貫きたかった決意編 第7話
「小太郎、お前ずっとそれやってるが、何の薬なんだ?」
かすががすり鉢で様々な薬草を潰し、調合している小太郎に話しかけた。
「………。」
小太郎はもちろん声を発する事は無かった。
「かすがは薬は詳しくないの?」
素直に何の薬か質問したかすがに疑問を持ち、今度はが質問をした。
すると、かすがは口を結んで下を向いてしまった。
「……見たこと無いものだからだ。」
「な、なら仕方ないよ~、かすがぁ~」
はかすがにぎゅうと抱きついた。
自分が小太郎より劣っているような気持ちになり、いじけてしまったようだ。
が居ると聞き、今日かすがが青葉城を訪れていた。
忍としてではないからと謙信に言われたらしく、町娘のような着物を着ていた。
男ばかりに囲まれているにはとても嬉しいことだった。
そして、本当に同盟を組んだのだなぁと実感することも出来た。
「しかし、今まで旅をしていたと聞いたが、何か目的があったのか?」
「ううん。慶次みたいにうろうろしてみた!」
「あのような男を見本にしてはいけない!」
「うえ~」
かすががぎゅっとの頬をつねる。
思いの外伸びたらしく、かすがはぷっと笑った。
「あらら~、のんきだね皆さん……」
「お前か……」
「佐助!」
だるそうな足取りで廊下から部屋を覗いたのは、いつもの忍装束ではなく、薄手の着物を来た佐助だった。
「忍としての訪問だけどさ~、と遊んで来てもいいからって大将に言われて。」
「幸村さんのお世話は今日はいいの?」
「旦那も今馬でこっち向かってるよ。」
佐助がにこりとに笑いかけて部屋に一歩踏み込んだ。
「。ちょっと痩せた?」
「そ、そうかな?」
「なんか余計ほっそりしてるよ。旦那に心配されるよ?」
「これは大変!某と団子を食べるでござるよ!ってえ、おやつの口実にされちゃう?」
「かもね。」
容易に想像できる幸村の反応に、その場にいた全員がふっと笑った。
「!お元気でしたか⁉︎」
バンッと戸が開けられ、真っ赤な鎧に負けないくらい頬を染めた幸村が現われた。
「幸村さん!」
「旦那、そんな真っ赤になって息切らすほど急がなくても……」
「に会いたかったのだ!仕方なかろう!」
素直ににこっと笑う幸村に、武将の雰囲気は全く無かった。
「全く……」
戦で見た姿と比べ、なんと無防備なことかとかすがはため息をついた。
それと同時に居心地の良さも感じるとは、口が裂けても言えないが。
「は恐ろしいな……」
「ん?何か言った?かすが。」
「……いや」
「幸村!てめぇまず俺に挨拶しろっつーんだよ!」
「やや、かたじけない!つい!」
呆れた顔で近付く政宗の後ろには、穏やかな笑みを浮かべる小十郎が居た。
「ただ遊びに来ただけでござる、とか言ったらぶん殴るぞ!んなことさせたくて同盟組んだわけじゃねぇ!」
「そっ、某は届け物があり参上した!」
「ならさっさと出せ!」
「お館様の顔を形作ったお館様まんじゅう……」
「何作ってんだ!?ウチの同盟国は!」
は政宗に耳打ちする。
「……型を作ったってこと?ま、政宗さんもしかして幸村さんはたこ焼きとかたい焼きの仕組みを取り入れてる……?」
「こ、こいつ軽率に未来のもん参考にしやがって……」
幸村は政宗に挨拶をするとすぐにの近くに座った。
そして満面の笑みで話始める。
「今回は風魔殿が早々に宿にてを見つけたと知り、安心した。お怪我はなかったか?」
はちらっと政宗を見た。
合わせろ、と口が動いたようだったので、大丈夫だよと幸村に言った。
きっと、自分がまだ見つからないなんて幸村が知ったらそっちに意識がいってしまうだろうと政宗が判断し、流した話だろう。
「会えぬのは寂しかったが、今このように奥州の地で共に笑い合えること、とても喜ばしく感じる。」
「私もだよ、幸村さん。」
政宗も幸村も、互いをライバル視することをやめることはないだろう。
けれど、敵国ではないという事実だけでも、を幸せにするには十分だった。
「でもこれからが大変だよね。織田と豊臣を倒すんでしょ……?」
「うちのお館様は伊達政宗公の器量をはかってますからね?」
「は?」
「同盟国としてふさわしくない事があれば何があるかわかんないよ〜それだけの覚悟もっててよね。」
「ふざけんなよ……そちらさんの器も見てるからな俺は……」
そのやりとりを聞いて、は呼吸を荒くしてしまった。
小太郎がの隣に並ぶ。
佐助は眉根を寄せた。
「ご、ごめん、怖がらないでよ。竜の旦那からかっただけだよ。」
「え、あ、いや、私こそごめん。」
かすがも心配をしてしまう。
顔面蒼白で、今にも倒れてしまうのではないかと思うほどだった。
久しぶりに愛しい人に会えて、笑みを浮かべながら馬を進める。
「楽しかったねえ、旦那。」
「うむ!政宗殿は何もおっしゃらなかったが、頂いた食事は政宗殿の手料理ではなかろうか?」
「かもねえ。がむすっとした竜の旦那見ながら、笑い堪えてたからねえ。」
己のポリシーとして堂々と言えばいいのに、照れくさいのか無愛想に食事を出す素直じゃない政宗が可愛くて仕方なかったのだろう。
「……ねえ、旦那」
「何だ?」
「、ちょっと暗くなかった?」
「最初は疲れているのか?と某は思ったが、そうではないようだ。」
「!」
顔を緩ませたまま、しっかりとした男らしい口調で、幸村はそういった。
に何かあったと、確信している。
「恋は盲目、ってわけでもないんだね。」
「某の目が映すのはありのままのであり、某が想うのはの存在そのものだ。」
早く仕事を終わらせないとな、と、馬のスピードを上げる。
起こるかもしれない何かに備え、いつでも動ける環境を作るために。
女中の皆と食事と風呂を共にして、これまでの城の様子を聞いて来た。
大きな計画にどうなることかと思ったが、全てが順調、火薬も予定より多く手に入るらしい。
血を流さず人質も取らず、過去に例をみないやり方で同盟を成した祝いに元親が奮発してくれたとのことだ。
夜空を見上げる。
歩みを進める音が、酷く大きく聞こえる。
「小太郎ちゃん、どこに行ってたの?」
言葉に反応することはなく、に1つの包みを差し出した。
「武蔵君、元気?」
包みを開けながら問えば、こくりと小さく頷かれた。
「!」
冷たい金属。
ずっしりとした黒い重量感。
「………。」
刑事ドラマで見たように手に握ってみる。
「こんなの……どこで……」
問おうとして、言葉を止め、頭を振った。
きっと、必要になるんだろう。
小太郎がそう判断したのなら、そうだろう。
弾丸を込めて、近くの木に向ける。
回りの景色を黒い影が覆う。
パン、という音が闇に吸い込まれ、
は震えながら、小さく笑った。
夜が明け、政宗の自室では仕事を手伝っていた。
久しぶりの手伝いでミスを連発してしまったが、その度に、ゆっくりでいい、と、優しく声をかけられる。
「いや、ほんとごめん……紙無駄にした……」
「そんな気にすんな。」
政宗がの隣に移動し、筆を握っていた右手を握られた。
政宗を見上げる。無表情の中に、少しの悲哀を含んだ瞳だった。
「三国同盟は、お前の知る歴史にはなかっただろ。」
「うん。」
「自分のせいで歴史が変わったとか思ってるか?お前じゃない、俺のせいだ。」
「……。」
様子がおかしくなるのを隠せなかった。
それを政宗さんはそう受け取ったか、と冷静に頭で認識する。
「嬉しいことだと、思ってるよ。政宗さん凄いって。」
「本当か?なんか、調子悪そうじゃねえか。」
「私さぁ、結構、興味ある。歴史は、大きな流れは、変わる事があるのか。それとも、何かが変わっても私の知る歴史に収束していくのか。」
「客観的だな。」
「ん。その考えが私にはしっくりきちゃって、当事者になれなくてごめん。政宗さんこそ私のこと気にしないで。」
「……そういうわけにもいかねぇよ。」
眉根を寄せてしまった政宗に、そうだ!と明るい声を上げた。
「渡すものがあるの!待ってて!」
「おう。」
手を離し、部屋を出るを政宗は見送る。
松島で過ごした時間はすでにの中では過去になってしまったのだろうか。
会いたいと思っていた、隣にいて欲しいと思っていた。
どこかはそっけなくて、小太郎が以前に増してのそばにいた。
足音が戻ってくると、は明るい声で、みてみて〜と政宗に駆け寄る。
「松島での、写真ね。」
「……あぁ。」
から写真を受け取る。
「……。」
楽しそうだな、と自分のことではないように感じてしまう。
「ふ」
が波に驚いて政宗に助けを求める顔が大袈裟すぎて面白い。
俺の顔も、心配しすぎだ。
「楽しかったね。その後忙しいって言ってたけど……?」
「反抗してた北条の一部が大人しくなってくれたんだよ。同盟後は小田原に出向いてた。」
「お疲れ様。そりゃ信玄様と謙信様が味方になったらね、政宗さんのこと認めざる得ないって感じかな?」
「……。」
「あとこれ。」
「こりゃ……。」
「ポン酢とオリーブオイル。」
小さな瓶を凝視し、政宗は動きを止めた。
硬直するほど嬉しいのか……とは政宗を観察していると、はは、と笑い始める。
「おま、マジかよ、これ……!」
「え。政宗さんが言ったんじゃん。」
「そうだけどよ……」
政宗が目を細めて笑いながらを見つめる。
「。」
名前を呼んで、腕を広げる。
「え、あ、あの」
「再会を喜ぼうじゃねぇか。」
「うん……」
顔を赤らめながら、おずおずと政宗の前まで移動し、ゆっくりと政宗に寄りかかる。
あっ、違う!政宗さーん!寂しかったー?とか言いながら、陽気に、がばっと飛びついた方が良かった、どきどきして仕方ない、とは口をぎゅっと結ぶ。
政宗は右手をの後頭部に添え、左手を腰に添えた。
「……頼みがある。」
「何?」
「米沢城に、来て欲しい。」
それに頷くことは出来なくて、黙ってしまった。
「母上に会って欲しいわけじゃない。俺の生まれた場所に、来て欲しいんだ。お前に見てもらいたい。」
「政宗さんの、生まれたところ……。」
「お前なら荷物として持ち運べる。」
私荷物になるんかいー!とつっこめば、政宗はククッと笑った。
「会食中は、どこに居ても良い。小太郎が居ればここにも戻って来れる。」
「うん……。」
政宗さんの、生まれたところ、で
政宗さんは、母親に、毒を
「女中として連れまわすから、心配は要らない。俺の弟にも会ってくれよ。」
毒を回収する。別の安全なものと差し替える。
そうしてしまえば、何事も起こらず、
小次郎様は、今の立場のまま、変われない……
「……。」
「なぁ、、泣きたいんじゃねぇのか。」
「え?」
気がつけば政宗の裾を震える手で握っていた。
「何があった。言ってくれ。」
「私……」
嘘をつく準備なら出来ていた。
「山に、たどり着いて、下山しようと思ったんだけど、道がなくて、滑り落ちそうになったり、獣がいるんじゃないかって、思ったり」
「おう。」
「水はなんとか確保できたし、食料も持って来てたけど、人とも会えなくて、夜は、小さな洞窟で、過ごして、怖くて……」
ポロポロと涙が流れて来て、政宗の着物を汚してしまうと顔を離す。
政宗は両手での頭を包み込むように触れ、優しく撫でる。
「こわく、て……。怖かったの……ずっと……」
政宗はどこか楽観視していた自分に気付く。
どこに来るかわからないといえど、人がいる場所には来れるのではないかと。
ならばこの先、海に落とされる、川に落とされる可能性もあるのかと考えてしまい、眉根を寄せてしまう。
「……無事でよかった。頑張ったな。」
「ん。」
政宗が着物の裾での涙を拭く。
「あの男には、言ったのか。」
「うん。信じてくれた。」
「そうか。」
「伊達政宗、大好きなんだって。」
「ha?」
「真田幸村も。歴史で習ったお話や、強いとこ?大好きって言ってた。凄く興奮してた。」
こんなときに、あ、そういえばサイン……と雰囲気ぶち壊しのこと思ってしまうのなんか嫌だな?と頭が冷静になる。
「お前のことは?」
「……。」
「なんか、言ってねぇのか。」
「私のこと、好きなんだって。」
「そうか。」
「こんな状態だからね、お返事は、してない。」
へらっと政宗に笑いかける。
「……応えてみたら、いいんじゃねぇのか。」
「え?」
「素直によ、真っ直ぐ、お前のこと大事にすると思うぜ。」
その言葉に、ショックを受けてしまった。
嫉妬してくれるのではないかなんて期待はなかったが、今の状況じゃそりゃ難しいよな、なんて同意してくれると思っていた。
「そうなの、かな。」
の表情の変化を察しながら、政宗はに触れる手を離せなかった。
また涙が流れて来てしまって、は立ち上がる。
「そうだ、あと、あったかいやつ、持って来たの。お茶も、淹れてくる。」
明るい声を絞り出して、は政宗の部屋から走り去る。
「……。」
あの男と、未来で、過ごせばいいんじゃねぇか
その言葉は、口に出せなかった。
政宗も立ち上がり、庭に出る。
雪が降り出していた。
お茶を持って廊下を歩いて政宗の部屋に戻るが、庭に佇む政宗を見てその場に茶を置く。
「政宗さん、寒いでしょ。風邪引いちゃうよ。」
頭と肩に雪を乗せた政宗に、開封したホッカイロを持って駆け寄る。
「政宗さん、これ、触って。あったかいでしょ。」
手に握らせると、政宗は、ん、と声を出した。
「この中の、砂?が発熱してんのか。」
「詳しくはお部屋の中で!ね。」
手を引かれ、の顔を見ると目元に化粧をしていた。
泣き顔を隠して来たのだとすぐにわかる化粧だった。
火鉢の近くに二人で座り、カイロをひとつ政宗に渡す。
も自分の分を取り出して、カイロの仕組みを話しながら温まる。
「山でもこれで暖をとってたのか。」
「あ、その時は使ってなかった。」
「寒くなかったのか?」
「や、なんか、奥州で開けたくて。」
「?」
「政宗さんに、見せてから、使いたくて。」
「……。」
「ポン酢も、オリーブオイルも、政宗さんが、喜んでくれるかなって……」
「……」
「政宗さんが……」
さっき軽く化粧をしてきたのに、またボロボロと涙が出てきてしまった。
「政宗さんに、会いたくて……」
明るく過ごしたい。
笑って過ごしたいと思っているのに、今日はもうだめだ。
は政宗に背を向けながら立ち上がる。
「おい……」
「ごめん。政宗さんはたくさん、良い事があったのに。さっきから泣いてて。」
大きく呼吸をして落ち着きながら、政宗が安心してくれるよう言葉を選ぶ。
「私も、おめでとう政宗さん!って笑ってたいんだけど、ごめん。部屋で、落ち着いてくる。」
「。」
政宗が立ち上がり、近づいてくるのを音と気配で察する。
「米沢城には、絶対行くから。会食こっそり覗き見しちゃおうかな〜?」
おどけた口調で言うと、政宗に背後から抱きしめられる。
「ここで泣け。」
「……。」
「俺も会いたかった。」
「ありがと……。」
「松島の朝日が綺麗だった。と見たかった。」
抱きしめられる腕に力が込められる。
も手を添える。
また行こうよ、なんて言いたいけど、嘘になってしまうな、と考えながら。
「……同盟の調印中に、間違えての名を呼んだ。」
「え、なんで。」
「最終確認をにやらせるか、ってなんか、思っちまって……。信玄公と軍神しかいなかったから、まぁ、いいんだが……笑われた……。」
学校で先生をお母さんと呼んでしまう失敗に似ていて、はくすくす笑ってしまった。
「会いたかった。」
政宗の顔が見たくなって振り返えろうとする。
その動きを察し、抱きしめた腕の力を緩める。
「政宗さん……」
どうにかして伝えたい。
私の気持ちに嘘はない。これから何が起こっても、それだけは信じてほしいと。
政宗が優しく微笑み、首を傾げる。
何か言いたげな私の言葉を待っててくれている。
「……き、です」
「ん?」
違う、それじゃない、と思っても、言葉が続いてしまう。
「……私は、政宗さんが好き。政宗さんが、振り向いてくれなくても、大丈夫……」
言葉にした途端に、また涙が溢れてきて、驚いた表情を政宗の顔が霞む。
「政宗さんに、愛されなくても、私は、愛せるよ……」
政宗が口を開く。
言葉はなかった。
ただ優しくの髪を撫でる。
眉根を寄せてから、もう一度口を開く。
「……悪い、そんなこと、言わせて。」
はふるふると首を横に振る。
「」
涙を拭うの手を優しく包み込むように握り、そっと頬から離した。
政宗の親指が、の目元をなぞる。
そして口元を寄せる。
目元に政宗の唇が触れ、は目を見開く。
「政宗さん……⁉」
一気に涙が引っ込んで、目を丸くして顔を赤らめる。
「足りねえ。」
「足りない……?」
「愛されるだけじゃ足りねえ。に触れたい。何度も撫でてやりたい。」
「え……」
「俺もを大事にしたい。笑わせたい。そばにいてほしい。」
「政宗さん……」
政宗が屈んで、互いの額をトンと合わせる。
目を細め、照れくさそうに笑う政宗に、は顔が熱を持つのを感じる。
「これが愛してるって気持ちじゃなくてなんだってんだ。」
名を呼ぼうとすると、政宗の指が唇に触れて制される。
はゆっくり瞳を閉じた。唇が重ねられると、政宗の裾をきゅっと握り、震えてしまった。
その仕草が可愛らしく思えて、政宗はの身体に腕を回す。
すぐ離れるつもりだったのに、もっと欲しくなってしまった。
「……」
離して呼びかけると、は政宗にもたれかかる。
それを軽々受け止めるが、身を任せるかのように体重をかけるので、どうした?と声をかけた。
「あ、あの、ごめん、力入らなくて……」
「……。」
今のだけでか?と言いそうになったのを耐える。
「可愛いことで。」
「う……」
背に回した手でポンポンと優しく叩き、その場に座り込む。
政宗の膝に乗る形になったは顔を赤くして俯いた。
「涙、引っ込んだな。」
「うん……。」
「……誰にも、渡したくねえな。」
まあでも火薬の件があるから元親には内緒な、と言う政宗に、ふふ、と笑ってしまう。
「本当、だよ。」
「ん?」
「本当に、好きだから。」
「疑ってねえよ。」
政宗にもたれかかると、すぐに抱き留めてくれる。
大好きな人と、両想いになれたんだ。
こんなに幸せなふわふわした気持ちになれるんだ。
一生忘れたくないな。
一時の夢だとしても。
報告に来た小十郎と入れ替わりで、は部屋を出た。
「……何か、ありましたか?」
「ん?」
政宗の雰囲気の違いを察し、小十郎がそう問いかける。
「……滅茶苦茶、びびってたことがあってよ。」
「はあ。」
怖くて怖くて、最悪なことばかり考えていた。
が自分に惚れてくれたら、俺を追い回してくれたら、仕方ねえなとあいつを構ってやって、
いつか別れなきゃいけなくなったとしても、泣きじゃくるあいつに俺が優しく声をかける。
そうなったら、ギリギリ俺には余裕がある気がした。
あいつ、俺が居なくて泣いてねえかなとか、そんなことでを思い出して、俺は平常心でいられる気がした。
好きになって欲しかった。
でもあいつは強かった。
一生の別れの時でも、きっとあいつは俺に笑顔を見せるだろう。
それが怖かった。
俺のほうが弱くて、思い出しては、愛しくて愛しくて、何も無い場所に手を伸ばして、狂ってしまうんじゃないかと思った。
思いが通じ合ったら、余計に。
「……俺、が好きなんだ。」
「……存じておりますが?」
今更何を言うんだろうと、小十郎が首を傾げる。
「そうか、存じていたか。」
だよなあ、と楽しそうに笑った。
大丈夫だと思った。
もっと早く言えば良かったと、本気で思った。
近くに居ても、離れていても
あいつはずっと俺に、愛情をくれるだろう。
そして俺はそれを感じられるだろう。
俺はずっとずっと、あいつが好きでいられる。
それは自分の希望になる。
そんな事は綺麗事だと、誰に言われたって構わない。
「永遠を信じるような……poetになる気はなかったがな……。」
「形あるもの、いつかは壊れると……」
小十郎の顔を見ると、ひどく言いにくそうな顔で俯いていた。
「ならば、形無き想いならば、永久を生きることも可能でしょう。」
「………。」
「見えぬからこそ不安で儚いものとも言えましょうが、その、小十郎としてはですね、政宗様との間なら、その、」
「…………。」
俯いていた顔がさらに俯いた。
恥かしくてしょうがないようだ。
「こじゅ~~~~~ろ~~~~~」
にんまりと政宗は笑い、小十郎の肩に腕を回す。
「な、なんですか……」
「お前も随分乙女なこと言うじゃねえか!」
「からかわないでください!!」
「……ど、どうしたの?」
盆を持っては入り口で立ち尽くしていた。
「なんでもない。」
「だとさ。」
「う、うん。」
「は明日のために早く寝なさい。」
「はい……それは言われなくても……。」
小十郎は慌てた口調でお母さんみたいな事を言う。
政宗は微妙な顔をして、う~ん……と唸った。
「………。」
自惚れも入っているかもしれないが、政宗は自分の部屋に侵入しようかどうか悩んでいるのだろうと思った。
「じゃ、じゃあ……」
「おやすみ、。」
「後でな~、。」
あはは~と苦笑いしながら背を向けると、政宗さまあ!!と怒る小十郎の声がした。
くすくす、と笑ってしまったが、歩みを進めるごとに笑みが消える。
振り返ってはならない。
足を止めてはならない。
1分1秒が、試練の連続だ。
「あ、やっと出てきた、小太郎ちゃん。」
呼んでもなかなか現れず、外をうろうろしていたの前に、見知った影が現れる。
「もうすぐだよ。」
「………。」
「もうすぐ、私の護衛、終わり……。」
「……。」
小太郎が反応を示すことはなかった。
「先に言う。今までずっと、ありがとう。」
こんな言葉じゃ足りないのは判っていた。
しかしこんな陳腐な言葉しか口に出来ないほど、感謝の気持ちがあふれていた。
それはきっと、感じてくれている。
「……生きてね。」
「……。」
「少しでも長く生きて……」
なぜそんな言葉を投げたのかは判らなかった。
小太郎のこれからを案じたわけではない。
そんなに容易く死ねる程度の実力じゃないことは知っている。
ただ何となく、そう言いたかった。
小太郎に倫理を説きたいわけではなかった。
「ただの、私の、わがまま。」
と1本の木を、黒い影が覆った。
今まで居た場所から隔離され、深い地底に閉じ込められたらこんな感じなのだろうかと考える。
(行き来する闇とはまた違う…)
は懐に手を伸ばす。
銃に弾を込める一つ一つの音が、闇に吸い込まれる。
(優しい、包んでくれる闇だ)
これは、小太郎だから。
銃を構え、引き金を引く。
木の幹を掠る。
(……じゃあ、あの闇は)
北条家の先祖が私を呼んでくれた闇。
……何か
何か忘れていないだろうか?
(……そういえば)
今回は違和感を感じた。
違和感なのだろうか?
考えすぎじゃないか?
(必死、だったんだ)
今までは飲み込まれる感じだったのに、引っ張られる感じ。
(何だったんだろう)
誰、だったんだろう。
何度も何度も引き金を引き、指も腕も肩も足も辛くなってきた。
小太郎がを案じて姿を現し、そばに立った時には、木の幹に多数の小さい穴が出来ていた。
「当たるようにはなったよ……見てよ小太郎ちゃん、2発、あれ、ほぼ真ん中って言って良いよね?」
ちゃんと小太郎に笑顔を向けることが出来ているのか、不安だった。
小太郎は静かに頷き、の背に手を添えて、城に向かって歩き出した。
「不安だな。政宗さんみたいに、自信満々に振る舞えない主人でごめん……」
「……。」
小太郎が首をゆっくり横に振る。
「もうすぐだよ。」
何度も同じ言葉を小太郎の横で反芻した。
その姿を、少し離れた塀に身を寄せながら、成実が見ていた。
部屋に戻ると、急ぎ、読みやすく平仮名多めに文を書いた。
武蔵が、きちんと読めるように。
「小太郎ちゃん、これ、お願い。」
「……。」こくり
小太郎が消えると、廊下に別の人間の気配がする。
政宗さんだ、と思い、なんとなく髪や着物を手で整えてしまった。
「。」
「は、はい!!」
返事が慌ててしまったが、この状況ではやましいことをしていたというより政宗が来た事に驚いてしまったと捉えられることの方が自然だろうと考える。
「いいか?」
「うん。」
そして神妙な面持ちをした政宗が部屋に入ってくる。
「え、えと?」
小太郎がどこかに行くのを見られたか?と思ったが、まさか、夜這いに来たのではという思考に変わる。
政宗と男女の関係になるかもしれないということを、頭ではまだうまく想像できていなかった。
「まだ横になってなかったのか?」
「なんか、まだ寝れなくて。」
「何か書いてたのか?」
「うん。お手紙をね、練習がてら。氏政じいちゃんに。」
「ふうん。」
そして政宗はの布団に向かう。
「政宗さん?」
もそもそと、そこに当たり前のように横になる。
「よし、来い。」
掛け布団を捲り、ぽんぽんと布団を叩く。
「あ、あの……。」
心臓がばくばくして、どうしようどうしようと、頭が混乱する。
「いいから来い。早くしろ。」
「りょ、了解です。」
返事はしたが、おずおずと近寄る。
それが気に食わなかったのか、政宗は口をへの字に曲げて、起き上がり、を押し倒すように無理やり横に寝かせる。
「政宗さんっ……!!」
「落ち着け落ち着け、寝るんだよ。」
政宗は笑いながら、の頭をぽんぽんと優しく叩く。
それに安心し、大人しくなる。
「おやすみ、。」
政宗の腕がの中にすっぽり収まり、ぎゅっと抱きしめられる。
それだけだった。
初めてではないのに、それだけなのに、心臓がどきどきしてしまって仕方ない。
「おやすみ、政宗さん。」
明日の朝、起きたら髪がぐちゃぐちゃだったらやだな。
私の寝顔ってどんな感じなんだろうな。
寝返りをしてしまい、政宗さんに背中を向けてしまったらやだな。
今更ながらそんなことが気になる。
まるで、恋する女の子だ。
普通の、恋する女の子だ。