貫きたかった決意編 第5話


本丸で、慶次と秀吉は対峙していた。
多くの兵に囲まれながら。

「慶次、なぜここに居る。」
「久し振りだな秀吉!何でかなんてどーでもいいだろ?」
「うわぁでけぇさる!さるだ~!慶次こいつとたたかうのか?」

慶次は隣りにいた武蔵の頭にぽんと手を乗せた。
それを伝って、夢吉が武蔵の元へ移動する。

「武蔵、ここからは俺と秀吉で話させてくれ。」
「はなし?あばれるのまちがいだろ!?」
「はは、そうともいうな。」

一度、うーん……と考えた武蔵だったが、大きく頷いた。

「おれさま、おとな!がまんできる!行こうぜ、夢吉!」
「……ありがとな。」

武蔵が慶次に背を向けて歩き出した。
回りにいた兵を睨みつけ、石をぶつけて退けさせ、壁際に立った。

「我にはお前と話す事は無い。大人しく引くなら許す。」
「……そうか。」

秀吉は険しい顔を向ける。
けれど慶次は何故か悲しくはなかった。

「そうだな、俺達はずっと、そうだった……」

慶次が優しい表情のまま、目を細めた。

「慶次……」
「気持ちは、拳でぶつけ合う関係だったな。秀吉、俺はお前に戻って欲しくてとか、そんな考えでここに来たんじゃねえ。」

慶次が刀を大きく振り、切っ先を秀吉に向けた。

「俺の、けじめだ!」
「けじめ、だと?」
「俺は、先に進むぜ、秀吉!」

秀吉の眉がピクリと動く。

「先、だと?」

秀吉が口にしたのは疑問だったが、慶次は返事を返さず一気に襲い掛かった。

「何を言い出すと思えば、ふざけた事を!」
「!!」

慶次が振り下ろした一撃を、秀吉は片手で受け止めた。
すぐに下がり、慶次は距離を取る。

「ずっと立ち止まってたのはお前だけだ慶次!そんなお前が我の先に行くなど、有り得ぬ!」
「秀吉……」
「判らぬか慶次!愚かなのはお前だ!早々に帰れ!」
「……。」

慶次は再び構える。
気を溜めて、前方に竜巻を発生させた。
秀吉は咄嗟に真横にステップを踏んで避けた。

「慶次!」
「お、さっすが。俺の技は見抜けるってか。ま……」
「!!」
すぐに秀吉の懐にもぐりこんだ慶次に向かって、秀吉は手を咄嗟に伸ばした。
しかし、その手は慶次の頭を掴むことなく、宙を掠めた。
「それは俺も同じだな……。」

秀吉の腕を受け流し、慶次は秀吉の背後に回った。
しかし、回るだけで、慶次は何もしなかった。

「慶次……!」
「強さを欲して、強くなったつもりか?」

周囲から、秀吉様、と兵が叫び、一歩踏み出す兵が多数いた。しかし、それは武蔵の投げる石により、援軍に出ることは出来なかった。
秀吉が手のひらを兵に向けて制止するのでなおさらだ。

「なんだなんだ、やっぱ一対一が好きってか?」
「埒があかん。ここから立ち去るか、我に倒されるか、選べ。」
「秀吉、俺を倒してみろ。」

慶次の迷いの無い瞳を見て、秀吉は拳を握り締めた。

「覚悟はいいな。」
「ああ。」

慶次も大刀を握りなおす。

「お前を殴る覚悟は出来てる。」

構えて、口元を上げた。

「もう俺のせいだって、思わねえって決めたんだ」
「なに……?」

二人の脳に共通の記憶が呼び起こされる。
力に屈した、あの日のことを。

「お前が魅入られたのは、強さじゃない。ただの狂気だ。」
「……。」
「教えてもらったんだ、俺。世の中にはいろんな強い奴がいてさ……」

皆、強い思いを持ってた。
信念を貫こうとしていた。
その点では秀吉も一緒なのかも知れない。
けど、違うと思うことが1つ。

「優しくていいんだよ、秀吉。」
「優しさ、だと?」
「どんなに強い人間になろうと目指してても、優しい気持ちは忘れなくていいんだ!」

そう、強く思えた。
本当に優しい人間に会ったから。
それは明らかに、“強さ”だった。

「お前には判るまい!我の思いも、半兵衛の思いも!そんなお前が、そのような事言う資格などない!」
「あるさ。俺、これでも勉強したから?」

そう言って、にっと笑った慶次に向かって、秀吉は突進した。








は半兵衛と一緒にゆっくり本丸に向かっていた。

「半兵衛さん、落ち着いた?」
「僕はこれでもいつだって落ち着いてるつもりだったけどねえ……」
少し不機嫌な半兵衛を見て、は笑った。
に弱ったところを見られてしまったからだろう。

「半兵衛さん、秀吉さんのこと、信じてるのね。」
「何を……」
「だから今ゆっくり向かってるのよね?」

発作の後だが、今の半兵衛にこれといった異常は見られない。走りたければ走れるはずだ。

「信じてる。信じてるけど、僕が信じてるのは、僕が知ってる秀吉だ。」
「慶次がなにをしても、秀吉さんは変わらない気がします。もう、進みすぎてる。」

何も根拠は無いから、君が秀吉の何を知ってるんだと怒られても仕方なかったのだが、半兵衛はふっと笑うだけだった。

「なんで、君がそういうとそうなんだろうなと思ってしまうんだろうね……。」
「………。」

素直に笑った半兵衛が綺麗で、は目を泳がせた。

「慶次といた秀吉さんも、半兵衛さんと過ごした秀吉さんも、どっちも本物。どっちの心も、秀吉さんの中にまだ息づいててもいいと思う。それでも進むしかないんだから。」
「……。」

すっと、さりげない仕草で、半兵衛はの手を握る。

「……へ?」
「こういう戦略もあるよね?僕と仲良く登場した君を見て、動揺した慶次君が隙を見せて……秀吉の勝ち。」
「あら、わかんないですよ?半兵衛に女ができた⁉︎ってびっくりして秀吉さんが隙を見せて慶次の勝ち。」

の切返しが半兵衛には予想外で目をぱちくりした。
しかし、らしい、と感じて、笑みがこぼれる。

「……君。」
「はい。」

優しい口調で、半兵衛はの心に言葉が届く事を願って、ゆっくり言葉を紡いだ。

「僕の答えを聞いて、君が何を考え出したのかは判らないし、君は教えてくれないね。」
「はい……。」
「僕は秀吉に天下を取ってもらいたい。けどそれには政宗君が邪魔だ。それは僕の本心だよ。」
「は、い……」
「けれどね…」

も、半兵衛の言葉を忘れないように、聞き逃さないように真剣に半兵衛を見つめた。

「秀吉の天下の元で、君がいて、政宗君がいて、片倉君もいて……穏やかに笑っていられるなら、それは最高に素晴らしい事だと思う。」
「半兵衛さん……」
「君が、政宗君のことを大切に思っているのは判った。だから、今回は見逃すから……」
「……。」
「君は、笑っていたほうがいい……。」
「……ありがとうございます……。」

少し俯き加減のを見て、半兵衛はなんともいえない、寂しい気持ちになった。






騒がしい本丸に、と半兵衛が足を踏み入れる。

「秀吉、大丈夫かい?」
「大事無い!」
「慶次ー!負けそうー?」
「わあああああ!?」

秀吉は口元を手で拭いながら、慶次は心底驚いた顔をして言葉を叫んだ。

!?なんでここに!?」
「ずっと居たよ?」
「気付かなかったのか、慶次君。」

は慶次に向けてへらへらと笑う。

「姉ちゃん~!!」
柔らかな空気のに、武蔵が駆け寄る。
「キッ!!」
夢吉も喜んでに向けて手を伸ばした。
「武蔵君、慶次の言う事ちゃんと聞いた?」
「あいつのいうことでたらめだらけだ!慶次がおれの言うこと聞いたほうがいいとおもう!」
「武蔵!道に迷った事か!?一回道に迷った事か!?許せよそのくらい!」

慶次の顔に汚れが見えた。秀吉の頬にも似た汚れ。
拳で殴り合ったのか、とわかる汚れ。
それは戦いよりも、喧嘩という言葉のほうが似合う光景。

「秀吉さんと慶次が対面したら……互いに自然と体がそうなっちゃうんじゃないのかな……」
ぼそっと呟いたの言葉に、背後にいた半兵衛がため息を吐いた。
「子供っぽいな。二人とも。」
「そうですね。」
半兵衛も、同じことを考えていた。
並んで会話をしていると、武蔵が半兵衛とを凝視する。

「姉ちゃん?よくわかんないけど、そいつにへんなことされなかったか!?」
「変なことなんて……」
「変なこと?変なことというのは抱きついたり口付けをしたり一緒に寝たりすることかい?」
半兵衛がさらりとそういうと、武蔵はぴたりと止まった。
そして顔が赤くなった。

「姉ちゃんに何てことしやがるー!おめーなんか馬にけられちゃえ!」
「例を挙げたまでだ。なぜ顔が赤い?初心なのかい?気持ち悪い。」
「なななななななんだとおおおおお‼︎」

半兵衛と武蔵が喧嘩を始めてしまった。
しかし夢吉は、そんなのお構い無しでに飛びついた。

「夢吉……」
「キイイ~」
「この前は、ごめんね。もう、大丈夫だから……」
そういって、夢吉を肩に乗せる。
すると、自分が引っ掻いてしまったの頬に手を当てて、優しく撫でてくれた。

「大丈夫、そんなに深い傷じゃなかったから。」
は申し訳なさそうにする夢吉に、にこりと笑顔を向けた。

「武蔵!半兵衛と何の話してんだ!?と半兵衛が何!?気になる!大音量でもう一回!」
「慶次!!そのような余裕が貴様にあるのかあ‼︎」
「うわあっと‼︎」

秀吉が思い切り慶次に手を振り下ろす。慶次が避けると、その手は床を破壊した。

「くっそう!ちょっとは疲れろよ秀吉ィ!」
「その言葉、そのまま貴様に返すわ!」

攻撃の威力は衰えていないようだが、互いにぜーはーぜーはー息を荒げている。
の目には、ただの青春時代にしか映らない。

「二人は……大丈夫だね……」
「キ?」

あれだけ気持ちをぶつけ合えるなら、きっと大丈夫。

「今度は、私が、ぶつかる番。」

の背後に男が立った。

「待たせてごめんね。」
無言で首を振る。
彼らしいいつもの反応が、の心を穏やかにする。

「し、侵入者だ!」
豊臣軍の人間が叫ぶ。
半兵衛の教育を受けた兵達は反応が素早く、その男に襲い掛かった。

「っ…!風魔!?」
半兵衛が振り向いたときは黒い風しか見えなかった。
しかしそれは名前を呼ぶに十分な姿だった。

「キ!」
は夢吉を床に降ろすと、すぐに走り出した。

君!待て!奥州に行くのか!?何を……」
「半兵衛様!この女はどうすれば…!?」
「とりあえず、とりあえず捕えろ!!」

半兵衛がそう叫ぶ前に、は兵を避けながら本丸を出た。
そして、階段には向かわず、高欄へと向かっていく。

「え……」
「ねえちゃ……!!」

躊躇うことなく、乗り越えて落ちていく。

!?」
!」
これには慶次も秀吉も驚き、戦いをやめて廻縁へと駆けていく。
いち早く武蔵がが飛び降りた場所から下を覗き込む。

「あ!」

を抱きかかえた小太郎の姿が、僅かに見えた。
「忍だ。」
先ほどまで兵と戦っていたはずなのにと後方を振り向くが、倒れた兵しかいなかった。
「むう……」
武蔵は悔しそうに頬を膨らませながら、城外へと走り出した。

「ね~ちゃ~ん!」
「武蔵までどこ行くんだ!?」

慶次が声をかけるが、武蔵は振り向かなかった。

「おい!」
「……慶次君。そんなぼろぼろでどこへ行く気だい?」

後を追おうとした慶次に、半兵衛が刀を向けた。

を……」
「何も知らない君が、追って何をするって言うんだ?風魔に追いつくわけも無いだろう?」
「そんなの知ってる!けど、がいきなりあんな事するなんて……なにかあったんじゃねえのか⁉︎何か聞いてるのか半兵衛⁉︎」
「君は何をしにここまで来た?秀吉を放ってさっさと行ってしまうのか?中途半端な……」
「それは……」
半兵衛がサッと刀を引く。
「君に君についての情報を与える。君は何かを起こす気だ。」
「え?」
君の行動を予想したまえ。」
「半兵衛、が……?って、どういうことだ……?」
「どういうことかは僕はまだ……ん……?」

半兵衛が屈み、足元の紙切れを拾った。

「これは……」





小太郎は片手でを抱き抱えた。
地が近付いて来ると、他方で落下地点に生える木の枝を掴み、勢いを減らす。
張力を発揮する小太郎の腕が逞しくて、は安心しきっていた。
ザザッと音を立てて、小太郎は着地した。

「小太郎ちゃん、ありがとう。」
「……。」

小太郎はをゆっくり下ろすと、の頭を撫でた。
よくできました、といった感じだ。

「飛び下り?へへ、ちょっと怖かったけど……」
小太郎ちゃんがきてくれるって思ったら、大丈夫だった、そう言いたいが、久し振りに対面するので口にしたら照れてしまいそうだ。

「……。」
「大丈夫だったよ、あの……」
「…………。」
「……信じてた。」

小太郎の頬に手を添える。
照れてる場合ではない。
一緒に過ごせる時間を大切にしなければいけない。

「小太郎ちゃん……」
「……。」

はその場に座り込んだ。
小太郎は心配になり同じく座ってを観察した。

「私、小太郎ちゃんに勝手なこといっぱい言ったね。」
「?」
「友達になりたい、そう思ったのは嘘じゃない。今でも思ってる。」
「……。」

小太郎は頷いた。
判っている、と。

「けど、今回は……」
「……。」
「こんかい、は……」

は俯いていて、表情は見えない。
けど判る。
辛そうな顔をしている。


「私の忍になって、私の言うこと、聞いてください……」
「……。」

小太郎は黙っていた。
黙って、の頬に手を添えた。
びくりと肩を震わせ、はおずおずと顔を上げた。

(もう一度)
「小太郎ちゃん……」

目を見て
堂々と言ってくれと

「私の、忍になって……私の命令をっ……」
(泣かないで)
「き……聞きなさい……」

涙をためながら、自分に命令をする主。
あまりに頼りなくて守りたくて、小太郎はギュッと抱き締めた。
そしてそのまま耳元に口を寄せる。
自分の気持ちを知って欲しくて。
を安心させたくて。

(あの日、朽ち果てるはずだったこの命)
「え…………?」

(あなたが現れ、氏政様の命により、生き延びた)
「わたしに、恩義とか、そんなの要らないんだよ……?」

小太郎が首を横に振る。
そうではない、と。

「爺さんが決めた事。わたしじゃなくて……」
(あなたを、守りたい、これは、意思だ)

は小太郎を抱き締め返した。
小太郎が自分に気持ちを伝えようとしている。
今の自分には優しすぎて甘すぎて、どうすればいいか判らなくなるような気持ちを。

(俺は、あなたが在るべき場所に帰るというなら、俺も共に行くつもりだった)
「!」

予想もしていなかった言葉に、が目を見開いた。

「え」
(俺の生涯を、あなたに捧げたかった)
「なんで、そんなこと……いつから……」

密着していた体を離すと、小太郎は穏やかに笑っていた。

(忘れてしまったよ)

伝える事ができてよかったと、小太郎がはにかんだ。
はそんな小太郎の顔をみて、涙が頬を伝い落ちるのを感じていた。

「なんでそんなこと考えてるの……」
(だから、畏れなくていい)

「小太郎ちゃんは、嫌がっていいんだよ……?あれだけ偉そうに自分に語りかけて、結局これかって……」
(俺はあなたを守りたい)

「……こたろ、ちゃん……」
(あなたの為に、俺は動く。なんなりと申付けください。)

は小太郎の服を強く握った。

「ごめんね……そんなこと言わせてごめん……」
「………。」

小太郎は喋るのをやめた。
随分と言葉を発してしまい、不思議な気分になっていた。

と会い、自分は本当に変わってしまった。
けれど、本質は変わらない。
が何を言っても、自分は動ける。

そうだ、動く。

自分はこの主を、守る為に動く。

それは自分の仕事であり責務であり、希望だ。

「………。」

けれど、今は少し、を抱いて存在を確認したい。

「小太郎ちゃん……」
「………。」

見えているのに触れられなくて、辛そうなに寄り添えなくて、ずっともどかしい思いをしていたから。

「ありがとう……」

は優しく抱き締めてくれる小太郎に寄り掛かり、目を閉じた。

「……。」
しかし小太郎はすぐに口をへの字に曲げた。

人が近付いてくるからだった。

「ねーちゃん、どこ―?大丈夫か?ねーちゃ―ん…」
「武蔵くん!」

野生の勘、というものがこれほど鋭いとは小太郎も計算外だ。
大阪城から随分と離れ、隠れたつもりだったのに。
は慌てて小太郎から離れ、声のする方向を向いた。

「あ!ねぇちゃん!」

を見つけると、武蔵は笑顔で駆け寄ってきた。
しかしそばに来ると、の様子に顔を歪めた。

「おいこらあ!おまえねぇちゃんに何したんだよ!泣いてる!」
「……。」
「違うの!小太郎ちゃんにいじわるされたんじゃないんだよ!」

をは慌てて武蔵に手を伸ばした。

「だって泣いて……」
「ひ、久々に小太郎ちゃんに会えて、嬉しくて…………」
「そなの……?」
武蔵はまじまじとの顔を覗き見た。
は恥ずかしくなり、手で顔を少し隠した。

「ねぇちゃん。おれさま、言ったな?」
「え?」
「ねぇちゃんの笑った顔好きって」
「あ……覚えてる、よ……」
「………。」
小太郎は首をコキコキと鳴らし、腕を回した。
準備運動だった。

「おれさま、ねぇちゃんに笑って欲しい。なんかねぇちゃんつらそう……。おれさまなにかお手伝いできる?」
「武蔵君……」

小太郎はの武蔵の間に入り、二人を抱き抱えた。

「え?」
「ん?」

そして3人揃って姿が消えた。