貫きたかった決意編 第4話


日が落ちる頃まで走り続けると、もうすぐだと半兵衛が言った。

「大阪城……。」
考えてみれば慶次と武蔵が居ても、豊臣秀吉がどんな人かも判らないし、どんな状況になっているかも判らない。
もし捕まっていたら助けないといけない。
大丈夫だったとしても、半兵衛がここに慶次が来てると知ったらどうなるか判らない。

「……。」
まずは目の前のことから。
そう気合いを入れる。

「半兵衛さん、お手柔らかに……。」
「秀吉次第かな。」

門が開き、は半兵衛と共に城内に入った。

「君には特別な部屋をあげないと?」
「わぁ~……特別ウーレシーイ……?」
の返事は棒読みだった。




どこまでいくのだろうかと疑問に思うくらい歩いた。
階段もたくさん登り、大量にいた兵もわずかしか見えなくなった。

「半兵衛さん、どこまで……?」
「構造を報告されたところで戦に何の不利も無いからね。兵力は圧倒的だから。」
「えっ。」

構造をみせてくれると言う意味なら、自分の行き先はもしかして最も奥に構えてるはずの場所。

「……本丸とかいいませんよね?」
「鋭いね、君」

半兵衛は笑ったが、の顔は引きつった。



豊臣秀吉は今は城から出ていて留守だという。
は城の最上階にある狭い一室に入れられた。小さい窓からは城下が見下ろせる。

「半兵衛さん。」
「なんだい?」
はリュックから筒を取り出して開ける。

「宿代と、ご飯代、ここまでの移動費です。足ります?」
「……。」
お金をずいぶん持ってたんだね、と思いながら、半兵衛は受け取った。

「荷物を確認させてもらおうか。」
「これ元親さんがくれたカラクリです。可愛いでしょ。」
「……。」
「政宗さんが護身用にくれた刀です。使いこなせるようになってません。」
はリュックから荷物を出していく。

「これは緊急用の食事です。」
「これが食事?」
「これは女中さんがくれたお守り。手作りです。」
「よかったね。」
「はい。これは火起こし。」
「火起こし……」
カチ、とライターで一瞬火を出す。

「……あとですねー」
「色々、持ってるんだね。」
「女の一人旅危ないんで……」
は、半兵衛はおそらくあれこれ聞いてこない、と予想していた。
自身の無知を他者にわざわざ言う人には見えない。

「なにか没収します?」
「ここまで大人しくついて来た君に免じてそれはしないでおくよ。」
「優しい。」
「ずっと大切そうに持ってただろう。」
「……はい。」

半兵衛は思ってしまう。
君はその刀を僕に抜くことはないし。その火で城を燃やすなんて発想はないだろう。
君は、僕が何をしても、僕を傷つけることはしないんだろう。

「……。」
「半兵衛さん、行っちゃうの?」
「また寂しい、かい?」
「違いますもん……。」
「仕事を終えたら来てあげる。」

そういって部屋から出て行ってしまった。
扉が閉まる音と共に、ガチャンと鍵の閉まる金属音も聞こえた。

「やっばい……。」
慶次と武蔵の心配をしている場合じゃないかもしれない。
このままでは長期間ここで過ごさなければならなくなる。

「半兵衛さん……。」

小さな声で、繰り返してしまう。
 
「もし、秀吉さんが、危ない目に……」








爪先立ちでそろりそろりと歩く二人組は、隠れながら本丸を目指していた。

「けーじ!なんでこんなに地味に行かなきゃならねぇんだよ⁉︎」
「黙れ武蔵!二人で正面突破なんざ無理だっつーの!」

今、秀吉は留守だ。
警備が薄いうちに侵入して、秀吉を待つという計画だ。

「いくじなし!」
「なんだとぉ!?」
「キッ!キキ!」

見つかっちゃうよと夢吉が慶次の頭をぱしぱし叩いた。

「ゆめきちも、堂々といきたいよな!?」
「キ!?」
「違ぇ!見つかるって警告してんの!」
「勝手なこというな!」
「あーもー……」

慶次は頭を抱えた。
本丸はもう見えている。
もう少し。

~……助けて……」
「姉ちゃんがいるのか?」
「いないよ……なんでもない」
「キ……」

夢吉がぴくりと反応し、背筋を伸ばした。

「夢吉?」
「キッ」
「あ、ゆめきち~」

慶次の肩から下りて、夢吉は走って本丸へ向かってしまった。

「夢吉っ……!」
「ゆめきち、ていさつってやつか?」
「急ぐぞ!」

夢吉がいってしまった理由は判らないが、必要以上に不安になる。
自分は夢吉を失う訳にはいかない。





は室内をうろうろと歩いていた。
「半兵衛さんいつ来るかな~。」
「キッ!」
「え?」
振り向くと、開け放っていた小さな窓から夢吉が顔を出していた。
「夢吉!」
「キ~キ~」
が駆け寄ると、夢吉は胸に飛び付いてきた。

「え、なんで?慶次も着いたの?」
「キッ!」
夢吉の表情と声は嬉しそうなので、とにかく慶次は無事なんだろうと感じ取った。
「そっか……!」
はとりあえず一安心して夢吉の頭を撫でると、目を細めて気持ち良さそうにした。

「!」
扉からカチャカチャと鍵を開ける音がした。
「夢吉、ごめんね……隠れてて……」
「キ~」

夢吉を近くの棚に隠すと、はゴザの上に座った。
「お腹すいたかい?」
「少し。」
半兵衛は数枚の書類を持って現れた。
背後には一人の女性が膳を持って立っている。
女性はの近くにそれを置くと、すぐ出ていってしまった。

「さて。」
半兵衛はの近くに小さな机を運び、そこに書類を広げて座った。
「これ頂いていいんですか?」
「話が終わってからね。とりあえず政宗君には隙ができるんだね。確実にそこを利用しないと。」
半兵衛はにっこりと笑った。
「だから……」
「君が止めるかもしれないんだっけ?凄いねぇ。」

明らかに馬鹿にしたような言い方をされる。
やり方を変えたのか、とは冷静だった。

「半兵衛さんだったらどうしますか?」
「良い情報あげようか?同盟は成立したようだ。」
「……。」
「君が何かをしようとしなくても、政宗君には立派な味方がたくさん出来たというわけだ。」
「それは、嬉しいことですよ。」
「君がいなくても、政宗君には問題ない。」
「当たり前じゃ、ないですか……。」

政宗は弱い男じゃない。それは側にいた自分が知ってる。
自分が居なくたって政宗は夢のために天下取りを目指すことくらい知ってる。

「君にとって、当たり前かな?」
「しっ、知ってる……。」
 
の動揺に半兵衛がにっと笑った。
半兵衛の言葉が、心に突き刺さっている。

自分がもうこっちに来れなくなっても……政宗さんは問題ないのだ。

君。」
「!」

半兵衛がの手を握った。
はびくりと震えてしまった。

「政宗君に起こることを教えてくれたら、僕たちは政宗君のもとに上手く奇襲をしてあげるよ。」
「どういう意味……」
君はそれを偶然知って、政宗君に伝えに行く。でも、君は僕たちに捕まってしまう。君はそれでも伝えようと、抵抗して、傷つきながらも逃げて……豊臣にすでに負けた政宗君の元に行くんだ。美しいだろ?」
「何、それ……」
「君は政宗君にひたすら謝る。間に合わなくてごめんなさい、ってね。優しい政宗君は君は悪くないと言ってくれるよ。そして全てを失った政宗君は、君を、君だけを愛してくれる……。」
「な……」

これは、手を組もうという話か。

「君は、政宗君が好きだろう?」
「!」

は半兵衛の手を振り払った。

「そんなこと、するわけない。」
「何故だい?政宗君に大人しくなってほしくないか?」
「望んでません、そんなこと……」
「心優しい君は、戦場になんて行って欲しくないんじゃないか?」
「行ってほしくない、でも!」
「でも?」
「政宗さんが望まないこと、私はしたくない!絶対!それに、私だって、政宗さんの負けなんて望まない!」

半兵衛が目を細めた。微かに笑ったようにも感じられた。

「僕たちが負けろと、そういう意味かな?君のその言葉は。」
「……。」
「政宗君は僕らが嫌い。まぁ、君もそうなって当たり前、か。」
半兵衛が肩をすくめた。
そして立ち上がり、部屋の扉へ向かってしまった。

「忘れないように。君には人質の価値がある。」
「半兵衛さん……。」
「安心してくれ。人質は生かしておかねばならない。食事はちゃんと食べてくれよ。」

半兵衛が部屋を出て行き、扉がゆっくり閉められた。
また鍵のかかる金属音。

「………。」
は扉を見つめながら固まった。

夢吉は棚から飛び降りての膝に乗って、の顔を見上げた。

「私、何してんだろ……?」
「……キ?」
「半兵衛さん、優しいから、頭良いから……何か解決策になるような言葉、くれる気がして……」

それは本当に感じたものだった?

「違ったのかな……」
「キィ……?」

は夢吉を抱えてその場で横になった。

「ただ、逃げたくて……ついてきちゃっただけだったのかな……」
夢吉が手の中でもぞもぞ動く。
が夢吉を解放すると、の顔のそばに来て、頬をぺちぺちと触る。

「キ、キ……」
「ねぇ、夢吉、今……私が何考えてるか判る?」
「?」
夢吉が首を傾げた。
本当に頭のいい子だと思う。
私の気持ちが沈んでいることが感じられるのだろう。

「政宗さんに、お母さんのこと、もう忘れてって……言ってやりたい……」
「キ……?」

自分は最悪だ。
心配してくれる夢吉にあたろうとしている。

「もう忘れて、食事なんか行かないで……弟さん……青葉城に呼ぼう……それで……それで……」

ハッピーエンドになるわけがない。

「私は帰る。もう来ない。ねぇ夢吉、私我儘だね……政宗さんに殴られるかな……?いっか……?いいよね……むしろ、傷ついたほうが、政宗さんのこと、忘れないかも……」
「……キ……」
「私、もう来れないんだから……残りの日数、どこにも行かないでずっと一緒に居てよって。最悪だね私、後のことなんか知らない。自分が望むように、乱して消えて行くの……私……」
「キィ!」
「っ!」

夢吉がの頬を引っ掻いた。

「夢吉……。」
「キッ!キィ!」
「……夢吉……判んない……怒ってるの?」
徐々に頬に腫れが浮き出る。
は痛くて手で抑えた。

「キー!」
「あ……」

一際大きく鳴いた後、夢吉は窓から外に出て行ってしまった。
は心配して窓を覗く、などという行動も取れなかった。

「……夢吉に、嫌われちゃった……。」

天井を仰いで、呟いた。





慶次と武蔵は蔵の隅に身を潜めていた。
「ゆめきち、大丈夫かな?」
「夢吉は、頭がいい……大丈夫だよ……。」
「なあ、慶次、おれはらへった……」
「ああ、はいはい。」

慶次は元親にもらった食料を取り出した。
中から握り飯を取り出して、武蔵に渡した。

「こぼすなよ。」
「ん。あと水……って、今、なんか音した?」
「誰か来たか?」
「キ!」
「わ!」
突然目の前に夢吉が現れ、慶次の胸に飛び込んでくる。
「どこに行ってたんだよ!」
「キィー……」
「夢吉?」
慶次は夢吉を抱えて、優しく頭を撫でた。

「ゆめきち、怪我でもした?めし食うか?」
「怪我は無いみたいだ。どうしたんだ夢吉。怖い目にあったのか?」
「キイ~……」
「夢吉……?」





夢吉に引っ掻かれたところがじんじんと痛む。
「何やってんだろうな~……自分。」
冷静になろうと、深呼吸をする。
「私、何がしたいのかな……。」

ずっと自分に問い掛けてきた疑問だと思う。
この時代で何をするか。
人を助けたい。
政宗さんにお礼がしたい。

「政宗さんに、会いたいな……。」

笑顔が見たい。
声が聞きたい。
いつものようにからかって欲しい。

「政宗さん……何してるかなぁ……。」

そう呟きながら眠りに落ちた。
夢に政宗が現れる事はなかった。











朝起きると朝餉が用意してあった。
食べ終わりしばらくぼーっとしながら過ごして居たら、半兵衛がやってきた。

「なんだいその頬の傷は。」
「閉じ込められて発狂して自分で。」
「はは、そんなに弱い子には見えないな。」
一発で嘘だとばれたが、半兵衛はそれ以上は何も聞いてこなかった。

「さて、君。」
半兵衛がのすぐ目の前に腰を下ろした。

「これ何だか判る?」
そう言って、一枚の紙を取り出して広げた。
内容はもちろんの苦手な達筆で書かれている。

「……とりあえず、嬉しい報告には見えませんが……」

は読める漢字を拾って意味を大まかに理解した。
政宗宛ての文で、を人質として預かっている、という内容。

「脅しですか?」
「無事に返して欲しかったら、同盟を白紙に戻すこと。この文が政宗君の所に送られることは、君は本望かい?」
「半兵衛さん……。」

義姫のことを言うか、この文が政宗の元に届けられるのを黙って見てるかだって?
言ったらどうなるの?
米沢城で毒で苦しむ政宗さんは何も出来ないまま、奥州の地が攻められる。
実母に毒を盛られた政宗さんのために、出来たばかりの同盟国は豊臣と戦ってくれるの?
この手紙が届くことは考えたくない。政宗さんの足を引っ張りたくない。

「半兵衛、その娘が例の……」
「!!」
が返事を出来ないでいると、部屋の外からゆっくりとした声が聞こえて来た。

「あぁ、来てくれたんだね、秀吉。」
「うむ……」
「秀吉様?」

豊臣秀吉に会う心の準備など出来ていなかった。私なんかに本当にそんな上の人が会いに来るのかと疑っていた。
二人を相手にしてだんまりを決め込むのは難しいのではないかとは不安になる。
声のした方を見れば、見上げるほど体格のいい男が仁王立ちをしていた。
その貫禄は一目でこの城の頂点である人間だと判る。
は秀吉の持つ迫力に、息を呑んだ。

「秀吉、この子が前に話した君だよ。」
「独眼竜のところにいた……小さい子と言っていなかったか?」
「あぁ、小さいだろ?ほら、秀吉と比べても僕と比べても随分……」
「……体が、小さい、という意味だったのか……」

秀吉はどかりと座ると、しばし俯いてしまった。

「と、豊臣秀吉様!初めまして!と申します。」
「うむ……」
は頭を下げたが、秀吉は困ったようにそわそわしていた。

「どうしたんだい、秀吉。幼い子と勘違いしてたのかい?ごめんね、でも安心だろ?ちゃんと話は通じるし。」
「子守を、せねばならぬのかと思い……手土産を買ってきたのだが……」
秀吉はおずおずと懐に手を伸ばした。

そして取り出したのは
「……でんでん太鼓……」
「…………必要なかったな。」

大きな手に、小さな玩具。
出さなくても隠して置けばいいのに、わざわざ見せて恥ずかしそうにしている。

「あはは!!」
は笑った。

「む……」
「秀吉、僕がちゃんと言えば良かったね、まさかそんな風に考えるとは思わなくて……」
半兵衛も笑ってしまいそうになるのを耐えている。大切な友人の可愛い側面を愛おしむような表情だった。

「秀吉様、ありがとうございます……!」
「欲しいのか?」
は頭を下げた後、両手を差し出した。
「はい、可愛いので、是非。」
「そうか。」
秀吉はほっとしてにでんでん太鼓を渡した。
はくるくる回して音を出した。

「見ろ、半兵衛。どうやら間違えてはいなかったようだ。」
「そ、そうだねひでよし……」
そんなことで誇らしそうにする秀吉から目を逸らし、半兵衛は緩んでしまう口元を手で隠した。

「それで、何か喋ったのか?」
「この子には喋らなくてもどんな策にも利用できる。でもとりあえず今、君に選択肢を与えたよ。」
「ふむ、。」
「はい。」
「独眼竜のことはどう思っているのだ?」

秀吉にそう問われ、は慌ててしまった。
この人間はまた半兵衛とは違う。
有用な情報だけを求めているわけではなく、秀吉はの心境を探ろうとしているのではないかと感じてしまう。

「政宗さんは、私の居場所です。だから、政宗さんを裏切るような行為は出来ません。」
「居場所か。居なくなれば自分が困る、か?」
「困ります。」
「それが、独り善がりだとしても、独眼竜を想うか?」
「もちろんです、今までだって私はそう……」

そこまで言っては止まった。

今までは、何だ?
自分はずっと、政宗の背中を追いかけて居たというのか?

(政宗さんに、たくさんの言葉を言わせて居たのは誰?)

本当は私も、私が一方的に政宗さんを慕ってて、政宗さんは恋愛とかわからなくて、天下統一にしか興味がなくて、そんな関係が居心地良いと思ってたのではないか?

私のことを愛せるのではないかと言ってくれた政宗さんに、なにも返せなかった。

恋人になるのは怖い。
別れる時を考えてしまうから。
今、もう、すでに、別れる時のことを考えたら辛くて仕方ないのに。
ならばもう、恐れるものは何もないのではないか?

「……。」

どうして伝えなかったのかと、想いを届けてくれたの顔が思い浮かぶ。
私だってきっと思う。
何もしなかったら、どうしてあの時こうしなかったんだと。

(私が、したいこと……)

小次郎様の顔が浮かぶ
死なせたくない
私は、恩を返したい
政宗さんにも、小次郎様にも

どんな形になったとしても


「ならば、独眼竜の身に危険が及ぶというのら、なぜ大人しくここにいる?大事な人間ならば、救おうとは考えぬのか?」
「そこがよく判らないんだよ。何でもその危険は、政宗君には必要らしい。」
「ふ、あやつが己の無力さを自覚せねばならぬとでも?ならば必要だな。」
「それもそうだ。なかなか聡明だね、君。」
「………。」

は俯き、無言になった。

「……。」

君、怒ってくれないか。口を滑らせてくれないか。
そんな半兵衛の思いは届かず、は喋らなくなる。

扉の向こうから半兵衛様、と呼ぶ声がした。

「あぁ、時間かい?」
「鉄砲が届きましたんで、確認してください。」
「判った。じゃあ秀吉……」
「我はもう少しに話を聞く。」
「あぁ、頼んだよ。」

半兵衛が出ていき、室内は秀吉との二人きりになった。











商人にもっと火薬の量を増やせないかと交渉していたら時間がかかってしまった。

君は口を割らないな。文を政宗君に送るとするか……」
しかし、拷問という手もある。
君を、吊るしてみるか……?」

やりたくない、という気持ちの方が勝ってしまう。
自分を縄で縛るような男に、毛布を半分分けるようなお人好しだ。

のいる部屋に着くと、話し声が聞こえた。

「……?」

何を話してるのかまでは聞こえないが人がいる。
まだ、秀吉がいるというのか?

「とっくに出ていったかと思った……」
扉を開けると、と秀吉は二人で笑っていた。
それに半兵衛は驚いてしまった。

「秀吉?」
「半兵衛、遅かったな。」
「というか、まだ居たんだ……?」
「ああ、の話は興味深くてな。」
「秀吉様の仰ることも、とても面白いです!」
「……?」

が笑顔になり、秀吉に心を許している。
今度は半兵衛が違和感を感じる側だった。

「秀吉、明日、鉄砲の試し打ちをしようと思うんだが……」
「そうだな、ああ、、立ち会うか?我が軍の現在の力を知る良い機会でもある。」
「宜しいのですか?」
「秀吉!だめだろ、その子は人質なんだ!外に出しちゃいけないんだ!」
「この大阪城からどうやってこの小娘ひとりが逃げ出せると言うのだ。」
「秀吉!」

これだ。
の恐ろしいところは。

「ご、ごめんなさい。私、大人しくしています……。」
怒りだした半兵衛に、は頭を下げた。

君……!」

演技だ。
秀吉に気に入られようとしている。
目的は、脱出するためなのかそれは判らない。

「何を考えているんだい?」
「半兵衛さん?」
は、何のことだか判らない、そういった顔をする。

「半兵衛、先ほどの件は仕方がない。文を出し、独眼竜の様子をまず見よう。」
「そ、そんな、お願いします!秀吉様、先ほどまで、優しくしてくださったのに……」
「もう少し待てば、お前は喋るのか?」
「う……」

違う。ならばそんな反応はしない。そんな露骨な被害者面をしない。
半兵衛はのことを多く知っているわけではないが、そう確信していた。

「政宗さんの足手纏いになりたくありません……」
「……君は……」
「いくぞ、半兵衛。」
「まって!」

秀吉に腕を引かれ、半兵衛はに視線を送りながら部屋を出て行った。


「秀吉。君と、どんな話をしたんだい?」
は様々なことに興味があるらしくてな、聞いてて飽きなかった。」
「様々……?」
「なあ、半兵衛……」
「なんだい……?」

半兵衛は、嫌な予感がした。
眉根を寄せた顔のまま、秀吉の言葉を待った。

「独眼竜があの娘を見捨てた場合、もしくは独眼竜が我らに敗北や降伏した場合、あの娘を、我の侍女にしようと思う。」
「な……」

半兵衛は秀吉の腕を掴んで自分の方を向かせた。

「なんでそういうことになるんだ⁉︎」
「半兵衛、何も、嫁にするわけではない。独眼竜がいなくなれば、あの娘に居場所はなかろう?あの娘の知恵、我が軍で利用しよう。」
「演技だ!君は何か考えている!!」
「半兵衛……?どうしたんだ?そんな策を考えることができるならば、ここに来る前にお前を騙しにかかるだろう?我はそんな報告は受けていない。」
「それは……」

必死になる半兵衛に、秀吉は笑いかけた。

「考えすぎだ、半兵衛。それに、もしそうだったとしてもお前の頭のほうが上だ。先回りはいつだって可能。そうだろう?」
「秀吉……」
「さあ、に何かされる前に、文を送ってしまおう。」
「うん、そうだね……。」

秀吉は半兵衛を安心させようと、廊下を走り出した。
半兵衛はクスッと笑い、それを追いかけた。
しかし、半兵衛の不安は拭いきれなかった。








君。」
翌日、半兵衛が扉を開けると、大きな背が目の前に現れた。

「半兵衛さん、おはようございます。」
「半兵衛、どうした?」
「こっちの台詞だよ……秀吉……」

紙に何かを書くと、顎に手を当ててそれを覗き込む秀吉の姿があった。

「準備が出来たのか?」
「あぁ……」
「今行く。」
ゆっくりと秀吉が立ち上がった。

「先に行ってくれ、秀吉。僕は少し君に話がある。」
「そうか。」

秀吉は半兵衛の横を通り過ぎ、部屋を出て行った。

「鉄砲の試し撃ちって、大事でしょ?半兵衛さんも早く行かなきゃならないんじゃ?」
「その前に君は、秀吉に気に入られてどうするつもりだい?」

は半兵衛のその言葉を聞いた途端、うっすらと笑った。

「秀吉様、私を気に入ってくださったんですか。」
「………。」

半兵衛は返事をしなかった。

「とても嬉しいです。秀吉様は私の話に耳を傾けてくださって、質問もしてくださいます。」
「良かったね。君を待女にしたいと言い出した。大成功かい?何が目的だ?君はここから逃げたいんじゃないのかい?」

半兵衛の口元がわずかに引きつった。
自分が、目の前のただの女の子に翻弄されるなど、あってはならない。

「‘そのお話私は受けたいと思います'」
「……。」

突然、の言葉が棒読みになった。

「‘誠心誠意、秀吉様にお仕えしたいと思います'……半兵衛さんには、嘘だと見破れますね?」
「……何が言いたい?」
「どうしますか?」

半兵衛はため息を吐いた。
そうだ、何を忘れていたんだろう。
戦略を考えるのに必死で、そんなこと頭に入れようともしなかった。

がずっと自分に投げ掛けていた疑問を。

この子の目的は、それだけだった。

「秀吉様に近付いて、何かするかもしれません。私を追い出しますか?でも、私は何もしないかもしれません。」
「そんなことを聞いてどうするんだ……」
「私を追い出したら、秀吉様は残念に思うでしょう。私が昨日と今日、秀吉様にお話したのは、産業開発だけに目を向けず廃棄物、廃水処理技術も研究することで日本は400年先を見据えた経済大国および衛生大国として世界を牽引する存在となる可能性と、海のお話……開拓すれば日本国自体の領土拡張を叶える小さな島国の存在の可能性、それによる貿易航路開拓の可能性、海洋開発の可能性です。」
「な……」
「秀吉様は全てに興味をもってくださいました。まあ興味を持ちそうな話題を出したからですけどね。こんな提案をできる侍女が他にいますか?」
「なんなんだ、君は……!」

半兵衛は自分に落ち着けと言い聞かせた。

「半兵衛さんは、私をどうしますか?」

は淡々とした口調で半兵衛に迫る。

「半兵衛様!」

部屋の入口に一人の兵が血相を変えて現れた。

「た、大変です!前田慶次と名乗る侵入者が!」
「……なんだって?」

半兵衛がから視線を逸らす。

「どうなってる?」
「報告によると、本丸近くの蔵から飛び出したと!事前に忍び込んでいたようです!秀吉様は外に出て居た為無事ですが、奴等は秀吉を出せと、本丸で暴れております!兵、負傷者多数……」
「秀吉は?」
「鎮圧に向かっております!」

半兵衛はギリッと歯ぎしりをした。

「止めるんだ。秀吉が行くこと無い。銃で撃て。」
「半兵衛さん!慶次を殺すの!?」
「それが、先程の試し撃ちで暴発した銃がありまして……」
「何を怖がる!?いいから慶次君を止めるんだ!」
「は、はい!」
ドンっと半兵衛が壁を拳で叩くと、兵が驚いて去って行った。

「……。」
半兵衛はと視線を合わせることもなく、部屋から一歩外に出た。

「待ってください、半兵衛さん。」
「緊急事態だ。わかるだろ。足を止める義理もない。」
「逃げるんですか。」

半兵衛が振り返る。

「私の問いから、逃げるんですか。」
君……全て、君の、策略、じゃないだろうな。」
「……違います。けれど、慶次の邪魔もしないでください。」
「邪魔なのは、慶次君だろ。」
「慶次は、秀吉さんを殴りたいだけですよ。変わってしまった友と決別して進むために。そんなことも許せない器なのですか。」

半兵衛は口角を上げてしまう。
君の挑発、なかなかの攻撃力があるじゃないか。

黙って一歩進む。
が後方から腕にしがみついてくる。

「半兵衛さん!待って……」
「退いてくれ、君。」
「きゃ……」
腕を振り払われて抵抗され、は尻餅をつく。
半兵衛が秀吉のもとへ行ってしまうと、は慌てて立ち上がった。

「……げほっ」
「……あれ?」

予想していた半兵衛の走り去る背中は見えず、代わりに胸を抑えてうずくまる半兵衛がいた。

「半兵衛さん……?」
「ガハッ……は、ぅ…」
は様子のおかしい半兵衛に駆け寄った。
顔色が悪くて、口に当てた手を離そうとしない。

「きみは、勘違いしてる……」

半兵衛の背中を撫でていると、半兵衛は辛そうな表情のまま喋り出した。

「僕だって、万能じゃない。起こること全てに対応することなんて、全て秀吉のためになることをするなんて……無理なんだ……」

ゆっくりゆっくり、半兵衛が手を口から離す。
は目を見開いた。
鮮血が、半兵衛の手のひらに吐き出されていた。

「肺、が……?」
消化器官ならば、こんな色にはならないはずだ。

君、僕はね、秀吉に天下を取って貰いたいって、それが、生きがいなんだ。生きる、目的なんだ……」
「半兵衛さん……」
「そのために、僕は僕ができることは全てやるつもりだ。けどね、迷いだって……不安だって……ずっと胸の奥にある……」
「……。」

は、黙って半兵衛の手についた血を近くにあった布で丁寧に拭き取った。
秀吉にはきっと、何も言っていないだろうから。

「君が侍女を希望したらどうするかだって……?豊臣に本当に忠誠を示せるか試すよ。納得できるまで試す。でも、僕は、君を傷付けることをしたくない……!」
叫んだ半兵衛の上体がぐらりと揺れる。
はそれを支え、気休めとは分かっていても背を擦る。

「……秀吉だってきっと望まない。でも、やるんだよ、秀吉の天下のために、そう選んだんだから……。僕の一方的な思いだったとしても、それでいい。」
「それが半兵衛さんの、原動力ですか?」
「秀吉を天下人にする……。残された時間を捧げる。大義?使命?違うな、僕は、そうしたいからそうするんだ……。」
「半兵衛さん。」
「……笑ってくれていい。」
「……聞きたかった言葉を、ありがとうございます。」

半兵衛は、ははっと小さく笑った。

「こんな話が何の為になる?」
「私も、選びたい。残りの時間を使って、できることを、全てやりたい。やりたくないことだって、やりたい。」
「……政宗くんのためにかい?」

はにっこりと半兵衛に笑いかけた。

「何も変えられないとしても、ただ道化師になるだけだとしても……」
君……」

は半兵衛の体を支え、立ち上がらせた。

「一方的でも、いいですよね……。」
「何を考えている……?」
「秘密です。」

二人は、慶次と秀吉のもとへと歩き出した。