ。」
「!」
頭にポン、と手を置かれる。
咄嗟に、髪を引っ張られるのではないかと想像してしまって身体が強張る。しかしそんな衝撃は来ず、半兵衛は手を離した。

「抵抗しないでくれ。君に酷いことはしたくない。」
「……。」
「政宗君になにが起こるか。それさえ喋ってくれれば、解放してあげるよ?」
「決まったわけじゃないんです。」
「ん?」
「ただ、これまでの事から先を推測しているだけ。確かな情報じゃないです。」

そうだ。
まだ毒を盛るとは決まってない……。

「可能性がわずかにあるなら、何でもいいんだよ。僕はそれを利用できる。」
「……。」

起こらぬなら、起こすまで。
推測可能な出来事なら、引き起せる。

半兵衛ならば出来るのだろうと、は感じた。

「半兵衛さん……。」

は、半兵衛の意見が聞きたくなった。
自分よりずっと力を持った、大切な友を持ったこの人に。

「なんだい?」
「もし、秀吉さんが、酷い目に遭うとしたら……」
「そんなこと、させないよ。」

そう言うだろうとは予感していた。

「えぇ。自分が動けば、防げるかもしれない。けど、その出来事が、秀吉さんに必要なものだったら……?」
「……。」

半兵衛は秀吉と松永久秀の名を思い浮かべる。
が秀吉の過去を知っているはずがない。
だから例え話だ。
政宗に何か酷い事が起こり、それは政宗に必要な出来事だと言っているだけだ。

しかし考えてしまった。
秀吉が、松永久秀に屈する時、慶次くんじゃなく自分がそばにいたなら……?

「……さぁ」

返って来た言葉は少しそっけないものだった。

「それより政宗君が……」
「それより!秀吉さんが、酷い目にあって」
は半兵衛の言葉を遮った。
自分の立場を忘れた訳ではなかったけど。

「でも半兵衛さんは、秀吉さんをそんな目に遭わせたくなくて……」
君……」
「でも、それは、秀吉さんにとって必要なことかもしれなくて……!」
手足に力が入り、縄で擦れた皮膚が痛んだ。

君、今日は寝ようか。」
「待って……!」
半兵衛が明りを消した。
月明かりのみに照らされた半兵衛は無表情で、綺麗とも怖いとも思えた。
政宗たちが言っていたのは、この表情なのだろうと感じた。

「ああ、そうだ、君、色々と忙しくてね、文を出せなかった。ごめんね。」
「いえ……。」
「何をするにしても、とりあえず大阪城に戻らないと。」
「……。」

連れて行かれるのだろう。
しかし、大阪城には慶次が居るはずだ。

「……。」
慶次に……相談できるだろうか……

布団に入った半兵衛を、はしばらく見つめていた。






朝、目覚めると半兵衛の部下が朝餉を持って立っていた。
の縄を外す半兵衛を驚いた顔して見ていた。

「……は、半兵衛様、えーこちら、先ほど届いて……」
「そこに置いておきたまえ。」
「はい……。」

半兵衛さん、ちゃんと理由言ってないのかな……。
そーゆープレイとか思われてないよね……。

は少しドキドキしてしまった。
そんな話が広まるのは避けたい。


縄が解かれても、は大人しくしていた。
そのの様子を見た半兵衛は、安心したようにふっと笑った。
すでに届いていたの分の朝餉を並べ、半兵衛は手招きした。

「先に食べてしまおう。」
「冷めちゃいますしね……。」
「そしたらすぐにここを出るよ。」
「はい……。」

はあまり食欲が湧かなかったが、今後のことを考えてとにかく腹に入れておこうと考えた。
それほど多い量でもなかったため、残さず食べた。
半兵衛はの食べる様子を見て、よかった、と一言呟いた。

「食欲はあるね。」
「ふぁい。」
はもぐもぐと米を咬みながら返事をした。

「……暴れて逃げるのは疲れますから。」
「最もだね。そして無駄な体力だ。」
半兵衛はの言葉に好感を持った。
しかし、自我が強いとも受け取れ、から政宗の情報を聞き出すのは時間がかかりそうだな……とため息をついた。

(……まあ、それでもいい)
この子は普通の女の子だ。
話させる手段なら、いくらでもある。
それに、が言いたくないなら、言わないだけの価値がある。

(奥州に忍を向かわせたいが……)
風魔小太郎が政宗に従っているなら、全てやられてしまうかも知れない。

「……。」

半兵衛は食べ終えると、膳を運んで廊下に置いた。
もそれを真似して、半兵衛のそれの隣に膳をおいた。

「すぐに着替えてくれ。」
「はい。」

は仲居さんがもってきてくれた着物を取った。
洗ってもらった着物はまだ湿っぽかったが、仕方なかった。

(政宗さんに、もらった着物……)

一度、抱き締めた。

「……。」
「…………。」
「…………………。」
「…………………………。」
「半兵衛さん……」
「どうしたんだい?」
「着替えたいんですが、ちょっと退いててもらっていいですか?」
「僕は気にしないけど」
「私は気にします……。」
「そうか」


なら、と半兵衛は廊下に出た。

「……はぁ」

は少し調子が狂った。

「半兵衛さんも少しずれてるなぁ……。」

それとも、自分に色気がないからだろうか……と、は下を向くが、自分より半兵衛のほうが綺麗だと思っているので、仕方ないか、と忘れることにした。






宿を出るときもは大人しく従って、半兵衛の後ろをついていった。
「さて、君は……」
半兵衛はをどうやって連れて行こうか考え出した。

「もう、縄は、嫌です。」
は半兵衛に、痕がついてしまった手首を裾からわずかに出して見せた。

「半兵衛さん、私、痛いの嫌いですから。大人しく、してますから……。」
「……。」
半兵衛はの腕を優しく掴み、引っ張った。
一頭の馬の元に行くと、半兵衛は先に跨り、に手を差し出した。
はそのまま、半兵衛の馬に乗せてもらった。

君、飛ばすからしっかりつかまっているんだよ」
「はい。」

じゃあ……と、は半兵衛の腰に腕を回してしがみついた。

「半兵衛さん、細い……。」
「感想は言わなくていいからね……。」

半兵衛が馬を走らせると、は空を仰ぐ。
ゆっくり口を動かした。

今のままじゃ奥州には行けないから。

もう少し時間が欲しいから。

(まって)

自分でもなぜかよく判らなかったが、今は 半兵衛の言葉が聞きたかった。
は視線を半兵衛の背に向けた。

「どのくらいで着きそうですか?」
「今夜は野宿を覚悟してくれ。」
「う。は、早く着くといいですね……。」
「そうだね。」

景色を楽しむ余裕も無く、半兵衛は驚くくらいのスピードで馬を走らせた。







「おい、小太郎?小太郎はまだか?」

政宗は左右をきょろきょろ見渡しながら、廊下を歩いていた。

「小太郎はまだ帰っておりませんが。」

小十郎が部屋の障子を開け、政宗に声をかける。
落ち着かない政宗に、笑顔を向けた。

はまだみつからねえのか?」
「政宗様、そう言っていても仕方がないでしょう。」
「だってよ……。」

政宗が満面の笑みを浮かべて小十郎の部屋に入り、胡坐をかいた。

「早く報告してぇんだよなぁ。」
「……そうですね」
「こんなに良いことが重なるとは思わなかったぜ!」

心から嬉しそうにしている政宗を、小十郎は複雑な心境でみつめていた。






随分な距離を走ったが、まだ大阪城には着かず、馬の疲労もピークに近かったため、途中に林道から外れた場所に小さな無人の家を見つけ、そこで休むこととなった。

「疲れたかい?」
「もちろんです。」

は小屋の中に入るとすぐに寝そべった。
床板は冷たいし、汚いだろうな、と思ったが、とにかく休みたかった。

小さな囲炉裏に火をおこし、薪をくべる半兵衛を横になったまま見ていた。

「部下の方は……?」
「固まって休憩などしないよ。」

周囲を見張っているのか、と察する。

「寒いんじゃ?」
「毛布なら持たせてる。」
「そうですか……。」

揺れる火を静かに見つめる。

(幸村さん、元気かな……)

楽しかった日々を思い出してしまう。
みんなで、ただ笑っていられたら、どんなにいいだろう。

(みんなを……)

未来に連れて行ってしまえたら、楽しいなんて、
そんな自分勝手な考えが思い浮かび、はまた泣きそうになった。

君。」

に半兵衛が毛布を掛けてくれた。

「ありがとうございます……でもこれ……。」
「体調を崩されては困る。」

半兵衛はこの毛布以外を持っていなかったはずだ、と思い出して、起き上がって半兵衛の隣に座る。

「どうしたんだい?」
「半兵衛さんも……。」
「……。」

が半兵衛の背に毛布を半分かけて、二人で共有しようとした。
寄り添わずとも十分二人を覆える大きさだったが、半兵衛はの肩に手を回して引き寄せた。

「不快に感じないのかい?」
「なにが?」
「僕が君に優しいのは、情報が欲しいからだよ?」
「私だってそうですよ。」

が半兵衛の肩に頭を乗せた。

「半兵衛さんの選択が聞きたい。」
「君は、僕への問いで、政宗君に危険が迫ってると言っている。さらに僕に問い掛けて、自爆したいのかい?」
「政宗さんは、強いよ。」

の言葉に、半兵衛はピクリと反応した。

「自分が何を僕に漏らしても、政宗君は安全だと?」
「命の危機、というわけじゃない。」
 
助かるはずだ。解毒剤があるはずだ。
 
「私の我儘です。私が、起こさせたくないから。」
「……。」

半兵衛は、ぶつぶつと、命の危機ではない……と繰り返した。
頭の中では、何が起こるのか推理し、それをどのように利用できるか考えているのだろう。

「半兵衛さん、もし半兵衛さんだったら」
「……起こるのはいつ頃なんだろうね」
「秀吉さんに、言う?君にはこれから、こんなことが起こるよ、って。」
「場所は奥州かな?」
「それとも、自分一人背負って全て潰しちゃう?」
「幸村君が政宗君を追い込む……いや、信玄公が居る限りそれはないか……?しかし同盟前なら……」
「秀吉さんを信じて、見て見ぬふり?」
「政宗君の謀がバレて、忍が暗殺を計り混乱を?ああ、それなら僕たちの情報操作で可能かな……?いや、政宗君がそれを予測しない訳がない……。」
「……。」
「…………。」

互いにほぼ独り言だ。

「半兵衛さん……寝ませんか?」
「そうだね……明日も長距離移動だ。」
「!!」

半兵衛がを抱き締めて横になる。

「は、は……」
「君より先には寝ないからね。」

今日は半兵衛自らが自分を縛ってくれるらしい。

「おやすみ……。」
「み、耳元はやめてください……!」
「おや?君はこういうものに弱いのかな?」

半兵衛はにやりと笑い、政宗君に何が起こるんだい……?と耳元で囁いた。

「いいいい言いません!」
の顔が真っ赤になった。
「……教えてくれないか……僕はどうしても……欲しい……」
「ひいぃ!」
は体を強張らせた。
半兵衛の声と吐息は全身の神経にくる。

君……良い子だ……」
「ちょ…!」
明らかに自分の声が良いことを知っての確信犯だ。
片手での顎を掴み、逃げられないように固定して言葉を発した。

「ねぇ、僕に……どうされたい……?」
「やめっ……やっ……」

段々半兵衛が調子に乗る。関係ない言葉まで吐きだした。

君、その身を捩る姿……可愛らしいね……」
「わぁぁぁぁ!」

たまらずが抵抗した。
そんなを見て半兵衛は笑った。

「……君」
「はい……」
「……寝ようか」
「ええ……」

突然、自分達は何をしているんだろう……と思ってしまった。






朝起こされて、朝餉は近くの町に着いたら摂るよ、と半兵衛に言われ、顔を洗う暇もなく馬に乗った。
半兵衛はいつもこんなに忙しくしているのだろうか、と疑問に思い、口に出してみると、いつもじゃない、と一言返ってきた。

町に着いて、部下が食料を調達しに行っている間に、は急いで身支度を整えた。
おにぎりなど簡単な食事を人数分購入させ、ゆっくり移動しながらの朝餉となった。

「なんだか意外。」
「何がだい?」

馬の上で食事など、振動で気持ち悪くならないだろうかと不安になっていたが、半兵衛は慣れているようで、振動を最小限に抑えるように手綱で馬の歩行を調整していた。

「半兵衛さん、こんなにせっかちだとは思わなかった。」
「僕がせっかち?」
は半兵衛より先に食べ終わると、そう話しかけた。
聞き返してきたので、言い方が悪かったかなとは慌てた。

「食事はゆっくりしそうなイメージ……印象だったので。」
「そうなのかい?でも君、時間は大切だと思わないか?」
「時間……」

それはも十分感じていたものだ。

「そうですね……大切です……。」

しかし、今の自分は矛盾している。
それが本音なら、今すぐ奥州に向かおうとするはずだ。
少しでも長く、皆といたいはずだ。

「でも、長くより……深く誰かと一緒に居たい時があります……。」

すぐに奥州に戻るより、何か、自分の気持ちを定めてから帰りたい。
今の自分は中途半端すぎる。全ての思いに自分の考えがない。
仕方無い、じゃなくて、こうしたいって、強い気持ちが無い。
こんな曖昧な自分が、政宗達と心から笑い合えるはずがない。
そんなの嫌だ。

「深く……?」
「つ、伝わりませんかね?えっと……」
「それは、時間の許されたものが考える余裕だよ。」
「え?」
半兵衛の声が低くなる。怒らせたのだろうかと不安になった。

「気分を害しましたか?すいません……」
君、飛ばすよ。」
「え、はい!」
お握りを食べ終えた半兵衛にしがみつくと、馬が勢いよく走り出した。